I am.


Andromeda. 05

それは女の子の俺が好きと言うことですか、というのは野暮な問いかけだとわかっててもしてしまった。
「悪いけど、男だとわかっても、変われへんのや」
そんなん、申し訳なさそうに言うことじゃないのに。
むしろ俺はありがとうと感謝すべきことなのかもしれない。
リサの告白もまだちゃんと目を通してないけど、今の俺の姿を見てから好きだと言ってくれた人が二人もいる。
「その……ありがとうございます」
そしてごめんなさいをしよう。
深々と頭をさげると、片腕を取られる。白石先輩は前科がありすぎて、思わずびくっと体を縮こまらせた。
「なあ、オレ、今回こそ本気やねん」
「へ……」
「麻衣ちゃんのことは、財前もおったし、何度か諦めよう言い聞かせとった」
付き合ってないって知ってからもな、と付け足される。
「せやけど、いま諦める気さらさらや」
気がつけばすっかりいつも通りの明るくて爽やかな様子に戻っていた。
「なんで?」
「さあな、わからんけど」
思わず、なぜそうまでできるのかとこぼした。
白石先輩は俺の手を放して腕を組み、少しだけ考え込む。
「───東京でを見つけられたから、かな」
優しい眼差しを見て、俺は何も言えなくなった。
あの時この目に見つけられて心底ビビったけれど、今では見つけてくれてありがたいとさえ思っていた。そうでなければ俺はきっと、ずっと光にだけ縋って東京に逃げたまま、大阪には来なかったからだ。


リサへの返事はあっけなく終わって、その後も他愛ないメールは続いた。
でも東京へ帰る新幹線の中で次第に話題が少なくなり、東京についたと報告した後に移動お疲れといたわる返事が来たことでやりとりは終了した。
これでまた、何か話があればメールをするだろう。会えば笑顔で話せるだろう。
そういえば、白石先輩は光ほどではないけど頻繁にメールしていたし、今では電話もできるけど、まさかそれだけで続いていくのかな。
俺が心配することじゃないけど、不安だわ。いろんな意味で。

そう思ってたんだけど翌月、白石先輩は東京に遊びに来た。パンダを見て美術館見て、一泊して帰ってった。
そしてまた翌月、日にちを合わせる連絡が入る。慣れない俺は大丈夫なのかと不安に思いつつ調査依頼がないのでまた予定をあけた。
白石先輩がやって来た10月、ようやく進学はどう考えてるのかと聞かれて固まった。一応大阪に戻ることも考えてたけど、やっぱり東京にいた方がメリットはあった。
今のバイト先はとても給料がよく、雇い主が三年は日本に居ると確約してくれたのでやめたくないのが一番の理由だ。
「財前の進路は聞いた?」
「ほんのり……いや光は大阪に行く理由にはなりませんからね」
嘘、十分になり得る。でもあともう一つ理由はあった。
白石先輩とこれ以上一緒にいたらなんか色々しんどそうだな、という懸念だ。
家に泊めておいて何を言ってるのかと思うが、ちょっと会ってちょっと遊ぶのは楽しい。ただ毎週、毎日のように会ってたら俺はどうなってしまうんだかわからない。
「それ聞いて安心したわ」
「へ?大阪来て欲しかったんじゃないんですか?」
「おったら嬉しいけど、財前には勝たれへんから、それなら東京おってくれた方がええなあ」
「勝つとか負けるとかじゃないんですよ、光は」
「あー……先は遠いな」
遠い目をした白石先輩に、どうお伝えしようか考えあぐむ。
「光は大事な友達だけど、白石先輩のことも大事だから、比べないでください」
「へ」
「二人はおんなじじゃないんだし、遠くなんかない」
光の優先度はめちゃくちゃ高いが、かといって白石先輩に要する俺の心の容量がすごくでかいというか溢れつつあるのをこの人は知らないんだ。言わないけど。
「ちょっと嫉妬や、本人前にして何言うてんのやろ」
「……っ」
「慰めてくれてありがとうな」
手首を掴まれたと思ったらするりと肌が触れ合う。
うっ、やばい。反射的に身構えて顔を背け、あからさますぎる自分の反応にさらに焦った。
「すまん、怖かったか?」
「ちが、でも……だって」
「ああ───勝手にここ触ったんはルール違反やったな」
そう言って唇を指で押した。いつぞやの不意打ちがきっかけだと気付いたんだろう。
もう二度と勝手はしないと宣言しながら、俺の唇を眺めてふにふにする。口と口じゃなくても反則だし、正直手を繋がれるのもアウトだ。俺が困ってるんだからアウト。

それからも月に一回くらいは白石先輩と顔を合わせた。うちに泊まる時もあれば、以前言ってた通り用事で東京に来ていて少しだけ会う時もあった。
受験の時はしばらく会うの控えてたけど、合格決まってからは京都に旅行したい俺に付き合ってくれるなどいつも通りになった。

バイトは相変わらずの高待遇で、たまーに調査依頼が入ると危険手当というボーナスがつくので懐が潤う。上司は有能なので解決しない事件はない。いいことばかりの依頼だが、その調査依頼は結構急に入るもの。
白石先輩が来る予定の日にかぶるという事態、いつか起こるとは思っていたが、案外早かったなあ……。
先輩には依頼が入った日にメールを送る。
もともと東京に用事のある日だったので、うちをホテル代わりに使ってくれればいいな、と事情を説明すると残念そうにしつつもうちには寄ることになった。
俺の調査は泊まり込みではなかったので夜会えることがせめてもの救いかな。

当日、上司に帰っていいぞと言われたので依頼人宅から待ち合わせ場所に行って合流し、一緒にご飯を食べてから家に帰る。
白石先輩がシャワーを浴びてる間に用意しといた布団を敷いて、出てきたら交代。そして俺が戻って来たらすでに先輩はうとうとしていた。
「あ、髪乾かしてない。俺が入ってる時に乾かしに来たらいいのに」
「んーああ……」
床に敷いた布団の上に座り、俺のベッドに背中を預けていたので肩にかけたタオルだけが少し濡れている。もう寒くなって来たんだし、このままでいたら風邪ひくじゃないか。
移動とかでよっぽど疲れてたんだな。
洗面所からドライヤーを持って来て、近くのコンセントにプラグを差し込む。コードの長さを確かめながら、先輩の後ろのベッドに乗り上げて、がーっと温風を当てた。
なんだろな、俺と違う匂いがする。同じシャンプーのはずなんだけど。
ほとんど乾いたところで、そうっと、そう〜っと顔を近づけた。
肩に手を置いたままゆっくりと体重をかける。唇が毛先にふれて少しかゆいかもしれない。
?」
俺の気配に気づいたのか、重みのせいか、白石先輩が肩に乗った手に触れた。
振り向いた白石先輩の顔がとても近い。
「なんかあった?ほとんど、寝とった」
癖なのか、俺の手に触れた後白石先輩は自然と指を絡めようとする。
俺も多分癖というか、いつも、逃げられずに手をそのままにしてしまう。
「……いや……寝息をたしかめようかと」
上半身を思い切り曲げていたので、太ももに肘をつくためにも先輩の指から手を引き抜いた。
相変わらず手を握られるのすら困る。

でも本当は知っている。
何とも思ってない人に手を握られたくらいで、俺はこんなに困ったりしない。

翌日俺は白石先輩に初めて行ってらっしゃいと言われて家を出た。
鍵はスペアもあるので先輩に渡し、閉めたらポストに入れといてと。
その鍵を優しく握ってうんと頷いた先輩の顔がなんとなく頭から離れなかった。

調査はその日で解決し、夕方には撤収作業が完了した。
白石先輩も用事は夕方までと言ってたので、見送りくらいできるだろうかと連絡を入れる。
案の定まだ東京にいて、合流しようと話し合った。俺はオフィスまで送ってもらったので渋谷で解散、白石先輩も渋谷で用事があったそうだ。
待ち合わせ場所を決めるメールを送る前に大通りの横断信号のところで立ち止まる。赤信号のうちにメールを打ち込もうと携帯に目を落とした。その途中で視界に映ったものに既視感を覚えて改めて前を見る。
向こう側に、白石先輩が立っていて、俺のことを見ていた。
数秒見つめあって、携帯を持った手をあげる。白石先輩も軽く手をあげ、その時信号が青になる。
走り出した俺を見て、渡ってこようとしていた先輩は立ち止まる。後ろの人は少しだけ迷惑そうだったり慌てたりしながら白石先輩を避け、また俺を避けた。
「───見つけた、俺も」
「!ああ、ありがとう」
会う約束をしようとして、渋谷にいると知ってて、だけど。
でもここで会えたのが美しい奇跡のように思えてしまったのだ。

すぐに会えたからと言って、見送り程度しかできないのは最初から決まっていたことだった。
駅のホームまで付いて来る俺に白石先輩はわざわざ悪いなと苦笑する。
そういえば今までは家の前とか、改札前とかだったっけ。
「居たら居ただけ名残惜しくなるわ」
「でも早く別れるよりはマシじゃないですか?」
「ん、まあ、な」
「ずっと居られたらええのになあ───あ、」
「え」
「……今のナシで」
ぽろっとこぼした言葉に両手で口をおさえる。
東京の大学選んだのもバイト続けるのも後悔してないけど、あの時に白石先輩とこれ以上会ってたらしんどいだろうなと危惧していたことについては後悔してた。
きっと、今の方がしんどい。
「ちょ、ちょ、いま!もっかい!」
「ダメダメ」
俺の腕をがしっと掴んだ先輩に俺はぶんぶんぶんと首を横に振る。
ホームに新幹線が来る報せが流れ、先輩は一瞬俺から視線を外すも手は離さない。
アナウンスの中でも聞こえるように限りなく近くづけられた顔。
「キス、してもええ?」
「ダメ」
「しばらく会えへんで」
「……ダメ」
さっきまで力強くつかまれていた手首は、今度は優しい力でなぞられる。指先が掌の方に入り込んで来てゆっくりと俺の顔から離そうとした。
抑えてたせいか、他の理由のせいか、熱い吐息が掌を湿らせる。
「だって俺……さっきリップ塗ったばっか、だから」
「───は?え、……そうなん」
必死に断ろうとすると、白石先輩の素っ頓狂な声が聞こえた。
その調子で諦めてくれると嬉しいんだけど。
「くち……ぺたぺたするか、む」
ダメだった。……なぜダメだった。
自販機と壁に囲まれながら、白石先輩の背後に新幹線が入って来る音や風を感じた。
潤っていた唇はよく密着して、離れるとわずかにぷるっとはねる。
「ん、いい吸い付き。───レモンやな」
俺の使ってるリップのフレーバーを当てた白石先輩は、また今度と俺の頬をくすぐって離れていった。


end

交差点で君が立っていたら見つけるって話が主旨ですけど、最後のリップ塗ったからダメって断る(けど断り文句じゃないのでまんまとされる)っていう少女漫画的シーンが書きたかったんです。
白石先輩は本気だしたら財前くんより期間的に早くくっつきそうだなと私的には思ってまして、それは白石先輩の手腕もあるのかもしれないけど、主人公の流されやすさと、財前くんと熱い友情育みすぎ問題が関係しています。
Sep 2018

PAGE TOP