DADDY - Red Eyes 04
少し前、シャロンには来年から通えるプレスクールに行くのはどうか、という話をされた。調べてみたら、日本で言う幼稚園みたいなものだった。確かに多くの人間、特に同年代と関わり合うにはもってこいだ。これから先、社会に馴染むためには人に囲まれて過ごす必要がある。それは幼いうちに慣れた方が良いだろう。言語や思考力、社交性というのは家でだけで養えるものではない。
でも、まだ力が安定しているわけではないというのが懸念の一つだ。
ジーンはまだ見えるものを受け入れきれてないし、ナルは魔力を一人で調節できない。子育てをする前の俺は、よくこいつらを母親に丸投げしようと思ったな……。
公園でころころ遊んでる二つの影を遠目に見ながら、温い息を吐き出した。
冷気のせいで吐息は湯立つように白くけぶる。
「あまり遠くへいくんじゃないよー」
声をかけると、おそらくジーンであろう影が手を挙げた。ナルはあきらかに乗り気ではなくて、ただ突っ立っているだけ。それでも俺のそばにひっついて暖を取らないあたりは、ジーンに付き合ってる方だ。俺が、遊んできなさいって放り出したからでもあるだろう。
さて、再び物思いに耽る。
双子が賢いのは、種族柄知能が高いからか、人としての才能か。どちらにせよ、同年代の子供よりは群を抜いて利口だ。とはいえ性格や発言はけして大人びているわけではないので、気味が悪いといわれることもないはずだ。
そのうち、人間社会での身の振り方は学んでいくだろう。───そこで再び、社会にどう馴染ませていくか問題に引き返す。
「や、プレスクールはまだ早いな」
思わずひとりごちた。
多くの人に囲まれる場所にいくには、やっぱりまだ『力』の面が不安だ。
せめてナルとジーン二人で力の循環を完結できるようになるまでは、野放しに出来ない。他の子供たちに害が生じるおそれもある。
今現在、短時間シャロンに預ける際は、事前に俺が力を封じるので問題ないが、ゆくゆくはそういう枷もなく自分でコントロールできるようになってほしい。
そう思うと、訓練させてから人の群れに放り込みたい。───よし、きまった。
「そろそろ帰るよ───って、アレ?」
気づけば付近に双子の姿はなかった。公園と言っても遊具のないだだ広い高原なので、あまりにも殺風景な景色が広がっている。
ナルとジーンの名を呼びかけ周囲を見渡してみても、出てこない。これまで、俺の声が届かなくなる場所にいくことはなかったはずなのに。
ナルが俺から離れるのを嫌うのはそもそもだが、ジーンだって怖いものがくるのを恐れて、常に俺の見える場所にいたがる。
身体中に逆毛が立つようなざわめきが沸き起こった。
本能的に危険を感じて警戒態勢に入る。特に背中が熱いのは、翼を広げたからだ。
周囲に人はおらず、俺はさっと飛び立ちながら空中で本性の鳥の姿をとる。こうすれば、万が一下に人がいてもその目には映らない。
ピィ───…… ピィ───……
警笛のような鳴き声を響かせた。威嚇でもあり、呼び声でもあった。
ジーンとナルがこの音を聞いて俺だと判別することはなくても、本能で仲間に呼ばれていると理解できるかもしれない。
冬の日の入りは早く、すぐに周囲は暗くなった。すると当然のことながら周辺が見えづらくなるのだが、そもそも近くにいればナルの魔力くらいならすぐに見つけられるはず。
それが出来ないと言うことは、とんでもなく遠い場所に行ったということになる。安全の為二人に付与していた俺の術式があれば感知できるのだが、それは成長と共に恒常的ではなくなっていたことが悔やまれた。
二歳の子供が二人、ほんの数十秒目を離したすきに消えたとなれば、何らかの要因があるはずだ。例えば、ナルとジーンの魔力や魂に目を付けた低級霊たちとか───。
そうして空中から探し回ること数分。大人の足でも行くのは困難な山の頂上付近に、双子の魔力の光があった。面倒なことにその場所は、魔族が良く出入りする廃ホテルが聳えたっている。
翼が音を立てて風を押し退け、一直線に飛んでいく。ホテルの庭にある大きな迷路の中に双子を見つけた。
再び鳴き声を響かせながら、風の轟音を切り裂いた。双子を見下ろす"人影"に、勢いよく突撃をかました。ナルとジーンがいるので、人の姿に戻ってからだ。
「でぇい!」
ギャッといいながら転がって雪を舞い上げるのは、いつぞや会った兄だった。
兄がさっきまでいた場所の足元には、丸まってる小さなかたまりが二つ。ジーンとナルが蹲っていた。
二人は俺が兄を蹴り飛ばす時の衝撃で、ぴぃっと喉から引き攣った声を出したが、俺に気づいて色を失った小さな唇を震わせる。
「だでぃ……」
消えてしまいそうな微かな声だが、二人はそれぞれ俺を呼ぶ。
「寒かったろう、迎えに来たよ」
二人はくちゃりと顔をゆがめた。大泣き待ったなしの状況だが、今は体力も気力も枯れているようで、それすらできないらしい。ただただ両手を伸ばして来るので、抱き上げる。
そして雪を払って、身だしなみを整える兄を振り返った。
「なんであなたがここにいるんですか?」
「お兄様に対して、冷たいなあ」
兄は鷹揚に笑った。近づいてきて、俺にスキンシップをとろうとしたが双子を抱いているので拒否をする。すると肩を竦め、やれやれと首を振った。
「その子らを助けてやったのは僕なのに」
「はあ?」
曰く、双子は魔物に拐かされてここまで来ていたようだ。隙を見て何とか逃げ出したが、この迷路に迷い込んだ。それに気づいた兄が、魔物を追い払って仕置きしておいたと。
どうやらその魔物は兄の眷属だったようで、双子を兄に会わせようと思ったとかなんとか。……得意げに言ってるけど、巡り巡って全部兄のせいじゃない?
俺は双子をコートに包み直しながら温め、深くため息を吐いた。そんな俺の様子を兄はしげしげとみて来る。
「可愛がってるんだな。僕だけじゃなくておまえのにおいがするから、おまえの子なのかと思ったほどだ」
「さようで」
「僕とお前の子ってことに、なるのかな?」
「ヤメテ」
俺に対してポッと頬を赤らめるな。余りのことに悪寒がして、鳥肌が立った。本性が鳥だけに。今更我が子だと思うくらいなら、人間の女の腹から産まれた時に、そうしていてくれ───。
兄との綱渡りの様な会合は、なんとか穏便に終わった。
たまには実家に顔を出せという毎度お決まり文句を言いながら、月の上る方角へと飛んでいくのを見送り、胸をなでおろす。
まあ人でなしとはいえ、兄は他者を害する行為に興味はないが……。
「くちっ」
「ぷしゅ」
ふいに、胸元で小さな音が爆ぜる。双子のくしゃみだった。
「ごめん、寒かったな」
「んん」
「だでぃ、かえりたい」
ジーンは首をふり、ナルは眠たげに目を擦る。
俺の魔力の影響で今は寒くないようだが、すごく疲れているみたいだ。それもそうだろう、ここへは物理的に飛んでこられたのか、空間転移に巻き込まれたのかは不明だがどちらにせよ幼い子供二人の体力と気力はかなり削られるはずだ。
「そうだな、帰ろう」
いいながら俺は人の形のまま翼だけを広げる。
双子は驚く元気もないのか、ぼんやりと腕の中で空を見ていた。
翼が羽ばたく音は、きっと風の音に隠れてしまうだろう。そしてこの日にあった出来事も、現実離れしすぎていて夢だと思うことだろう。
その夜から、双子は揃って熱を出した。
俺が離れるとぴぃぴぃ鳴き、飯も口に突っ込まないと食わず、まるで生まれたての雛鳥に逆戻りしたみたい。
どうせ、ちょっとやそっとのことじゃこの双子を害することはできないと高をくくっていた俺の油断もある。罪滅ぼしの為に卵を温めるかのごとく添い続けた。
そうしているうちに気づいたのだが、ナルとジーンの間に魔力が行き来する繋がりが出来ていた。
細い金の糸のようなものが二人の手首を繋ぎ、微弱ながらに魔力が循環している。
まだ意識しては出来ないみたいだけど、体調がよくなったら訓練をさせてもいいかもしれない、と気持ちが逸る。
金の糸に小指を絡めて遊びながら、俺の魔力をそこに流そうとして───やめた。これは二人の純粋な絆として、無粋な真似はよそう。
俺はいつもどおり真っ白な額に唇をおしつけ、身体が楽になるようにだけ、魔力を吹き込んだ。
寝込んだ後の双子は、寝込む前より元気になった。これも、二人の間に出来た繋がりのおかげもあるんじゃないだろうか。
季節が春になると、俺はナルとジーンに少しずつ魔力の受け渡しの方法を教えることにした。
俺は手本として目に見える形にすべく炎を灯して見せるが、双子はそこまでは出来ず、白い光が少し出る程度だ。それでも人にはできないことなので、家の外ではやってはいけないと言い聞かせた。
外に出るときは基本俺が力を封じているけれど、将来的には外すし、二人には自分たちが普通とは違うということを少しずつ教えて行かなければならないからだ。
「さあ二人とも、自分の体の中にある熱の色を答えて」
俺は力を自覚させるため、二人に色を問う。
厳密にいえば、色など気分によって様々、そして変えようと思えば変えられるのだが、子供のうちは強い意思を持った方が良いだろう、とあえて決めさせた。
二人は揃って「あか」と答えた。
next.
ホテルは1話でも軽く登場した、わかる人にはわかるアレ。
姉妹と廊下で対面してほし~~~。笑
お兄様を書くのが楽しい。今後もちらちら出ます。
Sep. 2025