DADDY - Red Eyes 05
ナルとジーンの間に繋がりができ、力の使い方を教えて数年。五歳の時に初めて二人で魔力を練ることに成功した。人気のない山の中で、俺の監修のもと撃ち出したのはさながらビームのような光の柱。当たった岩にはヒビが入り、間をおいて砕け散った。砂塵がぶわりと舞いあがり、こちらに風圧や破片が押し寄せてくるのは、俺の魔力で幕を張って防御した。二人は勢いに慄いて、ぺちょ……と尻餅をついて吃驚していた。
俺にとってはさほど驚く威力でもなかったが、二人にとっては違うのだろう。
すぐにこれは自分たちの身に余る力だと理解したし、身を守るためにも熱心に訓練に及んだ。その際一度ナルが一人で力を使ってしまって、身体が壊れそうにもなったこともあったが、俺が処置をして事なきを得た。
高い勉強代を支払ったナルはそれ以降、更に注意深くなり、ジーンもナルに一人で力を使わせてはならないと、心に刻んだ。
ナルはそのほかにも、魔力の開花によって出来ることが増えた。
それが真実を悟る権能だ。魔族は人の心を読み、嘘を見破り、記憶を覗く。ナルは人に対しては上手く発動できないが、物体を通して持ち主や先に触れた人間の思念を読み取ることが出来るようになった。
ジーンはいわずもがな霊魂などが知覚でき、今では慣れと対処法を学んだ。
これらの双子の能力は全て、魔族の能力のほんの一部分でしかないが、人間社会では異常とみられることになる。
そこで俺がしたのは、この能力を人間社会風に言い換えることだ。───『霊視』、『サイコキネシス』『ESP』『テレパシー』これらの用語は、心理学の一部である超心理学から持ってきた。
社会的少数者ではあるけれど、能力者というものは存在する。そしてそれを研究する機関もある。学問的にも確立されていて、本人たちも学びやすいだろうと思った。
同じ風にして、魔術も学問と関りがないわけではなかったが、あれはあくまで人が魔族を崇拝して力を借りる術であるので、魔族の血を引く者とは前提が違った。
なにより、渦中に身を投じて素性を知られるのは避けたい。
ナルとジーンが生まれるよりもずっと前のことだが、一時期興味のある事を学ぶ為に人のふりをしてカレッジに通っていたことがあり、その際ある男と出会った。カレッジそのものは別だったが、付近に複数のカレッジが密集していた為に学生が多くいる地域だった。
その男は西洋魔術やオカルティズムに傾倒しているらしいと周囲から聞いて、興味本位で俺の方から近づいた。
魔族はその気になれば人に魅了することができ、彼の精神は力への陶酔に浸っていたため容易く仲良くなることはできた。なんなら俺が魔族であるとまで仄めかした。ちょっと研究対象になったり、ちょっと崇められてみようと思っていたのだけど、ふたを開けてみたらその男は、麻薬の服用や性行為を絡めて魔術的儀式に耽る、中々にパンチの効いたヤツだった。
俺のあずかり知らぬところでやるなら止めはしないが、俺との性行為まで望まれたので、それを皮切りに距離を置いた。───もちろんその際、俺の記憶は消した。
というわけで、俺は魔術に関心を持つ人とは、一定の距離を保つことに決めている。
ナルとジーンにはしかるべき時に自分の正体は知ってもらうが、俺と同様、人間社会における魔術的なものと関わり合ってほしくない。
それは今、俺が大人として判断してやるべきことだと思った。
さて、前置きが長くなったが双子にはそろそろ、自立してもらおうと思っている。この自立というのはあくまで、俺に餌を与えられる状態からの自立だ。
理由の一つが母親の死である。彼女は、とうとうその命を燃やし尽くした。双子が八歳になるより少し前のことだった。
ある真夜中のこと。日に日に弱っていく身体から魂が剥がれはじめる兆しが見えた。俺はナルとジーンを起こして寝室へ連れて行き、母親を看取らせた。
元々人形みたいだった女の中身がとうとう空っぽになって、淡く光る魂が浮かび上がってきたその時、俺は掌を翳して呼び掛けた。───眷属になり、子を守護するか否かを選ばせた。女の意思は、否だった。
長く肉体に縛り付けられていた魂は自由を選んだのだ。双子も結局、母親への愛着は薄かったしそれで良いだろう。
「いけ」
俺は短く声をかけ、見送る。魂は窓ガラスすり抜け、星の彼方へと旅立っていく。
「───どこへいったの?」
魂の光を知覚していたのはどうやらジーンだけみたいで、目で追いかけた後俺に尋ねた。ナルにはよくわからなかったようだが、察してはいるようで黙っている。
「死者の魂が逝くべきところ。うんと明るい光の世界だ」
「なにか話してた」
敏いナルは俺の様子から、やり取りがあったことを指摘する。ジーンはさすがに会話を聞こえていなかったみたいなので、同じように興味深そうに俺の答えを待った。
「……この世に残るかって、聞いた」
「そんなこと、していいの?」
「良いも悪いも、誰かが決まりを作っていることじゃない」
「でも、悪霊になったり、辛い思いをしたりする」
俺のしていたことに二人は懐疑的だった。
自分で考え、意見を言う姿は成長した証拠で、俺の顔には笑みが浮かぶ。
「それでも、自分で選べる。ただし、力のある他人が決めることもできる」
「おじさんもそう?」
「ああ、ぼくならこの世に留めることも、あの世に送ることも可能だな。ジーンにはまだ留めることは出来ないよ」
「……別に、そんなことしたくない」
「そう?」
ジーンは拗ねたように、くちばしを作った。
俺は揶揄うように頭を撫でて、額を覆う髪をどかす。そうして口先を押し付けながら「そろそろ、おやすみ」と吹き込んだ。続いてナルにも同じようにして、二人を寝かせた。
時を同じくして、自立の理由でもあるもう一つ目が訪れる。兄だ。
いつも突然やって来ては、あまり良い事があったためしがない───が、今回は比較的穏やかな来訪だった。
これも夜中、双子が眠っている時間に静かにやってきた。本性の淡い金色の鳥の姿で、窓の向こうから特有の"聲"で報せ、俺を呼ぶ。
窓を開ければ桟に降り立ち、部屋の中に潜り込む。そうしてやっと人の形をとったあとに、挨拶を強請るように両腕を広げた。
今回は雛鳥を抱えてないので、拒否せずハグとキスをする。このスキンシップの仕方がどこか鳥っぽいと毎度思う。
「───……、」
そのまま近距離で言われた言葉には、少なからず動揺した。お母様が死んだそうだ。
え、と言葉を詰まらせたまま動かなかった俺に、兄は矢継ぎ早に言う。
「なるべく早く、帰ってきなさい」
有無を言わさぬ雰囲気だったが、俺も特に言うことはなかった。
顔が離れていく時間もないまま、もう一度別れのキスをして、兄が部屋から出ていくのを見送る。
窓の外に見える月は、燃えるように赤かった。
魔界へ帰るのが避けられない事態なので、俺はこちらでの弔いを終えた後ナルとジーンを一時的に孤児院へ預けることにした。しかしそれはあくまで急ごしらえの環境で、併設の教会に寄付をすれば、それなりの待遇を受けられると思って放り込んだ。
双子は急な展開に言葉も出ないようだったが、あまり説明している時間がなかった。
「すこしだけ」───そんな風に、言葉を濁して半年。二人の八歳の誕生日には間に合わず、ささやかなプレゼントとメッセージカードを送るしかできなかった。
やっとのことで、環境が整ったのはそれから一カ月後。
二人に、イギリス人のデイヴィス夫妻を紹介することになった。
「お前たちを彼らの養子に出すことにした」
俺が目を付けたのはイギリスにある心霊現象研究協会だ。二人の能力を人間社会に馴染ませるにはもってこいの集団だと思った。
そこで人脈を使って学会の関係者とコンタクトを取り、ナルとジーンのことを話して聞かせ、養子をとれる人間を紹介してもらった。
それがマーティン・デイヴィス。ケンブリッジにあるカレッジのひとつで法学分野で教鞭をとる一方、超心理学の研究をしている。SPRとも縁深い人間であり、妻との間に子はない。
俺が二人の能力と生い立ちを話すと、是非養子にしたいと頷いてくれた。彼らが心から二人の境遇を憐み、善性を持って言っていることはわかったので、二人を任せられると決意した。
そうして大人たちは入念な準備をしてきたわけだが、ナルとジーンには突然の宣告だった。孤児院に預けた時も大概説明不足だったが、今回も少し急いでしまった自覚はある。
「も、もうあえないの?」
「そんなことない、毎年誕生日には会いに来ると約束する」
しおれたジーンの力ない手を握って、温もりを与えた。
「ぼくが手のかかる子だから……」
「まさか。───だれだ、そんな言葉をお前に教えたのは?」
俯くナルの顔を上げさせ、その発言の根源を探る。
確かに孤児院にはナルの扱いは特に気を使うよう言いつけた。でもそれなりの寄付金を出したし、ほんの半年間、いざとなれば俺が飛んでくる準備もしていた。それなのに誰かがそんな心無い話をしたのだ。
「おじさんが、ぼくたちを育てるのはキトクだって」
「……」
「最初から、育てなければよかったのに」
「ナル……」
ナルの発言がどんどんエスカレートしていくのを、ジーンが困った顔で見た。それから俺を縋るように見る。怒らないで、本心じゃない、とそのつぶらな瞳で伝えて来るのが分かる。もちろん、怒るわけない。
「まだ、───まだ……」
感情を言葉で伝えるのが苦手なナルは、言い淀む。
結局諦めて、きゅっと口を結んだ。俯き、最後にぽそりと、悪態をつく。
「……ひとでなし……」
それはおそらくナルの最大限の罵倒だった。
俺が唯一二人の前で言った人を下げる場面───父親のことを「ひとでなし」と宣った発言から引用したのだろう。
本来ならあんな兄と一緒にされるのは傷つく、と否定に入るところなのだが、この時の俺は全くもって言い返せなかった。
なぜなら、俺がナルとジーンと一緒に居られないのは、「ひとでなし」だからだ。
next.
主人公の一人称、口に出す時に「ぼく」なのは、ナルとジーンが真似するから。
Sep. 2025