Tonight.
朝起きたらナルが目の前で眠っていた。ぱちぱちと瞬きをしてみたけど、やっぱりこれは幻覚ではなく現実らしい。
昨日、俺は二十歳になったお祝いに、ぼーさんと綾子とジョンと安原さんに居酒屋に連れて行かれた。
安原さんをのぞいた三人は酒豪だと聞いていたので、こわ……と思って無理矢理ナルも引っ張ってった。
リンさんは空気読んで資料室から出て来なかった。
俺は元々そんなに飲む方じゃなかったし、この身体では初めてのアルコールなので適度に飲んでいたが、暫くして、隣に居たナルを見てみたら、何故か寝ている。
店で居眠りするような奴じゃなかったはずなんだけどな、と思って顔を覗き込む。
目を瞑ってるし、呼吸も寝息みたいに静かでゆっくりすやすや。疲れてたのかな?
「ナル?───あ、起き……」
うっすら目を開けたナルに、起きたのかと声をかけようとしたら、こっちに向かって来て俺の肩に頭を預けた。え、自分からくっついてきた?酔うとそうなるの?酒飲んでないのに!?……って思いながらテーブルに目をむけたら、俺の烏龍ハイとナルのお茶が並んでいたので全てを察した。
「やだ、まさかナル酔ってるの?」
「俺の酒間違えて飲んでたっぽい~」
綾子がちょっとびっくりした感じで俺たちを見てて、ぼーさんと安原さんは笑顔。ジョンだけは心配そうにしていた。
どのくらい飲んでいたのかわからないけど、でも多分、ナルはお酒弱いんだと思う。というか普段飲まないから慣れてもいなさそう。
「大丈夫ですやろか」
「うーん、顔色は悪くないし、呼吸もふつーだから大丈夫だと思う」
ぎゅっと抱きしめてみると、ナルの胸は通常通り動いていた。ぼーさんには確かめ方が雑って言われたが知らん。
だって意識がほとんどないから、動かしづらいんだ。身体から離したら倒れてっちゃうかもしれないし。
「さて、今日のところはこれでお開きにすっか」
「せやですね」
「あ、僕もうすぐ終電だ」
「おお、じゃあここは良いから行きな」
「すみません、会計は後で請求してください。おやすみなさい」
ぼーさんの言葉に、安原さんは躊躇いがちに頭を下げてお店を出て行った。安原さんが一番家が遠いからな。
俺たちはみんな都内に住んでいるからそこまで急ぐこともなく、忘れ物がないかと確認してダラダラ帰り支度をした。
会計は大人三人で払ってくれるって言うので、ナルと俺は先に店を出る。
ほぼ寝てる感じなのに、俺が腕を引っ張れば寄りかかりながらも立って歩いてくれたのは不幸中の幸いだ。
「ねえナルどうやってかえるの?ホテルどこ~?」
「……ああ、うん……」
「うんじゃないって」
話しかけても、返事だけはするナル。答えにはなっていない。
肩を貸しながら、頬をちょっとぺちぺち叩いたら、小さくやめろと言われたけど、じゃあホテルの名前吐いてくれるかな?
残念なことに、俺はリンさんの電話番号は知らないし、ナルの携帯はロックがかかっててリンさんを呼べない。
「ちょっと、ほら、ロック解除してみ?」
「やだ」
「可愛くね~」
駄々っ子で可愛いと言いたいところだけど、ナルをどこに連れてってやればいいのか分からず若干イラっとする。
そうこうしているうちに、ぼーさんたちがお金を払い終えてお店の外に出て来て、傍から見たらイチャイチャしている俺たちを見て笑った。
「おーい、ナルちゃんはやっぱ駄目かい」
「あ、ごちそうさまでっす!駄目だコイツ、根城も吐かない」
「根城って……まあいいや、リンは?」
「番号知らないんだよね」
「あ~~俺もだ」
「ボクもです」
「あたしも」
基本的にナルに連絡いれてれば事足りるから、全員リンさんと連絡先を交換していないことを悔やんだ。今度絶対しよ。
「ここから一番近い家って言ったらんちね」
「え〜俺……?」
たしかに俺の帰りも考慮して俺の家の近くで飲んだけどさあ。
一番年下で本日の主役である俺に酔っぱらいを任せるってどういうことなの……。ああでも、俺のお酒のんじゃったんだもんな。
絶対俺悪くないけど。
「明日どやされるじゃん、こわいじゃん」
「俺よかのがマシだろう」
「そうかなあ。───あ、ジョンなら怒られないんじゃない」
「え、ボクですか?……お師さんがおりますけど、渋谷さんは嫌やないでっしゃろか」
「…………俺がお持ち帰りするよう!」
ナルの名誉のためにも、俺が一番マシだという結論にたどり着いて、ナルの腕を掴み直した。
ぺったりくっついて可愛い子ぶりやがってこの野郎。
タクシー呼んで領収書貰って、あとでナルに請求してみようと思いつつ、自分のアパートの一室に連れて行く。
生憎ソファなんてものがないので同じベッドで寝るしか無い。ちょっと狭いけど俺もナルも細い方だし大丈夫。
ナルの服を着替えさせるのは正直恐ろしすぎて嫌で、そもそも調査中この格好で仮眠とかとっているしとベッドの奥に追いやる。
シャワーを浴びて戻ってくると、ナルはぴくりとも動いていない。そのあとまた髪を乾かしたり、水を飲んだりトイレに行ったりしたけど起きだす気配がなかった。
部屋の電気を消して、暗やみの中にうすぼんやりと浮き上がる顔を見下ろす。
俺もいい加減寝たくて、ベッドに手を肘をつくと、ぎしりと軋んだ。
「───?」
「起きる?」
揺れや俺の気配に気づいたらしいナルに、吐息みたいな声で呼ばれた。
ぐっと顔を近づけて声を聞く。目は、長い睫毛に縁取られてて、開いてるのかは分からない。
「さけくさい」
「しょうがないだろ。ナルだってきっと同じだ」
「───ああ、」
納得したような、うめき声みたいな返事がある。一応酒を飲んだ自覚はあったんだな。
今更起きた所で、リンさんに迎えに来させたり、ホテルに送って行く元気はないから、このまま寝てもらいたい。
頭をよしよししてみたが、眠いのか甘受したような態度だ。
「水、飲む?」
「いい……」
ちょっと酒薄めさせた方がいいかなと思ってベッドから降りようとしたら、ナルが俺の腕をするっと掴んで引き止めたので不覚にもドキッとした。
まさか掌まできて指が絡むとか思ってなくて、驚きを通り越して笑った。
「なに?可愛い……酔ってるの?」
「るさい」
「はいはい、おやすみなさい」
「……おやすみ」
眠気のせいなのか、超絶に素直だ……。
笑いを噛み殺して前髪をさらさら梳いたら、ナルは穏やかに呼吸を始める。
酔っぱらった……というか眠さマックスのナルはフワフワということなのかな?
綺麗な寝顔を見つめて、うちゅっと、おやすみのキスを落とした。
そして冒頭に戻る訳だ。
…………あ〜、やっちまったよ。
二日酔いにはなってないけど、頭が痛い気がする。
額を抑えながらベッドから抜け出て、顔を洗ったり身支度を整えることにした。
そして着替えて戻ったら、ナルが起きあがって俺のベッドで無表情に座っていた。
ひっと声をあげそうになった。不機嫌ってわけでもなさそうで、ただの無表情だと思う。
「おはよ」
「ああ」
返事も、いつものナルだ。
「シャワー浴びる?」
「いや、もう帰るから良い」
「みず」
「もらう」
着替え持って来てないもんな……。
シャワーを断った理由を察しつつ、冷蔵庫から水を出してコップに注いで渡した。ナルはそれを静かに飲んでいて、俺は頭をわしわし拭きながら、時間を確認する。午前九時。うーん結構寝たな。
でもナルより俺が先に起きてよかった。
朝起きて隣に俺が寝てた時のナルの反応は想像ができない。
「───酒はほどほどに」
「!!!」
帰り際にナルがそう言って家を出て行って、俺は反論をぐっと飲みこんだ。
end
ナルも記憶がありました。されたことも覚えてて、その時に眠気ぶっとんで、硬直したまましばらく眠れなかったんです。
そして最後のあのセリフ。自分が寝たことは棚に上げる。
アルコール魔法バンザイ。
June.2015
Aug.2023加筆修正