Oh my cat. 04
とある冬の日の朝、ナルとリンが我が家の前に車で来ていた。普段であれば麻衣を迎えに来て、そのまま依頼人の元へ向かうと思うだろう。けど今日は少し違って、麻衣は欠席だ。
「今日はよろしくお願いしま~す」
俺はちょっと低姿勢に車へと乗り込む。
ナルとリンは会釈、というよりは小さな頷きを返してくれた。ほぼ目視確認のようなものだ。
「麻衣は軽い捻挫で、何日か安静にしてなきゃいけないみたい」
「そうか」
ナルは俺の報告に返事をし、リンは車を発進させる。
この言葉通り、麻衣の欠席理由は怪我である。朝、急遽呼び出されたバイトに向かおうとした麻衣が廊下でスッ転んだのが原因だ。
歩いていたジーンに気づかず、蹴飛ばしかける寸前で避けようとしたらしい。飼い主の責任ということで俺が病院に連れていこうとしたが、さらに上の保護者であるばあちゃんが付き添った。俺は出来る限り麻衣のサポートを……と考えた結果、渋谷サイキックリサーチの穴埋め要員を買って出たわけである。マア、好奇心もあるけど。
ナルは麻衣に専門性を期待してはおらず、元は俺のこともバイトに誘ってたくらいなので、猫の手くらいにはなるだろうと今回の助っ人バイトを了承してくれた。これが経緯がある。
ほどなくして到着したのは教会だった。建築スタイルには詳しくないが、かなりヨーロッパの影響がうかがえる。外壁は豪勢な装飾が施されていて、終末を彷彿とさせるラッパを持った天使たちの像なんかも聳え立っていた。
「いかつい……」
身もふたもない感想が零れた時、隣からプッと噴き出す声が聞こえる。
いつの間にか合流していたぼーさんが立っていた。
「まあ確かにいかついわ。それよか、何でまたたびクンがここにいんの?」
「またたびクン、って俺?」
「そ」
うーん、言い得て妙。
納得してしまった俺はその呼び名を受け入れて、麻衣が朝イチで転んだという話を披露した。そそっかしい娘だと思われてすまんが、半分くらいは事実だ。もう半分はジーンのせい。あとあるとしたら、巡り巡ってジーンを飼ってる俺のせい。
「んでピンチヒッターなわけ?」
「そう。麻衣の代わりに」
「んじゃ役に立ってもらいますかね」
「麻衣ほどとは行きませんが、がんばりますー」
ぼーさんと少しの間軽口の応酬をしていると、ナルが俺を怜悧な美貌で一瞥する。
「───遊びに来たなら帰っても構わないが?」
吐き出された声も言葉も冬の寒さがメじゃないくらいに冷たかった。
「働きまーす!」
ぐるんっと身体の向きをナルの方に変えて、アルカイックスマイルではきはきと返事をした。今日の俺は臨時とは言え歴としたナルの部下に当たるので。
依頼人である東條神父とジョンに案内されて、俺たちは応接室へと通される。広めの部屋は半分は事務室としても使われているようで、温かみという名の使用感がうかがえた。
東條神父は俺たちにコーヒーをだした後、早速口を開く。
要約すると、三十年ほど前に行方不明になった子供『ケンジくん』が、今も度々この教会で預かられる子供に憑依するという話だ。
悲し気に視線を落とした東條神父の感情を汲み、話を聞いている皆の顔も少し暗い。
俺は内心で、これ知ってる話だな───……、と遠い目をしていた。
以前同行した公園で水をかけて来るお姉さんの話はナルルートだったが、今回はリンルートで起きる調査だったはず。
ケンジくんに憑依された霊が、リンをお父さんだと勘違いしてまとわりつくのだ。一度はジョンのおかげで憑依がとけたが、お父さんと一緒にいたかったケンジくんは傍に居たヒロインである麻衣に憑依する。そして再びリンにまとわりつくという算段だ。
これは好感度がある特定の数値でないと発生しないと言われていた。低すぎても、高すぎてもダメなんだとか。
それにしても、今日は麻衣が不在だ。まあ好感度が表示されている時点で俺……なのか?
*
ふみふみ。
ふみふみ。
───あれ、なんか、猫にふみふみされてる気がする。
「おきれ」
むにぃ、と頬をふみつけられて目を覚ました。眼前には踏みつけた後に持ち上げられた肉球がいっぱいに広がる。
遠慮なく顔面を踏みつけ、尊大な態度で俺を起こすその猫は、俺をこの世界に連れてきたネコ様にほかならない。
がばっと起き上がると、猫は軽やかに俺の身体から飛び降りた。
周囲を見ると、真っ白な空間が広がっている。これは以前俺が死んだ後にネコ様に会った時と同じ場所だ。まさか死───、
「死んではおらんぞ」
思考を割くように、ネコ様の声が差し込まれる。今更考え事を見透かされても驚きはない。
しかし、死んでないとしたら何故ここに? 俺が以前好感度について会いたいと散々に願ったから会いにきてくれた感じ?
「おまえ、まだ誰とも魂を結んでおらんのだな。まったく、人というのはこうも鈍間だったか」
俺の疑問など無視して、ネコ様は前脚をぺちゃぺちゃと舐めた後、顔をぐしぐしと拭う。なにこの片手間感。いや、ネコという存在はそうなのかもしれないが。
「あのう。魂を結ぶってニャんですか」
あ、噛んだ。ネコ様を前にすると猫のことで頭がいっぱいになるせいかも。
一方俺の質問に対しネコ様は鼻の上にくちゃっと皺を作って俺を睨んだ。カッていう顔。
「番に決まっておるだろーがっ! ニャんの為にわかりやすい眼をつけたやったと思うてる! はよう一番条件の良い相手と番え!」
ネコ様は尻尾を鞭のようにしならせ唸った。
つまりどういうことかというと、俺はこの世で番なるものを作り魂を結ばないといけないらしい。そうでないと、異世界から来た俺はいつまでも異物のままで、身体に魂が定着しないのだとか。
そこで魂をこの世、ひいては身体に引き留めてくれるのが番の存在らしい。
「おまえがぐずぐずしてるから、こうなっておるのだぞ」
たんっとネコ様が足踏みをすると、白い地面だった部分がぱっと切り替わる。
医務室みたいな場所に寝ている俺の姿を、見下ろすような光景が映し出された。
現実での俺は、どうやら意識を失くして倒れているらしい。
はて、いったい何があったのかと思い出す。
みんなと教会に来てあちこち見て回ったことまでは覚えている。それで俺の知っている通りの展開───ケンジくんがリンをお父さんと勘違いして飛びついてきて、ジョンが憑依霊を落とす───になった。
ケンジくんは抵抗むなしく子供の身体を追い出されたが、なんとかこの場に留まるべく誰かに憑依しようとした。その相手が本来なら麻衣であるはずだが、麻衣の不在を埋めたのは俺だった。
つまりケンジくんは今俺の身体にいると思うのだけど……?
「なんで寝かされてる……?」
「あの身体は特別製なのだ。お前の魂以外は受け付けぬ」
「そうなんだ! よかったー」
俺の尊厳、保たれた───!
「よくない、たわけ」
気が抜けてる俺に、すかさずネコ様からネコパンチを見舞われる。いたい。
どうやら、憑依の衝撃で魂が身体から出されてしまったらしい。その時点で俺は、世界からもはじき出されてしまう。今はネコ域に連れて来られてネコ様が保護しているからいいが、そうでなければ消滅していたとかなんとか。
え……俺、そんなに弱い存在なわけ? 初耳なんですけど。
ちなみに、すぐに身体に戻さず俺をここで目覚めさせたのは、こうして叱りつけるためだった。さっきも勢いのままにいわれたことを、再度くどくどと詰られる。
ネコ様は俺がここで生きていけるように、すなわち番える相手を見つけやすいように、好感度表示機能を付けてくれたのだ。
それを活用せず俺は暢気に過ごしているわけだから、今の様な状態になっている、と。ネコ様って理不尽に尊大というか、そういうとこやっぱり人間の感覚じゃないんだよな。
ポイと異世界に放り出されて、好感度表示機能見て、コイツにモーションかけよ、とはならないだろ。麻衣の好感度だと思ってたし。
「てか相手男ばっかりなんですけど」
俺が"出遅れた”理由はコレもあると思う。
「この世界における魂の強さにおいては仕方なかろ、性別など些事」
「……まあたしかに」
やっぱりここってゴースト♡ハントという作品が軸になっていて、その攻略対象である男たちと関係者の真砂子やヒロインである麻衣の存在感みたいなのが強いんだ。……あれ? ってことは綾子にも好感度が見えるのか? 何とかして触ってみたいな……。いやこれ、危ない思考の様な気がするな。
「さて、そろそろ身体に戻らせるとしよう」
考え込んでいた俺を他所に、ネコ様は俺への説教に飽きたようだった。
「あの身体とお前の魂は今暫く安定しておるが、いつまでもそのままでいられるとは限らぬ」
「え」
視界が徐々に霞むようになり遠ざかるネコ様。それでも脳内にこだまするように響くネコ様の言葉に驚くが、猛烈な眠気が泥濘のように俺の意識を飲み込み沈めていく。
「ゆめゆめ、忘れるなよ」
その警告、今更すぎん???
目が覚めたら、教会の医務室だった。
様子を見に来た皆が俺が気絶した後のことを教えてくれた。ケンジくんはどうやら、違う子供に憑いてリンの元へ戻ってきたらしい。
その後色々あったけどケンジくんは自発的に遺体の場所を教えて、成仏していった。
「ほえぇ、そんなことが」
「しっかし、お前さんも災難だったな」
「なんかすみません、かえって足手まといになってしまって……」
「そんなことありまへんです」
ベッドの上で身体を起こして話を聞いてた俺は、居住まいを正してから頭を下げる。
表向きは麻衣の代わりの労働力のつもりだったので、大した働きもせず倒れたことは職務放棄に近いものがあるだろう。俺にも俺の事情と、巻き込まれたという事実があるのだけど言い訳は出来ない。
ぼーさんもジョンも、ナルやリンだって勿論責めるような顔つきはしていないのだけど。
「お前さんが倒れたのは多分、霊気に当てられたんだと思うぜ」
「へ……?」
「せやですね。ケンジくんはあの時、さんに憑依しようとしたんとちゃいますやろか」
「さんになんらかの持病があっての気絶なら話は別だが」
「持病? ないない」
驚くことに、俺の気絶した原因に関して、皆なぜか訳知り顔だ。
確かにケンジくんが俺に憑依しようとしたのはネコ様に聞いて知っているが、実際憑依できていないのに、どうしてみんなはそう思うのだろう。
「あのな、霊に憑依されて意識がそっくりそのまま人格に反映されるっていうのは、実は結構稀な状態なんだ」
「多くの人間は防衛本能が働いて、外部からの刺激や侵入してきた異物を拒絶するように出来ている」
俺があまりにぽけっとした顔をしてたんだろう。ぼーさんとナルが解説をくれた。
「今回はとにかくケンジくんとさんの相性は悪かったんだろう。だからケンジくんが仮に憑依しようとしたとしても意識や身体の所有権を明け渡さなかったが、きみは衝撃で気絶してしまったと考えられる」
「そうかあ……え、じゃあ気絶したくない場合はどうしたらいい?」
漫画やアニメ、そしてゲームの世界でははっきりと憑依されて人格や言動が変わっているので、ついそういう認識になっていたが、二人の言わんとしていることはよくわかる。
しかし俺はそれ以前の問題で、次にまた憑依されるようなハメになったら魂がまたすっぽ抜けて、今度こそ消滅してしまうのかもしれないのだ。
「そもそもそんな事態には早々ならないが」
「今日なったぢゃん!?」
「……気を強く持つこと、かな」
俺はナルにしがみつく勢いでアドバイスを求めたけれど、返ってきた言葉は何の足しにもならないことだった。まあでも、正論なのだろう。
*
ケンジくんの追悼ミサを終えた後、帰宅。他の寮生たちはバイトやらクリスマスパーティーやらで不在にしており、足を捻った可哀想な麻衣しかいなかった。
本来なら麻衣とリンの物理的な距離感が近づくイベントがあったので、罪悪の意識にかられつつミサで配られたチョコレートケーキを捧げた。
そして自宅の居間に招いて炬燵に入りながら、そのケーキを分けあって今回の調査の出来事を話して聞かせる。
「リンさんがそんなことに……? ちょっと見たかったカモ」
「……ネ!」
次に憑依されてたのはお前だよ、とは言うわけもなく、俺は麻衣のケラケラ笑う姿に同意しておくことにした。
「くんは気絶なんてしちゃって、大変だったね」
「むしろ皆の方が大変だったんじゃないかな、俺は気づいたら夜で医務室だもん」
「あはは、そっか」
まあその間に見てた夢が、大変というか、なんというか。
麻衣にはさすがにそんな話をできず、俺の隣にへばりついて話を聞いてたジーンの毛並みに手を這わす。
ああ、中身が人間の男の子であることを度々忘れかけていて、いけない。
しかし中身も自分が人間の男の子であることを忘れ切っているのか、俺の手に絡みつくように身体をくねらせた。
鼻を指先で擦れば、ぷわぷわとピンク色のハートが現れて震える。数字は久々に見たけどついに70%にまで到達した。
最初からかなり好感度が高かったのは知っていたけど、一緒に暮らしていれば日に日に加算されていくもので、そう驚くことでもないだろう。
というか、ジーンの場合、全人類に対して好感度は高めになるはずなんだ。あと今は多分猫なせい。
「そういえば、久しぶりにネコ様にあったんだよ」
麻衣はケーキを食べ終えた後部屋に戻っていったので、俺もジーンと一緒に部屋に戻った。そして調査で起きた間の出来事を改めて伝えると、三角の耳がぴくんと跳ねた。
「なんか俺ってね、魂が身体に上手く定着してないんだってさ」
「……ああ、それは」
「え、ジーンわかんの?」
「僕がのことを聞いた時、ネコ様が言ってたよ」
俺は初耳だったんですけどねェ。
ジーンの言葉を聞いて、ネコ様への恨めしいため息が零れおちる。
しかしジーンもあらかじめ聞いていたとはいえ、俺が憑依された拍子に魂が身体から離れてしまうという事態は予想していなかったらしく、不安そうに首を傾げた。
身体から離れた魂がもう一度身体に戻れなかったら、と想像するのは容易い。口にしなかったが、あわや消滅なのでジーンの心配は最もだろう。
「普段は、今日みたいに憑依とかされないように気を付ければいいんだろう。あとはこの身体がいつまで持つかは定かではないんだと」
「そ、そんな……」
ショックを受けてるジーンを撫でて慰めようかと思ったが、今回は堪えた。
思考を整理するついでに腕を組む。
「この世界に送り出されるとき、次に会うのは寿命が来た時だろうってネコ様は言ったんだ。俺の魂が不安定であることを考慮してないってありえる? ましてや、ジーンには俺の話をしていたわけだし」
「……今まで不思議に思っていなかったけど、僕がネコ様にの元へ送り出されたのは、僕が傍に居れば少しは力になれるという意味だったのかな」
「え、何でそう思う?」
俺は番の話をしてないのに、ジーンは容易くネコ様の御意思を読み取れている。もしかして、俺が読解力が低かったってこと? それはないよな。
「具体的に何かをしろと言われたわけじゃないんだ。ただ、の魂がそうであることを教え、僕に姿を与えたことには意味があったと考えるのが自然だろう? 単純にが霊の姿を見られないから交流が出来ない場合もあるけど」
「ああ、うん」
ネコ様の考えてることってよくわかんないしな、と俺は軽くそっぽ向いた。
最初も割と軽めに俺のこと異世界に放り投げてたし。消滅の危機も後から聞かされたし。───そう考えると、逆に俺が生き延びるために熟すべきゼッタイについても、軽めに考えていたように思えてきた。
「番をつくるんだってさ」
「え……?」
ため息を吐く勢いのままに、俺はジーンに話した。
「この世界にいる人間と、魂を通わせる? 縁を結ぶ? とかで俺の魂をこの世に引き留めるらしい。ネコ様は人とちょっと感覚が違うからさ、俺がこっちの世界に来たら言われるまでもなく誰かと……って考えてたんじゃないかな」
口にしながらしっくりきた。
ジーンもぽかんとしている通り、人間の感覚的にはちょっと急に言われてもって感じだよね。
「番って……恋人同士になるってこと?」
「さあ?ネコか猫の感覚で言えば夫婦にも聞こえるけど……」
何らかの条件をクリアするんだろうが、ゴースト♡ハントの世界における達成については【告白成功】のような気もする。
心なし萎れた姿のジーンに俺は「まあ」と話を変えるように声をかけた。
「ジーンが俺の猫でいてくれるうちは、大丈夫なんだと思うよ」
*
クリスマスから一週間もたたないうちに、年の瀬がやってくる。
麻衣の捻挫は痛みが引き、オフィスで仕事をするくらいなら問題もないとバイトに精を出していた。
俺も冬休みに入ったので積極的にバイトに行くので、しばらくは送り迎えのついでにオフィスに顔をだすようになっていた。
ナルとリンは俺と麻衣が同じ家、学校、近すぎるバイト先であることをわかっているし、飼い猫が原因で怪我をしたこともあって俺がしょっちゅう顔を出すのも嫌な顔はしない。
今日も麻衣を送ってからシフトに入ろうと、来たわけだが。
「あれ、あんた」
オフィスのドアをあけたら、綾子がいた。うるわし……。
綾子だけじゃなくてぼーさん、ジョン、そして真砂子の姿まである。
俺と麻衣はぽかんとして勢ぞろいする皆の顔を見回す。やれ久しぶりだの、やれバイト始めたのかだの、見慣れぬ俺の姿に対して口々に声がかかった。
すると「うるさい」と言って所長室を出てきたナルが、俺と麻衣の出勤を見てぴたりと動きを止める。
いっそリンも出てこないだろうか、そしたら全員大集合。
「麻衣はさっさと仕事を始めるように。───さんは?」
「あ、俺はこの後バイトだから、終わったらまた来る。じゃあね麻衣」
「うん、いつもありがと」
俺は持っていた麻衣の荷物を定位置において、ナルに視線だけで急かされながらオフィスを出ようとした。ところが、ぼーさんがぱしっと俺の手を掴む。
「ちょ~っと待った」
「お、おお……」
多分掴むならどこでも良かったんだろうけど、偶然にも手首に触れられていることで、ぼーさんの顔の横には好感度が表示される。前回の数字を覚えているわけではないが、今は40%である。会う頻度が少ない割にはよく上がった方だと思う。
「麻衣と付き合ってんのか?」
え、と何人かの声がばらついて聞こえた。その中には当人である麻衣の声もした。
「付き合ってる」
「ちょっ」
「っていったら、滝川さん妬きますか?」
間に麻衣が声を上げかけたが、俺は無視してぼーさんの手を取りながら首を傾げた。
こんなんでトキメキがあるかは謎だが、会話をした時点で少しずつ上がる可能性もあるので試した。けどその効果が表れて数字が変わるより前に、ぼーさんは俺の手を放して頭の上にチョップする。
惜しい……頭髪の上だとわかんねえんだ。
「アホ。俺は純粋に事情を聞いてるんだよ」
「あはは、すみません」
わしわしと髪をかき混ぜられたので笑う。
「てか滝川さんには前も言いましたよね、麻衣が怪我しちゃったって。だからしばらくは俺がバイトの行き来に付き添ってんの」
「お前さんがやるこたねえだろ」
ここで本来送迎すべき親がいない、というのはわざわざ言う必要もないだろう。それに、送り迎えをするのにもってこいな理由はあった。
「麻衣が怪我したの、俺の猫に驚いて転んだからなんだよね」
ヒョイ、とぼーさんの後ろにいる麻衣の方を見る。
「あ、うん、そうです! でもあたしがドジだったから……」
「……麻衣、お前……」
理解したぼーさんは、呆れと憐憫のようなものを滲ませて麻衣を見た。
周囲の人間も、なんだそんな理由か、と肩透かしを食らっている。
「まあ、よくわかったよ。引き留めて悪かったな、バイトだってのに」
「大丈夫、あと10分ありますから」
「10分!? ここから近いのか?」
「近いですよ~。まあでも着替えとかあるんで、そろそろ行きます。良いお年を~!」
ぼーさん以外とはろくに話せなかったが、むしろぼーさんと話せたのはレアなのでは。
そう思いながら俺は足早にオフィスを出た。
バイト先まではエスカレーターをおりて、カフェの店内からバックヤードへ直行すれば一分で到着。制服の白シャツ黒パンツは既に着て来ていたので、コートとセーターを脱ぎエプロンをするだけで身支度は整う。無事、タイムカードは五分前に押せた。
「───いらっしゃいませ」
その後、店内に出てほんの五分もしないうち、さっき見た顔が現れる。
あまり露骨に反応すると接客態度が悪いとクレーム付けて来る常連、ナルだ。VIP対応に味をしめたようなので、いつもよりラグジュアリィなカフェ店員を装って挨拶をした。
とはいえ、軽口も許されているので席に案内をしながら背後に声をかける。
「上から逃げてきた?」
「ああ、うるさくてお茶もゆっくりのめない」
「それでウチに来てくれるなら、俺はみんなに感謝しないとだ」
ナルの好きな席は把握しているので、店内が空いている時でも俺が勝手に先導しちゃう。それでコートを預かってハンガーにかけるのが、俺からのサービスになった。ささやかすぎるけど、このやり取りの積み重ねが俺の命綱だと今では思っている。
いつものを頼んだナルは、さほど長居をすることなく会計にきた。俺はちょうど店内が忙しくなかったので、ナルの対応に出て伝票を確認する。
「ゆっくりできた?」
「上にいるよりかは」
話しながら、差し出された紙幣をレジに入れて、釣り銭を数える。それからコイントレーに並べてナルに差し出した。
「今日は営業をしないんだ」
「え?」
ぽつりと呟かれたのは独り言にも聞こえたが、明らかに俺の行動に対して言っているので動きを止める。
「上で、バイトの話になっていたのに、何も言わなかっただろう」
「あぁ───……、みんなにも、そりゃ来てほしいけど」
いいかけて、言葉に詰まる。
ナルはその後の俺の言葉を待っているみたいで、カウンター越しにじっと立ち止まっていた。
俺が上のオフィスに頻繁に顔を出すのは、麻衣を理由にする時と、カフェの営業をする時だ。そんな俺が、あんなに新規の人がいたのに下のカフェを仄めかさなかったのは、珍しいことのようにナルの目に映ったかもしれない。
本音を言えば、みんながカフェに来てくれたら夢みたいに嬉しい。
ゲームの中では描かれることのなかった、現実だ。そこに、俺がいる。
でも───。
「みて、これ」
言いながら俺は、シャツの胸ポケットから店のスタンプカードをだした。
「渋谷さんが店に来てくれた時、俺が勝手に押してるんだ」
スタンプカードはナルに不要と言われたので、これは単なる俺のナルポイントが溜められてるものであって、不正利用のつもりはない。まあ、ナルが欲しくなったらこの数を参考にするけれど。
「今日で十杯目だよ」
「……それが?」
本来十杯飲んでくれたら次回プリンが無料サービスなのだが、それはさておき。
「上にいた人数より多い」
「?」
「みんなは付き合いで一度は来てくれるかな。その後何度か来てくれる可能性も否定はできないけど、───“ナル”は」
店の外を眺めていた視線をナルに戻した。
カウンターの上でカードを掴んでいた、ナルの手が反応して、かすかに動く。
「ここにみんなが来ることを知ったら、控えてしまう気がして。……いや、そこまで露骨に避けないかもしれないけど、俺は“渋谷さん”がこうして通ってくれる今を手放したくないんだよね」
ポイントカードをさりげなく抜き取ったあと、さりげなく指先を摘んだ。
ナルの顔の横に現れたハートが、チカチカと点滅する。表示された数字は40%だ。
ふいに、俺の指先が一瞬だけ掴み返される。
「……またくる」
ナルはそう言った。瞬間、ハートの色がピンクに染まってぶるぶると震えた。そして、数字がまた45%へと増えた。
さっき見たぼーさんの好感度に並んだかと思えば、越したんですけども……?
俺はナルの退店していく背を見ながら、掴まれた指先をぎう、と握りしめていた。
...
サイレント・クリスマスは気絶パターンにしました。
憑依されるにも才能が必要なんや……。今作の主人公は霊感はないので。
ところで、好感度モノ書きたかったけど、好感度の表記と記録が段々面倒になってきたニャン!
次こそは安原修ゥ。
Nov. 2025