I am.


Destiny. 02

"十七歳になったへ。"
そう書かれた手紙を見つけたのは俺が十七歳の誕生日を迎えてから三ヶ月ほど経ってからだった。
母の字ではないそれは、きっと父の字だ。
封筒の宛名を撫でてからひっくり返すが、特に何も書かれてはいない。
封もされておらず、ただ仕舞われていただけのもの。───きっと母が、俺の十七の誕生日に渡そうと思っていたんだろう。
そんな母も突如事故で亡くなったため、荷物の整理をしていた俺がたまたまこうして見つけることになったわけだ。
手紙に書かれていたのは父からの、極々ありふれた言葉。でも、温かい大切な言葉。

途中からは、やっぱり家系に伝わる体質、ラッキースケベ現象についてが書かれていた。
曰く、それは運命の人と出逢うための神様からのギフトである。
曰く、運命の人と結ばれれば、そのハプニング体質は落ち着く。
───期限は、十八歳になるまで。
「え」
思わず声を上げた。なおも目は文章を追うが、自然と肩に力が入り背中が心なし丸まっていく。
なになに……十八歳になるまでに、運命の人と結ばれなければ、───この先誰とも愛し合うことはない……とか書かれているんだが???
クソ!!!その後は両親のナレソメが事細かに書かれていやがる!!!両親の初めてのキスのシチュエーションなんか知りたかないわ!!

薄目にしてぼんやりと文章をぼかしながら読み進め、追伸まで来たところでようやく目を開く。

"きっと、運命の人に出逢っている頃でしょう"
"この人だと思ったのなら、大丈夫"
"好きな人と、お幸せに"

そう締めくくられた手紙に、俺は不覚にも泣きそうになった。
両親がいない今、家系的に言う運命の人だとか以前に、俺には傍にいてくれる人がいない。
恋人がいれば、そりゃあ、幸せなんだろう。
もちろん今だって学校の友達や、バイトの仲間たちが温かく俺と繋がりを持ち続けてくれているけれど───。




「───にやまさん、……谷山さん?」
「!はいっ」
ぼうっとしていた俺は、背後から急にかけられた声に反応して立ち上がる。
バイト中のオフィスで、俺は接客を安原さんに任せて宿題をしていた。といっても、宿題なんて頭に入ってなかった。
ナルとリンさんが不在なことと、つい最近調査員という肩書に出世したこと、安原さんが正式にアルバイトになったことで、お客さんが来た時に迎える数が減った。こんな風に安原さんが呼びに来るということは、調査員としての仕事があるようだ。
「お客様の話を聞いていただけますか?」
「わかった───」
足を一歩踏み出してイスを戻そうとしたとき、俺のスカートの裾がくんっと引っ張られた。
ずるっと腰のあたりを何かが滑る感じがしたと思えば、スカートがずり落ちた。どうやらホックが外れたみたいだ。
このままスカートが床まで一直線に落ちると想像した俺より、安原さんの方が冷静で、抱き寄せられた拍子にスカートは途中でキャッチされた。
まあ、パンツはしっかり見えているが、お客さんは衝立の向こうだし安原さんには今更恥じらうこともないだろう。……嘘です、恥ずかしいです。
「谷山さんはもうちょっと周囲に目を向けようか?」
「ぐう」
鏡を見なくても顔が赤くなっているだろう俺とは違い、安原さんは菩薩のような顔で俺を窘める。
スカートを持ち上げてホックまで留めてくれる安原さんの、身を屈めて低い位置にある顔が、ふいに俺を見た。
「ほんと、目が離せないんだから」
「え……」
思わず胸がドキッと飛び跳ねたのは仕方がない事だろう。
他意がないことはわかってるんだけど、なんか……勘違いしそうになる。
笑顔は笑顔なんだけど、いつもと違うような気がするし。どういう意味、なんてしょうもないことを聞こうとしたけど、向こうでわずかに物音がしたときお客さんを待たせてることを思いだし、俺たちは身体を離した。




それから数日後、俺たちは件のお客さん───阿川翠さんの依頼を受けることになり、阿川家へと来ていた。
当初はナルとリンさんと三人でお邪魔していたけれど、恒例行事のごとくぼーさんが呼ばれる。
だけど今回は、霊の正体が分かったから除霊してっていうんじゃない。
あまりに阿川のお母さんの調子が悪いからぼーさんの祈祷を聞いて不安を取り除けないか、という目論見があった。しかしその話を聞いた依頼人の従兄だという広田さんが詐欺だと誤解して大騒ぎ。
結局、お母さんの不安の種である奇妙な電話とか電化製品の故障は、隣人の笹倉さんによる嫌がらせであることが分かったため広田さんとナルとでとっちめ、もうやらないと約束させることに成功した。
ぼーさんは「俺の仕事、これだけ?」だの「もっと自分を活かせる仕事がしたい」だの言っていたが、なんだかんだ帰ることなく調査に付き合うことにした。
ナルが、まだ腑に落ちないという見解でいたところだ。
そして早速、浴室に鉈を持った男が出たのを翠さんが目撃し、家中に悲鳴が響いた。

真砂子が来てくれたり、広田さんとナルがバチバチやり合ったりと、ある意味濃ゆい一夜が明け、昼頃には仮眠をとることができた。
布団に潜り込み目を瞑るだけじゃ味わえない暗闇のなかで、ゆらりと身体が揺れた。
何かに頭を乗せた感触に気が付き、目を開ける。
「起きた?」
俺はジーンの膝の上に乗って肩に預けていた頭を上げるところだった。……毎回、夢の中でジーンに会う時、この体勢なんだよな。
「……起きてはいないけど」
またか~。しかも、ジーンは遺体が見つかったにも関わらず成仏できなかったか~。
と、色々思いながら項垂れると、うっかりまたジーンの肩にすり寄ることになる。
「綺麗だね」
「え?」
何その感想と思いながら気が付いたのは、自分が白いドレス───つまり、ウェディングドレスを着ていたこと。
ジーンに会う時のもう一つあるおかしな決まり事として、俺は毎回謎のコスプレをしている。旧校舎ではメイド服、森下家ではゴスロリ、湯浅高校では婦警、緑陵高校ではナース、美山邸ではアリス、吉見家ではチャイナ服、小学校ではバニーだった。ちなみに全部ミニスカ。
今回は丈の長いドレスであることが不幸中の幸いだろうか。
「なんなんだ毎回、心霊現象の調査真っ只中だっていうのに」
「役得ではあるかな……」
ドン引きされたり怒らない上に、慰めまでくれるので何とも言えない気持ちになる。
まあ、現実では調査の合間にラッキースケベハプニングによってパンツが見えたり、パンツの中に手が入ったり、パンツが脱げたりしているのだから、これはマシなほう……か??
「~~ありがと!!」
ヤケになってお礼を言って、んぎゅっと一度抱きしめた。
ふふっと笑ったみたいで揺れたジーンに、俺は改めてどうして成仏できていないのかと問いかける。
なんでも、行くべき方向が分かっているのに、近づけないと言うことらしい。有り体に言えば迷っている、と。
「もしかしたら、こうして麻衣に逢う為にここにいるのかもしれないな」
マリアベールとかいうやつを、両側からそっと引かれて顔が近づく。
ジーンはうっとり微笑んだ。
白い唇に吸い寄せられそうになって、目が細まった。
だけどその一方で、俺の身体の中心がぽかぽかと温かくなってきて、その熱を中心に自分の意識が引っ張られていくのを感じた。


ぼうっとしながら、夢から醒めて意識が現実へと戻ってきたのだと分かった。
そして布団を抱きしめたつもりで何か違うものがあることに気がつく。
「大胆ねえ、麻衣ちゃん」
はて。……なぜぼーさんが寝起きの俺の布団に……?
低下した思考力で精一杯考える。
十中八九、仮眠中にぼーさんの懐に潜り込んでたんだろう。
いつだったか人の布団に入ったことはあったけど、これもなかなかイイな。
「きもちい」
「は、」
「ぼーさん、おっきいから」
ダラけた俺は、ぼーさんの胸にさらにくっついた。ぬくぬくだー。
「もっかい……しよ」
もう一回寝よう、と二度寝しよう、が上手く言葉にできなかったけど、言い直す力もなく、ふすーっと息を吐く。
「───、お、っまえな……っ」
驚き呆れたようなぼーさんが、俺の頭をかき混ぜた。露になった額の上で低く唸る声がする。
そして熱い吐息をかけられて、ほのかに湿った。
「俺以外にそういうことすんの、禁止な」
額におそらく唇が押し付けられて、ちゅっと音がした。
「ン!?!?」
「お、やっと目が覚めたか、寝坊助」
がばっと起き上がると、ぼーさんはニヤリと笑った。
「ゆ、ゆめか」
いや夢じゃないけど。
現実とは思えなさ過ぎて、夢で片付けることにして布団から抜け出す。
ぼーさんは俺が寝ぼけてたことを充分にわかっていたので、特にそれ以上何も言ってくることはなかった。



阿川のお母さんに憑依している霊を落とすためにジョンがきた。
祈祷が済んだジョンはまず広田さんに不躾なことを聞かれ、ナルには手ごたえ、ぼーさんには憑依霊を落とすコツを聞かれて大人気である。
その光景を見ていると、ジョンと目が合った。
「麻衣さん、お久しぶりです」
俺に近づいて来たジョンをよそに、ぼーさんとナルはベースへ戻っていき、広田さんは仕事の連絡をするといい、続々とリビングを出ていく。
「そうかな、この前も電話で話した」
久しぶり、という言葉に笑ってしまって、つい出た言葉だった。
ジョンはこの調査に入る前の日にも電話をしていて、その内容は他愛ないものばかりだ。
「ああ。せやけど、こうして顔を見るんは格別です」
「格別って……フフ、確かに、電話だけじゃ寂しいよな」
おかしな言葉選びにまた笑ってしまった。
頻繁にジョンが電話をくれるのは、俺が一人であることを気にかけてくれているからだ。
その厚意をちゃんと理解して、感謝もしてる。
だからこうして会えたのは久しぶりと喜ぶべきことだと思い直したところで、ジョンの青い目が俺を見つめてキラキラと輝く。
「───ボクじゃ、駄目ですやろか」
「へ、え?いや……????」
言われた言葉の意味がわからないというか、誤解を与えたかと焦り、どもってしまう。
「麻衣さんを一人にはしたくないんです……ボクをもっと頼ってくれまへんか?」
手を取られて、ぎゅっと握り込まれる。
そんなことをされたら俺は「ひゃい」と返事をするしかなくて、満足そうに微笑んだジョンに解放されるまで、頬がポカポカするのが止まらなかった。



昼過ぎ頃、ナルに夜までに仮眠をとっておくようにと言われた。
調査中はどうしても不規則になるので、寝れるときに寝ておくのはもちろんだが、それ以前に俺は昨晩シャワーを浴びる機会を逃したのが気がかりだった。
風呂場に鉈を持った男が出て洗面所にカメラを置いたりなんかしたので、その直後に入ろうとは思わなかったし、わざわざ外で入ってくるのも億劫で。
そこで俺は、翠さんに許可をもらってシャワーを借りることにした。
洗面所のドアを開けると、夜にあったらしい心霊現象などケほどもない、清潔感と生活感のある佇まい。
ふいに、廊下でしていた足音が洗面所の前で止まった。
脱ぎかけてる服に手をかけながら、まさかとドアに視線をやったその時、───カラッとドアが開けられた。
「「!?!?」」
内心キャーーーと絶叫しているが、なんとか堪えた。
そこにいた人、リンさんは、俺の痴態を見下ろしたと思えば、中に入ってきて俺の腕を引く。そして抱きしめられて驚くが、それはまるでカメラから俺を隠すような仕草だと思ったところで気が付く。
「あっ、録画中?」
「どうして脱ぐ前に声をかけなかったんです……!?」
「ははは……」
職業病ということにしてくれ……。
洗面所に設置したカメラはもちろん稼働中で、本来であれば脱ぐ前に声をかけることになっていた。
音声も向こうへ行くので、その場で何か言えばいいことだけど、俺は何も言わず普通に脱ぎ始めてしまったというわけだ。
だからこそリンさんも何も知らずに洗面所に来たようだけど。
「今って他に、ベース誰かいたりする?」
「騒ぎになっていないので、誰も見ていないか気づいていないでしょう」
「あ~よかった~」
「……後でデータは消しておきます」
リンさんは俺をカメラの死角となる壁においやりながら、片手を伸ばしてカメラのスイッチを切る。
その時、素肌の背中がひやりと冷たい壁についた。
「ひっ」
思わず声を上げて壁から離れるが、リンさんに阻まれて身動きはあまり取れない。
改めて今の格好を見ると俺はほとんど裸で、リンさんに身体を押さえつけられているので隠しようもない。リンさんの視線がカメラから戻ってきて俺に向くと、いたたまれなくなってきた。
肩を掴んでるリンさんの腕に手を這わすと、一瞬和らいだ拘束が、今度は俺の手首に移った。
「なぜ、逃げないんです?」
「え、っと」
どうして、俺の両腕を捕らえるんだ??
逃げなかったというか、離してくれるのを待ってただけなんだが。
「こんな格好を、誰かに見られてもいいと考えていますか?」
「いや、恥ずかし、けど、リンさん……だし??」
「───私なら……良いと?」
ゆっくりと顔が近づいてきて、息がかかる。
「ぁ、」
リンさんの長い前髪の隙間から、普段は見えない目が見えた。
それを、頭のどこかで理解しながらも、身体は動かない。

あと少しで、唇が触れる……と思ったその時。

「麻衣は?」

突然名前を呼ばれて身体が跳ねた。
廊下でした、ナルの声がやけによく通る。
「見てないか?ぼーさん」
そこから続く言葉が、我に返った俺の頭にきちんと意味を持って入ってくるようになると、リンさんの拘束が緩んだので腕を抜き取った。
遠くでぼーさんが知らないって言ってる声がする。リンさんと俺は息を潜めて、ナルがどこかへ行くのを待っていた。だって、こんな格好と顔で出て行くわけにはいかなくて。



リンさんの方を見られなくなったせいか、彼は言葉もなく洗面所を出て行った。
そして俺はシャワーを浴びたことで身も心も一端リフレッシュして、その後誰にも会うことなく仮眠に入り、騒ぎが起きたことで目が覚めた。
仕事で外に出ていた広田さんが、家に戻ってくるなり心霊現象に遭遇したみたいだ。その時は何も言おうとしなかったけど、この家に来て、ナルや霊能者たちの言動を見て思うことはあったのか、少しずつ彼の言動も変わって来た。
きっかけはやっぱり、俺が夢に見たりジーンが言った、一家五人がこの家で殺された事件が過去にあったと、安原さんがその事実を探り当ててきたことだろうか。
暫くして、広田さんは自分の検察である立場を使って調書を持ってきてくれた。見せることはできないけど、読んで聞かせてくれる内容は、凡そ俺たちでは知り得ない当時の状況が詳しくわかる。

徐々に明らかになった真相は、問題は阿川家ではないということ。
除霊が必要なのは、阿川家ではなく隣人の笹倉家だ。
もちろんこの家には殺された五人家族の霊はいて、頻繁に姿をあらわしたり警告を繰り返したりする。けれど、その五人を殺した後に自殺した加害者である関口の怨念もまた存在し───隣人の笹倉家を蝕んでいた。
条件が合えば浄化のスペシャリストである綾子を呼んでみたけど駄目で、広田さんの監視の目をくぐって夜中に笹倉家への除霊を試みるという企みをリンさんとナルがしているのを横で聞く。
狸だな、と言われたリンさんにふっと笑いそうになるが、唐突に俺は洗面所での出来事を思いだす。いや狼かも───なんて頭を振っていると、いつのまにかリンさんは出て行っていた。
「はあ……」
「何を一人で騒いでいる」
これまで仕事に支障をきたすほどではなかったが、まさかリンさんとまであんな雰囲気になるとは思わなくて、さっきからずっと落ち着かない。
だからナルにも様子がおかしいことは伝わっていて、呆れた目つきで見下ろされる。
「なんでもない」
「リンと何かあったのか」
「え!?!?どうして……」
「……何があった?リンを避けてるだろう」
黒々とした目がなんだか怖くて距離をとろうとしたら、顎を掴まれて無理やり顔を覗き込まれる。何とか目だけは逸らして、誤魔化すように床についた手で、畳をカリッと引っ掻いた。
でも、何かが『あった』と言える出来事ではない気がして。なんかの間違いだったり、勘違いだったり、雰囲気のせいだったりするかも。
「お、俺が勝手に気にしちゃっただけ」
「リンを?」
顔をぐっと強く掴まれて、持ち上げられる。床に座っていた腰が反るほどだ。
どこか剣呑になる顔つきや、低くて静かな声につられて目を見ると、案の定怖気付き声が出ない。
「まさか気があるのか?リンに」
「……っ」
思わず目を逸らしたのは、肯定しているみたいで焦った。だが、ナルの目をまた見ても何も訴えが思い浮かばない。
一瞬、ナルの指先から、ジワリと苛立つような気配がした。
「───僕にあんなことをしておいて……いいご身分だな」
「へ」
あんなこと、と言われるようなこと、───身に覚えがありすぎて逆にわからない!
「当然自分のした事に、責任はとるだろう?」
「???う、うん????」
「それならよそに現を抜かすな」
「はいっ」
ほぼ無理やりナルに頷かされて、ようやっと解放された。
ど、どゆこと……?



その後、よくわからないまま俺たちは大騒動へと身を投じた。
朝になるころには警察まできてしまい、阿川家に奇襲をかけた笹倉家はつれていかれた。憑依されていたと分かっている俺たちからすると彼らに罪はないけれど……それは広田さんが専門分野でなんとかするとのことだ。
そしてぼーさんの除霊の余波で、加害者の霊だけじゃなく被害者の霊も徐々に家から消えていくそうなので、最後の女の子を見送りようやく安堵の息を吐く。
廊下や階段に座ったり立っていたりしたみんなが、ぞろぞろと動きだしたのにつられて俺も動こうとしたその時───階段の途中にバリケートとして置いてた布団類が、俺の足に引っかかった。
「ぅわあ!?」
滑って体勢を崩した俺は、下へ向かって後ろ向きに倒れていく。
脚が誰かの背中にぶつかったけど、さっきまでの状況からして、そこには広田さんがいて立ち上がろうとしてたところだったはず。
気づけば俺は、後ろ向きに広田さんの背中を越えて、彼の膝の上に倒れていた。
「!?だ、大丈夫か!?」
「び、……っくりしたあ~~……」
「───、」
俺の方はあまり痛いとかはないな、と思っていると広田さんの俺を見下ろす顔が瞬時に強張る。
あーーーやっちゃったーーーー。
広田さんの顔の横には俺の両足がかかっていて、太股で首を挟んでいる状態だ。
そして俺の尻は広田さんの腰に乗っかっているので、スカートが盛大に捲れていて、広田さんから見える光景は言わずもがな。
「谷や、……あっ!」
俺を支えていた手が動いたと思ったら、両胸をぺたっと包む。
服越しなので全然マシだが。
「……早く退かないか」
この時、どうしようと固まっていた俺を、ナルが後ろから引っこ抜いた。
広田さんは一拍遅れて滅茶苦茶謝ってくれたが、それ以降俺はナルやリンさん、そしてぼーさんとジョンに阻まれて彼に近づくことは出来なくなった。
ちなみに綾子や真砂子は芸術的なドジとして笑ってくれたが、男連中はじっとりと俺を見てくるのであきれ果てているのかもしれない。

何なんだろう、ホントに。
……運命の人なんて、程遠いよ───。






>エピローグ


阿川家での調査が終わってひと月程経ったころ、放課後にバイト先の渋谷サイキックリサーチへ行く電車の中で広田さんと偶然の出会いを果たした。
オフィスは繁華街を通っていく為、心配した広田さんがわざわざ渋谷で下車して送っていくという。全然平気なのにーと思ったが、愚直な正義感の持ち主であることはよくわかっているので、番犬だと思えばいいかと諦めた。
「以前はその、本当に申し訳ないことをした」
「……なにが??」
「よ、嫁入り前のお嬢さんの身体に触れてしまい」
「あ~」
俺の中では調査中、広田さんの面倒くさい言動の方が記憶に強く残っていた為、広田さんが顔を赤らめて謝るまで全く見当がつかなかった。
そしてゆっくり思い出す、あのドジ。
あれから皆───特にナルとかリンさんに詰められて、家系に伝わる体質の話をする羽目になった。何が楽しゅうて、トンチキな遺伝を説明しなければならないのか……と思ったが、その強制力を浴びてきた皆は面構えが違う。誰も、笑い飛ばすことはなかった。
あと俺たちの名誉のため、綾子と真砂子には内緒だ。
「フッ、嫁入り前って」
苦い記憶を思いだしていた俺は、ゆっくり広田さんの言っていた言葉を噛み砕き、笑う。
言い方や考えが古臭いってのもあったけど、俺を女の子だと思ったままの広田さんが憐れだった。

「広田さん、俺……男の子だよ?」
「!?!?」

言った途端、ぎゅいんっ、と音がするくらいに広田さんが身体を捩った。
足を止めてしまったので手を引くと、一応歩くのは再開する。
「ど、どうして……そんな格好を?」
「最初は運命から逃げてたんだけど」
「運命……?」
「今では、これが運命だったのかもしれないなー……」
広田さんは終始わけがわからなそうだった。
大丈夫、俺だっていまだに訳が分かってない。
「俺……これから先、一生一人なのかも」
「まさか!……そんなことは、絶対にない」
咄嗟に大きな声で否定する広田さんは、はっとして一瞬周囲を気にして、声を抑える。
何の含みもない気休めみたいな言葉だけど、逆にそれが心地良いかもしれない。
そうだよな、一生誰とも愛し合えないとか、そんなことはきっとないはずだ。それに、誰も好きにならなかったとして、周りにいる人たちとの縁をずっと大事にしていけばいい話だ。
「その、少なくとも俺は君を一人にはしない」
「───それって、プロポーズ?」
「!?!?いや、違う……!いや……」
「あっはは、うれしい~~~」
否定した言葉を重ねて否定しようとして、訳が分からなくなってる広田さんに笑った。
「でもそういうのは、プロポーズするときだけにしないとね」
「うん……」
広田さんは真っ赤な顔して頷いた。
ちなみに「俺が十八歳になるときにまた言って」と茶化すともっと面白いことになったので、煙に巻くようにして渋谷の雑踏に置き去りにした。




>オマケ


「翠さん、谷山さんが……いや、谷山くんが、お、男の子だと知ってましたか?」
「ええもちろん!だってあんなに可愛いじゃないですか」
「そうだ、あんなに可愛いのに───え?」
「え??」




完!






ネタ感満載の悪夢の棲む家編、お付き合いいただきありがとうございます。
ラッキースケベゴーストハントの続きは、皆が彼氏面してくる悪夢の棲む家かな、というよくわからない方程式が私に降って来ちゃった。(彼氏面出来ているかはさておき)
前回書けなかったジーンのラキスケはコスプレ姿で膝に乗るっていう、力いっぱいおかしいって言える展開ですけど、逆にこのくらいパンチ効いてた方が楽しいかもと迷走した結果です。前回時点でこの構想はあったのですが、描写が難しかったのでここで!
本来、原作沿いやBLを書く時、調査中にイチャつくのは控えてるのですがあくまでネタということで、……前作も調査のかたわらパンツが脱げるなどしていたので、こういう世界観なのだと思っていただければと思います。
最後の広田さんの"ぎゅいんっ"は性癖が曲がる音かもしれない。今のところ厚意でプロポーズ()した。

Nov.2023

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