I am.


10.攻略対象:赤司

とうとう最終日。───なおこれは春休みのことではない。
姉にプレーをさせられている恋愛シミュレーションゲームの、攻略対象が最後の1人となったという意味だ。
もはや俺がプレーするのも諦めの境地というか、最後の1人だけ麻衣がプレーするのもなんか変だよなという認識により、当たり前のようにコントローラーを握った俺。とうとう、観念した。

通称赤司様と呼ばれるキャラクター、赤司征十郎くんは1年生ということで主人公にとっては下級生となる。
理事長の息子でもあり、成績優秀、容姿端麗、運動神経もいいらしいし、ヴァイオリンの腕前もすごいとの噂だ。相手がたとえ先輩であろうと堂々とした立ち振る舞いをしており、主人公に対しても"先輩"といいつつも敬語ではない。
初めての交流は、ある日主人公が学生証を落としてしまったことから。彼はクラスにいた主人公の元へわざわざやってきた。
『学生証は学園の生徒であることを証明する、大事なものだと思ってもらいたい。常日頃から携帯するように心がけ、落とすしたり紛失するなんてことは今後ないように』
『ご、ごめんなさい……!』
入学ほやほやの1年生に説教をされている。
『わざわざ届けてくれてありがとう』
『大した労力でもなかったし……これは大事なものだからね……人任せにはしない』
『ははは……』
頭が硬いとまではいわないが、ちょっと厳しそうだなという印象。
主人公は驚き萎縮したかに思えたが、意外と怯むこともなくヘラヘラと笑っている風だ。
彼が去った後、クラスメイトたちが赤司様に学生証拾われるなんて災難だったな、という慰めをうけた。いや別に落ち込むことでもない気がするけど。

主人公自身はこの時初めて赤司様という通称と、彼の他者から見る人となりを知った。
『あっ、赤司様……!』
というわけで、次に会ったときはうっかりしっかり、赤司様と呼びかけてしまう。もはや有名人だし、赤司様と呼ばれ慣れているところはあるんだろう、彼は驚きもなく、こんにちはと返事をするくらいに余裕だ。
『どうしてここへ?吹奏楽部以外が用があるとは聞いてないが』
『ここの掃除当番だったんだ〜。それで、ブレザーを脱いだまま置いてきちゃって、今取りに来たというわけ』
放課後、第三音楽室にやってきた主人公。互いになぜここにいる?と思ってるようだが主人公の理由はあっさりしたものだった。
『……忘れん坊だね。これかな?誰のものだろうとポケットをあらためてみるところだった』
『あっそうそう、それ』
軽口をたたきながら、ブレザーを無事受け取ることができた。
『あー赤司様は、吹奏楽部なの?』
『いや僕は個人的にこの教室を使ってる』
なるほど、だから吹奏楽部以外に使っている生徒が自分以外にいるとは聞いてない、と思ったんだろう。
そもそも第三ってなんだ、第三って。三つ以上音楽室があるってことじゃないか。吹奏楽部が使うんだとしても、そんなにいるのか。
俺にはよくわからなかったけど、主人公たちは特にそこを疑問に思うことはないようだ。
『それってヴァイオリン?弾けるんだね、すごい』
『物心つく頃には習っていたから、すごいというほどでもない』
『これからここで練習するの?』
『ただ、息抜きと鈍らないために弾くだけ。……家ではなかなか弾けないから』
話が進むと、主人公は彼の持ち物に気がついたようだった。この第三音楽室にヴァイオリンを持ち込んでいたらしい。
そのまま話が進むにつれて、主人公は勇猛果敢にも、ヴァイオリンが聞きたいとおねだりを始めた。
『ヴァイオリンの音、生で聞いたことないから』
『そんな理由で……?』
きょとんと目を見開き、戸惑ったと思ったらクスクスと笑いだす。
『気を悪くした?ごめん、無理にとは言わないよ』
『いや、気分が良くなったよ……そのお礼をしよう───』

赤司様もとい征十郎くん───そう呼ぶようになった───のヴァイオリンを聞いてから、主人公は時折第三音楽室に顔を出すようになった。というか放課後彼に会える場合、いる場所がそこしかない。
征十郎くんは最初から主人公を邪険にはしなかったし、案外冷たい人ではないらしい。
話をするようになると、征十郎くんがいかに多忙かが見えてくる。幼い頃から習い事や勉強に明け暮れて自由時間なんてほとんどないようだった。
『両親が離婚して、家族が離れ離れになってからかな』
ぽつりとこぼした声は暗かった。
跡取りとしての重圧が重たくなったのは親の離婚のせいもあるらしかった。母親はとくに、征十郎くんには無理をさせないよう配慮してくれたようだし、自由時間にはその疲れを癒す役目を担っていたんだろう。
『いまは少しの自由時間に何をしたらいいのかさえ、わからなくなった。だからここで、こうしてヴァイオリンを弾くんだ』
『ヴァイオリンが好きなの?』
『好き……かどうかもわからないけど、苦じゃないよ。それに今は先輩が楽しそうにしているしね』
『楽しませてもらってます』
第三音楽室での逢瀬はささやかだけど、ロマンチックで、ちょっと甘い。
『征十郎くんも楽しくなれるように、何か考えてみるね』
『ありがとう、楽しみにしておくよ』

夏休みは家族と旅行した先の街中で、自由に一人でいたところ、征十郎くんと出会った。どうやら近くに別荘があり、一人で来ているらしい。そして主人公は時間があるならと招かれた。
『そう緊張しないでいい、ここには使用人以外は僕しかいない』
別荘はまあものすごく豪華なんだろうな。主人公が緊張しているし、征十郎くんはからかうような笑みを浮かべた。
いや使用人がいれば緊張もするがな……。
『お父さんは?』
『仕事があるから』
『寂しくない?』
『そもそも、そんなに顔を合わせる人じゃない……一人で過ごすのは慣れてるし気が楽だよ』
征十郎くんはなんてことないように言ってのける。
『中庭にお茶の準備をさせてるから、おいで』
案内された先は広々とした庭と、テラス席。遠くには池や橋なんかまである。
『庭も案内しようか』
お茶をした後は征十郎くんにまたもや案内されて、景色が変わる。遠目に見ていた池がそばにあって、手入れの行き届いた植物たちが一様にこっちを見ていた。
『足元、気をつけて』
『ぇ、あ……!』
『───危ない……ッ』
どさっと音がしたと思ったら主人公は征十郎くんに抱きしめられていた。足を取られて転びそうになって、支えるために密着してるんだろう。
主人公の耳元に征十郎くんの唇が当たりそうな距離感だった。
『ご……ごめん……っ』
『いや……転ばなくてよかった、もっと早めに注意していたらよかったね』
『支えてもらえただけ十分だよ、ありがとう』
テレビから聞こえてくる音声が、少し大きくて、心なししっとりしてる。
先輩……危ないから、手を貸して』
『え、だ、だいじょうぶだよ?』
『いいから。……オレもよくここで手を繋いでもらって歩いたことを思い出した』
優しい声と眼差しに、主人公は何も言えなかった。


夏休みが明けて、征十郎くんとは相変わらず音楽室であうことが多い。ただ、それでなくとも、遠目に見かけることはあるんだろう。
制服が夏服から、見慣れたブレザーの姿になるころ、主人公は征十郎くんが誰かと会話をしているのを見かけた。相手に姿が画面に出てこない上に、会話の内容も聞こえてこないので俺にも、おそらく主人公にもなにもわからないだろう。
『……先輩?いたのか』
『あ、うん。誰かと話してた?声がしたかなって』
『少し、ね』
本当に話が聞こえなかったうえに、征十郎くんがびっくりしてたのと、それだけで会話が終了したのだけが妙だった。
けれどそのすぐ後、主人公は黒子くんに話しかけられた。どうやらあの時会話をしていたのは黒子くんで、影が薄いと散々言われていた通り征十郎くんのルートでは認識が困難だったようだ。
そういうわけで、主人公は急に何もないところから人があられたかのような驚き方をしてしまう。
『驚かせてすみません。……先輩に少し……話をしたくて。赤司くんのことなんですが』
『え、あ……征十郎くん?どうした?』
黒子テツヤといいます、と律儀に名乗ってくれた黒子くんは淡々とした様子で話し始める。
『お二人は仲が良いとききました……その、赤司くんのお母さんのことはご存知ですか?』
『幼い頃離婚して、その後亡くなったって聞いてるよ』
そもそも理事長が離婚してるっていうのは知ってる人は知ってる情報だ。
その上奥さんが亡くなっていて、生き別れ兄弟がいるのまでは周知されてないだろうけど……。
『そうです。……彼のお母さんはボクとも縁があるんです』
黒子くんは自分が兄弟であるとは口にしなかった。それは俺が征十郎くんの口から聞くべきことなんだろう。黒子くんルートの時に赤司くんが語らなかったのと同じように。
二人の両親がどういう経緯で別れて、片親が片方の子供を引き取ったことの意味も、今一緒に暮らすことのない理由もわからない。仲がどうとか、家柄がどうとか、いろいろとあるんだろう。ただ兄弟同士なのにいささか遠すぎやしないか……と俺はちょっぴり思うのだ。もう少し関わりあってもいいと思うんだけどなあ。まあ、事情が本当にわからないんだけど。
『彼はお母さんのお墓を知らないんです。禁止されているわけではないのですが、事情があって……彼は誰にも聞いていないみたいなんです』
『それは……』
『お墓参りをしたいと思ってるはずなんです……それにお母さんもきっと征十郎くんに会いたいはずですから』
『うん』
『ですから先輩───いつか、お母さんのお墓への案内役をしていただけないでしょうか』
めちゃくちゃ大役だな……と思いつつも橋渡しをするにはある意味あたり障りない人間だったのかもしれない。これでも征十郎くんとのお友達関係は順調だし、よくお母さんの話を聞いている。黒子くんが主人公をチョイスした気持ちもわからなくもないけど……。
『わかった……やってみる』
『すみません、ややこしいことを頼んで。でも、征十郎くんが今一番心をゆるしてるのは……先輩だと思ったので』
『そうなれてたら……うれしいな』
でもやるしかないんだよな、この試練を。

それからいつ決行するのか、俺たちは気が気ではなかった。だってイベント発生には条件があるんだもの。
普通にクリスマスを一緒に過ごし始めるエピソードはいっちゃって、え?お墓参りは?と思わないでもない。でも実際急にお墓参り連れて行けないよな……というのが同情ポイントだ。
とはいえ、さすがにやらないで逃げることもできず、冬休みの最後の日、主人公が征十郎くんに会う機会がやってきた。そこで主人公は、今日は出かけたいところがあるので付き合って欲しいんだと話し始める。征十郎くんはすっかり主人公に気を許していたし、なんだかんだ甘いので、いいよと返事をした。
『お墓参りの代行を頼まれた?珍しいね』
『うん……ちょっと、後輩から』
『後輩?親戚とかではないんだ……その後輩は自分では行けないと?』
最初は征十郎くんも興味本位で話を聞いてくれていたが、だんだんと理由がわからなくなってきて質問が増える。
『……黒子くんに───征十郎くんと一緒に行って欲しいって頼まれた』
征十郎くんははっとして固まる。
『テツヤが……そうか……。ありがとう先輩』
『お礼を言われることじゃないよ』
そうして主人公と征十郎くんはお母さんのお墓参りをした。
『それにしても、驚かされたな、テツヤがまさか先輩に頼んでいるとは思わなかった』
『頼まれた時は驚いたよ……というか、いいのかな?これ、と思ったけど』
『いいよ、きっとアイツも言い出しづらいことだったんだろう……母と出て行った負い目でもあったのかな』
『どういう……?』
『ああ、言っていなかったっけ、オレとテツヤは兄弟なんだ。両親が離婚する時、母はテツヤだけ引き取った』
『そうだったんだ』
『赤司は跡取りが必要だったし、僕の方がそういうのに向いていたから残った』
お墓参りの後、歩きながら少し家の話を聞いた。
お母さんはけして征十郎くんをおいて行きたくておいていったわけではないし、黒子くんだって本当は一緒に暮らしたかっただろう。
『───別に恨んでなんかいないんだが……まあ、それはおいおい話せたらいいな』
『そうだね、二人でちゃんと話して、今度は二人でお母さんのお墓参りに行ったらいいんじゃない?』
『それもいいけど……また先輩と行きたいな』
いつのまにか暮れかけていた日の光が赤みをおびて、征十郎くんの白い頬をほんのりと染めていた。
優しい眼差しの微笑みは夕日なんかよりもずっと、見とれてしまうものだった。

そしてとうとう3学期が終了して最終登校日がやってくる。
征十郎くんと会うのは、いつもの第三音楽室だった。
『やあ、いらっしゃい……またブレザーを忘れていっただろう』
『あはは……ありがとうございます』
どうやら主人公は掃除当番の時にブレザーを脱いで忘れてったらしい。2回目だね。
『今日は、ヴァイオリン弾かないの?』
『うん。まあ、たまにはヴァイオリンのない息抜きもいいかなと思って……僕だけじゃ不満かな?先輩は』
『まさか……ヴァイオリンは楽しみにしてたけど、征十郎くんに会いたくてここに来てたから』
『そう言ってもらえると思ってたよ。───僕は最初ヴァイオリンを弾くくらいしか生き抜きの方法がわからなくてね……でもいつしか先輩のために音を聴かせようと思っていたし、一緒にいることが息抜きなんだなってわかった』
『え……?』
『同じ気持ちじゃないかな、───先輩に会うだけで嬉しい、一緒にいるだけで楽しい、幸せだと思う』
『本当?征十郎くんのこと……好き、だよ。これも、同じ気持ち……?』
『好きだよ……好き。……ずっと隣にいて、手を繋いで歩いて欲しい』
『嬉しい……』
ふわりと画面が光った。ああ、もうこれで最後か……と妙に冷静に考える。
征十郎くんの赤い髪の毛が主人公の瞼にさらりとかかる。くすぐったいのか、恥ずかしいのか、少し力を込めてつむった主人公の目。
唇もきゅっと閉じられているんだけど、征十郎くんの唇がそれを宥めるように擽っている。
両手は二人で祈るように絡まっていて、離れがたいという感情がうかがえた。

「お、終わった───……!」
「お疲れ!お疲れ様!!!!おめでとう!」
思わずコントローラーを投げそうになったけど、ゆっくり床に置きごろんと後ろに倒れた。麻衣は俺の顔を感無量とばかりに覗き込んでいる。
「そのおめでとうはクリアに対してだよな!?クリアに対してだよな!?」
「で、本命は誰!?あたし、報告しなくちゃいけなの」
「だから感情移入先が違う!」

───こうして俺の春休み(の大半)が終わった。



end.

赤司くんは二重人格じゃなくてちょっとした二面性というか。
主人公に対してはわりとずっと同じなんですけど、時々一人称が変わるくらいです。でもこれは精神的負荷が関係しているわけでもないし、入れ替わってるというわけでもなくて、喜怒哀楽の感情が変わるようにオレと僕が変わる程度と捉えていただけるといいかなって。乙女ゲーなんだから二重人格出そう……って思うよね、反省はしてます。



以下全体通して反省なんですが、そもそも乙女ゲームに対して私の造詣が浅すぎ問題が第一にあります。
あと一人のルートで1話って言うのがもはや無謀でした。イベントもストーリー展開も統一感がなかった。
……そしてこれはもはやしょうがないけど、攻略キャラクターの種類がただの私の性癖なので偏りがあるよね。
まーーそれは前回の小話でも思っていましたが楽しいので許せサスケ。常套句。
プレーヤーである主人公が最初はゲームに慣れてなくて攻略対象にときめいてしまったり、元彼()に若干の未練があるの書いてて楽しかったです。そして後半にいくにつれて慣れていて、ある意味では攻略対象とゲーム主人公に感情移入してストーリーに沿って色々考察しながらプレーしていたかなって。これは私がうっかりそう書くようになってしまった……鮮度を失ってしまったせい。
そして大きな反省点なんですが、攻略対象のキャラクター性が原作と乖離してしまう部分が大きかったかなーと……。小話でパロディで書くのとは違って、1話にするだけでもうウーンって思うところがありました。
でも楽しかったは楽しかったんです、割り切って楽しんじゃおうとは思うんです。悩むけれども。

描写に関しては、普段書く一人称夢小説とはまた違った視点で書きたいなーと思って書きました。
まあ主人公は男主人公なんだけど、実際キャラと恋愛(?)してるのはゲームヒロインで、ある意味これは女主なのでは……と思いつつ実のところ男主人公と人格が似ているし女であると描写はしてないので女主とも言い難いという。
あとあくまでシミュレーションゲームなので、細かなキャラクターの動きが描写できないのがちょっと辛かったですね。優しく触れ合ったり、表情の変化は用意されるであろう種類を想定して書いた……。楽しいけど。
一人のキャラに対して登場するスチルの枚数とかは特に決めていないのですが、ここ見せ場になりそうだなーって考えるのも楽しかったですね。
あとはキャラクターの声に出てない感情なんかは一切書けないって言うのはまた新鮮だった気がします。これは三人称書くときに苦戦しますね。
作中では、あくまでプレーヤー主人公が感じて察したものなので。だからゲーム主人公の感情とプレー主人公の感情も若干違いはあるんですよね、人格は似せてますが。
書いてみての感想としましては……悔しさともどかしさぶっちぎってのた〜のし〜で、なかなか面白かったです……。勉強になった!
最後に、これは本当に余談というか達成できる自信がない野望なのですが、この乙女ゲームプレー記を元に、プレーヤー主人公がゲーム世界の主人公に転生する、いわゆるなろう系を書くところまでが計画のうちです……。いやほんと、いまので10話でしょ……って考えるとウゥ頭痛が痛い。
野望であり計画なので頓挫するだろうけど言うだけ言ってみました。
Sep 2020

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