DADDY - Red Eyes 07
ナルの「ひとでなし」は日本語だったので、デイヴィス夫妻にはわからないようだった。けれど言葉を吐いた後にナルがあまりにも真っ青になって、後悔するように拳を強く握り締めて耐える様子が不憫で、おそらく俺を傷つけようとする言葉を放ったというのは目に見えていただろう。
「ダディ……」
極めつけは、ジーンがナルを庇うように俺に呼び掛けたこと。
大丈夫だと頷いて、二人に視線を合わせるように膝をつく。
「大人の都合で振り回してごめんな、二人とも」
特にナルにとって、俺の存在は生まれた時から命綱のようだった。年々自分で出来る事を増やし、ジーンと繋がりを作ったとはいえ不安になって当たり前だ。
「君たちには、会話が必要だ」
マーティンがそう言うと、ルエラも頷く。そして、俺たちに話し合いを促した。
ナルの血の気の失せた顔も心配なので、俺は夫妻に詫びてから二人を抱え上げる。そして普段過ごしている部屋に移り、二つあるベッドのうちのひとつに腰掛けた。
二人はずっと、俺の服を掴んで離さない。
「実は、しばらく実家に帰らなければならなくなった───母が、亡くなってさ」
そう切り出すと、二人はぴくりと身体を震わせた。
彼らにとって、実家イコール実父という方程式があるだろう。父親には関心こそないみたいだけど、苦手意識はある。
まあ、生まれてすぐの自分たちと母を捨ててどこかへ行った男を、快く思うわけがない。その上俺も、実父とは関わり合いにならない方が身のためだと教え込んでしまった。
「お前たちには、今まで実家の話をしたことがなかったな」
「うん、……どこ、遠い?」
ジーンが聞き返してくる。ナルはずっと黙っているが、話は聞いている態度だ。
実家の場所は、すごく辺鄙で、気候も悪い所だと教えた。
「それでうちの家系、実はそこそこ階級が高くて。貴族といえばわかるかな」
二人はぎこちなく頷いた。まだ人生経験も浅い二人にとっては、昔話に出てくるようなものが想像されるかもしれないが、案外的を射ている雰囲気かもしれない。
「家には特殊なしきたりがある。母も、死んだらそれで終わりというわけにいかず───後継を育てなければならないんだ」
その手続きが下手したら何年もかかると伝えれば、おのずと自分たちはついて行けないと理解して沈んだ。
俺の実家と名のつく、父の匂いのする場所には寄り付くべきではない、と本能的にわかっている。
「ペンダント、あげただろう?」
俺はそう言いながら、自分の目の下の頬骨を軽く叩く。まさにこの色の、と示唆をすれば二人はもぞもぞ動き出し服の中からペンダントを出した。すぐに、ナルが何かに気づいたように俺と石を交互に見た。きっと魔力の波動や熱を感じるのだろう。
「この石には俺のまじないがかかっている。それがある限り俺は、お前たちを護り、抑え、視ている。養子に出したからと言って縁を切る気はないよ」
「……僕がこれを読んだら、また気づく?」
「実家はかなり遠い所だから、難しいと思う」
ナルは以前その石に込められた俺の魔力を辿ったことから、目の色を変えて尋ねて来る。しかし魔界にはあらゆる魔力が渦巻き、次元すらも違うので、ナル程度の力ではたどり着けないだろう。
一方、ジーンは飾りを両手に包んだ後、顔を近づけて中を覗き込む。
「火が、燃えてるみたい───。これ、なんていう石?」
「うーん、レッド・アイ?」
「そんな名前の石、聞いたことない」
それはそうだ。この石は俺の魔力の結晶だもん。
研究熱心な二人の気分が持ち直したところで、俺は二人の背すじを伸ばすように撫でた。自然と、脚の上に乗っていた二人の体重が移動する。
「いいか? これから先、自分たちがいかに人と違うかを、今よりもっと多く感じることになる」
「……うん」
返事をしたのはどちらだかわからないが、俺は続けた。
「他人はお前たちの意思にかかわらず、勝手に近づいてきたり、離れていったりもする」
ジーンが想像したみたいで、きゅっと俺の服を握る。ナルはため息をひとつだ。
「だからといって、けしてお前たち自身が揺らぐ必要はない。お前たちにはこのダディがついてるからな」
二人の能力は、良い意味でも悪い意味でも人の目につく。しかしそのことで、二人が気を揉むことはないように言い聞かせた。
人間社会に溶け込む必要はあるが、人間と同等にはならなくていい。その上でどう自由に羽ばたくか、身をもって学ぶのが俺の狙いだ。
「愛してるよ、オリヴァー。愛してる、ユージン」
俺は二人の目を順に見ながら、直接まじないをかけた。
古くから伝わる、最も純粋で、簡単なまじないと言っても良い。魔力など必要ない、それこそ人間でも出来てしまう───言霊だ。
命令や願いではないけれど、そうじゃないからこそ無限大の護りが二人の行く先を照らすだろう。
デイヴィス夫妻の住むイギリスへいくのは、その日から一週間後ということになった。
俺が送り届ける為、夫妻は二人が来るのを心待ちにしていると言って帰国した。一方俺たちは孤児院を出て、前に住んでいた家に戻った。
二人はボストンバッグ一つずつで出てきたので、家の整理もしてしまうつもりだ。
既にある程度荷物を片づけていたが、二人の私物はほとんど手をつけていなかった。子供のコレクションへのこだわりは、よくわからないもので。
車から降りたナルは、かつて住んでいたアパートをぼんやりとした様子で見上げていた。どうしたのかと近づいた俺に気づいたナルは、ゆっくりと目線を寄越して「ここ、どうなる?」と聞いてきた。
ここは彼らの死んだ母親が借りていた部屋ではあったが、家賃の支払いは俺がしていた。しかし今後、俺は魔界に行かなければならないし、二人はイギリスに住むことになる為この家は不要になる。
「手放そうと思っているけど」
俺の返答に双子はふうん、と短く頷く。家が無くなるのは寂しいだろうか。
簡単に遊びに来られる距離ではないが、思い入れがあるのなら援助をするけれど。
「お前たちが大きくなるまで、維持しておこうか?」
部屋までの階段を先に行く二人の背にそう投げかけると、鏡合わせのような動作で振り返った。その後無言で、互いを見つめ合う。
「おじさんは」
言いかけて一度言葉を止めたのはジーンだ。
ほんの数秒程、ためらうような沈黙を挟んで再び口は開かれる。
「また、一緒に暮らせる日がくる?」
俺は思わず目を見開た。
縁を切るわけではないと言ったのは俺だが、養子になるというのは簡単な関係ではなく、今の二人の親はデイヴィス夫妻だ。そのことをあまり理解していないのか、それさえも構わず俺と一緒に住みたいのか、今考えていることまではわからず戸惑った。
親鳥の巣の中で生きていた、雛鳥みたいな子供たち。大きくなったら、自分の翼で飛べるようになったら、果たしてこの巣に戻って来るだろうか。いや、きっと二人の価値観は変わっているはずだ。
これから二人を取り巻く環境に、俺の影響はほとんど及ばない。俺の手から離れた瞬間から、それはもう俺の知らない部分が出来ると言うことだ。
いつまで、俺のかわいい雛鳥でいてくれるかな。
まろい頬を撫で擦って、この手触りも味わい収めかと心の中で惜しむ。
流れる時間の早さが違うから、二人が大きくなるのもすぐのこと。俺にはまばたきする間の出来事。
それでもこの八年は、永く生きてきた俺ですら濃密と思える時間だった。
「そうだな───大きくなって、お前たちがそうしたいと思ったなら良いよ」
二人にとっての久しぶりの家は、落ち着く暇もなく毎日慌ただしい日々だった。
この家は結局、家賃が勿体ないから引き払ってしまって良いみたいで、家を空っぽにしなければならなかったのだ。
最終日は向かいの部屋のシャロンとも別れを済ませ、街をドライブがてら一周した。
時折俺が連れてきた広い公園には最後に寄ったが、車を出た途端俺の足元にへばりついて離れない。寒いからだろう。
「自分たちで身体を温めなさい」
「「いやだ」」
魔力を使って温度を上げる方法は既に教えたはずなので、二人の頭をくりくりと回したが全身全霊で拒否された。甘えてんだな。
上から見下ろす二人のふっくらとした頬の丸みが、冷えて赤らんでるのを目にすると俺も突き放せなくなる。
どうせ明日から物理的に距離が出来るので、いいか、とため息を吐いて周囲の温度を上げた。ぬくみに気づいた二人はぱっと顔を上げる。
「大きくなれよ、二人とも」
「……」
「おじさんよりなるよ!」
ナルはどうだろう、みたいな顔して目を反らしたがジーンは意気揚々と答えた。
いや、それは許さんぞ……。
next.
人外は愛情が分からないまたははき違えているのが醍醐味だったけど、今作は比較的純粋で愛情深い人外になります。
Oct. 2025