I am.


Fire. 06

留学して、最初の一年はデイヴィス家にホームステイしつつ学校通って、ナルの仕事を手伝う日々だった。
英語力は学校に通ったことと、イギリスでも音楽活動をしていた中で少しずつ上がったように思う。
そのまま日本に帰るとか、イギリスでまだナルたちの手伝いをするのでは、つまらない。ようし二人で旅に出ようぜっていうのはすぐに思い至った。
ジーンは今までいろいろな国に行ったことがあったらしいし、あまり強くは言わなかったけど行って見たい場所だってあったみたい。俺はそこに行ってみたいと思ったし、連れて行ってやれると思った。
ナルやご両親、森さんに相談して背中を押してもらった俺たちは、学校が終わったことを機に、旅に出た。

ジーンの生まれ育った町。行ってみたかった町。観光スポット。たまたま見かけた路面店。知り合った旅行者のオススメごはん。俺の好きなロックバンドにゆかりがある場所。
見えない友人との旅は、たくさん写真や動画におさめた。
その場その場でジーンのリクエストや、出会った人の希望を叶えて歌を歌う。
身内への報告用として作ったSNSアカウントは出会った人に教えていたらたくさんのフォロワーがついていた。
写真も動画も、写っているのは俺一人だけれど、一人ではない。
周囲からいいねと言ってもらえると、なんだか嬉しかった。

最後は観光名所でも、思い出の地でも、憧れの場所なく、ステージが終着だった。
俺のアカウントを知って旅の道中に現れた人に、ステージに立って歌ってみないかと勧められた時、ジーンは俺以上に嬉しそうにして、俺に歌ってと願った。
───俺が一番光るところが見たいという。
だからせめて俺はジーンへ最高の歌を送りたいと思って、楽器も持たず歌うことだけに集中した。
それを最後に、ジーンは昇っていった。

俺の目的は達成し、二人の旅は終わった。思えば二年近く、海外で暮らしてた。
その間一度も日本へ里帰りしなかったのはある意味薄情なのではないだろうか。いやでもだって、交通費バカにならないから───。

「おかえり!でもうちにあんたの部屋ないよ!!」

姉ちゃんからの、この言い草。
わかっていたことだったけど、改めて言われると悲しい。そして一回くらい帰って来ておけばよかったかと自分の過去を省みる。

もともと俺が留学するときに引っ越すって話は出ていて、家の鍵は返していた。だから俺がお守りがわりに持ってった鍵は実家のものと、ノリくんの家のもの。
空港に迎えにきてくれた姉ちゃんは仁王立ちで、えっへんと胸を張った。俺はうなだれた。
ちなみに車出してくれたのはその日休みだった安原さん。
「おかえりなさいくん、どうする?うち泊まる?」
「いや……え、泊めてくれるよね?姉ちゃん」
「まあちょっと泊まるくらいならいいけどお」
確かにもう二十歳こえたし、一緒にすまなきゃダメってことはないけど……!
「え、え、一緒に住んでくれないの?」
の私物、適当に詰め込んでまだ荷ほどきしてないんだよねえ」
それはそれでいいけど。
あんまりな扱いに俺はきゅっとシャツを握る。そして安原さんがわざとらしく肩を抱いてくれた。
「ほんとに、家なき子……!」
「あはは、うそうそ冗談。まあしばらく狭いけど、引っ越すかどうかはおいおい決めよーね」
「うん、うん」
ぶんぶん首を縦に振ってると、安原さんが双子の独特な感動の再会をいい感じにまとめて、車へ荷物を積んでくれた。

しばらく走行していると、窓の外に見知った名前の地名が表示された看板を通り過ぎた。
「ていうかさあ、ぼーさんちの鍵持ってたよね?帰ってきてって言われてないの?」
「ああ寄れっていわれてる〜、鍵返さないとな!」
「「え?」」
車ががっくんと停まった。
赤信号だからよかったが、姉ちゃんと運転中の安原さんがぎょっとして、後部座席の俺を振り向いた時は本当にびっくりした。
「ぼーさんに、あれ?言われてないの?だから鍵……」
「言われるって、ああ、この鍵は俺が頼んで持って行かせてもらったんだよ?」
鍵を持って留学に行かせてってお願いした時点で、ノリくんも俺の気持ちはお察しだろうけど、深くは聞かずに餞別のハグをされて、鍵だけもってイギリスへ行った。
はぐらかされたのか、通じてないのかどっちだかわからないけど、俺はそれでもいいかなあと思っている。
だから帰ってきたら本人に返すつもりだった。
「もう勝手にいり浸る高校生じゃダメだよねー」
安原さんが微妙に引きつった声で、そうかなあ〜と言いながら車を発進させた。
「ああ、ぼーさん!なんでここにいないの!」
「それは飛行機が遅れたからです、谷山さん」
姉ちゃんがなんだか悔やみ、安原さんが残念そうに言葉を紡ぐ。
本来なら面倒見のいいノリくんが俺を迎えにきてくれるはずで、昨日到着するはずの予定で約束してたんだが、ちょっとゴタつき便が遅れ、日付をまたいでしまった。この日は仕事が入ってたノリくんは俺のお迎えを断念し、代打で姉ちゃんと安原さんがきてくれたというわけだ。
「あの……滝川さん、ずっとくんの帰りを待ってるよ」
「え、またまたあ」
なんだその口ぶりは、まるでノリくんが俺のこと好きみたいじゃないか。
いや好かれてるとは思ってたけど、あの人誰にでもそうじゃない?軽率にハグするじゃない?
「まあとにかく滝川さんと話した方がいいね」
車が加速したせいで背もたれにどすりと倒れる。
なんかやだなあ、こわいなあ。
俺は別に、いいんだよもう、鍵を穏便に返せれば。
「でもなんていうの?とぼーさん二人にしたって永遠に平行線なんじゃ」
ひどい言われようである、俺もノリくんも。
「さすがにこのタイミングで鍵を返されれば、滝川さんも何か言うだろうし、その時の反応、よく見ておいた方がいいよくん。たとえ鍵を受け取られても」
「は、ハイ……え、まって今どこに向かってる?」
鏡ごしににこっと微笑まれて居住まいを正す。
「どこって、ぼーさんち。あ、荷物は一応持って帰ってやるかー」
「え、ちょっと……」
ゴー!ハウス!そしてステイ!!!!と車のドアから俺に焚き付けながら去って行った姉ちゃん。
会わない間に随分図太くなったのではないだろうか。


───いやまさか、そんな、ノリくんが?
一人にされた途端に怖気付く。
震える手でノリくんの家の玄関を開けようとしたら当然だが鍵が閉まってた。
今の俺は世界で一番不器用なので、乱暴な手つきで鍵を差し込み回した。
久しぶりに入った家は、もちろんノリくんちの匂いがして、思わず力が抜けてドアに背中を預けた。
うわ、うわ、なんか恥ずかしい。

靴も脱がずに、携帯電話で慌ててメッセージの送信画面を立ち上げる。
姉ちゃんと安原さんが迎えにきてくれて無事合流した後、寝るところないからってノリくんの家に解き放たれ、勝手に上がってますと言う旨を打ち終えて送信。
前までは慣れてたけど今はブランクがあるので、勝手に家に入ったことに罪悪感を感じて、そのことを謝った。
読み返したら誤字多すぎたけど、なんとなく内容を理解したらしいノリくんが寛いでろと返事をくれたので、ようやく靴を脱げた。

前よりタバコの匂いが強くなったような気がした。そう感じるくらい俺が遠くにいたのかもしれないけど。
それでも他は特に変わってない、見覚えのある部屋の間取りと、部屋から見る景色。
さっき返事があったばかりの携帯電話は、またバイブを震わせて俺を脅かした。
すぐ帰る、という短いメールに嬉しい気持ちと恐れる気持ちがせめぎあう。

特にすることもなく、いつもテレビを観ていたソファに座った。どうやってくつろぐんだっけな。
眠たいようでいて、目が冴えてしまっていて何をするにも手につかない。久しぶりの日本のテレビ番組は和むけど、頭に全く入ってこなかった。
すぐ帰るってどのくらいだろうと思いながらザッピングしてると、部屋の外で足音がした。その音が止まって鍵を取り出すように物音がする。それはこの部屋の前かどうか、わからない。
けれどやがてドアが開けば、この家だとわかる。
その瞬間ソファから立って廊下をのぞきに行った。

「───

どうやら脱ぎにくい靴を履いてたらしく、しゃがんでごそごそしていた。
廊下と玄関の明かりでオレンジに照らされたノリくんは、振り向いてふわっと笑う。
なんかもうその笑顔を見て納得したというか、そうだったらいいなあという思いが強くなった。
「おかえり」
「ただいまっつーか、お前がおかえりだよ」
「ただいまあ」
鍵返すって言いたくないな。その後の反応をよく見てろって安原さんに言われたけど。
「腹は?」
「あんまり減ってないかなあ。ノリくんは」
「俺もだなー」
紐をしゅるしゅる解く手を背中越しに眺めていた俺は、とうとうその背中にのしかかって抱きつく。
うん、部屋より断然ノリくんの香りがする。
「俺の好きな匂い」
「……っと、お前〜相変わらずそれかよ。ほい脱ぎ終わった、おどきなさい」
「えーんもうちょっと」
ぺしぺし、と腕を叩くが本気で解こうとはしてこない。

少しだけ腕をゆるめると、ノリくんはちょっとだけこっちを向いた。
「そんな感慨深いかねー、ってことは、あっちではちゃんとやめてたんだな」
「うん、あっちに欲しいのないから」
顎に指を這わせて、タバコのようにして中指と人差し指でそこをはさむが、形がそもそも違うので、掴めずに離れて行く。
「───滝川法生っていうんだけど」
「は……」
あんぐりと開いた口をみて、立ち上がる。
わからなくていい、でもわかってくれたらどうなるだろう。そう思って今までやってきたけど、とうとう名指しで欲しいと告げた。戯れに目を見て好きだよって言った時よりドキドキする。
ノリくんが俺のことを好いてくれているのは知ってるけど、それはどれくらいなのか俺にはわからなくて、俺と同等のものを返してくれるなら、───それなら、これ以上ないくらい嬉しい。
「やるよ、いくらでも」
抱き寄せられて、ノリくんの唇が耳たぶに寄せられた。
焼けそうなくらいの熱を感じる。
でも、そこじゃないところがいい、火をつけるなら。
そう思ってたのがわかったのか、俺の頬にノリ君の手が伸びてきて、ゆっくりと傾けられた。



end.

まわりくどい言い回しはロッカーだから……。過ちのエンジェル……はV系か。
周囲が関係を知ってるパターン書くのって結構珍しいかもしれません。でも二人は公認の仲で……なのにまだくっついてなかったっていうのが似合うなあと思いました。楽しかったです。
April 2019

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