I am.


Eve. おまけ2


着信音に起こされた朝、「ぁぃ」とほとんど声にならない声で電話にでた。
スマホの向こうは、奇妙に静かだった。
電話かけてきたくせに無言なのは誰だ、と画面を見るべくスマホを顔から離した。
そこには『noll』と表示されていて───なんだか違和感を感じる。
相手はナルだ。いやでも、ナルをこんな感じで登録してたかしら……と思っていたところで、スマホを眺める視界に誰かの手があらわれて、俺の持つスマホをとった。

あ……?
「はい」
俺の隣にいた人が電話に出直す。……リンさんだ。これ……リンさんのスマホだ。
さ~っと血の気が引いていく。

昨晩一緒にベッドに入って眠った朝だった。
本来ならまどろみ、甘えて絡みつくはずだった恋人に、息を殺すためにしがみつく。
一方でリンさんは動揺した様子もなく、電話に応じながら俺の髪を梳かした。
耳をそばだてるが、電話口のナルの声まではよく聞こえない。けれど、俺がいるということをリンさんが口にすることはなかったので、バレていないのだと思いたい。
「ご、ごめんね?何か言ってた?」
「まったく」
電話を終えてスマホを置いたリンさんに問うと、緩く首を振られた。
ナルはまさか俺がいるとは思いもしないだろうから、何か変な物音がしたなって思ってくれたのかもしれない。
あのまま俺が「もしも~し、あれ~?ナル?」とかほざいてたら話は違うが。
自分に対して、起き抜けで声が出なかったこととか、連絡先の表示名に違和感を感じたこととかを、褒めてあげたい。


───俺とリンさんが恋人になって三ヶ月経つけれど。
ナルや、他の霊能者たちは俺とリンさんの関係を知らない。
同性同士とか、同じ職場ということもあり、簡単に打ち明けることではないからだ。

まあ、……いつかは話すときが来るだろう。







普段オフィスで仕事をするとき、俺とリンさんは同じ部屋にいることが少ない。一方は接客対応メインで事務仕事をし、もう一方は資料室でデータの解析などをしている。
俺が一番顔を合わせるのは安原さんで、次がナル。ナルは俺に仕事を振る上司なのでかろうじてってところだ。
唯一リンさんと会えるのは、彼が資料室から出て物をとりに行くときにすれ違うだけ。あとはもう、俺が気分転換にお茶を入れて持っていくしかなかった。
仕事中とはいえこのくらいの休憩は許されていいだろう、とたびたびやっている。
「リーンさーん」
カップを二つ持って資料室の前に立ち、声をかけるとすぐにドアがあけられた。
顔を出したリンさんは俺を見下ろしてすぐに、中に一歩身を引き部屋に入れてくれる。
そしてパタンっとドアが閉まると、二人きりの空間になった。
「忙しくなかった?」
「はい」
リンさんは俺の手からカップをとってくれて、デスクに置く。その間に俺は部屋の隅にある椅子をリンさんのそばに持ってきて座った。
何の仕事をしてるのかとか、今日きた変な客の話とか、時には俺の大学の話とかをしたりして、ほんのわずかな時間を過ごす。恋人同士の甘い逢瀬というわけではないけど、ただ一緒にいる時間を増やし、会話の機会を作ること自体が、この関係ならではのことのような気がする。
「そろそろ仕事戻るかー……」
「そうしましょう」
立ち上がりながら、さりげなくリンさんの肩を撫でると、そこに手が添えられる。
名残惜しいが絡んだ指先をほどき、空になったカップを二つ持って資料室から出ると───ソファに座ってお茶を飲むナルがいた。
おそらくお茶は、安原さんがいれたにちがいない。そうでなければ、俺を探すから。

「サボるのにリンを巻き込んだのか」
「お茶ぐらい何もせず飲んだっていいでしょ~」

実際サボると言うほど時間を潰していたわけではないので、ナルは嫌味を言いつつ本気で叱りはしない。ただ、そんなわずかな時間を、わざわざリンさんと共にした、というのが若干肩をすくめるポイントなんだろう。本意はわからないけど。
「谷山さんって」
そこで安原さんがぽつりと言いかける。
ゆっくりとしたその口調に、思わず身構えた。あれ、バレたか……?
「リンさんにもそんな感じなんですね」
「ど……どういう意味??」
分からないのは俺だけなのか、ナルは無言だ。
安原さんはあははと笑い、それ以上何も言ってはこなくて、俺はよくわからないままオドオドとカップを洗いに行くことにした。

その夜、外で一緒に食事をとってから俺の部屋に来ていたリンさんにこのやり取りを教えると、少し眉をしかめた。……これは、リンさんには何か思い当たることがある、ってことか?
「おそらく」
「うん」
「ナルのせいです」
「……なんでナル?」
ますますわからん……。そう思って俺も眉をしかめた。
リンさんは言いたくなさそうなので、俺は自分のこめかみを揉みながら、物理的に頭を柔らかくしようと試みる。
ええと、安原さんが言ってた言葉と、リンさんの様子からして───皆が目につくのはきっと、ナルと俺の方なんだ。
自分で言うのもあれだけど、俺はナルによく懐いて見えるんだろう。それにナルも人を寄せ付けないタイプのくせに、徐々に俺に慣れてきたから……。
「もう、いいでしょう」
「あ、ごめん」
唸ったり身を捩ったりしていると、リンさんが気を引くように俺の腕を掴む。
恋人との時間にほかの男のことを考えるのは野暮だった。───でも、リンさんの口から「ナルのせい」って出てきたのがちょっと面白くて。
ナルのことを考えているわけじゃないんだけど、笑いが止まらない俺に、リンさんは無言で不満を訴えた。








ある日、久々に調査に同行することになった。
長い休みに重なったので余程のことがない限りは最後までやれるだろう。
しかし、やったーリンさんとずっといられる、とはならない。
なぜなら調査中はいつも以上に人の出入りが激しく、二人きりになる機会は少なく、なによりゆっくりしている暇はない。
そもそも俺たちは会う機会を自分で作っているので、調査はもはや仕事でしかないわけで……早く終わらすぞっていう気持ちしかなかった。

「───うわ、宅配」
「あ?なに」
深夜、ベースで唐突に呟いた言葉に、すかさず反応してくれるのは安定のぼーさんだ。
俺はスマホに宅配通知が来ていたことに気が付いた。発送通知も来ていたはずだがそれを見落としていて、つまり、不在だったので持ち帰ったというメッセージだ。
申し訳なさとか、本当なら今頃届いた品物を楽しんでいたという気持ちでがっかりしている。
「……コーヒーメーカーを買いまして」
「いいじゃん……カプセル?エスプレッソマシン?」
「んなわけ」
徹夜のテンションで軽い会話をしているのを、ジョンが横でくすりと笑った。
「普通に、豆挽きからやってくれる全自動のやつ」
「そういえば、最近コーヒーがお好きやっていうてましたね」
「年々なあ~」
「わかる」
相変わらず緩い会話だが、ナルももはや文句を言わない。
そのくらい俺たちはひたすらに待機を強いられている。これで急に白い光なんかがカメラに映れば会話は瞬時に終わるので、このくらい中身のない会話でいいのだ。
「リンさぁん、帰ったら不在票入ってるかも~」
「ああ、ポストを見ておきます」
急に話を振られたリンさんは俺の言っていることにすぐ思い当たったようだ。だって一緒に選んだもの。
一方で、ぼーさんとジョンは不思議そうに首をかしげる。どうしてそこに、リンさんが出てくる?ということになるわけだ。

「とうとうリンの部屋に住み着き始めたのか……」

ふと、今まで視線すらよこさなかったナルが口を開いた。
心底呆れた声だった。

ぼーさんはナルと俺、そしてリンさんを「え、なに」と見比べ、ジョンは「どういう……」と途方に暮れたようにオロオロした。
ナルが何故こんなことをいうかというと、ある日俺がリンさんの部屋のテレビで映画を観てた時、たまたまリンさんの持ってるデータが欲しいとかで部屋に訪ねて来たのと遭遇したからだ。俺の部屋にテレビがないことはわりとみんなよく知っている……というか、まだリンさんとこうなる前にナルの部屋にもテレビがあることを知って、観に行って良いかって聞いたからだ。もちろん断られた。
とにかく、おうちで映画デートをしてたのに、ナルからしてみると野良犬が住み着くきっかけくらいにしか思われてない。ひどいやつである。
「お前な……俺の部屋にもテレビあっから」
この話を聞いたぼーさんは頭を抱えた後に、良かれと思って言ってくれた。
「間に合ってまーす」
「こらこら」
俺はちゃんと相手を選んでやってるのに、皆にはそれがわからないらしい。
そもそもコーヒーメーカー買う前にテレビ買えだの、リンがかわいそうだの、どうしてそこまで言われニャならん。
だから「俺はな、」と言いかけたその時───ポルターガイストによって阻まれ、言うタイミングを失った。







大学ニ年の秋、用事があるとかでイギリスに行ってしまったナルとリンさんの代わりに、事務所を切り盛りする存在として森さんがやってきた。
そしてその時、俺は森さんからインターンのお誘いを受け、三月から八月までを森さんの下のチームで過ごすことになった。
つまり、イギリスにいく。
一方でリンさんは日本というわけで、一時的に遠距離交際をすることになる。この結論をだすまでには長い話し合いが必要だったし、悩んだり、ひとつの決心をしたり、と心の成長があったわけだが割愛とする。

そしていよいよイギリスへ行く日、皆には見送りは良いと言って、リンさんと二人だけで空港に行く。
チェックインを終えて、隣り合って座ったロビーの椅子で、人に見えないようにして手を繋いだ。
ぽつぽつと話をしたり、しなかったりしながら搭乗開始時刻のギリギリくらいまでは手荷物検査も受けずにいた。
そしてしばらくして、俺のスマホが震えだす。
相手は意外にもナルだったから、多少驚きつつも出てみると、「ナルちゃんです」と明るい声がする。一瞬驚いた俺だったが、すぐにナルの電話を使ってぼーさんが電話してきていると気が付いた。
「なに、ぼーさん?」
『あり、バレた』
「バレないと思う?」
思わずふっと大きな息を吐き出して笑う。
電話口でもぼーさんの笑い声や、賑やかな声がする。
もしかして、オフィスにでも集まってるのかも───と思っていたら、様子がおかしい。
「『来ちゃった♡』」
ぽん、っと背後から両手を肩におかれて、頭上から声がした。
背もたれの方に引っ張られるまま見上げると、ぼーさんがスマホを持ってそこにいた。

「いやあ、見送りは良いって聞いてたけどやっぱり行っときてーなあ、ってぇー……なんでリンがここにいる?」

呆けている俺をよそに、ぼーさんは俺を見つけたことでテンション高めに話し出す。が、隣に座っていたリンさんに気づいてその様子が一変した。
綾子やジョン、そして真砂子にナルも追いついて来て、俺に気づいた後にやっぱりリンさんに気づいてきょとんとする。
こ、これは~~~!

「エヘ」

繋いでいたままの手をぱっと掲げて笑うと、皆は軋むようにして硬直した。








(オマケ)


ナルは照れ臭そうに笑うと、そのに手を繋がれて表面上一切変わってないリンを見て、走馬灯のように今までの記憶が駆け巡る。
この時ようやく、何か変だなと思っていたことを一つ一つ思い出してきたのだ。
だってそこまで二人に興味はなかったので。

いつだったか、ナルがリンに電話をかけたときにリンではない誰かが───それも、が出たような気がしたこと。だがあまりにも一瞬だったし、リンがその後電話に出て何も言わなかったので気にしないことにした。
それから、リンの部屋に行ったらリビングでがくつろいでいたこと。あれは正直目を疑ったが、ナルとリンが今借りている家具付きの部屋に移った時、ナルの部屋に置かれたテレビを見て羨ましそうにしていたので、そういうことだろうと納得してしまった。
の犬みたいな愛嬌と、図々しさと、リンの堅物なくせにどこか押しに弱い部分がマッチしてしまったのだろうと。
その末に住み着かれて懐かれたことは、微かに憐憫は抱いたけれどナルはやっぱり自分にかかる迷惑ではなかったので放っておいた。

思えばリンは、初対面の頃よりもずいぶんに心を開いたし、二人してナルのことに関してはよく結託しているような節さえあった。

だけど、まさか親愛を超えた愛情をはぐくんでいるとは想像してもいなかった。
繰り返すが、ナルはそこまでひとに、興味がなかったので。
しかしどこか、納得いかない気持ちもあった。
なぜ気が付かなかったのか、なぜリンとだったのか、この"悔しさ"は───単純に自分の愚鈍さを嘆くものだという事にしておく。

「ちょ、ちょっと、あんたたちいつから!?」
「どういうことだよおい!!」
「え、お二人は、えっ!?」
「そ、そんなっ……」

騒がしい連中を見て、ナルは冷静になってきた。
すうと息を吸って、酸素が肺を巡り、ゆっくり吐き出すとなんかもうどうでもよくなってくる。
そもそも見送りにだってくるつもりはなかったし、滝川が勝手に引っ張って来ただけ。
安原がオフィスで留守番をしているし、もう、帰りたいという気持ちだった。

「見送りの必要はなさそうだな」

そういってナルは喧騒に背を向けて、恋人たちから距離をとる。
気を利かせたわけではないが、結果的にそうなった。




end.



前の話のあとがきで言った、二人の交際がいつバレるかチャレンジに重点を置いたのでイチャイチャは少ない(当サイト比)ですね。
ことしもリンさんおたおめです。
ナルがいつ気づくのかをわくわくしている自分がいたのですが、実際に書いてみようとしたとき、気づいたとして反応は淡泊なんだよな……と思いましてこんな仕上がりになりました。
盛りあがり重視だと、リンさんと主人公には空港で抱き合っててほしかったな……笑
Jan. 2024

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