I am.


epilogue.  「Yes, I am.」


暗闇の中に少年が一人でいた。
まだいたのか、と思いながら近づいてくる顔を見て、ふと考える。
「……幼いな」
「え?」
思っていたことがそのまま口から出ていたらしい。
そもそもここは自分の意識の中なので、実際に伝わるか伝わらないかの差は声ではないのだろうけど。
戸惑う少年───ユージンに謝る。
「悪い、さすがにもうナルとそっくりには見えないから」
「そう」
「……いや俺が『そういう風に』見ているだけ?」
首をかしげるとユージンは肩をすくめた。
かつてはナルとそっくりだった姿は、今はナルが成長したことによってそっくりではなくなった。
いつまでもナルと一緒にいるので同じ姿をとっているかもと思っていたけど、身体のないユージンの時間は止まったままだった。

「最後に会ってから、もう十年だ」
「そんなに経つんだ……」
経過した年月を告げれば、ユージンはわずかに目を見開き、やがて苦笑を浮かべる。
「相変わらず、こういう時しか起きてないみたいだ」
「うん」
十年前にナルがイギリスに戻った。俺は年に二回くらいユージンの墓参りをするついでにナルの家に泊まりに来ているけど、その時にユージンと会うことはなかった。
ナルは調査などで霊が存在する『場』に行くことで、ユージンも自我を構成することができてるんじゃないか、と言っていた。
今はイギリスにいるナルと一緒に調査に来ているから、こうやって会話ができている。
は、どうして今回調査に?」
「たまたまこっち来たら、ナルが調査行くとこだったらしくて、来るか?って聞かれたから」
らしいな」
くすりと笑うユージンをみて、「うそ」と言い直す。
「お前に会えるかと思ってさ」
「……うん、会えた。がっかりした?」
「いや?でも恐れ入ったよ」
「え」
会えてうれしくないわけないが、こんなところに留まり続けていてうれしいはずもない。
だからってがっかりした、なんて口にはしないが充分に悪態はついておく。
「そんなにゴーストハントがしたいかね。俺にはその情熱はワカリマセン」
「ナ……ナルと一緒にしないでほしい……僕はそうまでして研究したいわけじゃない」
「えー?」
ナルと一緒に居続けてる奴が何か言ってるよ。
「学者馬鹿なのはナルだけだ」
「学者馬鹿!あはは、いいねそれ。俺も音楽馬鹿だ」
ちょっと拗ねた顔を笑い飛ばすと、今度ははにかむ。
久しぶりに会ったのと、さっきまでナルといたからか、その姿はとても幼いと感じた。
十六歳のまま時が止まっているので当然と言えば当然だ。

こうしてどんどん隙間が出来ていくんだろうな、と考えるとやるせなくなる。
ただでさえ俺たちには埋まらない溝があるのに。
「まー、なんだ。……百年後とかは勘弁しろよな」
「なにが?」
勝手ながら憂いを感じてため息を吐くと、ユージンはもちろん何のことだかわからず首を傾げた。
俺はてっきり、ナルと一緒に調査することに未練があるんだか、生前の名残で習性になってるんだか、と思っていた。
もしくはナルのことが心配だったり、やっぱり自分の死と向き合えていないとか。
だから時間をかけて、ナルの生き方を見届けて、いずれは昇っていくだろうと思っていたのに。
「俺、待ってるんだよ。お前が生まれ変わってくるの」
この分だとナルの終生まで居続けるんじゃないかな、という心配が俺に芽生えた。
「俺の歌、聴きたいんじゃないの」
気を引くように、目を見つめる。
「───……聴き、たい……」
ぽかん、とした顔のユージンは促されるままに呟いたみたいだった。
そこに意識や熱意は感じられなかったけど、徐々に高まりを感じる。
「また逢える?」
「うん」
「そしたら、歌ってくれる?」
「お前が俺の歌を好きなままだったらな」
子が親に愛を強請るような問いかけに、鷹揚に頷いて見せた。
俺はある時から、ユージンに歌わなくなった。調査中に歌ってるのを聞こえてたりはしてただろうけど。
最初は、俺の歌を好きだと言いながらも、満足してはいないユージンに対して、意地になってた部分もあった。だけど徐々にそれは違うんだろうなと思い始めた。
俺の歌を聴けば聴くほど、ユージンは俺の方に引き寄せられるのだと。
だから俺は、どこか直感的に、ナルと離してはいけない気がしてた。

「僕が目覚めるとき、いつもの声がするんだ」
「……」
「だからきっと、生まれ変わっても好きになる」

俺の音楽は霊に対して『鎮静』の効果が多くあるのに、ユージンに関しては『覚醒』の力があったのかもしれない。
今、その言葉を聞いて腑に落ちた。
そして俺の言う『生まれ変わり』を受け入れつつあるユージンに、笑いがこみあげてくる。

「世界中で歌って、お前を探す」
「僕は、会いに行く。……でも、のファンはたくさんいるから」
「ん?」
「僕のことが分かるかな」
出来るかどうかわからない、大きな夢を語るって、すごくイイ。
まるで秘密の作戦会議みたいに、身を寄せ合って声を潜めた。
「名前を呼んでくれたら気づくよ」
「それだけ?それこそ───、」
「……麻衣、って呼んで」
合言葉を教えると、ユージンはえっと口ごもる。
「もう誰もこうやって呼ぶ人はいない」
かつて呼ぶなといったことの誤解は解けたが、ユージン自身も俺の心境の変化は知らないだろう。
今まではどこか否定的に生きてきた。名前も家族も自分自身さえも。
でもそうじゃないって、今ここにいる自分を認めた時───その名前を忘れてしまうのは惜しいと思えた。
俺はもちろん自分の大切なルーツとして、この名前を忘れることはない。
ただそれを、誰かに共有するとしたら、
「ユージンがいい。───だから、憶えていて」
「うん、わかった……」
決意を込めて懇願すると、ユージンは頷いた。
すると徐々に闇が深まっていく。
そろそろこの逢瀬のタイムリミットが迫っているんだろう。
しばしの別れだ、と姿を目に焼き付けた。


───もし、ユージンと俺が生きて再び会えた時、この名前を呼ばれたなら。
初めて自分の人生を全て認めて返事ができるんだろう。

その音を、今か今かと待ち焦がれて、俺も目を覚ます準備をした。



end.



ナルもジーンも名乗ったので、主人公も最後には麻衣って認めて名乗れたらいいなと。そういうタイトルです。
相変わらずmaiとiamをアナグラムにするのが好き。
Are you mai?と聞かれてYes,I am.とただ一人にだけ肯定する未来を夢見てる。
June.2023

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