I am.


Mirror. √M 06

*三人称視点

「あの二人ってさ、俺たちとほぼ同時期に会ったんだよな?」

ナルと麻衣が居間で和美と向き合っている間、ベースに残った滝川は、ふいに問いを投げかけた。
リンは、居間から流れてくる映像と音声への感心を頭の片隅に追いやって、滝川の方を見る。
本来なら答えなくても差し支えのない、仕事とも自分とも関係のない話題ではあったが、リン自身も思うところがあった為に口を開いた。
「そのはずです」
同時期というのは麻衣の通う学校の旧校舎での調査であり、ナルとリンが日本に来て初めての現場だ。
「時期はそうでも、渋谷さんと谷山さんはオフィスでよく顔を合わせているじゃないですか?」
「そうなんだけどよー……」
「滝川さんの言いたいことはわかりますけどね。『気心が知れてる』っていうんですか、あの二人」
「なんなんだろな、あの相手の行動全部分かってる感。熟年夫婦?」
「あはは」
リンはすっかり会話に置いて行かれていたが、夫婦という言葉に人知れず息を詰めた。
それが洒落にならないことを知っているのは彼ひとりである。


イギリスから帰って来たナルは、まどかとリンに、麻衣を将来研究のパートナーにするつもりだと話した。つまり、本当にイギリスに帰ることになったとしても、麻衣を連れて行くと。
たしかに麻衣という人間の得体のしれない力は研究者にとってはかなり魅力的だ。ジーンと似ていること然り。
ナルがジーン以外に関心を示すことなどほとんどなかった為驚いた事態だったが、麻衣であるならば納得だと、リンもまどかも思っていた。
そこで、イギリスへ帰ったらまた当分会うことがなくなるまどかは、本人とも少し話をしたいと言って所長室に呼び出したわけだが───やってきた麻衣は、ナルと婚約しているようなことを口走った。
青天の霹靂、とはまさにこのことだろう。

リンは将来夫婦になる二人を画面越しに見る。
理論的に現状ある証拠を並べたナルと、心を見透かすように見つめる麻衣がいた。

かつてナルの隣にああやって座っていたのはジーンだった。互いを補い合い、考えを熟知し、二人でことに当たる。───そうすることで人並み以上の力を発揮できた。
それが麻衣でも同じようにできるのはナルにとって、また麻衣にとっても、幸か不幸かわからない。
けれどそんなこと他人のリンが考えることは傲慢であるし、杞憂であったと知った。
麻衣とナル自身のことは、互いが一番わかっている。
───「ウォーレン夫妻みたいだね」
そんな風に自分たちの未来の姿を形容した麻衣と、否定しなかったナルはきっと、良いコンビになるだろう。




『───あなたはどうしてこの家が欲しいんですか?』

先ほどまで置物のように動かず黙っていた麻衣が、ようやく口を開く。ベースに残った三人は、なにをしでかすのかと、固唾をのんで見守り始めた。
唐突に投げかけられた問いに、和美は言葉に詰まっているが、麻衣は淡々と問いかけを重ねていく。
『息子が大きくなったから家を広くしたい……?でもまだ高校生でしょ、結婚して二世帯になるならともかく。それともこっちの家に住みたい?そんなに魅力的な家かな?採光が良いわけでも、部屋数が特別広いわけでも、新築というわけでもない───なぜ?』
『わ、たし、は』
怒涛とも言えるそれは、問いというよりも、心をこじ開けられていくかのようだった。
麻衣はそうやって、人の感情を読み取る能力がある。その結果、時に人の心を明るくしたりもするが、そうでない時もある。
多くは後ろ暗いことがある人間が、自分の悪意を目の当たりにするように、罪悪感や嫌悪感に苛まれた。
あの、黒々とした瞳は───『鏡』だから。

『笹倉和美───あなた自身の本心を───見せて』

不自然に音が反響する。聞き取りづらいのに、やけに耳に残る音だ。
気づけば誰も喋らなくなっていたというのに、誰一人そのことに気づかなかった。だが、和美の身体が揺らいで倒れ込む。
慌てて身体に手を回した翠と礼子は、和美と麻衣を見比べていた。
麻衣が"なにかをした"とでも言いたげに。

「なにやったんだ、麻衣」

ベースに戻って来た麻衣を座らせて、皆で囲む。問いかけたのは滝川で、いつもなら追及するだろうナルは黙っていた。こうなることを知っていたのかどうかはわからない。
「あたしはただ、本心を引き出そうと」
「……さらっと怖いこというな」
和美は倒れ込んだと思えば深い眠りに落ちていた。急病ではなさそうなのと、麻衣曰く『長く憑依されてたせいだ』というのでひとまず、居間の隅に寝かせたままにしている。

麻衣は人の感情を読むのと同じようにして、霊に憑依された人に語り掛け、その霊の本心か、憑依されている人の本心、どちらかを捉える。そうすることで霊と人の意識を乖離させた。その拍子に自分に霊が憑依することもあれば、襲われることもあるし、今回のように霊を抑え込むのに成功することもある。……というのは以前、ナルが麻衣から引き出した話である。
ナルも俄かに信じがたいほどのテレパス、加えてマインドコントロールが行われていると恐れていたし、リンも考えてぞっとしたことがある。
「───麻衣が何をしたかは、ひとまずどうでも良い、何が分かった?」
論点が曖昧になりそうなところを、ナルが明確にすると麻衣は答えた。
「霊が居るのはこの家だけじゃない」
この家では五人の家族が殺害され、その時のまま留まっているというのは麻衣に最初に言われた内容だ。
しかし日を置いてまた「姿見の向こうから誰かが覗いているのが分かる」という。それの正体はまだ確信できないというが、もしかしてとこの時リンは思った。
それと同様にしてナルも目つきを鋭くする。
「それは、姿見の向こうにいる者?」
「たぶんそう。あれは、隣の家にいたみたい」
「隣の家ぇ?こういうのって普通家単位じゃねえのかなあ。昔土地が広くて、同じ家だったとか言う?」
「その件に関しては、安原さんが調べてきてくれたはずだけど」
「あ! はい」
麻衣の言葉にわけが分からない、となる滝川に反して安原は目を見開いた。まるで心当たりがあるかのようだった。

「───今から××年前の十月十二日、この家の隣、現笹倉家には関口という家族が住んでまして、その家主が一階の居間の鴨居で首をつっているのが発見されました。二階では妻が血を流して倒れていて死亡を確認。傍に血の付いた鉈があり調べた結果凶器は一致。夫がその鉈で妻を殺し、その後自殺をしたのだろうと」
安原の恐る恐るだった話し方は、次第に凪いでいく。
「警察はその後、話を聞きに隣人、現阿川家である川南辺家を訪ねました。すると、川南辺家の全員……五人が、同じ凶器と思われる刃物で殺されていたことが判明。関係者の証言と状況的に見て───犯人は隣の家主、関口だろうということになりました」
「……マジか、……なんで?」
「どうやら、家の境界線でもめてたようなんです」
安原は続けて説明をした。
───このあたりの土地は区画整理の影響で同時期に売りに出され、それぞれ買い手がついた。その後家を各々で建てることになったが、関口家は業者のミスで境界線を越えて建造が始まった。
そのことに関口が気づき、声をあげた時にはもう後戻りできない状況まで来ていた。もちろん、他人の土地にまたがって家を建てるなど違法建築甚だしく、どんな状況であっても工事は中止し、是正しなければならない。だが業者は大丈夫の一点張りで工事を敢行。関口に対しては、工事をやり直すなら金を払えだとか、関係業者である少々柄の悪い連中まで引き連れてきて黙らせてしまったという。
関口は、家が境界線を越えて建つのを、黙って見ているしかできなかった。

「ひでえ話だ」
「隣に入居してきた川南辺家が当然気づきます。改装するなり、建て直すなり、とにかくはみ出さないようにしてくれと。ですが関口には、そんな余裕は当然ありません」
「だろうな。んで、揉め続けた結果?」
「事件前、話は関口側が改築工事を行う方向でいましたが───両家で一度話し合いの場を持つと、関口は弟夫婦に連絡をしたようです。大人たちが揉める姿を見せたくないから、その間は自分たちの子供を預かって欲しいと。……おそらく、その時既に一家を殺害する意思は決まっていたのだと思います」
「じゃあなんだ、この家と隣の家にまで、加害者と被害者の霊がいるってことか?」
滝川と安原は霊のこととなると、自然と麻衣に視線を向ける。
それを受けた麻衣も頷いて応じた。
「そういうことになる。川南辺家の一家に関しては、娘に帰ってくるなと警告を続けてるだけで、そう悪意は感じないんだけど」
「娘に警告? 一家五人ってのとは別で?」
「あ、事件のあったおそらく話し合いが行われる日、長女の仁美は修学旅行に行っていて不在でした。翌日に帰ってくる予定だったんです……けど」
「翌日、関口は風呂場で遺体を切断していた。そこに仁美が帰って来てしまい、結局殺されたんだよね」
「……」
あっけからんとした麻衣の物言いは、当然だが他人事でどこか冷徹だった。
しかし、とリンは思う。
麻衣はかなり鮮明に死者を見る。見つめ合う。その狂気の世界で、自分をこれだけ保てるのは他者、そして自分自身にも興味がないおかげなのだろう。


ナルは安原が調べてきた事実と麻衣の霊視をふまえ、この家と隣の笹倉家で起きていることの様相を組み立て、翠と礼子に伝えた。
目を覚ました和美はというと、自分がしてきたことの記憶は失われておらず、自覚のない精神と行動の乖離に困惑した。
隣家とこの家であった過去の事件における悲劇にも、かなり驚いたようだった。
「突然自分が霊に憑依されてたなんて言われても困るだろうなあ」
「でも、今この場においてはそれに乗っておいた方が便利だって気づくでしょ」
「被害者側が霊の仕業だと半ば信じていますから、責任逃れができますもんね」
「それを認めればあたしたちが除霊する隙もできる」
「なあ、この会話だけ聞くと、俺達ってとんだ悪徳霊能者にならねえ?」
ナルが説明に行っている間、リンの後ろでは麻衣と滝川、安原の三人でそんな会話が交わされていた。
確かに麻衣の言う通り、和美は霊に憑依されていたことが免罪符となるだろう。特に被害者である阿川家からの心象はそちらに傾いているので、乗ってしまった方が容易い。
結果、和美も同じことを考えたのか───憑依を認め、笹倉家を調べる権利を得た。

ベースで話を見守っていた麻衣は、そんな話がまとまるやいなや立ち上がる。
皆がそれを目で追うように見上げる。すぐに除霊に取り掛かる気なのだろうかと。

「もしかして、麻衣がやるのか?」
「うん、あたし実績作らないとだから」
「ほお~~……って、どういう心境の変化で?」
「就職活動」

言いながら、麻衣は残された者に目もくれず部屋を出て行く。
滝川がぽかんとして「……え、進路コッチ?」とリンを振り返ったが、何とも言えずに終わった。



...

ナルは慣れと諦めがあるんだけど、リンは内心、麻衣がウッカリ発言をかまさないかを心配している。ご苦労。
April.2025

PAGE TOP