I am.


Ray. 12

と二人で車に乗るのは久しぶりだ。
横顔を見ていると、紫の瞳が一瞬だけこっちを見てから正面に戻る。そしてふふっと笑いながら口を開いた。
「何?じっとこっちみて」
「……なんで、僕を乗せたの?」
普通は理由なんてないのだろうけど、なんとなく問いかけた。
あの中で選ぶとしたら多分リンだったのだろう。けれど、リンには車の運転があった。その次に仲が良いのは、……安原さんのような気がしてきたけれど、さすがに家族ということで僕やナルで当然の選択だ。
そういえばはやけに安原さんやジョンにぼーさんを気に入っている気がする、とたった今気がついた。
「ナルに声を掛けなかったこと?」
「それもあるけど」
結局、僕が先に車に乗っていると、はうんうんと頷いて運転席に乗り込んで、リンとぼーさんの後に続いて車を発進させたのだ。
「これから、ジーンにちょっと頼み事をしたくてね」
「え」
そういう理由があるのなら、最もなのだろう。納得したけれど、少し残念だとも思う。
僕は、に無条件に選ばれたかった。

が語るのは、やけに詳しい情報だった。依頼ではないというけれど、もしかしたら依頼として舞い込んで来ることを予知して、先にやっているのかもしれない。本来依頼を受けないくせに、なにかあったときには一人で考えて一人でやってしまう節がある。それが美山邸の件でわかって、リンに注意されていた。こんな風に僕を連れて来たのも、多分リンのお叱りが聞いたのか、それとも僕が元々関わっていたのか、はたまた本当に僕の力が必要だったのか。
「そうか……」
僕はまず、落ち着いての説明に納得した意思表示をする。
「ジーンなら出来ると思うけど、……やってくれる?」
「……本当は、誰がやるはずだったの?」
少し興味が沸いて、聞いてみる。はあまり、自分が見た事実を話してはくれないから、今回も期待はしていなかった。
けれど、少し黙ってから麻衣と答えたので驚く。
「麻衣が?」
「ジーンが……できない状況にあったからね」
ハンドルを握る彼をもう一度見る。
「そうなんだ」
「今はまたちょっと違うし、あの子に任せるのも……俺が頑張るのも、ちょっとなあって」
「え、が?霊とコンタクトとれたっけ?」
「たぶん無理だよなあ」
山道に入って、タイヤがごろごろと音を立てる。
苦い顔をしたは、今度はふひっと笑って口元を片手で押さえて隠した。
「だからジーンに頼んでるんでしょ。依頼料はおいくら?」
僕はふざけたに笑いながら、晩ご飯連れてってと強請るだけに留める。

が連れて来たのは廃校になった小学校の校舎で、すぐに霊の気配が分かる。
「なかに入ってみる?」
「うん、出来れば」
車から降りたは少し肩を回してからこちらを見る。
玄関の前まで来ると、風が吹き、森がざわめく音がした。
「ん」
「え」
手を差し出されて、僕はかつての車のキーと同様にの手と顔を見比べる。
「逸れたら嫌だから」
「僕、子供じゃないよ」
「俺が逸れた嫌なんだって、こんな所で」
おずおずと出しかけた手は、あっさりとに捕えられた。
体温が同じくらいだったのか、温かいとも冷たいとも思わなかった。
暗い校舎の中を、少しだけ歩いたけれど霊たちがすぐにこちらに興味を抱いた事が分かり、僕らはあまり中に踏み込まない方が良いと相談して決めた。
結局閉じ込められてしまったので、外に出る事は叶わなかったけれど、もとよりそれは覚悟の上で、説得するしかないと決めていたのでちょっと汚いけれど部屋の中に座った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
がそんなことをいうから、ちょっとおかしくて笑ってから答えた。
返事をした後、ほっとしたような、けれど不安げな顔をしたのが見えて、僕は目を瞑りながら絶対に帰って来ようと繋いでいる手を少し強く握り、そして徐々に力を抜いて行く。
きっと、僕の身体はが支えてくれているのだろう。
ちょっとだけ、煙草の匂いがした。

目を開けると、僕はの肩に頭を預けていた。
身じろぎをすると、間近にあった顔がこっちをむく。
またほっとした顔をしているけど、不安は微塵も感じない。だから僕もほっとして、ただいまと投げかけた。嬉しそうにおかえりと笑うは少し子供っぽく見えて、内心では驚いていた。
はリンに対してとか、多分同年代だからなのかぼーさんに、あとは何故だかジョンや安原さんにもああいう気の抜けた顔を見せる。
僕と安原さんはひとつしか変わらないのだけれど、年齢に関係があるのだろうか。多分ないだろう。
最近まではが誰かと接しているとしたら、それはリンやまどかやの友人達しか見た事がなかったから気がつかなかったけれど、どうやらは僕らに対してあまり態度を崩さない。稀にふざけることもあるから、どこがどうというわけではなく、本当に微かな違いなのだけど。
寄りかかっていた身体を正そうとすると、そっとの腕が背中を支えた。そして、少し抱き寄せられる。
「どうしたの?」
「子供達はどうだった?」
「皆いい子だった。もう一度、遠足に行ったよ」
「そっか」
浄霊に立ち会ったことは多分ないだろうから、感動しているのだろうか。
僕はのからかいや挨拶ではないハグを受け、ちょっと嬉しいと思いながら彼の腕を撫でる。
すぐに身体は離れて、立ち上がり校舎を出た。外はうすら暗くなっていて、早く帰ろうと促されて車の方へ歩き出す。

の車が一緒になって東京に戻って来ないと気づいたのは、ひとつめのサービスエリアでの休憩時だったようだ。リンはあらかじめ車に同乗したナルと原さんには伝えていたようだけれど、麻衣たちに教えたのはその時らしい。僕の正体を知らない麻衣たちには、ただと行く所があるという理由しか教えなかっただろう。
しかし、どうやら僕らの正体に察しがついていたらしく東京に戻った次の日にぼーさんを始めとする男性陣に言い当てられた。
一番の要因はナルという呼び名で、僕もリンも麻衣がそう呼んでいるからか普通に呼んでしまっていた。そういえばは律義に偽名を使っていたなあと思い出すけれど、もう遅い。
「しかしまあ、お前さんたち兄貴とあんまり似てねえからさ……迷いはあったんだ」
「うん……血は繋がってないんだ」
ナルは答えずに部屋を辞してしまい、残されたリンと僕とで肯定をした。
ぼーさんはちらりと僕らの方を気遣うように見る。
「じゃあなんで、兄弟だと思ったの?」
「初めてあったとき、言ってたろ。父親が同じ……って」
「え!?あれ、でも、大学の先生ってことだと思ってたけど」
麻衣は戸惑い気味にぼーさんに詰め寄る。
「僕たちも最初聞いた時、そう思ってました。———渋谷さんがデイヴィス博士だという可能性はすごく高くて、もし似てないとしたら……血がつながっていない可能性もありました。それで、ふと思い出したんです、その発言を」
安原さん自体はその発言を二度目も聞いて、ひっかかりを覚えていたそうだ。
嘘は言ってないと思ったけれど、ってば、わざとだったんだ。
「なんだかんだいって、一番関係が近いから大ヒントにもなるが、一番分かりにくい存在だったんだよなあ」
顎を撫でながらうんうん、とぼーさんは頷き、ジョンは苦笑する。
たしかに、オリヴァーの兄という点では身元がはっきりしていて、僕らとの知り合いなのだからヒントにはなったのだろう。けれどやっぱり兄弟と言うにはと僕らは似ていないので仕方のない事だった。
「……は」
「うん?」
おもむろに口を開いたリンに、ぼーさんが視線をやる。
「皆さんにお会いするのを、とても楽しみにしていました」
「僕たちの事を、知ってはったんですか?」
「はい」
リンは少しだけ微笑んだ。
「もしかして、いずれ正体がばれることとかも?」
「そうですね」
安原さんはあっと声を上げてから言う。
肯定したリンは、今後嬉々として事務所に遊びに来るかもしれないとまで言った。知ってるからなのかわからないけれど、の中では最初から、麻衣たちに対する好感情があったみたいだ。それって少し、不思議だ。実際にはわからないのに、知ってしまっているっていうのは、どういう感じがするのだろう。


...

ここで父親が同じっていうのを聞くと、まるで異母兄弟のように感じますが、その辺はちゃんと答えています。
June 2016

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