I am.


Rose. 03

かつて、ジョンとは、一緒に暮らしていた期間がある。
ともに日本へやって来て暮らしていた師が亡くなって一人になったことがきっかけでもあるし、の住むマンションの契約更新の時期や社会人になるタイミングが重なったこともあった。
時折仕事をともにする霊能者たちは一緒に住むことになった二人に驚きはしたものの、仲の良い二人であることは周知であったため反対や心配の声があがることはなかった。むしろ二人でいた方が安心くらいに思っていた人もいたくらいだ。どちらが頼りなかったのか、甚だ疑問である。

このままずっと一緒にいるつもりでいた。
恋人ではなく、結婚などもってのほかで、それらしいことのない二人だったが、気持ちは同じであることを互いに知っている。そして同居するにあたり、二人で約束事を決めた。
言いたいことは我慢しない、喧嘩をしてもちゃんと仲直りする、心配をかけない最大限の努力をする、二人で支え合い生きていく、───それは、愛を誓うような同居の約束。死ぬまで二人で一緒にいる、長い時を夢見て、手と手を繋いだ。

生涯の約束が"果たされる"のは、あまりにも早かった。

一年が経ち、ちょうど記念日としていた日。定時退社したは寄り道をして、二人の好物を買って帰るところを車に撥ねられて帰らぬ人となった。運転手は酒気を帯び酩酊し、手元を誤った車は暴走して歩道を走りの他にも何人かを巻き添えにしたと聞く。
放り出されて、ぐしゃぐしゃになった食物は廃棄され、奇跡的に無事だったの買ったバラの花だけがすぐにジョンの手元にかえされた。

結局一度として、頬にすら触れたことのなかった彼の唇を、ジョンはとうとう指でなぞることもできず、棺の中に閉じ込められた。霊安室で対面したとき、ジョンは腕をあげることもできなかったのだ。
日本は火葬が一般的とされ、また彼の両親もすでにそうされて墓に入っていることから、同じように荼毘に付された。
同居人というだけのジョンはどうすることもできなかった。
死後は同じところに逝けない人であると、わかってはいたけれど、あまりにも早い死別に心が折れそうになった。
生きていると辛いことは当然あって、不幸は存在する。目を背けず、慈しみ、全ての人のために己を捧げるのがジョンのたてた誓いだ。
たった一人への限定した奉仕は存在しないはずだった。
けれど、喪失感が、愛を物語っていた。



ジョンは今、先に逝ってしまったがここにいるのは奇跡なのだと思った。
そしてここは、天国なのかもしれないと。
まるで現実のような世界だが、死後がそうではないとは限らない。
ならば永遠となるのではないか、そうであってほしいと希望を抱く。
なんにせよ、今ここに二人でいることが全て。手を離そうとは思わないし、かつての信条もなかったことにするつもりもない。死を経たとはいえジョンはジョンのままだ。
誓いを立てるのか、と問われた時、立てたくないと思ったのではなく、この世で立てたことはないが立てなかったことにはならないし、立て直す必要もないと思った。
何も変わらないと、自分で信じればそれでことが足りる。
「僕は僕のこころで、この世を過ごしてみたいと思うんです」
「は、はあ」
宣言に、は目を白黒させた。
相変わらず信仰心に疎いが、前よりは関わりが深いためわかっていないというよりも、感心して圧倒されたのだろう。
すぐにふっと笑ったは、ジョンのしたいままにすればいいと言った。
彼は前から、神様という概念が薄いが、ジョンとジョンの中の神様については寛大なようだ。それがの持ち味だと思うし、愛だと思う。
二人はやはり、何も変わらない。そのことをジョンはとても嬉しく思う。

「でも俺はてっきり、聖職者になるんだと思ってたんだよな」
「そうですか」
祈りを捧げた後に椅子にかけたまま二人は談笑する。
もしかして、にもジョンのように生前の記憶があるのかもしれないと、近頃思うのだがそれを確かめるような問いかけはしたことがない。
「まあこの歳で将来決めては……あでも、将来の夢は?あるのかな?」
「え、えーと、えっと」
小さな子供に問いかけるニュアンスのつもりなのだろう、はうきうきとして、拳をマイクに見立ててジョンに寄せた。
なんとなく両手で掴み、考えてもなかった将来の夢というものを搾り出そうとする。
「な、長生きすること、です」
「それはそうだな!ぜひそうしてくれ!」
なんだそれ、と言われるかと思ったが、は明るく笑った。
立派な夢だと褒めて、頭を少し乱暴なくらいの手つきで撫でる。
───違う、本当は自分の長生きを望んだのではない。
「いっ、しょに、長生きしてください」
くしゃくしゃにする手をつかまえて、だきしめた。
へ、と小さく声を漏らしたはリズミカルに瞬きをする。
「僕を、おいていかないで……」
じわりと熱くなる。胸も、目頭も、顔も、手も。
はジョンの様子を見て、ゆっくり抱き寄せた。小さな子供をあやすように───実際ジョンの体は小さいが───ジョンの体を抱き上げ膝に乗せて、顔を肩にやさしく押し付け、背中をぽんぽんと叩く。
何も言わないまま、ずっとそうしているので、ジョンもそれ以上言葉を紡がなくなった。
はきっと、ジョンが泣いていない、もしくは泣き止んだこともわかるだろうけれど、身じろぎをしない限りはずっとこのままでいるはずだ。

預けた頭はの肩にあり、耳のそばで息遣いがした。
何かを言おうと吸う音。ふくらむ胸と、わずかに上がる肩。
の柔らかい声がする、つぼみが花ひらくような瞬間を、見たいがためにそっと顔を傾けた。
聞こえたのはかつてが何気なく口ずさみ、教えてくれたバラの歌。
子供を慰めるためではなく、愛を囁くような歌声はジョンを優しく包んだ。
かつてはジョンの頬を、彼の頬がくすぐった。次は指でくすぐり、今は吐息がくすぐる。
全て聴き終えた時、と視線が合わさった。
「ごめん、おいてくつもりじゃなかったんだ」
「……」
名前を呼ぼうとして声にならない。
「俺、アンナのように歌手になろうと思ってる」
「え?」
先ほどの言葉はどのの言葉だったのかわからなくなる。
「だから……その、ここを離れることにもなるけど」
ようやく現状に理解がいき、ジョンは預けていた体を起こす。
温もりは離しがたいが、彼の夢を応援したい気持ちはあった。
「───こころは、君に」
ジョンの癖のある髪を後ろに押しやって、ひたいをあらわにさせ、指先で優しくそこをなぞる。祝福のキスのようなそれは、ジョンが全て思い出した時に見たの姿と重なった。

ようやく、逢えたような気がした。

以前、映画で観たんだ、とひたいに指で十字を書く仕草について聞かれたことがある。
はその動作に憧れたのか、やってやってと嬉しそうに顎を伸ばしてひたいをあらわにしてきた。ジョンは最初戸惑ったがその動作に深い意味はないので、の望み通りひたいに指で触れてやった。瞑った瞼が、くすぐったそうにきつく閉じられて、まつ毛がふわりと浮いたのまで覚えている。

「ぼくもです」
ジョンは膝から降りての前に立つ。椅子に座った状態なので屈んでもらわなくてものひたいはすぐそばにある。
両手を伸ばすと目を瞑る。の少しだけ長い前髪をカーテンのように開けて、その肌にそっと唇を押し当てた。
「……!」
同じように指でなぞると予想していたのだろう、は目をぱちりとひらき、瞬きもできないでジョンを見た。
ゆっくりと自分のひたいを手で覆い隠す。
「いま、いま……?え?」
次第に真っ赤に染まる顔を見て、ジョンは微笑みながら頷く。
花に触れるのはもう少し先───、二人で一つのことを誓い合ってからにしようと思った。


end

主人公は直後、「〜〜〜〜マリア様が見てるゾ!?!?」という雰囲気台無しなことを言いそう。
若くして亡くなるのはほぼデフォルトだと思ってください。誰かとフォーエバーラブ()しないと不幸な体質が改善されないのだと。
ジョンはある意味永遠を誓ってたんですけど、ちょっと無意識だったところもあって、主人公をうしなってから、あいしてたことを観念したのかなと。
わたし的にジョンと主人公は好きになっちゃった場合頬にすらキッスができなくて、ジョンはそれを心の中では残念に思っていて、最終的に死んでしまった主人公の唇にも触れられないくらいだと尊いなっていう。
主人公がジョンの頬をバラにたとえて、ジョンは主人公の唇を花にたとえたので、つまりは精神的に頬にキスをしてるんです。
歌詞だと愛は花あなたはその種、とたとえるんですけど、二人の解釈でいくと、愛はあなたの頬のキスすること、みたいなかんじです。
しょたおにしょたのまま終わります。
二年くらいして原作軸入ったら指差して笑ってください。
Dec 2018

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