Sunset. 15
三学期はとても短かく感じた。一月の下旬、願書を郵送した一週間後に東京に行って入試を受けた。それからまた一週間すると合格発表があり、無事合格したことを担任の先生に確認をしてもらう。入学手続きをするのも実際に行かなければならなくて、夜行バスに揺られて東京と大阪を往復する。
その慌ただしい日々が終わったらあとは卒業式の練習や、文集制作なんかが待っていた。殆ど勉強をしない、開放感のせいで頭に詰め込んだ知識は抜けてくんだろうなとこっそり思う。
皆と過ごす、残りの時間とともに、するするとお馬鹿になって行く。
「麻衣ちゃん、早う携帯買わんとほんまに疎遠になるんやからな!」
「あーはい、はいはい」
いつか買おういつか買おうと思っていた携帯はそろそろ買わないと本当に不味い。
友達にも散々言われてるので、そのたんびにそうだそうだと思い出す。
「いややわ、麻衣ちゃん時々ボケとるから、買わんで行きそうで……」
「ありえる」
「自分で肯定すな!」
頭をぱしんと叩かれた。
複数の友達とそんなやり取りをした俺は、帰り道でも財前に「携帯買えや」ってどつかれるハメになる。
「おすすめ機種とかあるん」
「俺が使てるやつ」
近くの携帯ショップに連れて行かれて、並べられた携帯を眺めながら財前に聞く。
こいつの持ってる携帯どんなだっけと思ってたら隣でポケットから取り出して見せた。
「ならおんなしにする」
「適当なやつ」
といいながらも財前は言及してこない。メジャーな機種だし、お揃いでも気にならないんだと思う。
「さて契約すっか」
「アホ、出来るか」
「え」
「未成年やろ」
「ああ!」
俺は鞄を掴まれびんっとなりながら立ち止まる。未成年だったね、そういえば。
先生に同意書書いてもらえばいいんだっけ?あれ?携帯の契約方法なんて詳しく覚えてないわ〜。仕方ないのでショップのお姉さんに説明だけは受けとこって思って財前と一緒に聞いて来たけど、とりあえず作れないということは分かった。
親がいないことをまず証明する書類が必要で、なおかつ支払い能力を認められなければならないので……クレジットカードをちょっと思い出したわ。
「めんどいなあ」
「せやな」
普通に親がいる財前はもっと楽だっただろうから、素直に俺が契約する為の手間のかかりようもビックリだろう。俺もビックリ!
あっちでバイト見つけるまでお預けかな。しょうがないよな。
そうこうしてるうちに、卒業式はやってきた。
とうとう携帯電話を買わんかったぞコイツってことでシバかれ、皆が俺の卒業アルバムの最終ページに個人情報を記して行く。席にすわれねえ。
教室の窓から外を見てみたら去年と同じ光景が広がっていて、俺はそこに白石先輩と忍足先輩の姿も見つけた。あの人達目立つなあ。
去年は三階の教室だったけど、今年は二階の教室なので先輩達の姿は近い。
「忍足先輩、白石先輩」
軽く呼べば二人は同時にこっちを見て笑みを浮かべる。
「麻衣ちゃん、卒業おめでとお」
「見送りにきたったで」
二人はぶんぶん手を振る。
「はよ降りてきいや」
おまけに手招きまでしてくれるので、俺はそっと後ろを確認する。人数は少なくなっていたのですぐ行けるだろう。
個人情報満載の卒業アルバムを回収してから外に出て、さっき先輩たちが居た方へ向かう。人混みの中でテニス部の集団はすぐに見つかったし、財前の後ろ姿もそこにある。
「財前先輩、第二ボタンくださぁい」
後ろからどしーんとアタックして、腕と胴体の間に手を突っ込む。身長が数センチしか変わらないので、肩に顎をのせて抱きしめると、中々のフィット感。
衝撃にも耐えうる運動部なので、俺がぎゅむぎゅむしても動じないどころか呆れた視線を向けて来る。
鬱陶しそうにため息ついたと思ったら、胸にまわされた手を少し退かして第二ボタンをちぎり、俺の手に握らせた。え、冗談なのに。
「なんでくれんの!!」
忍足先輩と白石先輩はおろか、他のテニス部員が居る前でスベらされた……!
「お前が欲しい言うたんやろ」
「言うたけども!」
身体を離して地団駄を踏む。とんだボケ殺しやで……こいつ。
「まあいいや……記念に貰っとこ」
くすんくすんとわざとらしく落ち込みながら、財前のボタンをポケットにしまう。
「お礼にタイあげよっか?」
「いらんわ」
「じゃあ忍足先輩にあげるね」
「ほんまか、ありがとお!」
きんきら頭の忍足先輩に預けたら、きらきらした笑顔で受け取ってくれた。
「俺にもなんかくれへん?麻衣ちゃん」
「えーなに欲しいですか?」
「なんでもええで」
「うーん、じゃあ麻衣ちゃんの写メをあげましょう、はいどーぞ」
ぱちっとウインクしてポーズとると、白石先輩は律義に写メを撮った。
皆ノリ良いなあ。それなのに財前と来たら……。
「せや、せっかくだし二人で撮ろ?」
「え?え?」
「制服は見納めやしな」
「あ、そですね」
白石先輩に肩をぐっと掴まれ引寄せられる。
いつの間にか携帯を受け取ってたらしい後輩くんがツーショットを撮ってくれたので一瞬の出来事だったけど、とりあえずばっちりにっこりはしといた。
「逆ナンの時に『これ遠距離恋愛中の彼女やねん』とか言って見せびらかすのは禁止ですよ」
「!なんでわかったん!?」
「あははは!お見通しですよ!」
中身のない会話をしてる最中も、財前は自分が卒業生だなんてことは露程も気にかけてない顔だ。
白石先輩と忍足先輩のがよっぽどこの場を楽しんでる気がする。
先輩達に聞かれたので、4月1日に東京に発つことは教えた。そしたら送別会しようって忍足先輩が言ってくれた。テニス部でも財前の彼女でもないのに開いてくれるなんて嬉しいなあと思いながら今度は俺も参加してテニスをして、春休みと最後の大阪を楽しんだ。まあ、遊びに来ようと思えば来られる……いやでも交通費かかるから当分こないかな。
荷物は殆ど送ってしまったし、あとは手で持てるものを持って明日新幹線に乗るだけとなった。
最後の夕食は俺の好きなのにしてもらっちゃったり、おじいちゃんの肩たたきなんかをして何故か嫁入り前みたいな雰囲気になったり、先生と奥さんにもお世話になりましたってお礼をいったり、いつもと違う日を過ごした。
朝はいつもと変わらない朝で、奥さんの朝ご飯を食べて家を出た。
「はよ」
「……おはよ」
角を曲がった途端に目に入った人物に近寄って行くと、いつもみたいに挨拶された。
歩みを止める事無く返すと、当たり前の様に隣を歩く財前。
見送り来てくれることは何となく知ってた。直接言われたわけじゃないけど家を出るのは何時なのか聞かれりゃ察しがつく。そこで、え〜迎えに来てくれるの〜って言うと憎まれ口がかえってきそうだから俺は知らんぷりをしていたのだ。
本当は他にも何人か見送りを提案されて断ったけど、財前は特別なので来てほしかった。やったね、来てくれたよ。
新幹線のチケットは餞別にと先生たちが用意してくれたので、俺は今日ばかりはバスの長旅にはならない。まあ新幹線でもそれなりに時間かかるけどさ。
改札の前で、俺と財前は向き合う。じゃあね、の一言が、いつもならするっと出てくるのに今日ばかりは出辛い。
「————」
「!」
「元気でやれや」
「、んで、呼ぶかなあ……」
先に口を開き優しい言葉をかけてくれた財前が、にくたらしい。
なんで名前呼んじゃうかな!ほんと!
いつかは呼んでほしいし、楽しみに待ってたけど、この不意打ちとフライング!
性別戻したら一番に会いに行こうかな、くらいには青春的なことを考えてたけど、別れ際に本当の名前呼ぶなんてロマンチックなことは予想してなかったよ俺は。
「さびしくなる、呼ばれたら」
くしゃりと前髪を潰して、顔をわざと歪める。
「知らんわ。東京行く決めたんは自分やろ」
「———うん。でも、財前がいる大阪にもずっといたかった」
「アホいうな」
「アホですんませ〜ん。ほんまの話な、財前が俺を知ってるってことが、嬉しかった」
「そうか」
「隠す必要なんてないことなのにね」
「そうやな」
「それなのに黙っていてくれてありがと」
裾を握っていると、その手をやんわりと掴まれた。そして俺は縋るようにその手を握る。
財前はもう行けと言いたいのかもしれないけど、もうすこしだけ。
———誰からも知られなくたって寂しくなんてなかったけど、知ってくれてる人が出来ると寂しくなるってあるんだな。
そう思いながら、それは口にしなかった。
別れを惜しむのが格好わるく思えた。だからといって平気な振りはできないんだけど。
「じゃーな」
財前は一瞬だけ俺の手を握り返してから、素っ気ない返事をして放した。
改札の中を通って振り向くと、財前の姿はまだそこにある。手を振っても返してくれないかなと思っていたけど、片手をあげて見送ってくれた。
end
大阪編は終了。
東京行ってからの話も書きたいです。
Mar 2016