Ray. -Mistake-
※R18描写有り※受け攻めはどちらでも読めるはず
───なんか、身体がギッシギシなんだが。
そんな戸惑いと共に目を覚ました朝、俺の視界に映るのは当然自分の部屋だった。
今の俺は下着一枚。独特のニオイはしてこないけど、マジでこの身体の痛みの理由が、アレしか思い浮かばなくて心臓の鼓動がかなり激しくなっていく。
昨日の夜、なにがあったのか。
思い出そうと目をキツく瞑る。
「───イギリスに帰ることになりました」
昨晩一緒に飯を食べてた時、リンはそう言った。
ナルとジーンは日本の心霊現象に興味があるといって分室を延長しておくことにしていたが、リンにはつい先日、まどかから辞令があったらしい。
「へえ、いつ?」
もう二年くらいこっちにいたし、そんなもんかという感想が思い浮かぶ。
「再来月です」
「誰か代わりくんの?さすがにツインズだけはないだろ」
「そう聞いています」
ナルとジーンはそろっていれば能力的には無敵ではあるが、まだ二十歳にもなっていないし、精神的にも社会的にもやはりまだ未熟だ。
俺という兄が日本にいると言ったって、同じ職場でもないし、住む場所も違う。
なので、リンという精神的にも立場的にも大人がいなければ、たとえ才能あふれた二人であろうと、遠く離れた異国の地で自由に過ごさせることはないはずだ。
「次来るの誰かな?」
「さあ、能力的にはアリが最適だと思いますが」
「でも彼、車運転できなかったような」
「運転ならジーンが出来るじゃありませんか」
「ジーンが運転するくらいなら俺が送迎するわ。きっとナルもそう言う」
「それは……」
なんて話をダラダラとしていた。
その時俺は飲酒していた。リンはたまに飲むことあるけど、基本的には刺激物を好まないから飲んでいないはず。
おおかた、俺が酔いつぶれたのをリンが部屋まで送ってくれたんだろう。
でもそれ以降の記憶は無い。───つまり、どうしてこんな体が痛いのかはやっぱり思い出せなくて……。
「?」
エ~ン、どうしよう。そう思っていたところに、寝転ぶ背後に人の気配があってびくっと驚く。リンが俺を見下ろしていた。
起き上がった俺は、急に上半身が裸であることが恥ずかしくなる。
だけど布団で隠すっていうのもなんか、女々しいかなと思って硬直した。
「お、おはよう、リン?」
「身体は大丈夫ですか」
「え!?」
「?」
なんとか平静を装ってあいさつしたが、体調を尋ねられて挙動不審になる。
そんなん事後に気遣うセリフじゃん。俺、抱かれた……?でも尻はさすがに痛くない……。いやでもこの身体の痛みは抱かれたに等しい。実際抱かれたことないから比較対象がないけどな。
あ、もしかして俺抱いた?リンのことを??……まあ、抱く側でもなるわな、筋肉痛。
「なんか、あの、信じられないくらい全身が痛いんですが」
「飲みすぎですよ、昨日は口当たりが良いからといっていつも以上に飲んでいましたから」
「あ、酔いつぶれたンだもんな……ごめん」
「覚えていないんですね、何も」
「………………、ハイ」
気づかれないように昨日のことを聞き出そうとしたが、そんな俺の目論見とは裏腹に、リンは責めるように、目を細めて俺を見下ろした。
そしてため息を吐きながらベッドに腰掛ける。
思えばリンとは随分気安い関係になったものだ。だから、そんなリンとまさか一線を越えてしまったのかと思うと、俺はいてもたってもいられず。
「せ、責任とります……」
早々に白旗をあげた。
もう俺は、リンに見放されたり、失望されたら生きていけないので。
リンは「責任……?」と眉を顰めたが、ややあって納得したように小さく頷いた。
「どう責任をとっていだけるんですか」
「……!つ、………付き合う?…………もちろんリンが嫌でなければだけど」
「───嫌ではありません」
「ほ、ほんと……ヘヘ」
照れ笑いを浮かべながら、おずおずとリンの顔を見れば、リンも小さく笑っていた。
なので俺は間抜けにもよかったあ、と喜ぶ。
この瞬間、あまりにもあっさり、俺とリンの交際がスタートしたことを、俺はよく理解できていなかった。
リンは仕事がある為帰るそうで、玄関まで見送りに来た俺にそっと顔を寄せる。頬が触れるほど近くに来て、耳元で軽くキスをする素振り。……チークキスだ、と思いながらされるがままになった俺は、それを返すことなく茫然としたまま、ドアが閉まるのを眺めた。
───パタン、という音と共に身体がよろめき、壁に手をつく。
マジで???頭が追いついてないんだけど。
ヤッたヤらない以前に、リンが俺のこと好きっぽいことに驚いている。
だって好きでもない人に責任取るって言われたって、『二度と顔見せるな』か『殴らせろ』もしくは『慰謝料払え』か、いっそのこと『通報』って感じだろう。指を四つ折りたたむ。
いや、そこまで振り切れないにしたって、律義に交際スタートする時点でそれなりの情があるというわけだ。
そもそもたいして酔ってなかったであろうリンが、俺に負けるとも思えないし……。
だからつまり、えーとなんだ、……俺がものすごく不誠実野郎ということで。
ていうかリンは再来月にイギリスに帰るので、それ以降俺はどうしたら……????
ああもう───こうしちゃいられない……!と意気込んだが、やっぱり身体が痛くてその場に頽れた。
俺はもう少し運動する習慣をつけた方が良いのかもしれない。
「リン、次の休みいつ?デートしよう」
リンを見送ってから二日後、俺は渋谷サイキックリサーチのオフィスを訪ねた。
アルバイトの子たちは誰もおらず、ツインズはいるようだが資料室に入ってしまえばそこはもうリンの城である。なのでこの会話は勿論誰にも聞かれていない。
「…………デート?」
まるで初めて聞いた言葉のように復唱するリンだったが、少し間をおいてからスケジュールを確認し始める。
「依頼が入らなければ、この日です。どこへ行く予定ですか」
「うーん、ドライブ、映画、水族館、買い物?なんでもいいけど。二人で出かけたいなってだけだし」
ベタだがとりあえずリンと出来そうなデートを想像して提案してみる。
「ドライブは、が運転するんですか?」
「距離か行き帰りで交代しよ」
「そうしましょう」
「OK、楽しみにしてる───」
わりとスムーズに約束を取り付けながら、俺はリンの座る椅子に手をかけて屈む。
そしてこの前はし返せなかったチークキスをした。
「……、」
驚いたように目を見開くリンだったが、俺の首に手をかけて引き寄せるので応じた。
すると、鼻先がぶつかった後、柔らかな何かが頬に触れた。───リンの唇だ。
こうして肌に触れると、ああ深い関係になったんだな、と実感する。
今度は俺もすぐに同じことをし返すことに成功した。
初めてのデートは王道的な沿岸ドライブになった。
よく考えたら俺とリンは今までも、一緒にドライブ、食事、買い物をしていたので、やってることは友人関係でいたころとあまり変わっていない。
でももちろん互いの認識は恋人なので、あの頃とは違うと感じた。それをリンも感じているのだろうか……と、気になって車を停めた後に海辺を歩くリンを眺める。
「───砂浜より埠頭かな」
「は……?」
そして思わず漏れ出たコメントに、リンは意味がわからんと言いたげな顔をした。
まあ、完全に思考がそれていたのは事実だ。カチッとした格好だから、砂浜がミスマッチだなと思って。
「なんでもない、さみーね」
「どこか店に入りましょう、温かい飲み物でも」
「ん」
言いながら、二人の間にせめて風が吹かないように身を寄せる。
リンはそんな俺に気づいて肩を抱いてくれたので、自然と笑みがこぼれて腰に手を回した。
俺達は少し歩いたところにあったカフェでコーヒーと軽食をとった後、付近にある鉱石博物館に移動した。
別に鉱石に興味があるわけではなかったが、帰るには早いし、寒さをしのぎたいから。
博物館は小規模なもので、入り口にいた受付の中年女性以外にスタッフは見られず、客は二人くらいだろうか。どこかで映像を流している音声がやけに大きく響いていた。
通りかかった一つの展示室には、出入り口に『足元にお気をつけください』『暗室』と書かれている。俺とリンは何気なくその部屋のドアを開け、足を踏み入れた。
中は表記通り暗室だったが、鉱石に光を当ててその反射を見せるような展示の仕方をされてるようで、完全に真っ暗と言うわけではなかった。
それに、足元には誘導灯があるので躓いたりとかの心配はなく、展示に沿って進むことができるようになっている。
だから、互いの姿が見えないわけではなかったが、なんとなくリンに手を伸ばした。
そしたらリンの腕も動き、自然と俺たちは手を繋いだ。
「……ふっ」
つい笑ってしまって、誤魔化すように指を絡め直す。恋人のように。
「なんですか」
「いや。……リンに初めてって言われた時の事思い出した」
「?」
リンは不思議そうに身じろぎをする。
「あのまま俺が日本にいたとして、リンとこんな風になったのかなって」
「……なっていないと思います」
馬鹿正直に言うなあ、ともう一度笑う。
リンは俺と繋いだ手を持ち上げ、見下ろしながら続けた。
「以前の私は、日本に帰ることを谷山さんに言うつもりはありませんでした」
「───え」
「前も丁度、この頃には帰国が決まっていました。本当に帰る時期はもう少し後でしたが」
「そっか」
俺がこっちで目を覚ます前の記憶は、大学に入る年の春で、こちらで言うと今度の春になる。その時も普通にリンはいたが帰る話なんて俺は聞いていない。リンはおおかた、帰った後にナルが話すだろうとか思っていたのだろう。
それはちょっと薄情では?と思いつつも仕方ないと思ってしまうのは、その頃の俺たちは歳も住む国も最初から離れていると認識していたからだ。親しくなかったとまでは言わないが、生きる道が違う人だと。
対して今は、歳も帰る国も同じだ。関わり合うのも仕事ではなくてプライベートで。でもそんな今の関係を作った根本には、前の記憶があってこそなんだと思うと、今こうして手を繋いでいることはかなり奇跡なんじゃないかと思えてくる。
熱を確かめるよう、親指でリンの手の甲をなぞった。
リンと俺の交際は穏やかで順調だった。
ただ、依頼が入って五日程東京を離れていたリンが帰って来たと思ったら、今度は俺が一週間仕事が立て込んでいたので約二週間くらい会えない日があった。
だとしても俺たちはいい歳した大人同士なので、仕事とアタチどっちが大事なのとか言ったりはしない───けど、久々に会ったリンは俺に対してなにやら思うことがありそうだった。
「珍しいですね、残業が続くなんて。受け持ちに問題が……?」
「え?いや別にそういう訳じゃないけど」
「けど?」
「……色々片付けないといけないことがあって、忙しくて」
「要領を得ませんね」
え、もしかして仕事とアタチ……ってこと?
俺は普段、そんなに残業が多くはない。あったとしても、前々からこの期間が立て込むと予見があってのことだったり、二日三日とかである。
リンが見てた中で一週間まるごと会う暇もないくらいっていうのは初めてだっただろう。
「……これは、決まってから言おうと思ってたんだけど」
もしリンがそれで不満だとか、不安を抱えているのだとしたらと思って頭を掻く。取り越し苦労だったとしても、いずれは伝えようと思ってたことだ。
「来月にはもう、イギリス帰るじゃん?」
「そうですね」
ふいっと視線を逸らされた。
でも俺はリンの手を取って掴む。視線は戻ってこないけど、耳を傾けているならそれでいい。
「だから俺もイギリスに帰ろうかと思って。まあでも、さすがに同じタイミングは難しそうなんだよな」
そう言うや否やリンの視線はばっとこちらに戻って来た。
驚きというか、困惑に顔が染まっている。
「───もしかして、イギリス帰るまでに別れるつもりだった?」
「い、え……」
「よかった」
言いながらリンにハグをする。
それから顔を見合わせて、ゆっくりと唇を重ねた。
「……へへ、ちゅーっ」
そしてもう一回、甘えて口を尖らせる。
勢いよく唇をぶつけたので、リンが一瞬その衝撃にきゅっと目を瞑った。……かわいい。
「思えば俺って、もう日本にいる理由ないじゃん?」
「ないんですか?」
リンの肩に顎を乗せ、腰を抱き寄せる。
「日本は好きだけど。でも、リンのが好きだよ。だからこの関係が始まってすぐに帰ることは考えてた」
「……私のことが好き……本当に?」
「じゃなきゃ付き合うなんて言わないって。リンもそうじゃないのかよ」
てっきり俺は両想いだと思ってたんだけど、とリンをちょっと睨む。
「責任をとると言ったので」
「あの言い方が、もし義務感からだと思わせたならごめん、俺の気持ち伝わってなかった?」
「私の方が───の罪悪感を、利用したので」
確かに最初、罪悪感は俺にあっただろう。それで責任とるって口走ったわけだし、リンはその時きっと俺の心情が手に取るように分かっていたはずだ。
でも、これまでたくさん恋人らしいことをしてたのに、好きだと思われてなかったらショックだから。
「でもさ、もう全部今更だろ」
「今更……そうですね」
リンは言いながら、すりっと鼻を寄せた後ゆっくりとキスをしてくれた。
それから俺たちは唇だけじゃなくて、顔にも首にもキスをし始めて、少しずつ服を脱いでいく。
今更───止まることも、戻ることもできない。"あの頃"には。
俺の部屋のベッドで、リンと身体を繋げた時、あの晩に起きたことを思い出せるかと思ったが、何も思い出せなかった。
まるで初めてされることのように悦び、初めてすることのように味わう。
こんな感覚を忘れるかな……と頭の隅で考えながら、行為に酔いしれた。
「……っと、……」
「ん、」
ふいに、リンが吐息交じりに声を漏らす。
ベッドが軋みシーツがこすれ合う音に紛れて、消え入りそうな、少し上ずった声。
普段低い声の人のこういうのって、イイなって思う。
「やっと、」
しかも続く言葉は耳たぶに直接乗せるような近さで、甘く、艶やかに、それでいて乱暴で。
「……捕まえた」
「───っ、」
そう言われた瞬間、理解するよりも前に理性が焼き切れた。
リンも同じみたいで、俺たちは我慢できずに互いを貪り合う。
高まっていく興奮の中どちらが先かはよくわからないが、立て続けに二人とも精を吐き出すと、やっと身体から力が抜けていき、理性や思考が戻ってくる。
ぜいぜいと荒々しい呼吸が整うのはやっぱり体力のあるリンの方が先で、俺の身体は遅れて落ち着くも、早速身体に違和感が生まれ始めていた。
「はあぁ~運動不足だな、俺」
「大丈夫ですか?」
情けないと思いながらも今更なので、リンに弱音を吐く。
「明日起きた時のが怖い。……あ、シャワー浴びる?」
「朝で良いです、今はこのまま」
へろへろとシャワーの方を指さしたが、リンは横になりながら俺を抱きしめる。
俺もそれでいいや、と思ったので足で掛け布団を寄せて、次に手で引っ張り上げた。
「───ところでリンさん」
"さん"を付けたのに意味はないが、ちょっとおちょくる感じで問いかける。
「俺達、これが初めてだな……?」
行為中のあのセリフ……というかその前から薄々と気づいてはいたのだが、あえてこのタイミングで問いかけた。最早これも『今更』な問いだが───リンは涼しい顔して答えた。「初めてですね」と。
オマケ
「そういえば、なんで俺はあの日、滅茶苦茶身体が痛かったんだ……?」
翌朝、やはり身体がバッキバキに痛かった俺は首を傾げた。
以前とは痛む場所や度合いが違うけど、性行為をした所為でないなら、あの痛みは何だったのかと。だがリンは「飲み過ぎですよ」とあの日と同じことをいった。
「いやいやいや」
「本当です」
「え……???」
半信半疑で俺は調べた。飲み過ぎ、筋肉痛、───ワ……マジだ。
抱いても抱かれても、筋肉痛にはなる。体位と継続時間、あと本人の鍛え方とか色々。
そして酒を飲み過ぎても、筋肉痛にはなるのだ。
もう一生酒飲まん。
end.
うっかりワンナイトしちゃってクソ真面目に交際始める二人が書きたかったんだけど、勘違いワンナイトからの交際後に既成事実つくって「捕まえた♡」する話がかきたくなってしもて。
主人公は今まではずっと友達(?)の境界線を越えられなかったし、このままでいいやって思ってたけど、越えたら越えたで腹括るのも早い。ある意味刹那的に生きてるともいう。
リンは勘違いしてると知りつつ、後戻りできないところまで引きずり込んだ。でも嘘はついてない。(パンいちだったのは単に着替える途中で力尽きて寝ただけ)
冒頭注意で、受け攻めどちらでもって書いたけど、大丈夫だったでしょうか。というのも、リンの「捕まえた」発言はどっちの状態で言う方がスケベなのか、選べなかった結果です……。
Jan.2025