I am.


DADDY - Red Eyes 01

部屋の中は家具や雑貨が散乱していた。窓ガラスには罅が入り、椅子はひっくりかえっている。さっきまで、壁や床はまるで生き物の体内のように痙攣していた。その名残で、天井にぶら下がる照明器具はまだ揺れていた。突然、部屋の中に嵐が来たみたいだった。
ようやくその嵐が落ち着いた時、俺は両手に抱えている二人の赤ん坊のうち片方を見下ろす。ひくひく喉を鳴らして泣いていた。顔は真っ赤だ。もう片方もふみゃふみゃ泣いていたが、今問題なのはこっちだ。
「……どうしたもんか」
ぼやくように呟き、赤ん坊のしっとりした瑞々しい頬に顔を寄せた。
肌を触れ合わせながら、自分の力───魔力を注いで赤ん坊に馴染ませる。

この子は心臓に魔力の核があるにもかかわらず、身体は普通の人間程度、いや、それ以下の弱さだった。なので身体に上手く力が行き渡らず、暴発させた。
少しずつ俺の魔力に慣れさせて体温を上げ、同時に心臓にある魔力の核を封じ込める。そうすることで不快感は落ち着くはずだ。
しばらくすると、赤ん坊は泣き疲れたのと安堵したの両方で、すやすやと眠りについた。
続いて、もう片っぽの赤ん坊を見る。こちらは片割れにつられて泣いてた顔がもうご機嫌になって、俺のことをじいっと見つめては口をパクパクして何かを訴えていた。給餌待ちみたい。
小さな手がぷにっと俺の頬に触れた時、指先の米粒みたいな爪が目に入る。思わず笑ってしまった。
「ちっちぇ~爪」
首と肩で手を挟みながら、様子を見る。こっちの子は、魔力の核はあるが微弱な量しか力を生成できていない。試しに俺の魔力を流してみれば、受容して循環するので、片割れより魔力に適応できる身体をしているようだ。
どうもこの双子は、互いにイイトコを分けて生まれてきたらしい。

───遡ること数時間前。長い時間会っていなかった兄が突然俺の家に訪ねてきた。
ドアを開けるなり感激したように両手を開いて、直前まで兄が抱えていた赤ん坊を手放す。思わずそれをキャッチしたのは俺だった。
地面に落ちそうだったのに、兄も赤ん坊当人も、まったく意に介していなかった。
「───これ、なに!?」
開口一番に聞いたのは、当然この得体のしれない赤ん坊だ。うちに子が生まれたっけ、と思ったが俺達と同族───魔族には、とても見えなかった。かといって、人の子でもなさそうである。
「人間の女に産ませた」
「!?」
兄は信じられない事を口にする。
魔族である兄と人間の女のハーフだと。───そんなのは、いろんな意味でありえない。

俺たち魔族は、人間とは身体の作りが違う。見た目は人に近い形をとることが出来るが、肉体は強靭で、魔力があり、なにより生殖機能を持っていない。俺たちは【混沌から始まる生命】だ。
子を成すにあたって、様々な仮説は立てることができるが、次の理由によって一度思考は立ち止まる。
そもそも魔族は人と交わり命を作ろうという考えには、まずならない。
人間を自分たちとは別の、下等生物としてみているからだ。そして自身の種族に誇りを持ち、身内贔屓の激しい性質でもあった。
兄が種族を越えた愛でも育んだってこと? うっそー……、と一瞬思いもしたが、俺のところにやってきた瞬間の兄の行動を振り返ってみると、そうとは思えない。

「お前、人間が好きだったろう? あげる」
「え」

考え込んでいる俺をよそに、兄は悠然と笑った。
どういう理由でどうやって子供をこさえたのか、本当にはわからないが、この分だと大した理由ではない。
偶然か、気が向いたか、今言った通り俺によかれと思って───うん、どれもサイアク。聞かないでおこ。今は必要な事だけを聞こ。
「……こいつらの母親は」
「うぅん? 生きてはいた、かな?」
ちょっとだけ安堵した。魔族の子を人間が孕み産むとなれば、とんでもないダメージが行くこと間違いなし。前例がないから知らんけど。
もちろんこの様子じゃ、兄は母体への情はないし、ましてや子にもないのだろう。
「名前は?」
「名前???」
「あ、もういい、なんでもナイ」
初めて聞いた言葉みたいに首を傾げる兄に、せめてどこから来たのかだけは聞き出した。何でそんなことを聞くのかわかってない兄とは適当に話を切り上げ、「たまには家に帰っておいで」と言って飛び去るのを見送った。
そして、やっと家の中が静かになったと思った瞬間「ふえ」と鳴き声がして、赤ん坊の魔力の暴走は始まったのだった。

ベビーベッドなんてものは当然ないので、眠りについた双子をそっとソファに置く。
そしたら背中にスイッチでもついてるのかって程、ぱちっとハッキリ目を覚ました。再び「ふえ」が始まる。
俺自身に害はないとはいえ、人間世界で人間のふりをして生きている俺は、近所迷惑をおそれて赤ん坊を同時に抱き直した。とにかく魔力暴走だけは押さえ、それさえなければ赤ん坊も気分が安定してすぐに泣き止む。
それを繰り返し、繰り返し───、やっと俺の腕が解放されたのは一晩明けてからだった。

肉体的にはそうでもないが、精神的に疲れた。
明るくなる空を見て、ほんのわずかな時間ぼーっとする。
ソファに座った俺の横には、双子がすやすやと眠っていた。二人の心臓付近に俺は術式を書き、触れていなくても俺の魔力が注げるようにしておいた。常にコントロールする必要はないけど、特に暴走しそうに方はしかるべき時に作動するようになっている。
このおかげもあって、双子も安定して眠れているのかもしれない。しかしそう考えると、生まれてからここに来るまでの苦労、そしてこれから先のことが危ぶまれた。
兄に「あげる」と言われたからって、犬猫じゃあるまいし赤ん坊を二人も育てる自信はない。犬猫でもやらないで欲しいけど……兄にとって犬猫と同列ということだ。

そんなわけで俺は、母親のところに赤ん坊を戻そうと思い立つ。魔力の暴走は当面術式があれば問題ないし、時折様子を見に来れば良いだろう。
そうしてやってきたのは、俺の暮らす日本よりはるか遠く。アメリカ西部のコロラド州にある町だ。古びた赤褐色のアパートの前に佇み、細い鉄製の階段を見上げる。兄からはこの辺と聞いただけで、あとは赤ん坊から記憶を読み取って探した。

とりあえずで買った抱っこ紐で括った赤ん坊を抱き直し、「ここか?」と尋ねてみた。
もちろん返答はないが、読み取れたヴィジョンにあったのがこの建物だったように思う。
それにしたって普段下界にこないくせにどうしてこの町に……と思ったが、この地域の南北に跨る山脈が理由な気がする。
たしか山中にある廃ホテルかなんかにも魔界と繋がる扉があって、向こうが灼熱期に入ると魔族や魔物が避暑に使っていたっけ。余談だ。


目当ての部屋の前に来てドアをノックしてみるが、返答がなかった。
まさか、手遅れだろうか。向こう側の気配を読むべく、ドアにぴたりと耳をくっつける。
そうしていると向かいの部屋から老婆が出てきた。俺に気が付き、赤ん坊を見て驚いた。
「その子たち……あんたいままでどこ行ってたんだい」
一目でこの家の住民の子であり、多分俺が父親だと思われた。面識があったのかも。
老婆はさめざめと、俺が居ぬ間に母親がいかに衰弱していったかを語り、赤ん坊たちが天からの贈り物であると訴える。とてつもなく面倒な流れになっている気がする……。
「もう頼みの綱はあんたしかいない。しっかりするんだよ、何かあったらあたしも手伝うからね」
「あ、はい、どうも……よろしくー……」
早く家に入っちまおう、と俺は魔術を使って家の鍵を開けて中に逃げ込む。
中はどうにも饐えた、黴臭さが漂っていた。人の棲む家の気配がしない。
無遠慮に部屋の中を動き回ると、大した部屋数もないのですぐに住人を見つけた。

寝室らしき部屋のベッドで、女が一人寝転がっている。声をかけるが反応はなく、見下ろせば虚空を見つめる乾いた瞳があった。
生きてるが、それだけだ。呼吸は自発的にでき、熱があったり内臓の損傷があるわけではないが、生命力は絶えず失われ続けている。
顔に手を翳してほんの少しだけ魔力を注ぐと、女はわずかに視線を動かした。貼り付いていた唇を破くように開き、掠れたうめき声だけを発する。それが我が子への呼びかけなのか、苦痛への悲鳴なのか、俺に助命を求めているのかはわからなかった。
心を見透かそうとしても、その心がほとんどないのだ。
「この子たちがわかる?」
女の両脇に赤ん坊を乗せてみると、女は手を動かそうと肩や首の筋をひきつらせた。でも動く力もなかった。一応、産んだ子だと理解しているとみて良いだろう。
「───参ったな……」
俺は呻くように呟いた。これじゃ到底双子は育てられない。
ここに来るまでの俺は、ダメージを負った身体を魔術で回復させるつもりでいた。けれど今見たところ、魂が壊れかけている。それでは今後、まともな生命力が生み出せない。今は細々と湧き出しているが、途絶えるのも時間の問題だ。そうでなくとも動くのに十分な量がないのに。
仮に魔力を与えても、脆弱なこの肉体じゃ上手く受容できず、一時的な気力回復にしかならないだろう。そのうえ魔力はいずれ毒となって身体を蝕む。それが人間と魔族の違いだ。
「参ったぞう……」
俺は再び呟く。
今後のことを考え込む間、赤ん坊は手足を一生懸命動かして、母親の額に触れていた俺の手を無邪気に追いかけていた。



next.

ナルとジーンの身内を書いてみたかったのと、双子の能力が人外由来だとおもろいのではと思って。
誕生日にどかっと更新しようと思ったけど、一回で更新できる量じゃないほど書き溜めてしまったし、誕生日までに書き終わらないのでちょっとずつ消費します。
タイトルはあしながおじさん風。
Sep. 2025

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