Sunshine. 05
最後の曲は別れの曲だった。イントロからテンポの良い爽やかな印象を受ける曲調で、悲しさっていうのはあまり感じないって思った。でも音の清々しさがより一層胸に何かを訴えかけて来るような。
別れを惜しみながらも前を向けそうな、寂しさを乗り越えて行くために勢いを持つような。
そのために、全部飲み込んで歌わないといけない。
暗記するだけでよかった歌詞はよく聞いていたら文学的で、自分の胸に刺さるところがいくつかあった。何気ないフレーズが、どうしても自分の考えにしっくりきて、ずぶずぶと音楽にはまって行った。
学祭のライブは過去最高の盛り上がりを見せた。
俺たちが参加するのは毎年恒例となり、今年が最後ということが観客もわかっていて、終わった後にはすごい人に囲まれる。
年々、ライブのおかげで在学生たちの覚えもよかったし、ライブ後は反響あったけれど、こんな風にキャーキャー言われたことはなかった。
終わらないで……と泣かれた時には正直驚いた。年に一度ライブをするだけの人なのに。
人混みの向こうに光を見つけて、目があったけれど、俺はそちらにいくことはできなかった。
友達と一緒に来ているだろうし、落ち着いたころにメールして合流しよう。
結局、俺はバンドの打ち上げがあったので、光とは会えないまま大学を出た。ライブお疲れ、良かった、というメールを光からもらった。そして光から俺のアドレスを聞いた光の友達も感想をくれた。今更アドレス交換しちゃった……と妙に笑えて来た。
打ち上げではしんみりとはしなかったけど、思い出がぽつぽつ花を咲かせた。
「最初のライブはヒドかったよなあ」
「あ〜出だしわかんなくなって2〜3分くらい沈黙したやつ」
緊張しちゃったドラムがカウントするのを忘れてし〜んとしたこともあったなあと笑う。
元々ライブなんてやったことない初めてバンドを組む人ばかりだった。久々にギターをやった俺が一番うまかったくらい。まあ俺は生まれる前の経験もなきにしもあらず、だけど。
二年目はリベンジ、成功したので三年目は味をしめて、四年目の最後はやらない理由がない、とライブ参加を決めた。応援してくれた人は年々増えたし、おそらく今年泣いてた人たちはこのバンドのへたっぴ時代を知ってた人がママの気持ちになったにちがいない。
そして別れの歌だったので自己投影もあったんだろう。
「谷山は卒業後どうすんの?」
「ほえ」
枝豆をぷるっとだしたところで問いかけられて目を丸める。どうするとは?
「どっか遠くに行くんだと思った」
「歌のせいじゃね?」
「そうかもな」
「ははは……」
二人のやりとりにぎくりとする。遠くに行く……には行くんだよなあ。
「俺卒業したらイギリス行くんだー」
「ええ!?!?」
「聞いてない!!!」
初めて言ったわこれ。
俺は卒業後正式にSPRの研究員……というか事務員になることが決まっていて、所属は日本支部、つまり今のオフィスでの業務。正式なものになったので仕事内容は増えるし、おそらくナルについて色々と回ることになるだろう。
イギリスに行くのもずっとってわけじゃない。三ヶ月から半年と聞いてる。
ちゃんと説明したので送別会にならずに済んで、普通に解散した。バンドも解散。
また機会があればやろうな、という感じだ。前もこのようにして俺の音楽活動も終わったんだっけ。二回もやれてたのしかったなあ。
そういえばこのギターどうしようかな、と背負った重みに思いをはせる。不要物とはいわないが、なかなか触ってやれる機会は少なそうだし、イギリスに行くのにわざわざ持って行くのもなんだかなあ。光預かってくんないかなあ。
「はあ?オレんち実家と勘違いしとらんか」
「すいません」
友達と別れて家に帰る足で光の家に行ってギターのことを相談したら、玄関でドアにもたれてかったるそうに俺を見下ろされた。
「ライブ終わってその足でギター捨てに来るとか、かわいそうな奴やな」
部屋に入りながらさりげなくギターを持ってくれた優しさに感動しかけたが、こんなことを言う。ちなみにかわいそうな奴といって撫でたのはギター。ぐうの音もでねえ。
で、でも別に捨てに来たわけじゃないもん……。
「引っ越し先の部屋そんな狭いんか」
「俺バイト先で就職したじゃん?でえ、春からイギリスなんだって」
光は足を止めたけど、ちょうどキッチンの前だったのでお湯を沸かす動作に切り替わって、どういう反応だったのかはイマイチわからないでいた。
就職決まったことはもちろん言ってあったけど、イギリスに行くのは最近決まったことだったので言ってなかった。多少は驚いただろうか。
「いっそ全部あっち持ってったらええやんか……なんでギターだけ。あてつけか?」
「あてつけって??他の家具はどうでもいいけど、ギターはたまに触ってやってほしいというか」
「意味わからん……オレあんま弾かんし」
「三ヶ月に一回くらいでもいいから───あ、三ヶ月で帰ってくるかもしれないんだわ」
「なんやそれ」
ぺちぺち、とおでこを叩いていると光は拍子抜けしていた。
「三ヶ月で帰って来るんか」
「ん〜長くて半年かなって聞いてるけど」
「へえ……」
電気ケトルの中のお湯が沸騰する音がして、スイッチが切れた。
「何飲む」
「お湯のまんまくれ」
「意識高い系か」
「だってこんな時間にコーヒーとか飲んだら寝れんくなるだろ」
「しじみの味噌汁あんで、が置いてったやつ」
「そこまで酔ってません」
沸騰したお湯をぐいぐい飲めないので、受け取ったマグカップに水を少しだけ足す。
インスタントコーヒーを横で入れてる光は猛者としか思えない。ああでもいい匂いだ。
先に部屋にいって座ってると、後からやってきた光は隣に座った。ソファに毛布があるので自ずとこの配置になる。
「学祭どうだった、楽しめた?」
「ライブ以外あんま見とらんかった」
「え、あの後もライブ見てたん?」
俺たちのバンドのライブは二曲だけで、その後もまだ有志がやっていたと思うけどずっと見てたのかな。俺のライブが昼過ぎで光が帰ったの多分夕方くらいだろうけど。
「いや、たちの見た後ブラブラしたけどあんま記憶にないな、普通に買い食いとか」
「まあそんなもんだよなあ」
口当たりの良い温度になったお湯をこくこくと飲む。
光のコーヒーは俺よりも少しだけ熱いはずなので、俺は先に飲み終わって片付けた。
「じゃ、帰るわ」
「……ギター、置いてってもええけど」
「え、ほんと?いいの?」
ギターを預けに来たというアホみたいな理由だったので、その日はさっさと帰ろうと思った。
帰り際に玄関で手を差し出した光に驚きつつも、肩からベルトを持ち上げる。
「……なんでギターだけなん?他にも預かっといて欲しいもんないんか」
「これは、うーん、栞みたいなもんかな」
ギターをぶらぶら掲げて苦笑した。
「実家でもなく───俺を文庫本にでもする気か」
光は俺の言いたいことがわかったように、ちょっとうつむいた。それで、ドアに両手をついて俺とギターを閉じ込めた。
「これがあればまた光に会いにこれるじゃん」
「そんなん、ずっと、ここにおったら」
「いらんないだろ」
肩をすくめた。本当はもっとずっと一緒にいたいけどさ。
冷静に考えて無理だって思っちゃった。
せめて永遠に、またなって言える二人でいたい。
「俺たちずっと友達だろ」
「さむ……」
眉を顰めた光は震えるようにして俺に身を寄せた。
そうだな、俺たちそんなんじゃ、さむいよな。
するりと下ろしたギターは所在無げに床につき、ドアや俺にもたれて立つ。
背中に当たるドアは冷たくて玄関の気温も低い。もうすぐ今年も終わってしまうし、寒さはこれから長くきびしいだろうな。
触れた光だけがあたたかかった。
今までの俺たちのストーリーは確かに存在したけれど、過去でしかない。きっと気持ちも少し落ち着いて、穏やかに読めるようになる時が来る。
そのために離れるのは良い期間だと思えた。
光はどんな解釈をして、どんな風に俺の居ない時間を過ごすだろう。
それはもう俺の知らない物語になってしまうけれど、俺の栞を取りに行きがてら教えてもらえるのもまた楽しみでもあった。
だから預けたギターが戻ってくるためだけの栞ではなく、俺の未練だということは気づかないでいてほしい。
イギリスへの"研修出張"は半年とされた。まあ早く帰る分には手続きが楽だからってことかもしれない。ナルとリンさんなんか俺が卒業するよりも少し前にイギリスに行ってて、俺は一人で向かうことになってるのだ。ちなみに森さんがナルたちと入れ替わりでやって来てオフィスを見てくれる。
あっちでナルとリンさんが待ってるんだと思えば気は楽だけど、一人で海外いくのか〜寂しいな〜って感じだ。
みんなには見送りは良いと言っておいたんだけど、来てくれた。もちろん光も。
ナルたちを見送ったのに俺を見送らないわけないだろって。嬉しい限りだ。
光も顔見知りではあるんだけど、輪になって会話に入るタイプではないので少し離れたところでぽつんと佇んでいる。
俺と光が一番の仲良しであることを知ってるみんなは最後の最後、光の背中を押して二人にしてくれた。
「栞、ちゃんととっとくけど、あんま手入れできんからな」
「あ、うん、それはもちろん良いよ」
はたから聞いたらなんの話って感じだろう。
まあ周囲に人がいてもみんなやることがあって誰もこっちを見ていないし、話も聞いていないだろう。
「オレも持っといてほしいのあんねん」
「え?なに、ん?」
「大したもんちゃうけど、毎日しとけ」
毎日のお手入れを言いつけられるんか……と思いながら目にしたそれはシンプルな銀色のリングで、ほへっと固まる。
手を出せといわれつつも動きの鈍い俺はわたわたして、しびれを切らした光に左手をとられ薬指にリングをはめられる。
一瞬だけひんやりしたように感じた指輪だけど、すぐに俺の体温に馴染む。そして俺の体温はおそらく上昇する。
震える右手で息が荒くなる口元を押さえながら、左手と光を見比べて思わずこぼれた。
「〜〜〜うわあ……もう、けっこんして」
「なんでお前がいうんや」
光は呆れた口調で俺を見た。でも頬も耳も赤い。
「ウソ、なんで……俺、ダメだって言ったのに」
「ダメなんて聞いとらんし、それはの言い分やろ」
「そうですけども」
「なんもなかった時に戻れるって、思っとったんか?」
なんもなかったことにしてたけど、光もちゃんと考えてたんだ。
言ってこなかったから、俺と同じでこのままでいようとしてるんだと思ってた。
俺たち、こわくて、ちゃんと話合わなかったのが悪いんだな。
「ぜ、絶交はやだったんだ」
恋人かどうかすら怪しいところで、ダメになったら、友達ですらいられなくなるのが一番怖かったのだ。
自分で口にしてみて、絶交って随分子供みたいな響きになってしまったなと思う。
光もその言葉にふっと笑った。
「たしかに絶交したないな、せやから───オレと結婚してください」
かしこまった口調の光は少し格好よくて、少し可愛い。
俯きっぱなしの俺は、まっすぐなプロポーズの言葉に顔を上げる。ふてぶてしい顔とか、酔って力抜けた顔とか、イライラした顔とか、爆笑してるとこだって見て来たけど、結婚してっていう光の顔はもちろん初めてで、優しい微笑みの中に少しの不安がうかがえた。
さっきうっかり自分でもプロポーズしてしまってるけれど、しっかり言葉に応えるべく、目を見てうなずいた。
end
ライブで演奏したのが栞っていう歌でですね……別れ?の歌なんですね。それで財前くんがこいつ俺のこと思い出にしよったと察したんで、ちょっとわかりづらいかもしれません。すいません。
とっくに友達じゃないくせに友達でしかいられなかったから、言葉のチョイスが小学生みたいで「絶交」になるという。
プロポーズの言葉よりも、絶交したくないっていうのが光だいすきを次いで出た本音的なものです。プロポーズもうっかり言ってますけど。
栞は主人公的解釈だと未練だけど、財前くん的解釈だと予約です。
もうちょっとロマンチックな展開にしたかったんですけど、とろとろくっつくのも二人っぽいかな……想像力の乏しさを感じつつもとりあえずプロポーズ成功に乾杯!はれるや〜〜!
Oct 2018