I am.


Hope. 05

隣に座りながらも修の方に身体を傾けて、肩に寄りかかって来たは小さな声で呟く。修だよ、と。
なんのことだか分からず聞き返すと、ゆっくりと頭が離れて行った。
「俺を緑陵高校に入れて、坂内やナルに会わせたのは修だろ」
「それは、そうだけど」
「修が今を作ってるんだよ」
笑いながら嬉しそうに両手をあげて、修の腕をばしばしと叩く。
「だから俺は、修と居ればきっとだいじょーぶ」
「……がそう断言するなら、そんな気もしてきたな」
喉がふるえ、目の奥が熱くなった。
さっきまでしていたように手を握り直して引寄せる。
「絶対幸せにするから」
「……なんかプロポーズみたい」
きょとんとしてから優しく笑ったは、あいている方の手をゆるく丸めて、その中に笑い声を吹き込む。
「だめ?離れたらはすぐ居なくなってしまいそう」
「———いいよ」
身をかがめて覗き込むようにすると、は首を傾けて顔を見せた。
顔を見合わせて、どちらからともなく目を細めて、重なり合った鼻を軸に唇を触れ合わせる。慣れない触れ合いに押し付けるだけですぐに離してしまったけれど、至近距離で目が合って、もう一度戯れのようにぶつけた。
「あはっあはは……」
ムードもなく、は上半身をのけぞらせて大口を開けて笑ってる。
そのあと背を丸めて、照れたようにきゅっと目を瞑り顔の下半分を隠したので、ふざけているだけではないのだろう。
「きっといまので、俺の運命が変わった」
「……そうかな」
「そうだよ」
修は頷くしか無かった。
たとえば劇的に、の額に印が現れて目の前で消えるなんてことはなかった。
「昼寝でもする?」
修の身体を引っぱりながら倒れるので、の隣に寝転ぶ。シングルベッドに男二人は狭かった。けれど吐息がぶつかり、触れていないところまであたたかいと感じるこの空間は心地良い。
ってすぐ眠れるタイプだっけ?」
「そうでもない……っていうか今は眠れないな」
よいしょ、と言いながら肘をついたを見上げる。
頬杖をついて修を見下ろして、片手で修の前髪を正すので額がくすぐったい。
「ドキドキして、無理」
今までが雰囲気に流されて言っているわけではないと分かっていたつもりだったが、うっとりとこちらを見下ろして頬を赤く染めた彼をみて、胸がむず痒くなる。

呟いて顔を覆った。は返事をしているが、修は用があって呼んだわけではなかった。
このまま世界がまたかわってしまったらどうしよう、という恐怖が滲む。不幸を味わい過ぎて、ここにある幸福が恐ろしい。
運命が変わってもうの死を見る事はなくても、の死んだ後の世界に戻るのかもしれない。
「帰りたくないな……」
「泊まる?良いよ?」
「そうじゃなくて」
へらっと笑っていたは、修の不安そうな顔を見て察したのか、段々表情を消して行く。
馬鹿、と呟き胸の上にどすりと頭を置かれた。うっと呻きながらも痛みにほっとする。
「おまえはもう帰れないよ」
「うん」
「俺の運命の人は修がいい」
の後頭部を撫でると、入院中に伸びた柔らかい髪の毛が指に絡む。
言葉にされると安心する修は、にもっとと強請る。
「いっとくけどなあ」
いくつか断言したあと極めつけとばかりに、少し荒々しい口調で修の顔を上から見下ろす。両手で頬を支えて、目をしっかり合わせるように固定した。
「どこの俺をどれだけ見て来たのか知らないけど、修の事が好きなのは、この俺だけだから」
ごちんっと頭突きをされて思考が一瞬とんだ。顔を押さえていたのは、眼鏡のフレームに当たらないようにするためだったのかと、正気になった修は一番に考える。
「おおいたい、さすが修は石頭」
ぼやきながらは一人だけベッドから起き上がった。


呪詛返しが上手く行けば夕方には緑陵を発つと聞いていたので、修は学校へ行くことにした。
病み上がりなのに、と母親は心配していたがリハビリだといっても家を出る。
普段徒歩で行く所はバスを利用したので、長時間歩く事はなく、多少疲れるものの休む事なく学校にたどり着いた。
「あ、安原さん」
駐車場の車の傍で待っていた二人に、やってきた麻衣が気づいて声を上げる。二人はどうも、と声を揃えて後ろから続いてやってきた面々にも会釈した。
「ありゃ、今日退院じゃなかったのか?」
「うん?だからここにいるんですけど」
「つまり病み上がりだろーに」
滝川はへろへろと指をさす。呆れと心配が入り交じるその様子に、修もうんうんと頷いた。
「修、おかんがここにも」
「お母さんじゃなくても言うから」
「修はとめなかったろ」
「僕はお母さんじゃないし」
そうでした、と笑ったは滝川や、初めて会う他の人々ににっこりしながらもう大丈夫だからと告げる。
「皆にも会ってみたかったんだ」
素直にそういうものだから、皆も悪い気はしないらしい。
「もう一度ちゃんと、お礼を言いたくて」
ナルの方を見たは、ナルではなく誰かを見ているみたいに遠い目をしていた。
「麻衣ちゃんと一緒に、身体に戻れって声が聞こえた、ありがと」
「……僕?」
「そっくりだったけど?」
修は、とナルが妙な雰囲気で話しているのを聞きながらも、皆に改めて挨拶をする。
滝川たちはすぐ修に気をとられてナル達の話に関心がなくなった。

がなんの話をしているのか、修は知っていた。そもそもそう示唆したのは修でもあった。
明確な『場所』まで知っているが、それを話すかどうかはに委ねた。
「渋谷さん、なんだって」
「いや、なんも?」
車が小さくなるのを眺めながら口を開く。
「探しに行くかな」
「行くんじゃないか」
はあまり気に留めていないようだった。
「今度の春、美山邸はどっちが呼ばれると思う?」
「修じゃない?」
の可能性もあるよ」
「いやーほんと、向いてないよ俺は、そういうの」
バス停にあるベンチに座ったは、疲れた顔をした。
寒いと言うので修はすぐ隣に身体を寄せて座る。冷たい風が吹いての前髪がふわりと浮いた。まっさらなそこをじっとみてから道路の果てを見る。バスはまだ当分来ない。あまり車通りの多い道ではないが、今の時間は特に閑散としていた。
「寒いよね、どこか入る?」
「平気。———呼ばれたらさ、二人で行こうよ」
「美山邸に?」
「そう、修がナルのふりをして、俺が修のふりをすんの」
はそのままで良いんじゃないかな」
は不満そうに、誰かのふりをしてみたいと口をとがらせた。
しかしどうやらナルの振りをするのはあまり乗り気ではないようだ。
「そもそも渋谷さん二人は要らないって言うんじゃない?」
「それはだめだな、修と俺は運命共同体だから」
「そうだね、運命の人だしね」
「病めるときも健やかなる時も?」
「誓います」
胸に手をあてた修に、は笑った。まだ言い切ってないぞと突っ込みを入れるが、どちらもちゃんとした文句を覚えていないので省略する。もひとしきり笑ったあとに誓いますと繰り返した。
の冷たい指先は修の頬を撫でて、唇を優しく押す。
もう修は眠るのが怖くない。悪夢は見ないだろう。
幸福な時間は短く感じるのかもしれないけれど、目を覚まさなければ永遠に続くのだと信じて目を瞑る。
眼鏡がぶつかって少しだけずれたのをが直すので、修はの頬の温もりを手放すことはなかった。


end

There is a ray of hope.は一縷の希望があるという意味で、この結末は唯一のものだし、ほかの時の主人公は誰かを好きだったかもしれないし誰の事も好きじゃなかったかもしれないし、その時の主人公もまた一筋の光だったのではないかという。
希望でもあり可能性でもあり、なるほどだから光線(ray)……と英語を学ぶことになった。
額の印という設定を出したにも関わらず最後どうなったかは書いてないけど、それは絶望のおしらせだったので無い事に関しては書かなくても良いし、消えてなくてもそれはそれで、と思います。ただ、安原さんはもう戻らないし夢もみない。
あ、これね、副題はやすはらおさむのプロポーズ大作戦。
Mar 2017

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