Vitamin. 05
日が暮れる前には安原さんがやってきて、昨日頼んでおいた調べものの内容を話してくれた。「茅さん……お姉さんに電話で聞いてきました。二十年前の事故は彩さん達が引っ越す前のことでした。亡くなった森永ほのかちゃんは彩さんと一緒に遊んでいた時に池に落ちてしまったのだそうです。彩さんも小さかったので助けられずにそのまま……。それから彩さんは塞ぎ込んでしまい、この家からはなれて過ごす事によって段々落ち着き、いつしかその事を忘れてしまったと」
「あれはフラッシュバックか」
ナルはその話を聞いて、彩さんの症状に検討をつける。
「それと」
安原さんはぺらりと書類を捲って話を続ける。遊びに来ていた知人男性についてのプロフィールだ。
知人男性は森永利雄。妻の清美はその日身体を崩していた為不在で、遊びに来ていたのは父娘二人だけ。
そしてほのかちゃんの死後二人は離婚している。
「森永清美……旧姓に戻ってるはずなので今は……篠田清美さんです」
「———、篠田さんの下の名前を聞いてるか?」
「いや……聞いてはいないけど……そうなんじゃないか?」
米神をぽりぽり掻く。
そもそもこの事件はたった二人の事件なのだ。片方が被害者なら、片方が加害者。まあ、見えない誰かがいなければ、だけど。
とにかく動機はわかった。あとは証拠かあ。
…………コナンくんやっぱ持ってないかな??
コナンくんは、俺が腰に巻いていたパーカーの盗聴器で安原さんの情報を得て、やっぱり証拠品をくすねていたようで、あっという間に推理を展開して篠田さんを問いつめた。
夕ご飯が終わって、ようやく落ち着いて来たらしい彩さんの部屋に全員を集め、阿笠博士の影に隠れて、である。
阿笠博士ほとんどいなかったのに……いいのかそれで。
篠田さんは幼い娘が自分のあずかり知らぬ所で死に、見殺しにされた思いでいっぱいだった。ほのかちゃんは死んだのに彩さんはすくすく育ち、しかもほのかちゃんのことをすっかり忘れていたから、後悔とほんの少しの逆恨みが、急激に只管な憎悪に変わってしまった。
もともと気弱だったらしい彩さんに、霊の存在をにおわせ不安を煽り、なおかつ池に落ちればほのかちゃんのことを思い出し更なる恐怖の底へ落とせる筈だった。その上死んでしまうかもしれないということは全く考えてなかったようだけど、立派な殺人未遂である。あの浅い池であっても、四歳の子供なら死ぬのと一緒で、全く泳げないでパニックに陥ってる彩さんは死んでもおかしくなかった。
「ごめんなさい、彩さん……ほのか……」
魘される彩さんを見て、篠田さんはやっぱり後悔していたようで、膝をついて泣きながら懺悔した。
今此処にジョンがいれば……とか空気読めないことを考えていた俺は、無表情を心がけて阿笠博士の足元にちょこっと見えるちっちゃいスニーカーを眺めていた。
「あ〜あ〜、全く関係ない結果だったなあ」
撤収作業をしながら、ぼーさんはぼやいた。彩さんが手伝いでここにいてくれるのに、なんつーこと言ってんだ。「ごめんなさいね」って焦らせてるし。
「いいじゃん、皆にこにこ大円満」
「おまえは気楽でいいなあ」
「ぼーさんはこんな所で躓いてて大丈夫?人生まだ長いよ?」
気遣うような視線を向けると、「こんにゃろ!」と言いながらおでこを親指でぐにぐに押された。
「今回はあれだね、安原さんが一番の功労者だったね。ぼっち少年探偵団、ちびっこ少年探偵団に勝つ!」
「美味しい所は全て持っていかれましたけどねえ」
「〜お前、ちびっ子達にリークしてたんじゃねーか?事故の件とか」
「ぼーさんは何か聞かれなかったの?」
「いや〜結構聞かれたけど子供に話す内容じゃねーだろ。で、やっぱりお前か」
「やだなあ、情報漏洩は信用にひびが入る行為だからしないよう」
……盗み聞きされてたのは知ってるけど。
部屋のすみっこにある椅子にかけた、さっきまで腰に巻いてたパーカーからするっと盗聴器のシールを剥がして羽織る。
「壁に耳有り障子に目有り……っていうじゃない」
腰に盗聴器有り、と心の中で添えて呟く。
指先のはしっこについたシールをあまりさわらないようにしていたところで、篠田さんが子供達を引き連れて、そろそろ出発すると報せにやってきた。ぼーさんと安原さんと俺は、ナルの片付けろという視線を振り切って玄関の外までお見送りに行く。
彩さんと篠田さんは阿笠博士に深々頭を下げていて、俺たちは子供達にばいばーいとにこやかに声をかける。
「コナンくん」
後ろで組んでいた手を片手だけ出して手招きすると、きょとんとしながらやって来た。うんうん、素直でよろしい。
「忘れ物だよ」
「え、」
しゃがんで顔を合わせて頬にぺたりと手をあてる。ついでに盗聴器もぺたり。そのまま顔をおさえてほっぺにむちゅっとキスして仕返しかつインパクトを与えたら、俺の唇が当たった方のほっぺをおさえている。反対のほっぺには盗聴器がお返しされてますよ。
「お返しのキ〜ス〜」
「な、な、なにすんだ!」
お礼ではない、お返しだ!あははは!お友達の前でお兄さんにキッスされて恥ずかしいだろう!
俺はペド野郎とは言われない信頼があるので大丈夫だ。……多分。
コナンくんの後ろで、哀ちゃんがぷっと笑ってて、歩美ちゃんが青い顔してて、元太くんと光彦くんは茫然としている。
んふーと笑いながら背中を向けて、コナンくん達から離れて行くと背後でなにやらワイワイしていた。にひひ。
「からかわれてばっかりで、可哀相ですよ〜あの子」
「大人気ねーぞ、」
ぼーさんと安原さんもすぐに俺の後を追って戻って来て、どちらも楽しそうに笑いながら横を歩いた。
「イイトコ取りされたから、取り返しただけだよ」
end
アニメだったら(?)去って行く主人公のところでエンディングソング流れて、そのあとコナンくんサイドになってコナンくんほっぺのそれなあにってあゆみちゃんに聞かれて返却された盗聴器を発見、哀ちゃんに終始遊び倒されたわねと一言頂いたあと、主人公のにひひが写ってワイプでコナンくんがくっそー……となります。
死神発言の件は、コナンくん的にはからかわれたと思ってますし、ナル達的には誰の事言ってるのかってのはわかってないけど、確かに危険があったなってことでやっぱり主人公は予見ちっくなところあるよなって思い直すんです。ささやかな勘違いを書けて楽しかったです。
トリックとかは考えるの苦手なので、彩さんが足を滑らせた方法は考えない方向で。
July 2015