I am.


komorebi. 25


卒業式にサプライズで四天宝寺にやってきた仁王先輩は、大きな花束を持って校門前で待っていて、俺にそれを渡したついでに抱きしめた。
キャアアアとかウオオオオオとかいう周囲のウケが、関東よりデカい気がするのはきっと気のせいではない。四天宝寺に根付く芸人魂がそうさせているので仕方ない。
先生たちまで俺たちを祝福してくれたので、なんだこれと思いながら仁王先輩の手を引いて退散した。

「明後日会う約束してたのに」
「麻衣ちゃんもこれで見納めかと思っての」
ぶらぶら、と手を繋いだまま道を歩く。
確かに、女子の制服に身を包むことはもうなくなるだろう。
高校は男として通うことにしたし、名前も変わって、麻衣ではなくなる。
「……もう過去を失うと、怖がることもなくなりました」
「そうか」
「仁王先輩のおかげだなー」
ふざけて手をにぎにぎすると、軽く体当たりされる。
毎日のように一緒に家に帰ってた時の記憶や、今日の記憶だって、この先きっと失われることもない。
自転車の二人乗りも、手を繋いで歩いたことも、美しい思い出のまま、俺の人生は続くのだ。
なにより明日からは新しい、違う日が待っている。


家に帰ると先生と奥さんは仕事で外出していて、おじいちゃんは病院にリハビリに行っていた。
家に人を入れても良いか連絡して許可をとっているので、仁王先輩は俺の部屋に通す。
最低限の荷物以外は梱包済みだったので、殺風景なんだか乱雑なんだかわからない部屋になっている。
以前の俺の部屋とは似ても似つかないくらいに物は少ないかもしれないが、やむなく色々と処分したのだ。
「くつろげますかね、大丈夫?」
「かまわんかまわん」
居間から持ち込んだ座布団と、小さなローテーブルだけしか使えないが、仁王先輩はゆったり座って手をふった。
この後の予定を聞くと、今日は夜の新幹線で帰るらしくて、明後日は約束通り俺の新しい家に来て荷解きを手伝ってくれるのだそう。
「じゃ遊びにでもいくかー……着替えるから一旦出ますね」
「ああ。そういえば、新しい制服は?」
「ん?学ランですが」
「見たい」
「ミタイ……?」
仁王先輩の言葉に一瞬戸惑う。
この先いっぱい会うことになると思うが、なぜ今なんだという疑問が頭を占拠する。
「だめか?」
「だめじゃないけど」
心なし可愛いこぶってきたので俺は言われるがまま着替えることになった。


セーターを脱いで、タイを解き、ボタンを外す。
中に着てたTシャツはそのままに、脱いだ制服から手を離して椅子の背もたれにかけた。
わずかに布が擦れ合う音や、秒針の音が俺を急かす。
新しいワイシャツは一瞬ひんやりしたけど、すぐに体温になじんだ。
スラックスに足を通し、ちょっと踏みつけながら腰まで持ち上げる。手早く、ベルトのバックルを嵌めた。
「おおー……」
別室で着替えを終えて部屋に戻ると、まじまじと見つめられた。
そんなにおかしなことも、新鮮なこともないと思うから、微妙な反応で当たり前なんだけど。
「似合う?」
「似合う」
「そらよかった」
せっかく着たので、ねだるようにして似合うと言わせた。
聞かれなくても言って欲しいというかなんというか。
ちょっと窮屈に感じて、手首を出すために袖を引っ張り、襟のホックを外して座る。
立ってたら、いつまでも眺めていそうだったから。
でも座っていたら皺がつくかなあ。まあこれからずっと着ることになる制服だし、神経質になることもないだろう。
「あとは名前か。まだ教えてもらってないナリ」
「そうでしたね。えーと、えーと」
本当は東京にいったら伝えるつもりだったので、ドキドキしてきた。
口にするのでもよかったが、そうだとひらめき、新しい制服の箱とか入学案内とかの一式を手繰り寄せて探る。
目当てのものを見つけ、はいこれ、と学生証を渡す。
中学のは性別とか生年月日まで書かれていたけど、新しいのは名前と学校名、学籍番号くらいしか情報はない。
仁王先輩の目が小さい四角の中を見て、やがて手をおろす。
今度はこちらに向けられる目。そしておもむろに開く唇。
食い入るようにしてそこを見つめる。ずっとこの瞬間を待っていた、といっても過言ではない。
ふ、と仁王先輩の目が細まった。
「───そんなに見つめられたら、キスしたくなる」
「え、ん」
肩が触れ合うところにいたからその声も唇も素早く、俺の唇に吹き込まれるようにして注がれた。
はぷ、と吸い込みかけた息を無理に止められて、変な音が出る。
「……、」
顔がずっと近くにあって、躊躇いながらも何度か吸い寄せられてしまう。
唇だけをしばらく食むけれど、次第に触れ合うところが濡れていく。深く絡み始めた証拠だ。

「、ま……、ぅ……」
名前を呼ばれた歓喜に、ぴくりと身体が動く。
仁王先輩の唇が、俺の唇を操るように開けさせるので、言葉にならない声が出た。
滑り込んできた舌に驚き反射的に逃れたけど、逃げ場などなく、ぬるりと絡めとられた。
、もっと」
「……れ……」
叱られたので舌を伸ばすと、優しく褒めるようにして吸われた。今度はまた俺の口の中に舌が戻ってきて、互いの唾液をかき混ぜ合う。
二人分の舌がちょっと窮屈で飲み込んでしまいそうになるのを堪えると、唾液は口からとろりとこぼれて顎を濡らした。

覆いかぶさってくる仁王先輩に、倒れてしまうか、縋りつくかを無意識に選んで首につかまった。
重たい頭と反った腰を抱かれて、学ランは皺になってしまいそう。
息を吸ってばかりの胸が膨らんで跳ね、顔を真っ赤にして汗をかいていた。
「ぁっ……」
唇が離れた一瞬にとびきり甘い声が出たのは、息が詰まっていたからだ。
羞恥心を抱く余裕もなく、はあぁ、と快感を逃がす息を吐く。
腰が砕けたというのはこういうことか……。

俺がくたくたになると、膝の上に乗せられた。吸っては離れていく唇はゆっくりで、まるで呼吸のしかたを教えられているみたいだ。
しばらくして、お互いの乱れた息が整うとキスが止む。
汗ばんだ額に張り付く前髪を仁王先輩が梳かして耳に掛けると、その指は輪郭をなぞった。
「名前……やっと呼べた、
仁王先輩はまたゆっくり、俺の頬に口づけながら名前を呼んだ。
骨に声の振動が伝わり、全身に電流のように駆け巡る。
名前を呼ばれるのに、こんなことになるとは思っていなくて、俺の心臓はいまだにバクバク言っているし、身体もそわそわして落ち着かない。
「ふ、普通に呼んでほしかった……」
「あんな期待した顔で見つめるのが悪い」
仁王先輩は俺の顔を覗き込みながら、にっと笑う。
期待はしてたけどそうじゃなくてさ。
「……ずっとこうしたかったき」
俺がちゃんと選ぶのを待っていてくれたんだな。
ぐっと言葉に詰まって、それからゆっくり息を吐いた。
「仁王先輩、麻衣を彼女にしてくれてありがとう」
彼女じゃないと仁王先輩と一緒にいられないのかな、なんて過去に抱いた不安はもう大丈夫なのだと身をもって知っている。
別れない、と仁王先輩が言った答えも正しく、俺の心の中に在るのだ。
「今度は俺を、俺のまま、……彼氏にしてくれる?」
「元々は俺の彼氏じゃろ」
「うん、……そうだった」
泣きつくようにして、仁王先輩の顔を抱えて頬擦りした。
のしかかる俺に対して、仁王先輩はごろんと床に寝転がる。支える間もなく投げ出されたその身体に、俺は存分に甘えるようにしてすがりつく。
制服につく皺なんてもうどうでもいい。

今までの全部、ずっと前から愛だった。
それを、たっぷり確かめさせてほしい。



end.




イメージソングはTSUNAMIと見せかけて桜坂です。雅治だけに。
仁王雅治の包容力に思いを馳せました。
他でもない仁王先輩に、付き合ってるからそばにいるって思われたくない、と言った本人が一番そう思ってた……そんなバカな子犬をそれでも愛そうと思った仁王雅治の懐くそでかいな。
July.2022

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