27-CLUB. 09
十月にきた依頼人は、なんか固そうな人だったらしい。姉ちゃんが夕ご飯の時にバイトの話をするのはよくあることだけど、依頼を受けたという話は滅多にないので興味を持って聞く。「ナルの本名も知ってたみたいなの。なんでだろう?」
「なんでだろう」
首を傾げる姉ちゃんと一緒に首を傾げる浮遊霊。半透明じゃなけりゃ、もう立派な同居人だ。俺の傍に居るから姉ちゃんの生活は見られてないだろうけど、なんかごめんねっていう気もする。だって知らない男が一人家に居る訳だし。
「ナルのファンでストーカーなんじゃね?」
「う!あ、ありえる……いや、でも、幽霊なんて信じてない感じの人だったから違うよ」
「ふーん」
もぐもぐコロッケを食べながら知らんぷりをした。
「あ、今度の調査、も来いって」
「はいよー」
平日真っ盛りなので、学校以外の予定がない俺は了承した。もともとテスト前だからバイトは入れていなかったし。
なのに学校をサボってバイトに行くんだけどな……。まあ、なんとかなるなる。……多分。いざとなったらジーンを……いやいや、俺はズルはしない!がんばろ。
リンさんを覗く全員が未成年という、大変胡散臭いメンバーで阿川家に赴いた。
翠さんは最初から知っていたし、礼子さんはそんなの気がまわらないのか大分疲れた感じで俺達をまともに見ていない。
姉ちゃんは家に入る前に少し戸惑っていて、俺はそれを後ろで見ていた。背中をつついてせっつくと慌てて家に入って行き、俺はそれを疑問に思いながら追いかける。
「ただいま〜」
と、初めて入るよその家に挨拶をした俺は、きょとんとした姉ちゃんと翠さんに首を傾げられた。そして俺もまた首を傾げる。
「なんで、誰も……」
———いないんだろう。
口に出そうとしかけたけど、ジーンが俺の名前を少し強く呼んだことで我に返る。あれれ、今俺憑かれてた感じ?
「口が滑った。お邪魔しまぁす」
俺がへらっと笑ったから、翠さんも姉ちゃんもくすくす笑って済ましてくれた。ジーンは影で「あまり油断しない方が良いよ」って助言をくれたけど、俺だってこんなあっさり憑かれるとは思ってなかったんだい!
ともかく、この家には五人の霊が居た。俺達がやってきたことでなりを潜めているけど、存在だけならすぐわかった。俺って結構敏感なんだなあ。
お爺ちゃん、お父さん、お母さん、男の子、女の子の霊がいる。皆一方的で、それぞれは互いを認識していないみたい。害はないんだけど、居心地はやっぱり良くはない。語りかけるのも無理そうだとジーンが傍で溜め息を吐いているのを聞きながら、俺は姉ちゃんとナルの指示にしたがって荷物を降ろしていた。
夕方になってやってきた広田さんは見ない顔である俺に怪訝そうにして、かつ疑り深い眼差しを向けて来たけど姉ちゃんの弟でただのお手伝い要員って聞くと少しほっとする。俺も霊感あるんだ〜なんて言ってしまうと途端に広田さんから軽蔑されそうだから、もし霊のことを伝えるにしてもナル達だけとか、姉ちゃんに夢で伝えるとかにしようと思う。
広田さんは案の定一番気に食わないっぽいナルに食ってかかっていたし、礼子さんが取り乱したことでその場は流れたけど大変居心地のわる〜い調査になった。やっぱり礼子さんはお母さんに憑かれてる感じだ。ずっとじゃないけど、凄い影響を受けてる。
「弁護士に何ができるの……か」
こっそり呟いた俺の声が聞こえたのか、リンさんがちらっと見てきた。
「まるで被害にあったみたいだ……弁護士が何もしてくれなかった経験でもあるのかな」
「さあな」
ナルも聞いていたようで、さらっと話を終わらせた。
中井さんがナルに滅茶苦茶に言い負かされて帰って行ったあと、姉ちゃんは大変ぷんすかした様子でいたけど仕事をやってるうちにまたいつもの笑顔に戻った。うーん、素直で良い子。
「なんか、ごめんね」
「いえいえ」
ジーンが困ったように俺に笑うけど、俺は別にどうも思ってませんから。ナルはああいう人なんだなあって、本で読んで知ってたし、俺はナルとそんなに接触しないからな。あと、姉ちゃんとナルのあれは仲の良い証拠だと思ってるよ。気が合ってないからこそ、互いに良い影響を感じてくれるんじゃないかと思う。
礼子さんはあれから何度も怯えたような感じで不安を訴えるし、停電が何度もおこるし、電波障害もたくさんあった。深夜になっても礼子さんは異常を感じてて、ナルが何度も礼子さんをなだめに行っっている。
「、麻衣、何かないか」
「あたしは寝てないもん……は?」
俺は少し目を瞑って、考え倦ねた。眠ってる姉ちゃんに手がかりを見せる方法は今回使えない。そんなビジョンがないからだ。だからといって、何かヒントを与えるのに姉ちゃんを寝かす必要はない。ジーンも俺も、五人の幽霊については知覚してる……。
「五人?いや、死んだ人は七人かな、でも、一人はいないから合計六人」
「————」
ナルがちょっと目を見張る。その奥に居たリンさんまでこっちを見てるし、姉ちゃんも固まってる。
「安原さんに、この家で事件があったか調べてもらった方が良いと思うふぁーあー」
堪えきれないあくびをこぼして口を噤んだ。
とりあえず礼子さんを安心させる為に偽薬としてノリくんを呼んでて、ナルは多分安原さんに指示をして、俺はもっと情報を集めろと無茶を言われて寝かされた。俺は寝て情報収集するんじゃないんだけど良いや、寝てやろ。
起きたらノリくんとナルと広田さんが喋ってて、どうも除霊のフリをするっていう所だけ聞かれて誤解されたらしい。人が寝てる横でやるなよ……いや、俺も起きろよってはなしか。
「、なにか分かったか?」
「え、別に」
「……」
ぐうすか寝てただけの俺は、ナルのひんやりとした視線に堪え兼ね、背を向けてブランケットをたたんだ。
ノリくんと一緒に安原さんも来てたらしく、不動産屋さんの話とか、自殺があったという話は隣の笹倉さんちからしか聞かなかったと調べて来たことを発表した。
「ここで事件があったりは?」
「いやあ、特に見つかってないんですけど……」
俺情報っていうのはナルも伏せているらしく、安原さんは「もっと詳しく何か分かりませんか?」と聞いている。
俺は広田さんの前で霊感少年やりたくないな〜と思ったので口を閉じて知らんぷりをした。
そのとき、笹倉さんちの奥さんがやって来て、俺が喋る必要はなくなった。ラッキーって思っていたら広田さんが奥さんをとっちめてしまった。告訴しますかっていう言葉に、笹倉さんが異常に怯えている。
憑かれているけど、洗脳に近い憑き方をしていて、本物の霊の姿は見えない。奥さんを捕まえても意味がないだろうし、どうせ告訴という禁句ワードはもうアレに知れてる。
「あーあぁ、いっちゃった」
バタバタ帰って行った奥さんを見て、俺は呟いた。
鉈お化けが出たとき、すごく背筋がぞっとした。家中全部の電気が落ちて、あ〜来る!って思ったら信じらんない程の悪寒が俺を襲う。腰を抜かしそうなので遠慮なく俺は座る。膝をついてぷるぷるしてるの見られるより、堂々と体育座りをしようじゃないか。
「なにか、来たな……」
お前もそのナニカだけどな、と思いながらも、ジーンの囁く声に安心していた。さすが守護霊!
影響は受け難いっていうけど、怖いもんは怖いんだよ。
暗闇の中叫び声のした洗面所にどかどか大勢で行くのが嫌だったので、俺は電気がつくまでベースで心を落ち着かせていた。悪霊はすぐ消えて行ったからほっとしたけど、戻って来た皆がこいつ一人だけ動いてねえ、って見下ろして来る視線がいたたまれなかった。
「はー怖かった、大丈夫だった?」
「なにが怖かったんだよお前さん」
「え?いきなり暗くなってきゃーって聞こえたらそりゃもう……」
ノリくんはそっと頭を抱えた。
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霊が見えるのはまだ隠してるけど、色々しゅごいっていうのはバレてるのでさらっと分かることは教えます。
Dec 2015