I am.


Dear mai letter

僕は今、学生時代の友人に手紙を書こうとしていた。
もう三年ほど顔を見ていない。また、手紙のやり取りも頻繁ではない。闇の帝王が失脚した直後ほど近況を報告する必要性もなく、だんだん数が減って行った。互いに仕事をしていて、世間は平和であったため、良いことなのだろうけれど。
そんな彼へ手紙をしたためるのは、昔のことを思い出したからだ。
その思い出の彼に手紙を書いてみようと思い立った、それだけのこと。

My dear,
How have you been?

そこまで書いて、ペン先を持ち上げた。さて、なんて書こう。





三年前、朝日に照らされたの顔は煤に汚れて、いくつかの傷があった。
「セドリック」
走り回って、攻撃を交わして、杖を振りかざして、髪の毛はくしゃくしゃに乱れていて。
それでもなんとか生きて決戦を見届け、合流した父に肩を抱かれて家に帰ろうとしていた。
父が少し傷の手当てをするといって鞄を探っている時に、は僕を呼んだ。手持ち無沙汰に佇んでた僕は隣を見る。はこっちを見ていなくて、ぼうっと遠くを見てた。
僕を呼んだのは聞き間違いだったのか、というくらいに感情のない横顔で、口を開いた。
「───生き延びたぞ」
そのままの意味だと思う。感慨とか、喜びとか、安堵とか。
ゆっくり瞬きをする睫毛を見て、僕は拳での肩を軽くぶつ。
はようやく振り向いて笑ってくれた。
「ああ……っ、生き延びた」
口にすることで押し寄せて来たのは恐怖の方だった。そしてやはり安堵もあって、僕はどろどろに泣いた。
いつも百点満点の笑顔のはやっぱり綺麗に笑ってて、すごいなと思った。

父は泣いてる僕の後頭部をくしゃりと撫で、は僕の背中を抱いた。そして軽い手当てをしていくらか回復してから家に帰った。
母は寝ずに待っていて、僕らが帰って来た時は僕以上に泣いて、二人をいっぺんに抱きしめた。

僕はほとんど一晩で治るような怪我だったけれど、はまだまともな治療ができないため体を綺麗にしてからベッドに横たえられた。
が眠るまで、もしくは僕が眠くなるまで、ここにいてもいい」
「いいよ。セドリックの身体が辛くないならな」
「辛くない。僕は薬が効き始めてるし、もともと大した怪我じゃなかった」
「俺だって大したことねえやい」
軽口を叩けるくらいには、落ち着いて来たと思う。
「結局間に合わなかったよなあ、守護霊」
「え?ああ……」
僕はに恋をしていた記憶を失った後遺症で、守護霊の呪文が使えない。穿ち過ぎかもしれないが、それほど呪文を使いたかったし、が希望だったのだ。
ダンブルドア軍団に所属しておきながら切り札を持っていないことに焦燥して、のところへ押しかけてうちにまで来てもらったのに、結局何も出来ないまま最終決戦にのぞんだ。
僕は焦る理由を失い、は役目を終えた。
「落ち着いたら日本に帰る?」
「そだなあ、高校卒業しないとだし……」
「そのあとは?魔法界で仕事するの?大学いくんだっけ?」
「迷ってんだよねえ」
下唇を突き出してふうっと息を吐くと、前髪が跳ねてぱさりと落ちた。まぶたにかかったみたいで、手で直そうとして僕が先に指でどかす。
僕の手にぶつかったの指を何気なく掴み、じっと顔を見下ろした。
「僕のこと、どう思ってた?」
「どういう意味?」
「こういう意味」
顔を寄せて、指先で唇を撫でる。
「さあ、わかんないな。俺には未来の話だった」
「好きになる可能性もあった?」
「あった。今もこうして、見つめ返すくらいだ」
「そうか……。もしかして、したことある?」
「嫌じゃなかったよ」
肯定の、その先を聞いてしまった。
かつてのことは理解していても、思い出せないし、同じ気持ちにはならない。それでも僕はこのまま触れてみようかと思うほどに、この距離が嫌じゃない。
今の二人は多分、同じところに立っているんだろう。
「もしもあのまま」
鼻先が触れた。
「セドリックが死んでいたら」
唇にかかる吐息の音に、動きを止める。そしてわずかに顔が離れた。
彼は悲しげな面差しで笑う。いつも笑顔だけは色彩豊かで綺麗なんだから。
「愛しただろうな、一生」
「後悔、の間違いじゃなくて?」
のことを好きなまま死んで、生き残った彼が一生僕を愛してくれても、全く意味がない。僕は生きたかった。愛のために死を選ぶと口にはできない。
そんな唇で扉を開けようだなんて思えなくて、ひたいに託した。
命を救ってくれた、友への愛が今の僕の身の丈に合っている。

はくすぐったさに身をよじり、笑って僕の肩を叩いた。
前髪をすいて戻していると、眠くなったは宣言するなりゆっくり眠りに落ちていく。本当に疲れていたのだろう。僕も寝顔を見てたら眠くなった。部屋に戻るのすら億劫で、勝手に同じベッドに入り込み眠った。
翌朝、母に子供扱いされながら起こされ、二人で照れ笑いを浮かべながら朝食をとった。

怪我が治ってからはホグワーツの修繕を手伝った。は合間に、日本へ帰る準備を整えた。
それから父が見つけて連絡をとってくれた、恋の虜という魔法を使った魔女と会った。彼女自身も細かい効力がわかっておらず、力になれなくて悪いけど、と肩をすくめた。そんな彼女が魔法をかけた人は今、他の女性と結婚して幸せな家庭を築いているそうだ。そしてまた彼女自身も良い人と結婚していた。
「これからセドリックはたくさん幸せになると思うよ」
「うん」
帰り道でしばらく黙っていたは急に、僕の肩を叩いて慰めた。とても月並みな言葉だけど、彼がいうことは本当だ。なにせ僕は死ぬはずの未来と、熾烈な戦いから生き延びた。これから待ってる未来が幸せではないはずがない。
もう焦る気持ちもないし、に対する違和感もなくなり、僕らはそれぞれの未来へ歩み出したのだ。







生活も落ち着き、職に就いた。最初は目まぐるしい日々だったけど、やりがいはあったし、慣れればどんどん楽しくなっていく。
はまず故郷の学校を卒業した後ホグワーツへ戻り、無事卒業したそうだ。互いに休みが合わなくて、結局今の今まで会ってない。どこで働いているのだったか、思い出せないくらいには疎遠となっていた。
それでもあいかわらず、彼は間違いなく僕の一番の友人だと知っている。

ある日の僕は部屋の荷物の整理をしていて、父にアルバムを渡された。それは学生時代にと撮った写真たちで、今までずっと隠されていたものだった。
渡すのを忘れていたことと、タイミングがわからなかったという父の言い分はもっともで、責める気もない。
それよりも写真を見返すのが楽しかったし、とにかく嬉しかった。

入学したての頃のものから、が学校を去る少し前のものまで全て整えられていた。ゆっくりと時を遡っていくように見ていけば、思い出が溢れてくる。
特に入学したての小さなの姿は懐かしくて、僕が思い出せるものは曖昧なので、写真を見ることで蘇る記憶には驚いた。それが妙にドキドキして、楽しかった。
僕は何かを手に入れたような、見つけたような気持ちになった。

ためしに呪文を唱えて、幸せを思い描く。
一番に脳裏に浮かんだのは、やっぱりだった。
小さな、女の子に見える、本当に初めて会った時のすがた。
写真で見た一年生くらいの年頃で、僕たちはマダムマルキンの洋装店で手を繋いでいた。一瞬のことで詳細はわからなかったけれど、それがとても幸せな記憶なのだとわかった。

僕たちの初対面はあの場所で、きっと僕の恋はそこで始まって、幸福はやっぱり君だった。
白銀の動物を前にして、僕は涙を流す。
優しく慰めるようにすり寄った後にやがて消え、残骸だけが僕を撫でた。
消されたはずの記憶の正体は、あまりにもいとけない。色々なものを見て来た今、恋の虜になる魔法はとけて、ゆっくりと過去の熱が失われていく。
命を失うように凪いでいく揺らぎを、本当に死にはしないと言い聞かせて耐えた。
思い出は思い出のまま、そうあるべきだ。
そして何度でも思い浮かべようと思った。

三年前、ベッドの上で唇にキスをしていたら、僕はきっとまたを好きになっただろう。そしても僕を、また好きになってくれたんじゃないかな。
でも、僕の命を救うために僕を愛さないと決めたことが、嬉しかった。
僕もまた、同じような気持ちだったからだ。


───友よ。

───元気にしてた?

そうして書き出した手紙には、近況を綴る。
結局、守護霊が出せるようになったことも、記憶を思い出したことも書かなかった。
今となっては、なんだかあまりにも些細な出来事で、それ以上の日常や報告の方を伝えたくなったからだ。

───結婚したい人ができました。
───よければ、あってくれないかな。君の都合の良い日に合わせます。


end

my wizを長く書きすぎてセドリックとくっつかない終わりも考えるようになってて、セドリックは記憶を失ってたときに普通に恋愛してたんじゃ?と思ったし、他の女性と結婚しそうって思ったなどと供述しており……。
結婚前に初恋を回顧するのってあるあるじゃないですか。このタイミングで思い出すのもありだなって思って。
本編の方では永遠に思い出せない初恋の記憶って言ったけど、こっちでは魔法とけちゃったてへぺろ。
内容的に18話くらいまでは大体一緒で、19話以降の流れが変わった話です。
魔法をかける条件が秘密を抱いていることなら、魔法をとく条件は秘密を手に入れることで、幼い二人の仲睦まじい写真が実は、誰も知らない間に秘密となっていて、それをお父さんから渡されたことで、セドリックは秘密を手に入れ、魔法をといたっちゅーことやな(関西弁)

マイディアを友よと訳すボーイズラブを書きたい人生だった。(遺言)
Dear mai letter.はDear john letterをもじりました。ある意味別れの手紙だよなあって思って。男女でその間の名前が変わるんでマイの名前にしました。友人への手紙ですし。
ただあの手紙、普通ならダーリンとかで始まるところを素っ気なくDear johnになるからビクッとするらしく、この手紙はMyDearなので違うけど、いいんです。
May 2018

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