Davis. 06
春休みになってすぐ、事務所にナルのお師匠さまのまどかさんがやってきた。うわ、これ、あれじゃん。あれなやつじゃん、と気づいてすぐに俺は逃げるべくナルとジーンを呼びに行って引っ込んだ。他の霊能者達が沢山きている調査を依頼されちゃったので、ナルはああいう連中に顔を売りたくはないとかいって偽物をたてることに決めて、なぜかその役目を俺に押し付けた。一番年下なのにぃ!
「ジーンがやればいいじゃん」
「同じ顔をしてるんだから意味が無いだろう」
そうなっちゃうのか……。
結局俺は断れる訳も無く、まどかさんにもお願いね〜と言われて引き受けた。
「林興徐と申します」
ナルとジーンの偽名も変な気分がしたけど、リンさんのフルネームが明かされた事に皆は驚いている。
「中国の方ですか」
「もとは香港です」
俺はもちろんイギリスに居た頃に顔を合わせてたし本名も日本人嫌いも知ってたので驚いてない。というか所長がそんなにふわふわ驚いたらいけないので気を引き締めている。
「……これでナゾが一つ解けたな」
「ん?」
「いやーずっとリンって呼び方はどこから来てるのかなーと思っててさ。苗字なのか名前なのか、名前だったらちょっと怖いなーとか」
ぼーさんとこそこそ喋ってると、綾子がそれを聞いて笑い出す。確かに下の名前がリンって言うのは似合わない。それいったらナルとジーンの偽名だって変だよ。言わないけど。……というか俺の場合は本名を知ってるからそれがしっくりくるだけか。
「……、と、いうかだな。未だにの苗字は聞いた事ねえんだけど?」
「どうぞこちらへ」
「あ、はい」
聞かれたらナルとジーンの弟だよって、渋谷だよって、言うつもりではいたけど良いタイミングで呼ばれてしまったのでそっちに向かう事にした。
広間に行くと先に来ていた真砂子や他の霊能者の面々が集まっている。その中にはまどかさんが言っていたオリヴァー・デイヴィス博士も居て、お兄ちゃ〜んって呼びたくなった。
ベースに行く途中では、ぼーさんがジョンにあとで通訳頼めないかなって喋ってるのを聞いていて、ふいに了承したジョンと目が合った。
「せや、さんも英語喋れる言うてはりましたね」
「え!?がぁ!?」
「あははははちょっとね?でもカタコトになっちゃうよお」
そういえばジョンの日本語を褒めたとき、イギリスで暮らしてたって言ったわ。
綾子もそれを聞いていたのか、驚き半分面白半分な顔をする。似合わねーとか思ってそう。そして俺はさすがにジョンの日本語みたいにすらすら出て来ないぞと心の中で言い訳する。
「ヨシ、、後で所長として挨拶にでもいこうや、おじさんと」
「所長は調査に集中しますので、仕事の合間にジョンと勝手に行って来なさい」
あ、でもジョンが英語喋ってるのは見たいなあ。
肩に置かれた手をぺいっと投げてから、ナルに仕事を仰いだ。
一旦の見回り調査を終えて戻って来ると、デイヴィス博士についての議論が開始されちゃって俺は何も言わないようにその群れから離れてナルとジーンと仕事をつづける。カメラの設置から戻って来てもまだ喋ってたら怒ろうと決めて部屋を出て行ったんだけど、俺たちが仕事をしていることに気づいた奴らはいなかったようだ。
「ようナルちゃんたち、どこいってたんだ?」
地を這うような声で存在を仄めかしたナルに、ぼーさんはへらっと笑う。
「むろん、カメラの設置にいってたんですが。僕はここに仕事で来ているもので」
「どこらへんに置きましょうかダンナ!」
「……とりあえず全員が宿泊するあたりを中心に、そこから徐々に半径を広げて行って安全圏を確保する」
長丁場になるかもしれないがやむをえないとナルが零している間に、俺はまたどかどかとカメラを持ち上げてジーンと部屋を出て行こうとする。
「ー、家に連絡して了解とっとけよ、長くなるって」
霊能者として仕事している真砂子と違ってアルバイト扱いの俺をぼーさんは心配したらしい。
「え?ああ、長くなりまーす」
俺はジーンの方をみて敬礼ポーズをし、ジーンはにこっと笑って敬礼ポーズを返して「了解」と答えた。
「こらこら、親が心配すんだろーが」
「大丈夫、兄ちゃん達と一緒だって知ってるし」
「は?兄ちゃん、たち?」
ぼーさんが固まって、ジーンとナルを見る。
べつに兄弟だということを隠すつもりはないので普通に答えた。
「うん、二人は俺のお兄ちゃん」
ナルとジーンをついついっと指でさしてからにこっと笑った。隠し事し続けるのも大変だから徐々にへらして行きたよね。
驚いたあとの質問に答えるのはめんどうなので、そのままジーンに「いこうかお兄ちゃん」って促して部屋を出て行った。残されたナルに聞いてもどうせ何も言わないだろう。
...
特に続く予定はありません。
主人公にナルたちのことを「兄ちゃんたち」って紹介させたかったんです。
もしくは、マジでオリヴァー・デイヴィス達の弟って立場でもよかったなって思ったんですけど長くなりそうなのでやめました。結局リンさんが主人公を呼び捨てにするシーンは書いてません……それは勿体ないきがしてきた。
Sep 2015