My dear. 20
恋の虜という魔法を使ったことのある魔女を見つけたと、おじさんが教えてくれた。俺とセドリックは、本の著者に連絡をとろうかと試みたが無理であきらめてたんだけど、おじさんは色々とツテを使ってくれていたらしい。
本来の目的は守護霊……幸福を見つけることで、記憶を取り戻すつもりはなかった。もしかしたら記憶を取り戻せば守護霊が出せるのではないか、と思っていたけど。
「会いにいくなら連絡をとるが」
「……父さんは、……いいの?」
セドリックの問いかけにおじさんは首をかしげた。
あまり、肯定的ではなかったはずだ。セドリックが俺を好いていると聞いた時、頭をかかえてがっかりしていたようだった。俺が女の子の格好をしていたから勘違いもあるだろう、と慰めるようにも言ってたっけ。
「私は二人をずっと見てきた」
「うん」
おじさんは父親がわりのように俺によくしてくれていた。
もう一人息子ができたようだ、世話を焼くのは当たり前だと。そのことを俺は嬉しく思ってて、……ちょっとだけ負い目もあった。
「だからつまり……ただ、二人の幸福を祈ってる」
不意に泣きそうになってしまった。
セドリックは俺の肩を抱いて、とんとんと叩いた。もしかして俺はすでに泣いてたんだっけ。慌てて顔をおさえたら泣いてはいなかった。
記憶が戻るかどうかはさておき、会えるなら会ってみようと思った。
セドリックはまだ守護霊が出せないみたいだったし。
そう思っていた矢先に、ホグワーツが戦場となった。ダンブルドア軍団が持つコインがそれを報せてきた。俺もハーマイオニーに手紙に同封して送ってもらっていたので、二人して手の上にそれを乗せて顔を見合わせた。
「行こう」
先に口を開いたのはセドリックだ。
お前の方が決断早いじゃないか。
「うん」
こうなることは知っていたし、行くつもりだった。
本当はあんまり行きたいくないんだけど、友達が大勢戦っている。それにセドリックが行くという。
おじさんに手紙を残して、ウィーズリー家と合流してホグワーツへ行くことにした。兄弟が勢ぞろいしてて、フレッドとジョージ以外は久々に会ったので、挨拶がちょっとだけ長引いた。
「死ぬなよ二人とも」
「二人もね」
フレッドとジョージ、俺とセドリックはホグワーツについてすぐに別れた。
先生たちが学校に守護呪文をかけているのを見ながら、隣のセドリックの手をがしりと握った。
「なあセドリック、俺はこうなること、知ってたんだ」
「うん」
「生まれつき、たまに未来を見るわけ。だからセドリックが死ぬかもしれないのとか、校長先生が亡くなることも知ってた」
「そうなんだ」
深く暗い空に、透明に光る膜が揺蕩うのを眺めた。
前を向いたまま話す俺の手をセドリックは握り返す。
「ここでの未来はよくわからない。誰がどの場所で死ぬのか。守れない、きっと、俺には無理だ」
「そんなの当たり前だ」
「きっと多くの人が死ぬ……俺たちもどうなるかわからない」
「わかってる」
「でもね、ハリーは生き残る、俺たちは勝てるよ」
「ああ……」
それだけ聞ければ十分だと、手を軽く揺さぶられてはなした。
戦いの最中、親しくしてた人や、顔だけは知っている人の横たわる身体をみかけた。
自分たちが生き残ることに精一杯で、生死や怪我を確かめるべく助け起こすこともできない。俺とセドリックはどちらかが駆け寄っていきそうになると、構うなと遮り引き止めた。
誰かの身を案じて手を離したら、こいつが死ぬかもしれない。そう思うと、俺たちは離れることなんてできなかった。
長い夜が一生明けないんじゃないかと思いながら、身を寄せ合って広間に座った。フレッドの横たわる脚ばかりながめて、俺たちは黙り込んでいた。
ああ、俺の友が、そこで、しんでいる。
「現実じゃないみたいだ、こんなの」
「うん」
セドリックのかすれた声が、周囲のすすり泣く声に混じって聞こえて来る。こんなに近くにいるのに小さい。それほど、ここは混沌としていた。
「明るい場所で目覚めたいよ」
「もうしばらくの辛抱だ」
「……ぜったい、隣にいてくれ」
「いるよ」
体力を使い切ってるので、ゆっくりとしか手が動かないけど、かすかに肌を触れ合わせた。握る力がなくて、煤汚れた乾いた手を擦るしかない。それでも命あるセドリックにほっとして、俺はゆっくり眠りに落ちて行く。
目をさますといくらか空が明るくなっていて、傾いて寄りかかっていたセドリックの頭に自分の顔を軽くぶつけた。
「……少し、眠れたね」
「どんくらいたったかな?」
「たぶん、2時間くらい」
闇の帝王が提示した休戦だったけど、その先にあるものは嫌な条件だ。
ハリーを差し出せ、というものなんだから。
俺たちはもちろん誰もハリーを差し出すつもりはない。けれどきっと、ハリーは向かっていっただろう。
結局最後までハリーに面と向かって頼られることもなかったけど、ほっとしてしまった。
「もう直ぐ本当の朝が来るんだろ?」
「うん、きっと」
情けないが、信じて待つしかなかった。俺はもうこれ以上傷つきたくなかった。
死んだと思われていたハリーとヴォルデモートが戦い始めたことで、俺たちは朝からまた一悶着あったが、無事闇の帝王が失脚……むしろ塵になったので喪失?するまで立っていることができた。
「おわ、った?」
思わず問いかける。
セドリックも、その周囲にいた生徒たちも、頷いて抱き合った。
いつのまにかエイモスおじさんが俺たちを探しにきていて、怒りながらも抱きしめて、三人で家に帰った。おばさんも一晩中寝ないで待っていたそうで、申し訳ないことをした。
俺たちはしばらく休養するようにと言われたので、魔女に会いに行くどころではなくなり、おじさんは疲れた体のまま手紙を出さなければと立ち上がった。
けれど、セドリックは父さんと呼びかけて引き止める。
「もういいんだ」
「え」
「話を聞く必要は無い。、いいかな?」
「いいかなって、なんで、いいの?」
「うん。僕はもう大丈夫だから」
そういって、セドリックは見事に守護霊の呪文を使ってみせた。
おじさんも俺も、戦いが終わったこと以上に喜んで、背中をバシバシたたいた。
「まあ戦い終わった後だから、格好がつかないけどね」
「そんなことない!今後も絶対役にたつだろ」
「の言う通りだ、自信を持てセドリック」
今夜は盛大に祝おうぜーーってところだが、あいにく俺たちは疲れてたので、はしゃいでおばさんに怒られて治療したあと爆睡した。
先に起きたのはセドリックの方で、俺の眠る部屋まで歩いてきた。俺はセドリックが来るまでぐうすか寝てたんだけど、足の骨が折れてるっぽいので、先に起きても会いに行ったら怒られてただろう。
「朝ごはん食べられる?だって」
「んー、もらう……ちょっとだけでいいよ」
「わかってる」
おじさんが薬を分けてもらって来るそうなので、どうせ今夜には骨がくっつくだろう。
セドリックが一度部屋を出てジュースとフルーツとパンを持ってきてくれたのでありがたくもらうことにした。
「怪我人なのに悪いね」
「昨日のうちにほとんど治ったよ僕のは」
闇の魔術だったら傷が簡単に治らなかったりするけど、セドリックは飛んできた瓦礫にぶつかってできた傷なので、手持ちの薬である程度回復できた。怪我をしてた左手をひらひらしているので嘘じゃなさそうだ。
「眠れた?辛かったろ」
「眠れたよぐっすり。おふとんだいすき」
持ってたジュースをトレイにのせて、枕に勢いよく背中を預けると若干痛かった。うえっと声をあげるとバカって言われてしまった。
怪我は案の定薬を飲んだら1日で治ったので、翌日はホグワーツの復旧を手伝いに行った。
マクゴナガル先生やスプラウト先生は終戦時に無事を確認して喜び合ったが、元気に顔を出すともっと喜ばれた。
「そういえばMr.谷山、あなた日本には帰らなくてよろしいのですか」
「学校は休学してますよ」
一週間近くこまごまとしたことを手伝ってると、俺の境遇をそれなりに知ってるマクゴナガル先生が首をかしげていた。決戦に参加しにきただけ、と思ってるんだろう。それにしたって、一週間ですぐにまた日本に帰るほど、愛想なしじゃないけども。
学業を疎かにするべきではない、と言いたいんだろうけど手伝いは助かってもいるわけで、マクゴナガル先生はちょっと唸る。
いっそのこと学校が復旧するまで手伝って、その報酬でホグワーツに復学して卒業してしまえ、と提案する先生もいたし、今直ぐに帰って高校を卒業したあと戻ってこいという先生もいた。
「か、かんがえときますう」
「人気だね、」
「ハハハ、なんでだろね」
中退した生徒なんていっぱいいたのになあ。セドリックと一緒に家に帰りながら頬をかく。
そういえば、日本に帰る予定を一向に立てていなかった。一応、セドリックのことも戦いも落ち着いたし、ホグワーツのことは手持ち無沙汰だから手伝ってるだけで、ちゃんと日本には帰らないといけない。家は引き払ってるが高校は在学中だし、かつてのバイト仲間たちにも心配をかけている。
「日本、帰らないとね」
「うん」
静かに切り出すと、セドリックも静かに頷いた。
そう宣言した後の俺は早かった。すぐに荷物をまとめて、日本行きのチケットと当面の宿泊先を決めた。
前に日本に戻る時よりも清々しい気分だったのは、心配事がなかったからだ。
それなのになんだかイギリスが恋しいというか、魔法界に後ろ髪をひかれる気持ちはあった。
育った町、安心する母国であるはずなのに、魔法界で過ごした日々はそれと並ぶほどに長く、思い出がたくさん詰まってたんだろう。
かつてのアルバイト仲間たちとは全員再会を果たし、学校にも無事復帰した。
魔法界の友人や、先生方にも手紙を書いた。とりあえず高校をちゃんと卒業しますって。
セドリックはあの後無事職についたそうだ。空白期間などそしらぬ顔して魔法省勤務ってパパのコネなのって思ったけど空白期間に偏見持つのは俺たち日本人のお国柄なのかもしれない。採用基準わかんない。
そもそもセドリックは成績優秀だったしなあ。そう思うと、俺もがんばらないとっと、勉学に励む毎日だ。
前にとった一学期の単位をそのまま、ちょうどよく二学期から復学できたので卒業のめどは直ぐに立った。それをうけて、セドリックとたまにやりとりする近況報告とは別に手紙をしたためる。
学校の先生に書くのってやっぱちょっと緊張する。
以前、手紙でも再三言われていた復学について、お願いしてみようと思うのだ。セドリックが色々と魔法を教えてくれたとはいえ、魔法学校の先生が来なさいって言ってくれてるんだから教わろうじゃないかと。
返事は直ぐに来て、俺は二度目の入学案内を受け取った。前にもらったのとはちょっと違うけど。
滞在中はウィーズリー家にお世話になる予定なので、空港にはロンとハーマイオニーが迎えに来てくれた。
「よく復学しようなんて思えたよね」
「何言ってるの、資格って大事よ」
ハーマイオニー自身は復学しているのでえっへんと胸を張った。
彼女とは俺と入れ替わりで卒業し、魔法省に入省することが決まってる。
「ハリーは夜になったらうち寄るってさ」
「おー。あれ、ロン車の免許とったんだ」
「うん」
てっきり兄のうちの誰かかアーサーおじさんの運転で来てると思ってたので、駐車場で車に乗り込むときにちょっと驚いた。
ちゃんと、マグルの運転免許を取得したらしい。ハーマイオニーは教官に錯乱の呪文をかけてないか心配ってこぼしてたけど、ロンが何度もうるさいなあとぼやくのでこれは毎度のやりとりのようだった。
「大丈夫?俺が運転しようか?」
「なんでが」
「俺も日本で免許とったもん、こっちでも運転できるように申請しといた」
「あら、じゃあそうしてもらいましょ」
ハーマイオニーの掌返しに俺の方が笑った。どんだけロンの運転を信じてないんだ。
「冗談よ、はずっと飛行機に乗ってて疲れてるんだからあなたが運転してちょうだい」
「安全運転たのむよお、ロン」
「なんだよ二人してもう……」
若干イラついた様子でロンは車に乗り込み、俺とハーマイオニーは二人で顔を見合わせて笑った。なんか、いつかの仕返しがちょっとだけできた気がしなくもない。まあ二人はもううまく行っているようなので、俺が口出したり過去のことをほじくり返すのは良くないけど。
ウィーズリー家に荷物を置いてちょっと休憩してから、今度はジョージと二人で出かけた。色々な人のお墓参りに行くためだ。フレッドもそうだし、ルーピン先生やトンクスも、スネイプ先生も。シリウスは身体が残らなかったけどハリーがお墓をたてた。
それから会いたい人にも会ってまわっていたら夜になっていた。
ウィーズリー家にはみんなが顔を出していて、当然ハリーもいる。そしてハリーは魔法省につとめてるのでセドリックにも会って来たそうだ。部署はもちろん違うので、どっちかがわざわざ会いにいったんだろう。今日は俺が来るからって。
「なんか言ってた?」
「元気じゃなさそうだったら手紙だしてって。本当は今日も誘ったんだけど、仕事が立て込んでるからって断られたよ」
「元気だから手紙出さなくていいし、どうせセドリックんちには顔出す約束してる」
セドリックの心配をはねのけるように手を振った。ハリーは苦笑して頷く。
本当はホグワーツに戻るまでセドリックの家にって誘われてたけど、前に長いこと滞在しすぎたし、ハーマイオニーに聞いたモリーおばさんたちが是非と誘ってくれたのでお願いした。
ウィーズリー家は子供達がほとんど家を出ているので部屋が空いてるそうだ。そして今日は俺が来るということでものすごく大所帯になってる。セドリックの家は落ち着くけど、がやがやと騒がしいこの家もなかなか楽しい。ハリーもそういう雰囲気を見るのが好きみたいで、俺に目配せして笑った。
夜中までリビングには人がいてお酒を飲んでる。俺もさっきまで居たんだけど長時間移動して疲れてたのか少し酒の回りが早く、先に部屋に戻らせてもらった。
ベッドに入る前にカーディガンを脱ぎかけたら、窓の外が少し光ったので手を止める。
「あ、気づいた」
「セドリック」
窓を開けてみればウィーズリー家の庭に、セドリックがいた。
外に行くためにリビングを通ると途中で酔っ払いにどうしたと聞かれ、セドリックが来てたと答えると明るく送り出された。
「今日は残業だったから遠慮したんだけど、まだ飲んでるみたいだね」
「あー、飲んでく?俺はもう寝ようとしてたけどな」
「それは悪いことした」
陽気な笑い声にセドリックは笑ってたけど、俺を気遣って肩をすくめる。
「アルコールはいいよ、ただ少しの顔が見たくて来た」
「……俺も、声が聞きたかった」
「ありがとう。着てよかった」
「聞きたくなったんだ」
「ん?」
セドリックに少し近付いて行くとゆっくり首を傾げて待っていた。
「それとも俺が言うべきなのかな、……そういう約束だった」
ローブを引っ張り上を見た。
瞬きをしてから、セドリックは微笑む。
「いいや、僕が言う。───だからこたえてくれ、」
俺は今度こそ、唇に迷いなくこたえを乗せることができた。
end
案外長引きました。(書く期間が)
大変お待たせしました。
お付き合いありがとうございます。
>恋の虜や記憶について補足。
思い出したとか、もう一度恋をしたとか、どっちでもないしどっちも正しいかもしれないです。
もともと恋をしてた記憶って線引きが難しく、本能にとても近いところにあるから正確に消せた訳ではありませんでした。強い記憶(セドリックの場合は初めて出会ってときめいた時の記憶)が特に消えています。
主人公が傍にいてうまくやれば友人のまま、傍にいなくてもそのうち遠くにいる友人として記憶に馴染んでいました。頭痛は無理に思い出そうとしたからで、たまたま偶然。
この場合は主人公への思いを知ったこと、主人公が前と変わらず傍にいたこと、消しきれていない記憶と本能で、もう一度好きになったんだろうし、前から好きだったことを思い出した、っていう両方になります。
でもシークレットクラッシュのときの、初対面のあのドキドキしてる花やかで繊細な記憶は二度と思い出されることはないのです。
という言い訳でした。あんまり作り込めてないですすいません。
July 2017