Change the world. 02
※仁王編の主人公in幸村編
休日の朝という認識のもと目が覚めた。時間も気にせず体を起こしながら、ベッドルームそのものが自分の部屋ではないことがわかる。
デカいベッド、高級感のある布団、インテリア、重厚な遮光カーテンのかかった窓は遠くにあり、細い線が光をほんのりと部屋に差し入れる。
「ワ……」
俺たち昨日、高いホテルにでも泊まったんだっけ?
旅行や特別な外出をした覚えがなく、ベッドから抜け出してカーテンを開けに行く。
目に飛び込んできたのは、海と、美しい異国らしい街並みで、俺はそっとカーテンを閉めた。
広いベッドルームから出ると、もっと広いリビングが視界に飛び込んでくる。
採光の良さによるまぶしさに、ぎゅっと目を瞑った。
アウトサイドリビングというやつかな、大きなテラスと繋がっている。しかもそのテラスの先にはプールまであるみたいなんだが。
職場の関係者全員よんでパーティーしても席が余りそうなソファとか、バー付きキッチンとかも見えるし。
夢でも見てるんかな、と頭を押さえてくるっと振り向く。
めちゃくちゃ落ち着かないけどせめてベッドルームに戻ろうと思って。
「、」
「あ、起きた?」
そしたら背後の至近距離に人がいて、身体をぶつけそうになって立ち止まる。
向こうはそんなのも気にせず、俺の肩に手を置いて微笑んだ。
「え!?!?」
「うん?」
「誰!?!?」
癖のついた黒髪の男性が、今シャワーを終えたみたいなバスローブ姿でいて、思わず飛びのく。
サプライズにしても、変装までしちゃだめだろう!!!という突っ込みもあるが、本当に知らない人だと思ったのだ。
「だれって、…………」
怪訝そうな顔で、首を傾げた。
濡れた髪の毛が無造作で普段の髪型が解らないけど、もしやと思って髪の毛をかき分ける。
前髪を真ん中から両サイドに浮かせると、面影があった。俺の中で幸村先輩といえばこの分け目なんで。
「わあ、幸村先輩だ……なんで??」
「ふふっ、それ、昔みたい」
「昔?」
何で幸村先輩に変装して驚かした?と思ったけど、見れば見るほどなんか違うなって思う。
たとえば幸村先輩は俺にこんなふうに笑いかけてこないだろうし、俺への触れ方もいつもと違う。いや、幸村先輩のフリをしてるってこと?それにしたってこんなに親密ではないはずだ。
それに、どうにも話がかみ合わないな。
「……まさかご本人ですか?」
「あたりまえだろ」
当たり前とは……?
「えっと……ほかに、誰かいる?」
「俺たちのプライベートにほかの人なんて呼ばないよ」
「プライベート……え、ここ幸村先輩の家なんですか?」
「どうしちゃったの、本当に。自分の家も忘れた?」
「オレノイエ!?」
「正確にはの別荘だけど……もしかして、記憶喪失?」
幸村先輩も俺の様子に、おかしいと気づき目を細めた。
いくらするんだこの家……月々いくらのローン?……うわ、吐きそう、オエッ……。
記憶のことよりも、俺は予期せぬ借金を背負ったことのほうが重要で、背中を丸めてソファーに膝をついた。
大丈夫かいと背中をさすってもらったけど、まったく落ち着かないです。
「じゃあひとまず、自己紹介でもしようか」
そういって、身支度を整えた幸村先輩はダイニングテーブルの向かいの席につく。
俺は朝ご飯にとパンと果物を出されたけど、緊張してまだ手を付けられていない。
「俺は幸村精市、23歳、プロテニスプレーヤー」
うんうん、と頷きながら幸村先輩の情報と自分の記憶に齟齬がないことをアピールする。
「薄々わかっていることだろうけど、君のパートナー」
「パートナー?」
「恋人……いや夫夫かな」
「ふうふ……結婚してるんですか?」
「籍はいれてないけど」
にこっと笑った顔が神々しい。
こんなズバっと言われると俺怯んじゃう……。
俺の知っている幸村先輩は、もうちょっと控えめで大人しいというか、よそよそしいというか。
まあ後輩女子としてしか見られてなかったから当たり前だろうが。
「お、俺は……谷山、えと、23歳でぇ……仕事は研究職?で、独身デス」
……言えない、あなたの同級生の仁王雅治と十年付き合ってて今は同棲してますだなんて。
「どうやら今の記憶がないというより、違う記憶を持っているらしいな」
「はあ」
幸村先輩は冷静に分析しながら、指先でかつかつとテーブルをつついた。
「残念ながら、俺とは疎遠みたいだし」
「そ、ですね、ハイ」
「……そんなに怯えないで。怒ってるわけじゃないから」
いじいじ、と人差し指を絡ませてると、幸村先輩がニッコリ笑ってくれた。
気を取り直すかのように、明るい声でそうだ、と口を開く。
「出かけてみようよ。きっとこの国に来た事ないだろうし」
「いいんですか?」
「ここで話し合っていても仕方ないし、ちょっとまだ、この家は落ち着かなさそうだしね」
「エヘヘヘ……」
俺は幸村先輩の気遣いによる提案を受け入れた。
着替えておいでと言われて案内されたウォークインクローゼットには俺が着られる服がたくさんあった。でもいかにもブランドっぽいのとか、ちょっとしたTシャツでも素材が良い高そうなやつでビビった。……これは夢、きっと夢。
「用意できたみたいだね。英語は出来るんだっけ?」
「日常会話くらいなら。……あの、幸村先輩ってプロなんですよね、今の時期って大丈夫なんですか?」
「一応大会は控えているけど今日はオフの予定なんだ。気にしなくていいよ」
リビングで待っていた幸村先輩におどおど質問すると、けろっとした答えが返ってくる。
「ていうか俺……仕事は……?」
「ああも今はオフだから気にしなくていいよ。俺の大会に合わせて休み取ってこっちに来てるんだ」
「そっかー……そっかー????」
「もしかしたら職場から電話くらいかかってくるかもしれないけど、そうなったら俺が出るよ」
幸村先輩と恋人であることをきっと会社の人にも言ってるんだな、ということが分かった。
ていうか俺、何の仕事してるんだろ。海外に別荘があるくらいだから……多分、今の俺以上の収入というわけだ。
「が何の仕事しているのか気になる?」
「それはもう……」
玄関から出ながら、俺の考え事を言い当てて見せる幸村先輩に深く深く頷く。
でもさらっと教えてくれない当たり、秘密なのかなーとか思ったり。
「教えてしまったらつまらないかもしれないし、……当ててみなよ」
「え~!」
「答え合わせはちゃんとしてあげる。質問も答えるよ」
マーケットやカフェ、時には公園や海辺なんかを案内される中でわかったのは、幸村先輩がテニスプレーヤーとして声をかけられるついでに、俺も名前を呼ばれるし握手をすることだった。
幸村先輩と関係のある仕事なんだろうなあ、と漠然と思っていたけれど、まさかテニスプレーヤーであるはずがない。
いつのまにか昼にまで差し掛かっていて、キッチンカーの店で購入したホットドッグを手に、また海の見える場所にやってくる。
隣り合って座りながら、俺は一つ質問をした。
「俺と幸村先輩って、仕事一緒にしたことありますか?」
「あるよ」
聞いてはみたが、テニスプレーヤーと一緒に出来る仕事ってなんだ?
「まさか本当にテニス……え?」
「……っ、あははははは」
プロになった?これがほんとのパートナー?とかぐるぐる考えてた俺の思考を瞬時に読みとり、幸村先輩は隣で大爆笑した。こんなに無邪気な一面があるのか。
「や、やっぱり中高で部活も入ってなかったし、まさかテニス始めたりなんかしてないよね!!!」
きっとこっちの俺もテニスなんて下手くそで、そんな俺がテニスプレーヤーになれるわけがないのだ。
だからプロの前で俺は恥ずかしいことを言った気持ちになって慌てて訂正する。
「部活入ってなかったんだ」
「あ、こっちの俺は入ってたんですか」
「うん、一年生の途中から、転校するまでの短い間だったけどね」
お母さんが亡くなった時期は一致していて、大阪に転校していったことや東京の高校に進学して同じところでアルバイトはしていたみたいだけど、そんなところに差があったのか。
「うーん何部ですかね?なんで途中入部したんだろ」
「体育祭で応援合戦って出た?」
「あ、でた」
「それを見ていた顧問や部員から誘われたらしいよ」
「じゃあ、応援部……?」
ふふっと笑ってごまかされる。
立海の応援部はゴリゴリの体育会系だし、まさかのチアリーディング部か?でも応援合戦は男に交じってやってたし、やっぱり応援部かな。
つまり俺、幸村先輩の試合に仕事で応援に来たみたいな感じか?男女混合チアとかあるだろうし。野球やバスケみたいに応援があるのか知らないけど。
「想像つかない人生……」
「そうかな」
「スカウトも、応援合戦したけどそんなのされなかったし」
「へえ」
元々演劇部には誘われてたけど、応援合戦よりも前のことだし、生活に余裕がないって断ったしな。
「そもそも……俺、幸村先輩とどうやって親しくなったんだかわからないなって」
「もともと、通学電車がたまに一緒だったの知ってる?」
「ああ……」
俺はわかったような顔をして声を出したけど、実際に通学中に幸村先輩を見かけた覚えがない。
ただ、同じ路線だというのはなんとなく知っていたというだけだ。
「きっかけは俺が中庭のベンチに忘れてきた本を届けてくれたからかな」
「本を届けた」
復唱しながら、当時のことを聞く。
元々俺も幸村先輩もなんとなく顔見知り、何となくすれ違うだけの関係だった。
当時の委員会活動で花に水やりをしている俺が呑気に鼻歌歌ってるのも目撃されていたし、俺は幸村先輩が中庭や屋上庭園でたまにゆったり本を読んだり日光浴をしてるのを目撃している。
とはいえ、本を拾って届けたことはない。
俺と幸村先輩はどうやらその時から、会えば挨拶したり、一緒に学校に行ったり、赤也の勉強の面倒を見たり、鼻歌リサイタルに参加したり、カラオケに行くなどして親交を深めていったらしい。
暢気に鼻歌歌ってるのだけは変わらなくて、これはもう魂に沁みついた癖なんだな、とあきれ果てた。あと赤也の面倒を見る運命にあるということも。
「俺が入院した後、のお母さんが亡くなった」
「……、」
「転校前に一度だけ俺に会いに来てくれた。俺はぜんぜん、の身に何が起こったのか知らないまま励ましてもらった」
「うん」
俺はすっかりホットドッグを食べ終えていたので、手持無沙汰に膝を抱えていじいじと砂粒を指ですりつぶす。
きっと病気の幸村先輩に、自分の過酷な現実をいえなかったんだろう。
負担になるとか、自分の心の整理がついてないとか、色々ある。
無防備に頼るには、俺と幸村先輩の関係も、おかれた環境も悪かったんだ。
「再会したのは高校生になってから、は中学の時から考えていた夢のために進んでた」
「そんなに会わなかったんですか……」
「連絡先知らなかったしね。───このとき自分で何もかも話してくれた」
お母さんの死、自分の性別、夢のこと、それから本当の名前。
その話をするのにどれほど勇気が要るのか、俺は知っている。自分の口から話をできたということが、すべてを物語っていた。
そろそろ風が冷たくなるから、と言われて家に帰り、リビングへ行くと夕日がプールに反射して綺麗だった。
ソファや床、テーブルにもオレンジ色の光が差し込み、朝とは違う印象でまぶしい。
「シャッターをしめようか?」
目を細めている俺を見て、気を利かせた幸村先輩が提案するが、俺はううん……とうわごとみたいに断った。
「もう少しだけ、この風景をみたいです」
「そう」
しばらくぼんやりしているうちに、幸村先輩はゆったりくつろぎながら本を読んでいた。
少しこの状況にも慣れてきて、せっかくだからと家の中を歩き回ってみることにする。家主は俺だけど俺じゃないので、幸村先輩にはちゃんと許可をとった。
いくつか用途不明の部屋があったけど、あまり生活感もなく、客室か何かとして使われているもののような気がする。
クローゼットまで開ける勇気はないけど、棚に並ぶ本や置物、雑貨を少しだけ見て、自分の職業の片鱗を探す。
とはいえここは別荘みたいなもので、オフの時に利用するということからそんなに仕事っぽいものは見つからない。ただ、ピアノとギターが置いてあるのを見て一つだけ可能性に気が付く。
俺はもともと音楽するのが好きだったし、大人になって経済的な余裕ができて、再び趣味にしたのかもしれないが───もしかして。
本棚にある音楽雑誌も趣味の一環かと思ってたけど、手に取ったもののいくつかに自分の写真が載っていた。
たくさん並ぶCDも、目を凝らして見れば俺の名前のものが混じっている。
「気が付いた?」
「……俺、歌手になったんですか……?」
「そうだよ」
PCデスクの前に腰掛けて、自分の載った雑誌を見ている俺を、幸村先輩がドアのところから見て微笑んでいる。
壁についた電気のスイッチを押して、部屋を明るくしながら入ってきた。そういえば、卓上ライトの光だけで雑誌を眺めていた。
「海外でも声をかけられるのは、なんで?そんなに売れたんですか?」
「去年公開された、ハリウッドのミュージカル映画に出ていたからね」
「えー……」
俺は余りのことに驚き、雑誌から手を離してしまう。
あと、幸村先輩が一緒に仕事をしたことがあるというのは、大会応援ソングを担当したことやメディアへの露出に関してらしい。交流のある二人として対談した記事もあったので、なるほどとうなずく。
「隠すか迷ったんだ……違う人生を歩んでいる自分のこと、やっぱり複雑だろうと思って」
「まあ、今更じゃないですかね?」
「たしかに」
ははっと幸村先輩が笑う。
目覚めた場所も、一緒にいた人も、今の俺とは違う人生を象徴するものだ。
今さら職業が違ってたって驚かない。いや驚いているけど。
夕食やシャワーを終えたあと、俺は朝目覚めたベッドルームの大きなベッドに横になっていた。
お互いになんとなく、今日一日のことは夢で、眠って目が覚めたら元に戻っているような気がしているのだ。
「職業を知って、どう思った?」
「俺、歌手になりたいなんて考えたこともなかった……」
幸村先輩が、えっと目を見開いた。
「まあ歌は好きでしたけどね。……夢を抱くのって結構勇気が要るし。───それを叶えるのに、きっとたくさん頑張ったはず」
「そうだね、すごく頑張っていたと思う」
「でもそれは俺が一人じゃできなかったことだ」
「え……?」
「だって俺、そんなに強くないもん」
暢気に鼻歌歌う自分のことだからよくわかる。人生の選択や境遇が少しずつ違えど、俺は俺だ。
きっとこっちの俺は幸村先輩のことが好きで、好きで。
「素敵な人生みたいだ、こっちの俺も」
「……ありがとう。の素敵な人生の話も聞きたかったな」
「あはは、こっちの俺ほど華やかではないですが、幸せですよ」
「それはよかった……俺が幸せにできないのは、くやしいけど」
段々と眠たくなってきて、幸村先輩の柔らかくゆっくりした声が俺を眠りに誘った。
握手するみたいに手を握った途端ふっと意識が遠のいていく。
「仁王とお幸せに」
「なん───で、」
柔らかい布団の中に必要以上に沈み込んだような感覚が、次第に何も感じられなくなった。
うすぼんやりと明るい光が瞼を通して入ってきていたのも、本当の暗闇が下りてくる。
そして時間の感覚も思考も一度途切れて、朝が来て目覚めるようにして繋がり始めた。
暗闇が徐々に柔らかく揺らぎ、瞼をもたもたと開閉させた。
「ぅ、……、」
まぶしい、と手で影を作ろうとして片方の手が繋がれていることに気が付いた。
ぎゅっと目を瞑りながら開いている手を持ってきて、ガードを作る。
寝返りをうてば、目を開けるのもすこしだけ楽になった。
視界に入り込んできた恋人の顔が思いのほか近くて、そのまま前髪も気にせず顔をうずめる。
地肌を探すように鼻先で掘り進めると、かぎ慣れた香りが鼻孔をくすぐった。
「朝から元気じゃのう」
「おはよ……起こしちゃった?」
髪をかき分けて唇がようやく額に触れると、声をかけられた。
横着して手を使わずにやったから、動きが大きくて起こしたみたいだ。
「いや……でもまだ起きたくないぜよ」
「もおー」
手を外してゆっくり肘をついて顔を覗き込んだら、布団の中に引きずり込まれた。
足も絡んできて、少し暴れてみたけど逃げられない。
「もう少し寝んしゃい」
「なんでよー」
顎をかぷかぷと甘噛みして、首筋を唇でなぞる。
くすぐったいのか満更でもないのか、うーんと顎を伸ばすのでゆっくり腕の中から這い出して身体の上に乗っかって少し体重をかける。
足は外れたけど腰でがっしり腕を組まれているので、放す気がなさそうだ。
諦めと嫌がらせのつもりで、そのまま身体を預けて頭をずらして枕にぼてんっと顔をつける。
そっちが起きないなら、もういい、俺もこのまま寝付いてやろうという太々しい根性でいたら、いつのまにか本当に眠っていた。
しばらくして、上半身を起こした雅治に抱き上げられながら目を覚ました。身体がくにゃりと反り、腰がずり落ちる。
「まさかそのまま二度寝されるとは思わなかったぜよ……」
「あ、ごめぇん……痛めた?」
「プリ……」
相変わらず返事の意味が分からない時が結構ある。
本当に主張したいのであれば言い直せばいいだけだから無視だ。俺もうつぶせで眠っていたせいか身体が変な感じがして、起き上がってから伸びをする。
んー……と呻くような声を出しながら、先にベッドを降りて洗面所へ向かう雅治を見送った。
少し時間をずらして身支度して、キッチンへいくともうお湯が沸かされ始めていた。
雅治はあくびしてお湯が沸くのを待っていたのに、おもむろにストレッチを始めた。かと思えば冷蔵庫に背中を預けてぼんやりしている。
「まだ眠い?」
「いや」
「朝ご飯食べる?」
たまに入らないとかいって朝ご飯を抜くことがあるので、準備するときは聞くんだけど今日は食べない日だった。
あと一時間もすれば昼食ともいえる時間だったので、俺は貰い物のクッキーでもつまんどこうと戸棚を開ける。
雅治が横で呆れた目をしてくるけど、平日はまともな食生活してるんだからいいんだ。
「ん」
「ん?」
そろそろお湯が沸くっていうのに、突っ立ったまま、なにかを求めてくるのでクッキーを一枚差し出す。
俺もコーヒーを飲む前からすでに一枚食べてたので、つまみ食いしたくなったんだろう。
「ちがう、朝の続きは?」
「お湯湧いた、コーヒー淹れて」
気まぐれすぎるなこの猫……。
今度は俺が呆れた顔をする番で、クッキーはやらずにもう一枚も自分で食べた。
雅治は渋々と言われたとおりにお湯を注ぐので、一つのマドラーで順番に混ぜて、自分の分をとってソファに向かった。キッチンに置いて行かれた哀愁を漂う恋人は無視することにする。
すぐに追いかけてきて、隣にぴたっとくっついて座るので、気にしないままテレビをつけた。
ちょうど天気予報がやっていて、午後から雨らしい。せっかく休日なのになー。
「あ、洗濯」
午後からってことはもうそろそろ降り出すのではないかと思い出す。
平日もそこそこ洗濯機を回すけど、なるべく休日にまとめて洗濯しているのでこういう時は厄介だ。
「コインランドリーいくか」
「だね」
テレビを観ながら言葉少なに会話をする。
マンションからでて数分のところにあるコインランドリーはよく利用するので、厄介だけれどすぐに解決策は思い浮かぶ。
洗濯が終わるのを待ってる間に昼食をとって、終わったら部屋でゆっくり過ごそう……と、口にせずともその日の予定が決まった。
「……帰ってきたら、朝の続きするぜよ」
「うん」
ただ、これだけは約束とばかりに宣言された。
顔を覗き込まれ、一度だけキスして離れていく。
互いに同じものを飲んでいるので、ちょっと濡れたところを舐めても味はよくわからなかった。
「やっぱクッキー、一枚くれ」
「はいはい」
end.
情緒がおかしくなりそう(二回目)
幸村が記憶喪失の可能性を出すのは多分ボウヤのおかげ。
この主人公にとって、歌手になりたいという思いは、小さいころのケーキ屋さんになりたいみたいなものだと認識していたかもなって。だから夢を諦めた、叶えられなかったとは思ってない。
そういう夢を抱くくらいの、自分とは違う人生があって、恋人がいて、今があるって思ってるので純粋にすごいなあ~って感じです。
幸村に仁王のことがバレたのは「本物?」って聞いたからで、あとはもしかしたらイントネーションか口癖が出てたんじゃないかな(なげやり)
仁王と主人公の二人描くとどうしてもダラダラのびのびしてしまう……。
二人でコインランドリーいくのかわいいね。
何も言わなくても一緒にいるし、一緒に行くんだけど、イチャイチャする予定はあえて口にする。
Sep.2022