I am.


Escape.

【ナルとキスしないと出られない部屋】

そこは、見たことのない部屋だった。
天井も壁も白くて、窓もなければドアもない。
え??どうやって俺はここに入って来た?
ぽつんと立っていたその場で振り返っても、やっぱり背後にドアなんかなかった。
四方八方を見回してもただ壁と床、そして天井があるだけ。そもそも、蛍光灯もなく密閉空間だというのに、ものが見えるというのも妙だ。酸素も気になるし。

カチャ、キイ───……。
「!?」
ふいに背後で、まるでドアが開くような音がした。
自分の立ち位置がわからなくなりながらも振り返ると、そこにはドアがあってナルが入ってこようとしていた。
「……?」
そのナルは、なぜ、と言いたげに眉を顰める。
俺は慌ててドアを掴もうとしたが、ナルが部屋の中に入ってくることで、そのドアは消失した。
「うわー……」
「なんだ、これは」
ただ白いだけの部屋に、またしても残された。
遅れて、ナルもこの部屋の違和感に気づいたようだった。俺は途方に暮れて頭を抱え、ナルは周囲を見回し、説明を求めるようにじっと見てくる。
「全くわけがわからない。……気づいたらここにいたんだけど、ナルは?」
「僕はさっき帰ってきて、自分の部屋のドアを開けたらここだった」
言いながらナルは両手を開き荷物がない、と独り言ち、服のポケットを探ったが空振りに終わる。もちろん俺も、何も持っていない。
「───本当に?」
「なんでそんな事聞くの」
はさっき、部屋で寝てたのを見た」
「あ、そうだった。読み物をしてたら眠くなって……いやなんで知ってるんだ」
「外から窓が開いてるのが見えた。雨が降りだしてきたから」
つまり窓を閉めてくれたってことか。納得。
「う~ん、じゃ、ここ夢の中ってこと?」
「僕が立ったまま寝ていることになるんだが?」
「でも部屋開けたと思ったらここだったんだろ?」
「……」
体質や才能的にこういう状態に慣れていないナルはむすっと拗ねた顔をして黙る。
「どっちにしろここは『現実』じゃない」
言い聞かせるようにナルの頭をぽんぽんと叩いたら、僅かに濡れていた。


ナルは俺の手から逃れるようにして、部屋の真ん中と思しき場所まで進んでいく。そして何かを見つけたようで拾い上げる。
離れすぎるのもどうかと思ってついて行った俺も、ナルが手に取った瞬間に視認したそれを覗き込んだ。
変哲のない、メモ帳を切り離したかのようなただ白い紙。
「何か書いてある───、」
「…………おかしいな『キスをしないと出られない部屋』って書いてあるように見えるんだけど」
「……」
「ナル?聞いてる?」
「……」
ナルは言葉を失っている。もしくは、絶対に認めたくない、とかだろう。
声をかけても、顔の前で指を鳴らしても、手で扇いで風をやっても、うんともすんともいわない。
そのくせ目を頑なに合わせようとしないので、都合の悪いことは耳に入らないし話をしないってわけか。
それなら俺も勝手にやらせてもらおう、と肩に手を回して頬にキスをした。
「っ!!!」
びくりと肩が跳ねて、驚いた顔が俺を見る。
よし、と満足する一方で軽く落胆した。
「駄目だな、出られる気配がない」
「~~~~ふざけるなっ」
さっきナルが後から入って来たみたいに、条件が達成されたらドアが開くのかと思ったのに。
「ふざけてない。家族なんだし、前もよくしてただろ」
「子供の頃の話だ」
いまだって子供だけどな。


おそらく、訳の分からない部屋に閉じ込められて、どこの誰ともわからない者の命令に従い、したくもないことをするというこの状況がナルのプライド的にも許せないんだろう。
俺だって別に喜んでやるわけじゃないが、意味の分からない夢に、意味を見出す方が労力の無駄だ。

「ナル、これは夢だ」
「っ」

耳元に顔を寄せて囁くように言うと、ナルは硬直する。
脅かして自由や思考を奪っている自覚はあった。
「起きたら忘れる、俺もお前も」
暗示をかけるように、淡々とした声色を作る。
「まばたきの間に済ませてやる。目をつむって、ゆっくり呼吸しなさい」
力の入って強張る肩から手をどけ、密着していた身体をナルから離した。
ナルは一瞬狼狽えるように揺れた目で俺を見る。
そしてぐっと口を結んでから顎を引き、目を伏せる。
長い睫毛がかすかに揺れて、目が閉じられた。
「良い子だ……」
「、……」
大人しく言う通りにするので思わず褒めると、ナルは僅かに震えたが静かに息を吸いこみはじめた。
胸がゆっくり膨らむのを見ながら、俺は極力気配を消して近づいた。
息が吐かれる寸前に唇だけを触れさせると、ナルはわずかに身じろぎをして、ぱっと目を開けてしまった。
その時にはもう俺の唇は離れていたけど、互いの息がぶつかる程には至近距離にいた。
ナルはもう一度、恐る恐る目を瞑る。その目蓋は震えていた。
いたいけな様子に、どうしてくれようかな、と考えていたその時───カチャン、と背後で音がした。
まるで鍵が開いたみたいだと、全ての思考をそっちに持っていかれる。

振り向いた先にはドアがあった。



一瞬の浮遊感と共に、ベッドのスプリングが軋んだ。読みかけの本が頭の横に放置されていて、顔を動かした俺の額に、角が当たる。
ほんのり香る本の匂いや、部屋の窓に吹き付ける雨粒の音とかが、急激に俺の意識を現実へと引き戻した。
「雨と窓、……ああ、ナルが……?」
鮮明に残っている記憶に思いを馳せるように、自分の唇に触れる。
変な夢だった。とても。だけど、本当に夢だったのかわからないくらいに、リアルだった。
夢の中でナルが言っていた『雨が降ってきたから窓を閉めた』というのは、本当のことみたいだし。
「う~~~ん???」
俺は頭を捻った末に、深く考えないことにした。
何故なら起きたら忘れる、と言い張ったのは自分だからだ。

───ちなみにナルはその夜体調を崩して数日部屋にこもった。母さん曰く雨に濡れた所為だというが、俺が見たナルは微かに頭が濡れている程度だったから、多分あれはやっぱり夢だったんだろう。




【ジーンと10秒間キスしないと出られない部屋】

リビングのソファに座ってコーヒを飲もうとして、背もたれにゆっくりと身体を預けた途端に視界が一変する。

またしても俺は真っ白い部屋にいた。
前回と違うのはリビングのソファと全く形の変わらない白いソファがあって、そこに座ったままなことと、コーヒーを手にしたままなこと。
今度はドアが開く音もなく、突如ソファが沈んだと思ったら、ジーンが横で眠っていた。
ツインズは寝顔もそっくりだが、腕にスナック菓子の袋を抱えているので間違いなくジーン。
なんで飲食物の持ち込みが可能?と思いながら落ち着くためにコーヒーを飲む。
零したら面倒だから一気に飲み干して、ソファの隅にコーヒーカップを押し込む。
そしてひじ掛けに頭を預けて眠っているジーンの顔を覗き込むと、その顔のそばには紙切れがあった。
記憶にあたらしい、例のアレだ。極力音を立てず起こさないように拾い上げて中を見る。

『10秒間キスをしないと出られない部屋』って書いてあるんだが???
長くなってないか??

「ん、……え、あれ?……?」
途方に暮れてるうちに、ジーンが起きだしてしまったし。
普段は寝坊助なんだから、そこは寝とけよ、そしたらやりやすかったのに。とかなんとかブツブツ言ってる俺に対して、ジーンはきょとんとしている。
「ここはどこ?」
そして今いるこの状況に気づいて不思議がる。
「多分、夢」
「夢?」
「で、これが夢から出られる条件だ」
「!?!?!?」
条件が書かれた紙を見せるとナルよりは現実───いや夢だけど───を受け入れるスピードが早かった。ある意味プロだもんな。
ジーンは素早く口をおさえてのけぞった。
それは俺とのキスを想像したのか、声を上げそうになって堪えたのかどっちだかはわからないが。
「……とするの?」
「この部屋には俺たち以外いないな」
下唇を突き出して、息を上に噴き上げると前髪が揺れた。
あ、ちょっと息がコーヒーの匂いする。
こうなっては仕方ないし、ジーンに理解する時間を与えようとソファに背中を預ける。
見つめた先は白い空間だけで退屈だったから、隣のジーンに顔を向けた。
「ファーストキスはいつ?」
「えっ」
ナルはともかく、ジーンなら経験していてもおかしくない。
そう思って問いかけると口をもごもごさせた。したことがなければないよって言いそうだから、あるんだな、とわかる。
「どんなシチュエーション?何回した?」
「ど、どうしてそんなこと」
「10秒は長いよ」
「!」
愛し合ってのキスより、俺とジーンがこれからする10秒間はきっと長い。いたたまれないし、失敗する可能性もある。
びく、と震えて俺を見たジーンに苦笑した。
「まあこれは現実じゃないし、練習と思えばいいんじゃない?」
「練習───……僕、一回だけ、触れるだけ、しか」
ふうん、と頷いて顎を揉んだ。
この顔にしちゃ意外だと思ったが、ジーンも大概、特殊な人生を送ってきているわけだしなと納得する。
「どんなふうに」
が」
「俺が」
「眠っているとき、こっそり」
「へえ?───悪い子だ」
思わず、にやりと笑ってしまった。
知らぬ間に弟にキスの練習台にされたとわかり、怒りとか驚きよりも、込み上げてくる妙な感情。多分、ジーンがそうやって行動してしまったという一面にちょっとグッと来ていた。
思春期の淡く弾けた情緒みたいなのを目の当たりにして、優しくしたい気持ちと、虐めてやりたい気持ちが湧く。
「ジーン、キスは起きているときにしないと」
「ぅ、ん、……」
ジーンの顎をとらえて上を向かせると、弱弱しい声が返事をした。叱られると思っているのか、俺に少し萎縮している。
とはいえ、起きてるときにしろなんて、今から夢の中で弟にキスをするくせにどの口がって話だ。
「息は、鼻でも口でもどっちでもいいから楽な方でして」
「いいの?」
「苦しいよりマシだろ。少し口あけな、全部塞いだりしないから」
ジーンは言われた通りに、僅かに口をあけた。
「力抜いて唇やわらかくしといて、俺のやり方を感じるだけでいい」
手を俺の肩にもっていきながら近づくと、首の後ろでジーンが腕を組んだ。
俺は顔を掴んでた手を放して腰を抱き、ソファの背もたれにジーンの身体を押し付ける。あまり体勢を乱してキスが中断しては困るから。


目を瞑れって言うのを忘れたまま口づける。
ジーンはその瞬間だけ目を細めた癖に、俺から目をはなそうとしない。
唇だけで、軽く揉んだり吸ったり挟んだりと愛撫する。
歯にぶつかったり唾液で濡れたりしないように気を付けた。
それでも時折皮膚がくっついて引き攣るので、思わず舌で濡らして滑らせようとするのを堪える。
次第にジーンの顎が上がってきて、息が荒くなってきた。
遠慮なく俺に息をかけて良かったのに、我慢してたんだろう。
「…………」
ぐっと押し付けられた口の奥から、くぐもった声がする。
苦しいのかと、唇を合わせて開けてやるとその衝撃で口が離れてしまった。───やば、失敗かも。
だけど、息を飲んだその時、頭上で施錠が外れる音がした。
顔を上げると、ソファに寄りかかるジーンの背後に、ドアが現れる。
「お……わり……?」
下から聞こえてくるジーンのか細い声に苦笑して、頭をぐしゃりとかき混ぜた。



気づいたら俺はソファに座っていた。だけど目の前にはテーブルとかテレビがあったし、なにより背後にあるダイニングとキッチンには母さんがいた。
ただ、ソファの角に埋め込まれたコーヒーカップは空だし、俺の口には覚えのない滓かなチープな調味料───多分スナック菓子───の味がわずかに残されていた。
「えええ???」
「どうしたの、
「あ、いや、何でもないよ母さん」
首を傾げながら空になったコーヒーカップをキッチンに持って行くと母さんが不思議そうにする。
「ねえジーンを呼んできてちょうだい。もうすぐ夕食ができるから」
「え……うん、わかった」
ナルと父さんは外出していて帰りが遅いので、呼ぶのはジーンだけだそうだ。
動揺を隠して返事をして、母さんの言う通りジーンの部屋へ行く。ドアをノックをしても返事がないので静かに開けると部屋は暗い。
居ないとは聞いてないので電気をつければ、ベッドで寝こけているジーンが照らされた。───その腕にはスナック菓子がある。
夢で見たのと同じパッケージだし、ジーンの息は色気もへったくれもなく、この香りだった。
ベッドの脇にしゃがんでじいっと観察をしていると、ふやふやしていた寝顔はぼんやりと目を開け、俺を見て飛び起きた。
「!?!?、っ!?───!!」
「あ、起きた。驚かしてごめん」
あまりに奇妙な状況だったからか、言葉が出ないらしい。
「どうして、僕の部屋に?」
「夕飯の時間だ、母さんが呼んでる」
「そう……」
居心地悪そうにしているのは、覚えているせいなのか、寝顔を見ていたせいなのか。
どっちにしろ、確かめる気はないが。
「お腹いっぱいなんじゃないの?夕飯前にこんなモン食って」
「あ……お、お母さんには内緒にして」
「はは。俺はさっきコーヒーいれたら怒られた。すぐに夕飯できるのにって」
なんて、自分の笑い話も披露しながら立ち上がり、用事を済ませた俺はジーンの背を向ける。

「───コーヒー……?」

ジーンが何かを呟いたようだったが、よく聞こえなかったし、呼び止められなかったのでそのまま部屋を出て行った。




【リンと30秒間キスしないと出られない部屋】

真っ白な丸テーブルと、一つのイスが目の前にあった。俺は一つに腰掛けているので二人用の席だ。
この形と、さっきまでの記憶からするに、ここはリンと待ち合せをするために来た研究所のロビー。
いつもなら他にも席があるし、観葉植物や冷水器とかがあったりするんだけど、このときばかりは真っ白い密室にこの一画だけが切りとられていた。

またかー……。
と、頭を抱えてテーブルに伏せる。


そして頭上でする声にゆっくり顔を向けた。
きちゃったか……リンが。
「待たせましたか」
「待ってはいたけども」
「ここは……?」
おそらく待ち合わせ場所にきたつもりで、この空間に入って来たらしい。おかしい事にはすぐに気付かれた。
俺はどう説明したもんかと考えあぐねたが、ふいにテーブルの上に現れた紙によって、俺たちは口を閉ざした。
紙には『30秒間キスをしないと出られない部屋』と書かれているので。
「……助けを呼べないかやってみましょう」
「だね」
リンの提案に俺は素直に従った。
過去二回はどうせ夢だと思っていたし、弟二人の純情を犠牲にするのに抵抗はなかったので。

とはいえ、俺たちが出られることはなかった。
頼みの綱だったリンの式は一切使えないというし、俺たちは通信手段なるものを持ってない。
「───かくなるうえは……30秒ですか」
「え」
リンが切り出した言葉に驚いて、俺はテーブルに頬杖をついていた顔を僅かに上げた。
ナルを丸め込んだ俺がいうのもなんだが、リンが納得するはずがないと思っていた。
「この部屋には窓も換気口もないようです。悠長に助けを待っていられるかどうかもわかりません」
「たしかに……」
それは最初の時もちょっとだけ思った。
といってもここは、部屋に見えても肉体が密室にいるという事にはならない気もするが。

でもあーだこーだ考えても仕方がない。
経験上条件を達成すれば出られるとわかっている。
……とはいえ、ナルやジーンにするのとは、なんだかわけが違う。リンを窺うとシャツの襟を寛げたところで、その動作が今からすることをより強調していて背筋に緊張が走った。

意を決して、イスに座ったリンにおそるおそる、顔を近づけた。そして中腰で膝に手をつくと、リンが俺の肘を掴む。
鼻がぶつからないように顔を傾けて、いよいよ唇の端の部分に触れた。
このまま30秒キープか、……と思っていると、リンがわずかに身じろぎをする。
密着部分が足りないのかも、と角度を変えたことで、唇が縺れて、艶めかしく絡みそうになった。
「ごめ……この体勢やっぱりきついかも」
驚いて思わず息を大きく吐きかけてしまい、咄嗟にリンの肩を押して顔を離す。
リンが動いたせいというのもあったけど、あまり責めることもできない。
「では上にのって」
いいながら、リンは俺の両腕を引き寄せた。正気か?と顔を見ると、静かに見返されてやむなく足を開いてリンに跨る。
おずおず体重をかけて腰の上に座ると、俺の足にリンが手を回した。
「え……、この体勢、はずかしいんだけど」
「今更でしょう、それに、これからすることに比べれば」
「そうなんだけど……いじわる」
うう、と唇を噛みしめて堪えて、一呼吸置く。
気持ちをなんとかリセットして、腹を決めた。

「リン、夢だと思って……───」

懇願しながら顔を近づけると、リンの口は息を吸うためにわずかに開かれた。
俺はつい、その隙間に合わせるようにして吸いつく。
さっきみたいに触れるだけにすればよかったのに、深く密着するようなキスをした。



気づいたら俺はリンの上ではなくて足の間にずり落ちていていた。
そうなると今度は見上げる体勢になり、落ちないようにリンの身体に縋りついていた。
与えられるキスを取りこぼさないように受け入れながら、時間がゆっくりとだが着実に過ぎていき、とうとう───カチャンッと、聞き慣れた音を耳にした。
一方でリンにはその音が聞こえなかったのか解放してくれず、俺の後頭部をしっかりと掴んでいる。
「ん、むぅ、もぉ、いっ……」
「っは……」
思わず抵抗の声を上げると、唇が外れて、リンの声が漏れた。
くたくたなのでリンの身体を押しても、たいして離れることはなかった。いや、離れたら後ろに転げ落ちるけど。
「ドア……でた、達成」
「───そうでしたか」
リンの身体に一度乗り上げることで、地面に足をつけて立ち上がる。
そして息も切れ切れな俺の言葉に、リンは涼しい顔して現れたドアを見た。

濡れた口元を指で拭うリンから目を逸らして、俺も口の周りを手の甲でこすった。
とにかくさっさと出よう、とドアに向かって歩き出す。
「谷山さん」
「え」
ところが、懐かしい名前を呼ばれて、足を止める。
「夢から醒めたら忘れる、と。そう思っているのでしたら───私たちの間にそれは無理なことでしょう」
リンは、───リンさんは、動かない俺の代わりに部屋のドアノブに手をかける。
言われたことの意味は何となく分かっていた。俺たちはもう既に、実在しない夢みたいな記憶を共有していた。
それがあったからこそ、今があると言っても過言ではない。

「受け入れてください、私のことを」
そう言い残してリンは向こう側へ消えていった。

え?告白???───なわけないか。



、───
「ん……」
呼びかけられながら、肩を掴まれてぐらぐらと揺らされる。
その衝撃で、腕の中に埋めていた頭がずれ、テーブルに突っ伏して寝ていた状態を思いだした。
「転寝をしていたんですね」
「ん"~、うん」
顔面をぐちゃりとかき混ぜながら、俺を起こした相手───リンに応える。
「あんまり待たせるから寝ちゃったよ~」
「夢を見ませんでしたか」
軽口をたたきながら席を立つと、いきなり切り出された。
「……見たかもしれないし、見てないかもしれない」
思わず息をのんでしまうがゆっくりと吐き出し、曖昧に返すとリンは眉を顰めた。
あの夢が本当にリンと繋がっていたのだと、そして覚えているのだとわかった。
そんなの余計、認めるわけにはいかない。
「おかしな部屋に閉じ込められる夢を見たはずです」
「え」
「そこにはと私がいて、部屋を出るには条件があります」
「ちょっと待って??」
単刀直入すぎやしないか!?あとその先は言わないで───!
「私はその条件の最中、に印をつけました」
「はぁ!?」
身に覚えがある話から、ない話になる。何かを書かれたり、持ち物を持たされたりはしていないけど。
リンは手をのばし、俺の首に指を滑らせる。そして襟足の髪を少しだけ持ち上げて、指の腹でうなじを撫でた。
「ここに、爪を食い込ませて痕を」
思わず距離をとって、自分のうなじに手を回した。
そして確かめるように指でなぞると、僅かに肌が凹んでいるのが分かった。
……リンには多分さっき、寝てた時に確かめられたんだろう。
「うっそ……気づかなかったあ」
「夢であっても、したことは事実のようですね?」
たちまち顔に熱が集まってくるのを、リンが満足げに見ていた。




【ALL】

前回までのあらすじ☆
このひと月で立て続けに『キスをしないと出られない部屋』に閉じ込められているのは、どうやら俺が中心みたいだ。ここまでくればさすがにわかる。
弟二人にはなんとかしらばっくれてきたわけだが、今回とうとうリンにバレて、これまで築き上げた友情にヒビが入りそう!
いったいこれから、どうしたらいいの~!?と脳内でコミカルに状況整理をしていたが、その間わずか数秒間である。今まさにリンに問い詰められている真っ最中だ。

「夢の中とはいえキスしてごめんなさい!」

先手必勝、とにかく謝ろ!
パンッと手を叩いてごめんねのポーズをとる。あ、土下座のがいいかしら……と顔色を窺った。
ところがリンは一瞬呆けたあと、やれやれと首を振る。
「謝ってほしいわけではありません。に非があるとは思っていないので」
「そう?じゃあお互い忘れよ───」
途端に気が抜けて笑顔になった俺の腕を、リンが掴んだ。
「それはできません」
「えぇえ、じゃあどうすれば……」
「言ったはずです、受け入れてくださいと」
「え、あ……わかったよ───」
ああ、あの発言か。よくわからないがきっと、互いに記憶があることは認めようってことなんだろう。俺とリンが共有してる記憶のように。
そう思って頷いたその時、バタバタと駆けよってくる足音がした。

「ちょっと待て、……!」
「今の話、本当?」

ナルとジーンが焦った様子で俺につめ寄ってくる。
どうやら今のやり取りを聞いていたらしい。ってことは、ってことは……。
「僕だってと、夢の中でもキスをした……!」
「……!ジーンともしたのか……!?」
ジーンは『夢の中でも』というし、ナルの口ぶりは思いっきり自分がした前提である。
そしてもちろんそんなことまで知らなかったリンが、強く、俺の腕を握った。

「どういうことですか……?」
は、はわわ───。




END.




複数人を同時に相手として書きたかったので、主人公のノリは軽めにしないと乗り越えられなかった。はわわエンド。
この後特定の誰かにオチると、ほかの人が失恋になるからあまり書きたくないのですが、四人で『誰かと恋人にならないと出られない部屋』に閉じ込められるというド修羅場会場が爆誕してほしかったりする。
ナルとジーンには攻めっぽい、お色気お兄さんみたいだけど、将来的にそんなお兄さんが受けに転じるのも私は好きです。(感想)
今はまだ年齢差(人生経験)や体格差が顕著だからね。

裏テーマは以前「良い子だ」と「悪い子だ」はどちらが好き?というアンケートをとった時に、(結果は悪い子だの方が上でした)ナルに「良い子だ」っていってジーンに「悪い子だ」、リンには「いじわる♡」でどうだろう???と思いついたのでそれぞれセリフを入れています。楽しかったです!

ナルは普段自分の我を押し通す方だと思うので、お兄さんのいう事を聞いて良い子だねって褒められるシチュエーションが書きたかったです。
個人的に、もう一回目を瞑っちゃうところがこだわり。されたのをよくわかっていないのか、もっとされると思ったのか、もっとしてほしいって思っちゃったのか。熱を出したのは知恵熱か顔を合わせないための仮病で、雨には大してぬれていない。
ジーンはおそらく周囲に良い子って言われ慣れているので、やんちゃな部分をお兄さんに悪い子って叱られるシチュエーションが書きたかったです。しれっと寝てるときにお兄さんにキスをしてしまった前科もなかなか楽しいなって。それが純情なのか思春期と欲の暴走だったのかは考察を省略します。
色気のないスナック菓子味のキスにしちゃったけど、ジーン視点だとコーヒー味のキスです。
リンさんは私が書くと本当に手が早くて……笑 膝の上に乗せて見上げながらキス待ちするシチュエーションと、逆に抱え込んで上からキスするシチュエーションのどちらもやりたかった。人は欲張りな生き物である。
あと首筋に爪を食い込ませて痕を付けるのも、とても良いなって思います。以上、フェチの解説でした。
Aug.2023

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