Destiny. IF ナル
阿川家における調査の最後、俺が人前でラッキースケベハプニングをかましたことにより、皆が「さてはこいつ、誰にでもしてんじゃねーの?」ということに気づいてしまってからは話が早かった。推定被害者の会が開かれた結果あきらかになった俺の体質に、皆は納得した。そして、その後の対応はそれぞれだった。
特に変化が大きかったのはリンさんとナルだろう。
この二人の場合、人づきあいにおいて独特のポリシーという名の人見知りを発揮する。
リンさんは目に見えて俺から距離をとるようになった。これは想定内だ。一方ナルは憤慨して俺をののしりバイトをクビにする───と思ったら、過保護になってしまった。
「転ぶなよ」
そう言って、手を差し出して来るナルがいる。これは日常茶飯事だ。
かなしいかな、俺は差し出された手には「お手」をする習性があり、ナルの手を掴みながらわずかな段差のある道を通った。
今は真砂子や綾子がいないからいいけれど、二人がいたら盛大な顰蹙を買うことになっていただろう。
「あのさ、そんなに気を付けてもらわなくても」
「この後に待ち受けてる被害の方が大きいと思うが?」
否定できなくて黙り込む。
ナルはため息を吐いて、不機嫌そうにするくせに、しっかり俺の手を掴んでいる。
小耳にはさんだ話によると、ナルはスキンシップが苦手だった気がするが、俺の体質は相手の許容範囲などお構いなしだ。それでなくとも、ナルだって必要があれば人には触れる。調査中にはぐれたら命取りな時も、手を繋いだりしたっけ……。その後どういう訳かパンツが脱がされるという超常現象が起きたけれど。
まあなんだ、つまり、これは必要な接触として割り切っているわけだ。
「おい、よそ見をするな」
いつのまにか立ち止まっていたナルの肩に鼻さきがぶつかる寸前、俺は現実に意識が引き戻された。
「ごめん」
当たりそうになった鼻をさすりながら、謝る。自然と手も離れたが、ナルは俺からなるべく目を離さないようにしているのが窺えた。いつスッ転ぶか、そして巻き込まれるかわからない人間なのだから、注意して見ておくのが最適、といったところか。
事情を説明、しない方がよかったのかもしれない。今となっては全て遅いけれど───、
どんっ
「お、すんません」
ふいに背中を誰かに押された。後ろを通りかかった人がぶつかって、去っていったみたいだ。
俺はその拍子に向き合ってたナルの方へ身体が傾き、自然としがみつくようにして腕をまわしてしまう。誰だって転ぶのは避けたくて、何かに掴まろうとしてしまうわけで、ごにょごにょ。
「わざとじゃないんだよ……」
「わかってる」
今の、俺悪くないよな。そう思いながら頭上で零れたナルのため息を拾う。
ちらりとその表情を窺おうとしたが、ぶつかった人が去って行った方向を見ていて、よくわからない。ゆっくりと顔が戻って来て俺を見下ろした時には、ほとんど無表情な美貌しかそこにはなかった。
ナルは俺に過保護になるくらいなので、体質についてもよく聞き取りをしてきた。
例えば父親が女性とハプニングが多かったのに対し、何故俺の相手が男ばかりであるのかとか。
これに関しては、俺が女装をした結果の産物ではないかと思っている。
試しに男装に戻してみるのも手だが、万が一体質が『正常』に戻り矛先が綾子や真砂子に変わったら困る。そう不安を吐露した俺に対し、ナルも環境は変えない方が良いかもしれないと言っていた。俺達真顔でなんつう話してんだろね。
他にも、運命の人の定義についてもナルと論議したものだ。
ある意味これは先祖代々の呪いと言っても良いだろう。被害や対策、解ける条件、そもそもの原因などに注目が集まる。
しかし父は既に故人で、父方の親戚ももうおらず、俺が唯一の生き残りと聞いている。先祖にラッキースケベハプニングがあったかどうかを調べる手立てはない。
学生時代の友人を探すとしても、何と聞いたらいいんだろう。エッチなラブコメしてましたか、トカ? 俺の母との出会いが十六歳らしいので、母との馴れ初めを聞きにいく、トカ? 無理だ、俺の顔から火が出る。
「なんかわかった?」
「いや、わからないな」
この日は休日で、ナルが俺の部屋に来ていた。手掛かりを探して俺の父の手紙を読む為だった。恥を忍んで見せたが、母と父の初キッスの部分を指摘しないでくれたのでほっとしている。俺的には最後の追伸が気になるところだけれど、何の根拠もない発言と言われればそれまで。
"きっと、運命の人に出逢っている頃でしょう"
"この人だと思ったのなら、大丈夫"
"好きな人と、お幸せに"
一見すると温かいメッセージだけれど、俺を更なる混沌へといざなう内容だ。だって、今までの俺は男としかハプニングが起きてないんだ……。
ナルもおそらくそのことに気づいて、じっと便箋を見つめている。だが何も言わずに折りたたみなおし、封筒へと戻した。
「これだけだと、の両親がいつどんな風に"運命"が結ばれたのかはわからない」
「ああ、でも付き合ったのは十八歳になってからで、結婚は二十歳だって聞いてる」
「……そうか」
ナルの短い返事と共に、手紙はテーブルの上に置かれた。
明確に結ばれる瞬間と聞いて思いつくのは、キス、だろうか。わざわざ手紙に書かれているくらいだから儀式めいたものを感じなくもないが、浮かれて惚気ただけな気もしている。なぜなら一族はみんな、この体質を深刻に考えてこなかったからだ。
自然と俺の視線は、ナルの横顔を注視する。
考え込むその顔つきは、長い睫毛が伏せられていた。鼻筋や唇へと辿って、いつしかそのまま視線が定まる。
───そういえば俺、キスはナルとしかしたことがなかったなって。
あれは完全な事故で、両親が手紙に書いてるのはちゃんとしたものだから、俺たちとは全く別物だけれど。
「……なんだ」
「え」
「いま、何か言わなかったか」
余りにも見過ぎていた俺にナルが気づいたのかと思えば、そもそも俺は何かを言いかけていたらしい。無意識に息を詰めていた事に気が付き、通常通りの呼吸を取り戻そうと目をそらす。
「な、なにもいってない」
改めてキスしたことを口に出すなんて、大それたことは出来ずに誤魔化した。
「……話を戻すが、体質はやっぱり十八歳になるまで、おさまりそうにないか?」
「うん? そうだね、うん」
ナルにとっては、どうやったらこの厄介な体質が終わるかが重要なのだろう。俺がこの先誰と結ばれても、結ばれなくても。───まあ、これについては、かなり吹っ切れてきてはいるのだ。
だって人との縁が完全に切れるっていうのは、中々ないことだ。もちろん環境が違えば会えなくなる人は多くいるだろうけど、それは心次第でどうにでもなるから。
例えばナルがこの先イギリスに帰ってしまう時が来ても、俺がナルと過ごした時間と抱いた感情は消えることはないし。
「───わかったな?」
「え?」
「聞いてなかったのか」
いつの間にかぼんやりしていた俺は、ナルに何か念押しをされた時に覚醒する。
目の前でナルが何かを言っていた気がするのに、よくわからなかった。だけどナルにもう一度言ってもらうよりも前に慌てて「あ、わかった」と言い直してしまっていた。馬鹿め、何もわかってない。
だけど何故かこの日を皮切りに、ナルの過保護が増した。
過保護っていうか、時間の許す限りは俺かナルが互いのいる場所へと赴く、というのが正しいだろうか。
元々生活のために暇さえあればオフィスでアルバイトしていたのだが、そうでない日もナルが俺の予定を把握していて、用事が終われば呼び出されたり、逆にナルが俺に会いに来る。なんか、おかしいぞ……!
きっとナルは俺の行動を見張って観察したいのだろう、というのは徐々に理解した。その上で他人へ迷惑かける事態は避けようとしているのかもしれない。
これが調査であれば、霊に退魔法をうてないナルが俺の護衛に回ることもないのだけど、今回は相手にしているのが体質で、被害はラッキースケベときた。大きな害はない。
……いや、ナルにとっては害では???
俺はいつの間にか昨晩ベッドで寝落ちして、うちに来ていたナルを抱きしめて離さなかったことを知りながら、深く反省のため息を吐く。
ナルはまだ眠っているのか、こちらに背を向けたまま動かない。俺は気づかれないように腕を解いて起き上がり、少し距離をとった。
狭いシングルの布団では、身じろぎひとつが相手に伝わるだろう。その拍子にナルはゆっくりと寝返りをうち、黒い瞳で俺を見上げていた。
「あ、起きてたん」
「今目が覚めた」
「ごめん」
なんかわかんないけど、謝っていた。いや、多分俺が抱きしめて眠りこけたので、俺が悪いんだけど。
ナルは俺の謝罪を聞き飽きたのか、特にコメントも怒りもなく、ただ首をひねる。寝違えたのか、凝ったのか、とにかくストレッチのように身体を動かして、調子を整えているのが分かった。
「あのう、ナルさん……俺たち会う機会を減らすべき、では」
ギロ、と睨まれて尻すぼみになる。
わかってはいるんだ。ナルだって好き好んでこんな、束縛強めの彼氏みたいな真似をしているわけではない。俺は歩く厄災みたいなところがある。
でもさ、だからってナルにつきっきりで監視もしくは観察されるのを、耐えられる程人間が出来ているわけでもなかった。
「浮気するつもりか」
う、うわき~~~~!?
突如、ナルから吐き出されたおかしな言葉に耳を疑う。
浮気ってそもそも付き合ってる相手がいること前提だよな、って───、あれ????
ここで俺の脳内を走馬灯のように駆け巡っていくのは、今までのおかしなナルの言動だ。まず過保護で、俺に気配りをし、ハプニングを阻止しようとすること。
これは俺が迷惑をかけるからだと思っていたが、それならリンさんのように距離をとってしまえばいい話だ。
次に、俺の体質を理解して解明しようとしていること。これも、ナルが興味をくすぐられる心霊現象ではなく、関係もない話であれば、気にする必要もないだろう。
だが浮気発言からわかるとおり、ナルが俺の恋人であるならば話は別だ。
誰かとところかまわずスケベなハプニングを起こす厄介な体質も、気を揉むだろう。
束縛強めの彼氏になってしまうのも、おかしくはない、かな、と。
「あ~……そ、れは」
ぶわわっと顔に熱が集まる。お、俺達付き合ってたんだあ……。
これまでの俺たちには恋人らしさのかけらもなかったと思う。けれどナルにしてみれば、これは最大限の干渉だった。
自分がてんで鈍感であることを恥入り、なおかつ目の前のナルが、可愛く見えてくる。
「おもいいたらず」
何と言ったらいいかわからなくて、言葉に詰まった。今の今まで、付き合ってるなんて思ってなかったということは、絶対に言えない。言いたくない、色んな意味で。
チラ、とナルの様子を窺う。不遜な態度で、俺を心底頭の足りないバカと思っているのに違いはないんだけど、その上で俺を許しているのだと思うと、顔が溶けてしまいそうだ。
「とにかく、十八歳を迎えるまでは大人しくしていろ」
ナルがそう言ってから俺の家を出ていくまで、俺は上手く言葉を発することができなかった。
父は"この人が良い"と思えば良いと言っていた。
けれど他人の気持ちにも自分の気持ちにも鈍感な俺にとって、運命とはこれ以上ないくらいの胸の高鳴りが教えてくれるものらしい。
end.
本当はちゃんとキスシーンいれたかったんですが、さすがナル、そういう雰囲気にするにはもっと力(文字数)が必要でした。
ナルにまっ黒い目で「浮気か?」と言われたいよね。ハピバスデ!
Sep.2025