I am.


DADDY - Red Eyes 02

さすがの俺も、この家に生まれたての赤ん坊と死にかけの母親を放置していくのは良心が痛んだ。
なぜなら根っからの人でなしの兄と違って、俺にはかつて人間として生きた記憶があった。もう人間として生きるよりも長く魔族をやっているが、人の心というのは今の俺を形作る重要なものらしい。
結果、俺は赤ん坊を育て、母親の介護をすることになった。

「あっ、こら動くんじゃない」
「そらメシだぞ」
「順番! 順番だよ!?」

双子ってのは厄介だ。一人に服を着せてたら、もう一人がさっき着せた服を剥こうとする。
ミルクを片方に飲ませていたら、もう片方が欲しがってぐずつく。
一人を寝かしつけてベビーベッドに落ち着けたら、もう一人が起きる───などなど、普通より苦労が倍な気がする。
次に母親について。入院させてもよかったのだが、なるべく子供の傍に置いた方がいいかと思い自宅で療養させることにした。
固形物は食べられず、身体もまともに動かせず、意思疎通もままならない。飯を食わせ、薬を飲ませ、身体を拭き、着替えさせ、ストレッチをさせ、子供と時折触れ合わせてみる。
そんな生活が続いて早三ヶ月、いくら丈夫な魔族といえど、かなり疲れた。
赤ん坊と病人の世話に明け暮れ、屈強な魔族のくせに死にかけてる俺を助けてくれたのは、いつぞやの老婆シャロンだった。
「男前が台無しじゃないか、もっと早く言えばいいのに」
シャロンは俺のやつれっぷりを見て眉を顰める。ハハッと笑うしかない。実際痩せたり顔色が悪かったりするわけではないのだが、悲壮感が滲み出ていたようだ。

今日は母親を病院に連れて行く日なのだが、双子を家においていけず、抱えて出て行こうとしたところ、丁度部屋から出てきたシャロンが預かろうと言ってくれた。俺は藁にも縋る思いで頼んだ。
「こっちがユージン、こっちがオリヴァー、色違いのスタイで判別して。オリヴァーは癇癪持ちで人見知り、ユージンはおおらかで懐っこいんだけどなんでも口に入れちゃうので注意してほしい」
「うんうん、そうかい。かわいいねえ」
聞いてる?? 預けて大丈夫かな。
「ところであんた、毎日家にいるみたいだけど仕事は大丈夫なのかい?」
「だっ、大丈夫ですう!」
「ふうん?」
今度は俺が胡乱な目を向けられたのでギクっとする。
仕事をしてないわけではないが、今は休んでいると言う方が正しいだろう。これまで日本で仕事をしていたが企業勤めではないので何とかなった。他とのやり取りが必要な場合も、日本の昼間はアメリカの夜中なので、皆が寝ている隙に仕事が出来る。───まあ最近、夜泣きが頻繁で、それも難しいのだが。

シャロンの疑いの目から逃れるように、母親を病院につれていった。
出産でかなりの気力と体力を消耗し、衰弱しているというのが現在の状態だ。特に肺が弱っているらしい。
薬の処方と療養を続ければ延命は可能だが、回復には本人の気力がいるだろうとのこと。それは遠回しに、見込みがないと言う意味だ。母親は、今やほとんど抜け殻と言ってもいい。

───最初は、これほどではなかったはずだ。
なぜならユージンとオリヴァーと名付けたのは母親で、公的機関に出生も届けられている。
おそらくだけど、赤ん坊は命を持った時から無意識に、母体を自分たちに連なる存在として繋がりを作っていたのではないかと思う。胎生だったようだからなおのこと。
そしてその繋がりは産まれた後も続いていて、母体の様々な不具合を補っていた。ところが兄が子供を取り上げて俺に寄越した。その時に母親は二人と切り離された。この状態は、反動によるものだと考えるのが自然だ。
こうなってしまえば、俺に打つ手はない。医者も匙を投げたとおりだ。

「回復の見込みはないって」

双子を迎えに行ったついでにシャロンには母親の容態が良くない事を告げると、彼女はため息を深く吐いた。想像はしていただろう。
「子供たちの成長を見たくないのかい、……こんなに可愛いじゃないか」
シャロンは車いすでぼうっとしている母親の頬を軽く撫でた。相変わらず何の反応もなく、シャロンは諦めた。
そして双子を抱えてきて「エンジェルたちは大人しくしてたよ」と言う。
お、大人しい……だと?
俺は日々翻弄されているので、とても信じがたい言葉だった。愕然とする俺にシャロンは小さくため息を一つ。
「まあ、……あたしに預けられて不安もあるんだろうね」
「不安? ふうん」
受け取ろうとすると、オリヴァーが両手を上げる。抱っこされるときの癖だ。俺の服をきゅっと掴むところまで。
続いてユージン。俺が手を出す前から、じたばたとこちらに来たがっている。───なるほど、腐っても身内というわけか。
俺は二人の身体を抱えなおしてシャロンと別れた。

「……エンジェルたち、だってよ」

部屋の中に戻りながら、くりくりの目で俺を見て来る双子に投げかける。さきほどシャロンが言っていた言葉を思い出していた。
魔族の血を半分受け継ぎながら、神族に例えられるのは何だか皮肉っぽいが───人にとって無垢な赤ん坊とはまさに天使に等しいのだろう。そしてこの双子ももれなく、愛くるしい、人の子に見えた。
愛されて、大事にされて、すくすく育つ権利のある命。
人の理から踏み出しかねない素養があるが、せめて一人で飛べるようになるまでは、俺の翼の中で庇護してやろう。
「俺にとっては、雛鳥だな」
ぱくぱく、と小さな唇を動かす様がまさに、餌を待つ雛鳥のよう。
これは俺から与えられる魔力を、本能的に受け入れようとしているのだった。


そして更に三ヶ月。母親の容態は相変わらず。よくはならないが、極端に沈むわけでもなかった。一方で双子は健康に育った。
出会った時は栄養や睡眠が足りてない、情緒が不安定な赤ん坊だったけど、俺の養育と魔力という至れり尽くせりのケアを受けたのだから、健康にならない方がおかしい。
全部俺のおかげ。褒められていい。……でもかなしいことに、育児は誰も褒めちゃくれん。
「だだ、めぃ」
「やっ」
近頃ユージンとオリヴァーは少しずつ意志の伴う言葉を発するようになった。今まではただ声を発して音を出すという概念に近かったが、応用力が付き始めたということだろう。
元々頭の出来は良い方なのだ。よって記憶力などは良いはずで、俺やシャロン、買い物や散歩で会う人々の言葉を聞き徐々に使い方を学んだというわけ。
つきましては、『だだ』は俺のことである。周囲……というか主にシャロンが双子を前にすると俺をDaddyとかDadなどと呼ぶせいだろう。すると当然、こいつらにとって俺はダディと呼ばれし者という認識になる。
そして『めぃ』───これはママかというと、違う。お腹が減ったと言う意味だ。俺が普段「めし」って言ってるせいだな。そしていわずもがな、『やっ』は拒否。
ダディ以外日本語ベースなのは、母親が日本人なのと、俺が日本在住だったこともあり、家の中では日本語で話しかけるようにしていたからだ。
シャロンにも月に二度ほど預けているので、英語もそのうち覚えるだろう。いやしかし、俺も英語を話した方がいいか……?
「ぅ、ぅう」
ごはんを食べたいユージンと、ごはんを食べたくないオリヴァーが、俺の気がそぞろなのを咎める。オリヴァーは俺がぼけっとしていたせいで、口元にべちょりと離乳食を付けられて不愉快な顔をしていた。
「あ、ごめんごめん」
親指と人差し指でむにっと拭い、べろっと舐める。うーん、薄味。
もう一回スプーンで掬い口元に持って行くと、オリヴァーは機嫌を損ねたようで食べようとしない。
「だだー」
おお、隣でユージンがぱかっと口あけてら。くれてやろ。
「オリヴァー食べないの? もうお腹いっぱい?」
「や」
「お腹減ってると眠りづらいでしょ~が」
言える言葉が少ないからって、こいつら大体「だだ」と「や」だけでなんでもしてもらえると思ってるんだから……。
俺はオリヴァーの食べようとしない口元に手をのばして、口を開けさせる。そこにスプーンをぶち込もうとしたが、先に俺の指を食われた。歯がないので痛くはないが、やめさせようと指を引き抜く。
これは俺の魔力を食おうとしていたのだ。
最近のオリヴァーは物質的な食事ではなく、魔力を摂取するとことに味をしめた。
自身の体内で生成される魔力より、慣らされた俺の魔力の方が心地よいと言う思い込みのせいなので、本来俺の魔力をとったところであまり意味がない。そもそも身体が人間に近いので、過ぎたる魔力は持て余し、その肉体が脆くなるという悪循環だ。
いっそのことオリヴァーの魔力をユージンに循環させてやるのが一番良いんだが。そう思って手を繋がせてみたけど、二人はまだよくわからないようできょとんとする。
それでも他人に触れられるよりはマシとオリヴァーが認識しているので、ユージンは受け皿としてもってこいだ。

まあ、魔力の使い方はもう少し大きくなってからにして、今はやっぱりまだ人間の赤ん坊同然、肉体を育てるべきである。
俺はもう一度、オリヴァーの口に離乳食をつっこんだ。すぐに吐かれた。



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生活環境はめためたに捏造です。
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Sep. 2025

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