My wiz. 45
彼は思いの外長いこと、戻ってこなかった。周囲の同業者たちは一年で戻ってこられるのではないかくらいに思っていたのだ。ジーンもそういう奇跡を信じていた。けれど一年経っても音沙汰はない。もちろん、半年に一回くらいは手紙が届いたりするのだけど、帰る目処がついたという報せは一切なかった。
そのうち、ほとんど彼の話をしなくなった。
忘れたわけではないが、話題に出す頻度が減るのは仕方がないことだ。
渋谷サイキックリサーチは学校関係や一般家庭などから、紹介や噂を頼りにちらほら調査の依頼が舞い込んでくる。しかし多くの物件を調査はしなかった。最初から興味が持てないものは行くべきではないというのが所長のモットーであったし、多くのものが勘違いしているであろう依頼だったのか現実だ。
彼がイギリスへ行ってから3年の時が過ぎた。ジーンが日本へやって来てからおよそ5年、彼と過ごした期間よりもいない期間の方が長くなった。
そろそろイギリスに拠点を戻したらどうかと、話が出ている。探し人であり興味深い予言をするはみつけたし、もういない。日本の心霊現象に興味はあったがデータもたくさんとれた。解析するのが本業なので設備の整ったイギリスの方が研究が捗るというのも正論だ。日本の分室を維持することは構わないが、優秀な調査員であり能力者であるナルもジーンもリンも、ヨーロッパでの調査への参加を求められていた。
そういうわけで、の帰りを待つことなく三人は日本をあとにした。そうはいっても分室は存在するし、調査員が数名派遣されデータ収集を続ける。全く音信不通の無関係な場所になるわけではないのだけれど。
「まだ拗ねているのか」
イギリスへ帰ってから一週間、なんとなくやる気が起きないジーンにたいしてナルがそう言った。
「別に、拗ねてるわけじゃない」
「あら谷山くんってイギリスにいるんでしょう?日本で待ってるよりは早く会えるんじゃないの?」
「そうですよ、手紙も送ったんでしょう」
まどかやリンにまでそうたしなめられて、まるでジーンは自分が小さな子供みたいになった気分になった。
目に見えて落ち込んでいたつもりはなかった。それに、どうしても日本でを待っていたかったわけではない。彼もおそらくイギリスにいるのだろうから。
ただ、近くにいるかもしれないのに会えないのが少しもどかしいと思った。
まだ記憶は戻らないのだろうか。以前自分でも、記憶を戻そうと思って消したことはないからどうなるかわからない、と言っていたとおり簡単じゃないことはわかっているつもりだ。
友人のことだから諦められないのかもしれない。
そして、もっと諦められない理由もあるのかもしれない。そう思うと少し、やるせなくなるだけだ。
「ちょっと散歩に行ってくる」
帰って来てからは家と研究室の行き来しかない生活を送っていたので、気分転換に外へ出た。
白けた空は寒々しく、冬の始まりを告げていた。
「ーーー寒いな」
「なら上着きてこいっての」
ベンチに座ってこぼすと、背後から日本語が聞こえた。
自分のつぶやきに、こんな風に軽く返してくる人に心当たりはなかった。否、あったけれど、本人だとは思えなくて胸が痛いほどに弾んだ。驚きと、喜びで。
「?」
「やっほー」
マフラーをぐるぐる巻いた、暖かそうながベンチの後ろに立って、ジーンを見下ろしていた。
まったくもう、とこぼしながらマフラーをかけてくれる。
ふわりと香るのは懐かしい彼の香りだけれど、少し知らないものも混じっていた。それがジーンと彼が離れていた期間を示す違和感なのだ。
「いつ、もどって……いや、違うか」
「うんまあ、帰国はしてないけど。ジーンがイギリスにいるって聞いたから」
会いに来たよお、と間延びした喋り方でいう。
ジーンにまくマフラーを持っていた手が、離れて行く前につかむ。
彼は観念したように、ベンチの背もたれに肘をついて身をかがめた。
「もう終わったの?」
「終わり?うーん、まあ折り合いはついたな」
ベンチの前にある枯れた木を眺めながらは口を尖らせた。
どういった結末だったのか、ジーンには想像がつかない。けれど、ここにいるのだから、もうなんでもよくなってきた。
「日本へは?」
「あー、来週末行こうと思ってるよ。みんなも待っててくれてるみたいだし」
「どうして前もって会いにくるのを教えてくれないんだ」
「びっくりさせたくて!」
そうだろうとは思っていたが、ジーンは呆れた顔をした。きっと日本にいる彼らもそうなるのだろう。
彼は頬をつねられるし、頭をかき混ぜられるにちがいない。けれど、あたたかな笑顔で迎えられるのだ。
「おかえり、」
そういえば言ってなかったと思って、微笑んだ。
はきょとんとしてから、嬉しそうに笑う。会わないうちに少し大人びたけれど、笑うと幼く見えた。
薄い唇が柔らかく曲がって、瞳を細めて、眉を少し頼りなさげに。少し伸びた前髪を自分で退けながら、その手で口元を押さえた。嬉しくてしょうがない、というような顔だった。
「なんか嬉しいね。ただいま」
立ち上がったはジーンを後ろからぎゅっと抱きしめる。
耳元では笑い震える声がした。
この後彼はリンとナルに会いに行って、また抱きしめるのだ。
日本へ行ったらまた同業者らを抱きしめて、嬉しそうにただいまという。
信じていたが帰って来たら、彼らはどんな顔をするのだかとても気になった。見に行きたいから一緒に日本へ行ってしまおうか、とジーンは考える。
今後はどう過ごすのか、それを聞いてジーンは今後の身の振りを決めることにした。
end
エピローグ的な。短くてごめんなさい。
キリがいいから45までかきたくて。
June 2017