Friend
小学校一年生のとき、俺の前の席に座っていたのが安原修という少年だった。二年に一度クラス替えがあるので、三年生と四年生の間はクラスが違うけど、高学年に上がったらまた同じクラスになって、また彼と前後の席になる。さほどクラス数のない小学校だったからクラスが違えど皆顔見知りだし、彼と俺に至ってはそれなりに仲良くしていたわけだから小学校最後の年にはよくつるむ友人の一角に修はいた。家に遊びに行ったこともあるし、彼の妹とは縦割り班行動のときにペアになった。しかも中学は複数の小学校から持ち上がってくるのでクラス数がぐんと増えたけど、何の縁か俺と修は三年間同じクラスだった。
修があの安原修だと気づいたきっかけは、中学一年生の途中から授業中のみ眼鏡をかけ出したこと。その姿と上品な髪型を見てぱちっと何かのピースが嵌ったと思う。中学二年にもなればそれなりに進学の話が浮き上がり、県内の高校についても詳しくなる。そこで緑陵高校と聞いて、確信を得た。
ただ単に前世の記憶を持って生まれ変わったと思っていた俺は、物語の中の世界を生きていたらしい。学校名だけならまだしも、キャラクターがいるのならそう思わざるを得ない。
残念ながら緑陵高校には入れるほど頭が良くなかったし……っていうか入りたくもねーので高校は別れた。でも俺達は家が近いので、地元駅でも修を見かけるし、スーパー行ったおかんが今日安原さんちの奥さんに会ったとかいうし、コンビニで修の妹に会ったし、つまりまあ、俺と修は中々付き合いが続いているわけだ。
物語のキャラクター抜きにして、修はイイ奴だ。頭良いし、優しいし、付き合いが良い。ノリも良い。小学校から高校まで続いてる人はいつのまにか修だけになってて、貴重な友人だと思ってる。
「おっさっむっちゃーん!」
「はいはい」
毎年夏休みになると俺は修の家に何度か押し掛けるのが恒例となっていて、アポなしでインターホンを押しても爽やかな顔して出迎える修。彼にはいつも読書感想文を手伝ってもらっている。高校生にもなって普通読書感想文なんてねーだろって思うだろうけど、担当している国語科教員の教育方針だバカヤロウ。ちなみに修の学校は無いらしい。
「はどうして毎年読書感想文だけは僕におしつけるかなあ」
「だってお前良いことでっちあげるの上手いんだもん」
やれやれ、と肩を落としつつもさらさら淀みなく『それっぽい』感想を書き連ねていく修の横顔を見た。その時丁度部活が終わって帰って来た妹の恵ちゃんが、クーラーの効いた居間に入って来て涼しさに目をほそめながら声を上げる。
「ただいまー、やっぱりくん来てたんだ」
「おかえり、お邪魔してまーす」
修も書きながらおかえりと挨拶をしているけど、手は止まらない。さすがだなこいつ。
「お兄ちゃんもくんももうお昼食べた?」
「まだ。今日は焼きそばだって〜」
冷蔵庫から作り置きしてあるお茶ポットを出して、ちゃんとコップに注いでから飲んでいる恵ちゃんを眺めながら答える。修大先生は今読書感想文の執筆中なのだ。
「くーん、お母さんは?」
「買い物行ったよお」
「えー?こんな暑い時間に行ったの?」
「買い忘れがあったんだって」
運動着を洗濯機に出しにいってた恵ちゃんが洗面所の方で俺を呼ぶ。
「なんで僕じゃなくてに聞くんだろうね」
「…………俺の方が暇だからかな」
修が感想文を書き上げると修のおかあちゃんが丁度帰って来て、恵ちゃんはリビングでテレビをつけながら二杯目の麦茶に口をつけていた。そのまま修の家でお昼をご馳走になって、差し入れに俺が持って来たアイスを皆で食べ、午後は修とだらだら喋りながら過ごす。
日が暮れ始めた頃に家に帰る時は、修が郵便ポストまでお使いを頼まれてたので俺と一緒に道を歩いていた。
「修ー」
「ん?」
日が沈み始めたとはいえ暑い道を、じんわり汗かきながら歩いている最中になにげなく話を切り出した。
「お前の学校で死者がでたら、気をつけなよー」
「え」
「流行ものには手をだすな」
「?なに、急に」
「たとえば、こっくりさんとかは特にな」
終始訳が分からないという顔をしていた修は、ポストに手紙を入れた体勢のまま固まっていたのでじゃーなーと手を振りながら別れた。
九月の終わりに自殺者が出て、寒くなるに連れて新聞に取り上げられるほどの集団食中毒やらなんやらのニュースをリビングでみながら、お母さんが修くんの学校じゃないの、あんた修くんに何か聞いてないのとか言われたけど俺たち一応受験生だから今はそんなに頻繁にあってないので深く聞いてる訳が無い。電話をマメにしあうような間柄じゃないし。
年明けに一度修がうちに遊びに来たときは、お母さんがおばちゃん特有のミーハーな感じで話題を振ってたけど、原因不明だし修はぺらぺらしゃべるような子じゃないのでリビングでその話題はでなかった。でも、俺の部屋にいる時に話題を振ってみたらわりとあっさり怪奇現象を語ってくれた。猫の声がする体育館とか、子供の霊が現れるとか、流行のヲリキリ様とか。
「も知ってるよね、自殺した生徒」
「ニュースになったもんな」
「夏休みに言っていたこと、なんとなくわかった」
さすがの修もちょっと疲れ気味みたいで、苦笑いを浮かべてる。
学校側もようやく事件解決に乗り出したようで、今度霊能者にあたってみるという噂を聞いたらしい。
「がもしそういうのに詳しいなら、手助けをしてくれないかな」
「俺に出来ることはないよ……調査所に任せたほうが良い」
「そっか」
「あ、ヲリキリ様やってないだろーな」
「うん、が言ってたからやってないよ」
「えらいえらい」
わしわし頭を撫でてみた。
修は人の忠告はわりと素直にきいてくれるので助かる。ま、俺のことを信頼してくれてるってのもあるのかな。
「とにかくあれだなあ、危ないのには近寄らないことだな」
「そうするよ」
*
「流行ものには手をだすな」
「たとえば、こっくりさんとかは特にな」
夏の終わり、いつものようにやってきた友人が帰り際に意味深なことを言っていたのを、修は薄ぼんやりとしか覚えていなかった。
彼は中身の無い話をよくするから。
ヲリキリ様という所謂『こっくりさん』が流行り始めたのは二学期すぐのことで、瞬く間に学校中に知れ渡った。修は教室でやっている生徒を何度も目にしたし、誘われたこともある。けれどあの日にこぼしたの意味深な言葉が脳裏に浮かんで上手く返事が出来ず、誘いには乗らなかった。
「お前の学校で死者がでたら、気をつけなよー」
言われたときは凄く驚いたのに、あっさりと忘れていたこの発言は、一年生の坂内が自殺したと聞いたときに思い出した。
こうやって事件が本当に起こってみないと修は人生で思い出すこと等なかっただろうというほど、『中身の無い』話だったものが急に中身が膨らんでとうとう弾けた。
怪奇現象のようなものが起きるようになってから、ますますの忠告が脳裏に浮かび、ヲリキリ様と聞くだけで苦手だなと思う程になっていた。年明け頃、に相談してみたが、新たな忠告は危ないものには近寄るなという極々普通のことだけだった。
調査所には一度断られたようだが、どうにかして欲しい一心で署名を持って頭を下げに行くと自分と同じ年頃の、酷く見目の整った少年が所長として鎮座していた。
一瞬目を見張りかけたけれど、見目や年齢にとらわれるほど狭量ではないし、に雰囲気が似た明るい少女や、落ち着いた声色で喋る少年を胡散臭いとは思えず深く頭を下げた。
調査に来てもらってから、怪奇現象の被害者を集めてナルに話す為、修も被害者として彼らの前に座った。まずは身近な教室の異臭について話す。昨年の十二月十八日に時間目の授業中、とに過去一度話した為、それから記録としてメモをとっていた為に淀みなく話せた。そういえばとは一度帰り道であったが「おしゃむ、くちゃい」と鼻を摘んで眉を顰めていた。教室が臭いことはわかるが、自身まで臭うと気づいて少なからずショックを受けた。しかしその匂いを感じたのはだけで、家族に制服の匂いを嗅いでもらっても、他のクラスメイトたちに聞いてみても、人にその匂いは移っていないことが分かった。
「……安原さん、あなたが最初に異変に気づいたのはいつごろですか?」
「———」
ナルに問われて少し考える。修が異変に気づいたのは正確に言うとヲリキリ様が流行りだしたときからだ。それから坂内の自殺。けれど学校に何かあると言うよりもに何かあるのかと思ったために線引きはあやふやだ。のことを大勢の前で言うのは気が引けて、修は冷静に頭を切り替えてから話した。
「……絶対になにかあると思ったのは不登校事件からです」
改めて考え直すと、その件が不自然ではない気がしたのだ。
ナルは一通り修の話を聞き終え、教室に案内させる。滝川と麻衣は通常の人と変わりなく異臭に反応したがナルは眉一つ動かさずに教室の中に入って机をなぞった。
そして、降霊術をしなかったか、とこぼす。その姿が不思議とと被って見えた。容姿も態度も全然違う為、言い当てたということが重なっただけである。は流行る前、ナルは何も言う前だ。修はヲリキリ様に関わったことが無かった為に話題に出す機会を失っていて、ナルや女子生徒が話題にしたことで調査内容に組み込まれていくのを見てほっとした。
その降霊術を、学校中でやった人がどれ程いるのか聞き回る手伝いを修はすることになる。もちろん事件は早く収束して欲しいために使われるのは全然かまわない。それに、が言っていたことも気になる。
本格的に手伝いに組み込んでもらう気満々だった修は泊まり込み、次の日も調査に参加した。ナルの指示は的確だったし、修にこなせないこともなく、早々に終えて麻衣が待機しているベースに戻るとどうやら彼女は居眠りをしているようだった。興味本位で寝顔を見ていたけれど、ふいに唇が動き声が漏れる。
「……うん……わかった……」
「なにが「わかった」んです?」
寝言に返事をしてみると、大きな目をぱちっと開いた麻衣は修に驚いて立ち上がり、顔を真っ赤にした。
コーヒーを淹れながらヲリキリ様の話題が出た時、修は少しだけまたか、と思う。もナルも麻衣も気にかけている。ナルは調査の範囲内での対象としか思っていないのかもしれないが。
「呪文をとなえたり、……まあ僕はやったことないからあんまり知らないんだけど」
「あ、そうなんだ」
「こっくりさんはやるなって友達に言われてたんだよね」
なんとなくこぼした話題に、麻衣は続く。
「友達?ってこの学校の?やってない人の方が少ないんじゃないですか?めずらし」
「ああいや、小中が一緒、高校は別で」
「へえ。けどすごいですよね学校中、なんでこんなにはやってるんだろ」
「うーん、流行の原因を分析できれば苦労はない、なんてね。手順や紙とかがかわってるからじゃないですか?呪文もそうだし、目新しいものってまずみんな飛びつくでしょ」
「……はあ、……安原さんて冷静とゆーか、……」
「ははは、僕若年寄っていわれてるから。さっき言った友達も僕に越後屋ってあだ名をつけたんだ。人のいいじいさんみたいな顔してなにたくらんでるかわからないって」
「……なるほろ」
「その友達だって人のこと言えないんだよ?いつもにこにこ笑ってるのに、急に意味深なこと言って」
「え、意味深なことって何ですか?」
「……言おうか言わないか迷っていたんだけど———、」
夏休みの終わりのの話を麻衣にした。
麻衣自身は霊能者ではないと言っていたけれど、が何かを感じていたことで調査の足しになればと思ってのことだった。
結局の発言がナルにまで渡ることはなかったが、修はヲリキリ様をやらなかったお陰で身の危険を感じることもなく事件の調査は終わった。
「おさみ"ゅぅぅぅぅうぅ!!!!」
吉見家の調査終盤の出来事で肋骨が折れていた修の見舞いには、修の母とがやってきた。
もちろん肋骨が折れることは大変なことなのだが、まるで今にも死んでしまいそうな相手のようにオーバーなリアクションをしたをみて、誰もが引いたり驚いたりしていた。
「、ここ病室だから」
「言ったじゃん!手ぇ出すのはやめとけって!!」
「あはははは、あ、いたたた」
笑ったら痛んだのか、修は胸を抑える。
「壁に叩き付けられた時、ああ、が言ってたのはこれかって思ったよ」
「笑い事じゃねー」
項垂れるを、修は困ったように見る。
は修と一緒にホテルのバイトをしていたのだが、友人の滝川が危篤だと嘘をついて抜けて来たのをは見ている。修を見送る際には「下手に手ぇだして、肋骨とか折んなよ?」と気遣うように見て来たのでまさかとは思っていたのだが。
夜中に奇襲にあったときは怪我をしなかったのに、最後の最後での忠告を忘れていた。しかし滝川とジョンが怪我をしている上に跳ね返されてしまい、修は少し我を失っていたのだ。
「え、えーと?安原さん」
「ん」
「はい?」
「あ、兄弟?」
麻衣が安原さんと呼びかけて修とが振り向いた。
「いや偶然同じ苗字なだけで、俺達小中一緒の友達。安原ですよろしくどーぞ」
「あ、谷山麻衣です」
「ジョン・ブラウンいいます」
「俺は滝川法生」
その場に綾子や真砂子にナルやリンがいなかったため自己紹介したメンツはその三人のみだ。
「滝川……、危篤の?」
「あっ」
滝川はぱふりと口を抑え、修はまた軽く笑った。
「そんなこといって、は分かってたでしょ」
「うんまあ」
「嘘だって気づいたのか?」
「———というか、は勘が鋭いんです」
修は言っていいものかと思いつつも、隠しているそぶりのないを見て判断した。
彼らになら言っても良いと、は知っているのかもしれない。
「僕にこっくりさんが流行るからやるなといったのも、バイトを抜け出す前に忠告してくれたのも、彼なんですよ」
「へえ」
滝川は少し興味深げに眉をあげた。
「あ、春のも絶対一人にはなるなって言ってたっけね」
ふとに視線をやると、やはり気まずそうにはしていない。
「まあ、修は死にやしないだろ。ラッキーボーイだから」
「たしかに」
神妙な顔して頷き合う二人をみて、麻衣は小さく笑った。
「で、所長さんはどうなの?」
ふと、は話題を変えた。
修は少しきょとんとしてから首を振り、会えないことを示したのでは「会ってみたかったなあ」とぼやいた。
その時丁度外していた修の母親が病室に戻って来たためは病室を出て行く。家族の話もあるだろうと配慮して、滝川も麻衣もジョンもそれに続きなんとなく一緒に待合室で並んで座った。
「みんなも怪我したんですよね、大丈夫でした?」
「はい、ボクはもうすっかり」
「ま、ナルちゃんが退院するころにゃ大丈夫だろう。というか、お前さんどこまで聞いてるんだい」
おもむろに立ち上がって缶ジュースを一本買っていたは、缶をあけながらこてんと首を傾げる。
一口飲み込んで、色素の薄い瞳を和らげたはなにも?と返事をして病室から出て来た修の母に近づいていってしまった。
「なにも聞いてないってどゆこと?」
「まあ少年がぺらぺら喋るとは思えないが……どっからどこまでが何もなんだか」
「せ、せやですね」
end
S
60万hit記念リクで夢主で誰かと同級生ってことだったので安原さんの同級生な主人公です!
おさむちゃんって呼ばせたかった。おさみゅぅぅって叫ばせたかった。
本当はナルとかにも会わせたかったんだけど、本編や番外編で散々会ってるのでイイヨネ!
Nov 2015