I am.


Salad. 12




修了式の日は、俺の最後の登校日だった。
友達とお別れして、部活や委員会、他にも顔見知りになった先輩たちとも挨拶を済ませた。
校門のところに行くと、赤也が俺のことを待っていたので何も言わずに一緒に歩き出す。
しばらく歩いていると何気ない会話が始まり、それから何か思いだしたように赤也があっと声を漏らす。
「幸村部長が、渡したいものあるんだってよ」
「渡したいもの?なに?」
結局、幸村先輩にはお見舞いにいけていないので、見当もつかずに首を傾げた。
「そろそろホワイトデーじゃん。お前あげたろ」
「───ああ!いいのにー。差し入れってことにしてくれれば」
「ンな簡単な話じゃねーの」
いやその気持ちはわかるがな。
丸井先輩はホワイトデーは会えそうにないからって3月に入ってすぐ俺にお菓子くれたし。
ちなみにそれはクラスの女子にも配っといた。
「俺が……出発する日までにもらってくるから」
「もし会いに行ってもいいなら、挨拶いきたいな」
「……メールしてみる」
「うん」
赤也はすぐにメールを打ってくれたし、ほどなくして返事は来た。
会う約束は俺が神奈川を発つ前日になったけど、まったく不都合はないので了承した。


久々に会う幸村先輩はもともと線の細い儚げな少年という感じだったけど、さらに華奢になったように思う。
スポーツマンだったのが2か月も入院してれば体格もかわるか、と内心で納得した。
「───谷山さん……?一瞬誰かと思った」
逆に向こうは、俺がばっさり髪を切ったことに驚いていた。
反射的に後頭部の髪をすくいながら、見てわかる通り切りましたと発言する。
「そういう髪型も似合うね」
「ありがとうございます。舞台でこのくらいのウィッグつけてたとき、あ大丈夫だなって思って」
「ああ」
さらっと褒めてくれたので、礼を言いながら聞かれてもない話を広げる。
「それにしても、誰も谷山さんが髪を切った話してくれなかったから、驚いたな」
「もっと違う人の話するんじゃないですかね、普通」
「でも結構聞くよ、丸井にチョコレートをあげたとか」
あれかーと笑う。
例年発生するイベントだろうけど、確かに俺たちは目立っていた。
というのも、あのフラッシュモブみたいな人たちのせい。あと丸井先輩の喜びが大きかったせい。
入院中の幸村先輩に日常の話をするにあたって、普通はクラスや学年、部活での出来事を話すものだと思っていたけど、共通の知り合いでもあった俺と丸井先輩の話はしっかり伝わっていたようだ。
「まああれは成り行きというか、ノリですね。ちゃんとあげたのは幸村先輩だけですよ」
「俺にだけ?───ありがとう」
差し入れみたいなものとは言ったが、バレンタインチョコと思ってるのはあれだけだった。
嬉しいな、と素直に喜んでくれるところを見るとほっとする。蓮二くんからも聞いてたけど、こうして反応が見られてよかった。
「丸井の奴、俺がもらったチョコレートまで食べようとしてたんだ」
「しそう」
俺の教室におねだりしに来た様子からして、深く頷く。
どうやら幸村先輩は俺以外からもいくつか差し入れがあったので、その山を見た食いしん坊丸井先輩がちょっとつまみ食いしようとしたらしいのだ。
「谷山さんからもらったのを食べられてたら、本気で味覚奪ってやるところだった」
良い笑顔でなんてこと言うんだこの人。
「味覚を奪う……どうやって……?」
「テニスで」
「味覚ってテニスに関係あるんです?」
「それ仁王も言ってたなあ」
あははっと笑っている途中、そうだと言葉を切った幸村先輩はベッドのわきのテーブルに置いてあった紙袋をそっと差し出す。
中には小さなポットに入った花と、おそらくお菓子の包みが入っている。
花の匂いがふわりと甘く香ってくるので、反射的にすんっと鼻を鳴らす。
「これ、あまり水をあげないでいい花なんだ」
「かわいいですねえ」
白くて小ぶりな花弁がたくさんついてる花の名前を俺はさっと回答できなくて、後で調べようと考えた。
「───見たとき、谷山さんっぽいなって思ったんだ」
「え~そうかな~」
自分じゃわからないけど、こんなにころっとしてて可愛いんだろうか……。


まだ時間あるなら、と誘われて屋上の日当たりの良いベンチまで歩くことにした。
身体は大丈夫なのかなと思ったのが顔に出ていたのか、「大丈夫だから」と言われる。
幸村先輩は歩きながらおもむろに、自分の病気の話をしてくれた。
「手術をするけど、その時に治るかどうかもわからない───ごめん、弱気なことまでいった」
青空の下に出たのに、少しも気が晴れない話だった。
「幸村先輩は強いですよ」
「強くなんか」
否定しようとする幸村先輩にゆっくり首を振った。
俺に直接話をするに至るまで、色々な葛藤があったに違いない。
自分におきかえてみると、お母さんの話はまだ口にできそうにないからわかる。
「弱気になったら駄目、なんてことは、ないと思うんですよね」
並んでベンチに座って、フェンスの向こうの空と街並みを見る。何の変哲もないその風景が美しく思えるのはどうしてだろう。
俺が傷ついているからだろうか。それとも、移ろう季節みたいに、俺が冬を越そうとしているからだろうか。
「辛い時はどうしても辛いし、それを止めようと思う方がしんどいんじゃないですかね」
「どうしても、そこから抜け出せない時───谷山さんはどうする?」
「……うーん、歌う?」
「ファンティーヌみたいに俺が歌ったら、谷山さんは会いに来てくれる?」
俺の回答に幸村先輩は少し笑ってから、寂しそうな眼差しで問いかける。
あの歌は、今の俺にも、幸村先輩にもよく刺さる歌だろう。ふと悲しくなって、頭の中で歌ってしまうことも、近頃少なくなかった。

幸村先輩が舞台で俺が歌ってるのを見て思わず会いに来てくれたみたいに、俺もそうしてあげたい。
けど───悲しくて辛くて草臥れた心に寄り添って、一人ではないとわからせるには、俺では足りないだろう。

答えない俺に、幸村先輩は誤魔化すようにして謝った。
「ごめん、冗談───」
「一回分、先にしておきます」
立ち上がって、見下ろした幸村先輩の柔らかい癖のある髪の毛を掌で包んで、胸の下に抱き寄せた。
「幸村先輩の周りにはたくさん人が居ることを忘れないでくださいね。……後の分はその人たちにしてもらうこと」
俺の身体にもぎこちなく幸村先輩の腕が回る。
本当は俺が慰められているのかもしれないな、と思いながら身をかがめ、白い額に唇を寄せた。
そこはあたたかくて、弾力があって、あの日触れたお母さんとは別物の感触。
余韻に浸るように、触れたところを指で撫でた。
そしたらその手をとられ、俺は我に返る
「……っいま、」
「あ、スミマセン」
反対の手で、ちょっと乱暴に、ごしごし拭いたらその手もとられた。
そうなると、俺はもう降参するしかない。
でも怒っている雰囲気ではなくて、どう返そうかと思考している雰囲気を感じ取った。
目を泳がせたと思えば、俺の手とか肩とか顔とかを見る視線。

「……先輩はだめ」

俺はいつぞや窘められたみたいにして、幸村先輩の行動を制した。腕をつかんでいた手がピクリと震えたのを感じて動かせば、容易く引き抜けた。
「なんちゃって」
風にあおられて持ち上がる前髪を指でとかして額を隠す。
笑って、許してとお願いして、誤魔化した。

幸村先輩が俺に返すのは、違うと思う。
それに、俺はまだ励まされたくなかった。


1階まで送ると言った幸村先輩を説得して、荷物を取りに寄った病室で別れる。
結局、『夜間飛行』の感想も、転校も引っ越すことも、お母さんが亡くなったことも言えなくて、俺が一方的に見納めに来た感じになってしまった。赤也よりは蓮二くんのが上手くタイミング見て、事情を伝えてくれるだろうから後で頼んでおこう。

廊下を静かに歩きながら、エレベーターまで行く。
ボタンを押して、ふと廊下を振り向くと俺は夜の病院の廊下を思い出してしまった。
あの晩は眠れなかった。疲れて茫然として意識が飛んでいたので、朝はすぐに来たけど。
よみがえってくる喪失感に、まだ駄目だなあと肩をすくめる。

悲しみに暮れない、前向きになれるような歌を探して口ずさみながら、エレベーターがくるのを待たず階段の方へ行くことにした。

人とは会わずに下に降りて、受付を通るときはさすがに黙ったけど外に出たらまた口ずさむ。
少しずつだけど歌につられて感情が浮上するから───自分で、空も飛べるはずだと言えるようになるまで、歌うのはやめない。



end.

完結じゃないんですけど立海編はここで終わります。最後に歌ってるのはもちろん空も飛べるはず。
作中に出てくる歌の方向性がバラバラなんですけど歌は歌や……!
主人公はまだGH麻衣を意識していないし、お母さんだって亡くなるだなんて思ってもみなかったわけで、それまでは普通に夢を見てたし、麻衣として疑問を感じず(深く考えずともいう)生きてたんじゃないかなっていう話。
幸村君のバレキスを聞いてからずっと、鼻歌でバレキス歌う主人公を見かける幸村君を書きたかったんです。でもなんか違う話になった……それは、サマバレがずるかったせい。
こんなきっかけだったのでバレンタインまでにバレンタインの話をと思ってたら入院中だったし、感情を持て余して書ききれなかったので、謎に幸村誕によせていきます。おめでとう!これめでたい話じゃないけど。

あとで、この時の主人公が母を亡くしたばかりで(なおかつ看取った病院に見舞に来て)病気の自分を励まして、何も言わずに転校していったと知るので、結構なハートブレイクが幸村君をおそうはず。
Mar.2022

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