I am.


DADDY - Red Eyes 08

(ジーン視点)

眠りの洞に潜り込もうとすると、途端に暗闇が怖くなる子供だった。
手足が冷たくなって、急に神経がざわつく。聞こえるはずのない音がし始めて、それは次第に耳元に集るような煩わしさを生み出した。そんな時、不思議なメロディが降り注ぐ。
叔父が僕とナルを寝かしつける時、稀に聴かせる"うた"だ。何度聞いても、言葉を理解できなくて、覚えられない。
だけどこの、いつもしゃべる時より高い、甘やかすような叔父の歌う声が、好きだった。
あとは体温が高いところ、僕たちの身繕いをするように撫でまわすところ、瞳の色が燃える炎みたいに神秘的ところが好き。
ある日の寝かしつけで、たちまち優しい暗やみに落ちていくところを、薄目を開けて堪えたことがあった。星明りが微かに差し込む部屋の中でも、いっとうの輝きを持つのはやっぱり彼の燃えるような緋色の目。睫毛を染めて頬を照らす光景は、冬の雪山の影から現れる朝の光のように美しかった。

───ダディ。
寝ぼけて呼ぶ、自分の声で目が覚める。
いつの間にか朝が来ていて、ベッドサイドテーブルにあるオルゴールが鳴っていた。寝かしつけられる夢を見ていたのは、どうやらこれのせいらしい。
不思議なことに、今まで叔父が僕を撫でていたような気配を感じる。
「やっと起きた」
投げかけられた声に気づいて顔を動かすと、部屋のドアのところにナルが立っていた。
「これ、かけてくれたのナル?」
「いや」
僕はオルゴールの蓋を閉じ、箱を持って軽く揺らす。
閉めると音が止むタイプのものなので、ナルが否定してしまえば誰もこのオルゴールを鳴らせるはずがない。と、普通なら思うところだけど、心当たりはあった。
僕はベッドサイドテーブルにおいてあったペンダントを手に取った。紐の先に揺れる石を見て自然と笑う。
「おはよう、叔父さん」
本当かどうかはわからないけど、彼の仕業な気がする。翻った石がきらりと光った。



「───元気にしているかな」
「そろそろ会いに来るころだ」

学校へ行く時、僕が誰とは言わずに零した話題に、ナルは迷いなく受け答えた。
バスの中で本を読んでいるので普段なら疎ましがられるところだけど、叔父の話題に関してはナルもいくらか饒舌だ。
そろそろ会いに来るというのは、僕たちの誕生日が近いことを意味している。養子に出されてからも唯一叔父との繋がりを持てる特別な日が誕生日だった。
「去年みたいなことに、ならないといいけど」
思った以上に落ち込んだ声が出たのは、去年の十二歳の誕生日、叔父は体調を崩したと言って会いにこられなかったからだ。
当日じゃなくても良いのに、それ以降の連絡もくれなかった。養父母に何度も叔父からの連絡はないかと聞いたけど、困ったように首を振るだけ。結局三カ月くらい経ってようやく、言い訳の手紙が届いた。
そこには体調を崩して長らく臥せっていたこと、今では全快であること、次の誕生日には倍祝う───そんな内容が書かれていたっけ。
僕たちは叔父が体調を崩した所なんて見たことがなかったので、本当に驚いた。だけど養父母は大人でもそう言うことがあると言う。
きっと今までは僕たちにその姿を見せまいとしていたのだろうと。
たしかに、僕らと暮らしていた時、彼が弱った姿を見ていたらどうなっていたことか。きっと影響を受けて死ぬほど不安になっていたに違いない。去年だって、このまま会えなくなったらどうしようと思った。僕たちにとって叔父はそれほどまでに"偉大"だ。
「もし───今年も約束を破ったら、承知しない」
「そうだね、叶えられないくらい、我儘いってやろう」
ナルの横顔があまりに真剣だったので、僕もつられて意気込み服の上からペンダントの飾りを握って揺らした。
叔父の瞳を模したようなこの石は、不思議と叔父とのつながりを感じさせるから、もしかしたら今の僕たちの会話が届くかもしれない。そんなことを思いながら、自然と笑みがこぼれた。


学校が終わった後、ナルと僕は訓練のために大学の研究室を訪ねる予定になっていた。
訓練というのは、主にナルの力をコントロールするためのもの。幼いころから叔父には教え込まれてきたつもりだけれど、回数を重ねなければ身体に定着しない。その為養子になる時、叔父と養父の間でナルと僕には訓練を受けさせるよう取り計らわれていたらしい。
そうして養父の紹介と、叔父のお墨付きで僕らに紹介されたのがリンだ。彼は養父の教え子でもあり、道士となるべく修行を積んだ身で気功法についても熟知している。
身体が纏うエネルギーの活用方法として、気功法のスタイルを身に着けるというのは確かに理にかなっているだろう。

部屋に入ると、いつもなら先にいて勉強や課題などに取り組んでいる彼がこの日はいない。講義があって遅れる場合などは必ず誰かに伝言を残し、僕らに伝わるようにしていたのに、珍しいこともあるんだな。
そう思いつつナルと僕は、適当に時間を潰すことにして部屋で待った。十分もすれば、廊下から足音がし始める。
「きたかな」
「、───……!」
ドアに近い方にいたナルに問えば、頷いた。けれど何か他にも気になることがあるみたいで、急に立ち上がる。
そんな背中を見上げながら僕は首を傾げた。ナルの身体で見えなかったドアが丁度見えるようになって、開かれたのは同時のこと。背の高いリンが少し身を屈めて入ってきた。
「お待たせしました、来客があって」
丁寧な言葉遣いのリン。彼は後ろを気にするように振り返り、誰かを部屋に招き入れる。
それが誰なのか分かった途端に、僕もナル同様に立ちあがった。

「ダディ……」

僕とナルの声が重なる。二人して、うんと小さいころに戻ったみたいに呼んでしまった。
「や、俺の雛鳥たち」
笑う叔父の顔は、二年前に見た時と何も変わっていない。僕たちを雛鳥と言うところもそう。手を広げる仕草も同じだ。
僕とナルは身体に染みついた癖で、ぬくもりを求めるようにその懐に吸い込まれていく。
くくっと喉を鳴らす叔父を見上げた。
胴体に腕を巻き付けて、顎を彼の胸にぶつけて待っているとキスが落ちて来る。
彼のキスはいつも音を立てず、唇で僕たちの肌を食むのが特徴だ。時には啄んだり吸ったりして音を立てることもあるけれど、僕はこっちのほうが好き。
「なんでいるの?」
「連絡もなかった」
「うちに泊まる?」
「何日いる?」
挨拶の後、矢継ぎ早に問いかけると叔父は笑いながら僕らの肩を叩いた。落ち着けという意味だろうけど、僕らは離れなかった。
「連絡しなかったのはごめん。三日くらいいるよ。今日の夜はお前たちの家に泊めてもらう約束だ」
「今日だけ? 明日と明後日は」
「ホテルをとってある」
「ずっとうちの泊まればいいのに」
「───今日は普段のお前たちの訓練を見に来たんだ、ねえ、リン先生?」
叔父が促すように顔を向けたのはリンだ。話が尽きない僕たちに、少し居心地悪そうにしていた。
「二人とも、どれだけ成長したか見せてごらん」
僕とナルはようやく彼から離れ、促されるままにリンの前に並んだ。そしていつも通りの訓練が始まった。



その日の夜、叔父の宣言通り彼は家に泊まることになっており、養父母と食事をしながら近況を聞かせてくれた。
どうやら実家でのことは片付いたけど、しばらく仕事が立て込むそうで、今は日本に拠点があるらしい。初めて具体的な地名が出てきたので僕とナルは興味が沸いたけど、そう言えば彼は僕らを育てる前は、日本で仕事をしていたのだったと思い出す。
それだけではなく、話はかつて叔父がイギリスにいたことまで話題になった。叔父は養父が今教鞭をとっているカレッジの卒業生でもあったらしい。これは初めて聞く話だ。

歳を追うごとに、僕たちは叔父について、何も知らないことを実感する。
今までは叔父から与えられることが全てだった。それは世話や愛情だけではなく、叔父自身の話についてもそうだ。
自分から尋ねることもあったけど、それは力の使い方やもっと身近な話ばかりになってしまって、彼の生まれた国、学生時代、仕事、日本での暮らし、年齢なんてものも知らない。
そして何より、僕たちは叔父の本当の名前すらわからず、呼ぶこともできないのだ。

……」
「んー?」

眠ってる僕の寝相を確認にきたらしい叔父の名を試すように口にする。これは本当の名前ではなくて、日本で過ごしやすい為の偽名だという。本当の名前は「カナリ長い」とのこと。
以前聞かせてもらったけど、聞いたそばから忘れていく───まったく知らない、馴染みのない響きだった。
叔父は僕の呼びかけに驚くことなく返事をしたけど、僕の捲れた背中の方が心配らしくて、ベッドに腰掛けて僕の背を撫でることに意識を割いている。
ふ、と何故か叔父の笑う声がした。なにか面白いことでもあったのかと思うけれど、叔父の手の温かさに意識がとろつき、はっきり考えたり喋ったりすることが出来ない。
ただ、僕は「うたって」と強請っていた。
懐かしい歌が始まると、今度こそ何も考えられなくなった。



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不意打ちだとダディて口にしちゃう、赤ちゃんに戻る双子、イイ。
俺の雛鳥たち♡という呼び方が好きです。
Oct. 2025

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