I am.


DADDY - Red Eyes 09

雛鳥の鳴く声がする。少し前まで育てていた人間の子供ではなく、紛れもなく同族の雛の鳴き声である。
口をめいっぱい開けた小さな雛鳥に、給餌をするように自分の嘴の先を差し出す。かぷかぷと食いついてくる雛はそのまま俺の魔力を吸い取り、自分の糧にし始めた。
「食欲旺盛だな」
兄がそう話しかけてくる。気を引くようにのしかかられたけど、俺は振り返りも返事もせず、目の前の雛に集中していた。
雛はまだ開くことのできないしわしわの目をぴくりと痙攣させる。音に反応したようだったけど、再度俺の嘴を探し始めた。
「あげすぎると、お前が倒れるんじゃないのか?」
「そんなに言うなら、兄貴も差し出せよ」
意地悪く身体をどかすと、兄は支えを失いよろめく。とはいえ転ぶことなどせず、ころころ笑っていた。「僕があげたって食わない」なんて言って。
兄のいうことはもっともで、俺たちの種族は生まれて初めてもらった魔力の宿主を親と認識し、しばらくはその親から与えられる魔力で育つ。
そして何故俺が雛鳥を育てているかというと、これはかつてお母様だった生命が、新しく生まれ直したからだった。


俺たちの一族は肉体的な寿命や死があるが、その存在は永遠に輪廻する。己の炎で死に灰となり、灰の中から生まれる火の鳥───または、不死鳥と呼ばれる種族だった。
雌雄はあるが差異はほとんどなく、多くの生命体のように夫婦になって子を成すこともない。ただ、番関係は存在し、親子として交互に育て合う。
だからお母様の死後生まれたこの子を育てる為に、兄は俺に帰郷を促しにきたのだった。
ちなみに番以外の同族のことはすべからく兄弟という認識だ。だからまあ、不死鳥族的に言うと、あの双子は俺の甥ではなくて、息子であり番という関係に値するだろうけれど……あ、これって浮気か……?

「そういえば、あの子らはまだ生きているのか?」

ふいに、まるで心を読んだかのように、兄が話題を変える。生きていると答えると、臆面もなく笑って言い放った。
「人間の子の育児は大変だと聞くが、辛抱強いな、えらいぞ」
「こ、こいつ~~~~!」
苛立ちのあまり兄の頭に噛みついたが、兄は相変わらずほけほけと笑っていた。

自分たちの生命の循環を見ていると改めて思う。ナルとジーンが誕生したのって本当に奇跡だ。
母親の身体は何か特別な条件を持ってたのだろうか。兄が手を施したなら、おそらく卵子を受精卵にする過程だ。その後腹の中で育てるには、母体側が問題になる。もしかしたら兄が保護し続けていたのかもしれない。───なんて、知的好奇心が沸く。
とはいえ母親の身体を調べようにも、遺体は秘密裏に火葬してしまったのでその肉体はない。棺の中は灰しか残っておらず、魂は天の国へと辿り着いた。不死鳥ではない彼女は、あの灰から再生することはない。
彼女が日本人だからかもしれないが、今となってはなぜそうしたのかはわからない行動だった。それでも取り戻せるものは一つもないと分かっている。
俺はやがて仕方のないことを考えるのはやめた。



それから四年が経ち、雛鳥はすくすくと育って人型をとることができるようになった。肉体的にも精神的にも、その成長は人間より余程早い。俺から吸い取った魔力が一定数を越えれば、途端に成熟するのだ。
そんなわけで娘からは「パパ、育ててくれてありがとう」とお役御免を言い渡された。目頭がツンと熱を持ったので抑えたら、兄や姉たちに大笑いされた。

一方、ナルとジーンも娘ほどではないが大きくなっていた。
実際に会うのは誕生日を目安にしているが、以前二人に渡した俺の魔力の結晶があれば、周囲で今何が起きているのかを視ることが出来る。
現在の二人は十二歳。学校へ向かうバスの中でぼそぼそと話し合っており、俺が次の誕生日をすっぽかしたらめっちゃ怒ると息巻いていた。
「───やべ」
あれから、もう一年が経つんだっけ。
デイヴィス夫妻に引き取られる際、誕生日には会いに行くと約束していたけど、昨年の二人の誕生日は娘に魔力を吸いつくされて瀕死になるという珍事が発生した。死にかけた俺を救ったのもまた娘だったが、詳細は省く。
現在、育児からの解放によって、日本の家で羽を伸ばしていた俺は大慌てで窓から飛び出した。
翼で飛ぶよりももっと早い方法、その身を炎と変えることで空気中の酸素に乗ってイギリスに辿り着く。ナルとジーンはまだ授業中だった。
俺は二人に会いに行く前に、彼らの養父母へと連絡を入れることにする。
誕生日までは数日あるが、昨年の倍祝うと言ったので、その間二人を構いたいと打診した。夫妻は大いに喜び賛成してくれて、今日は皆で夕食を食べようと招待を受けた。


ナルとジーンの授業が終わる前、俺はマーティンと共にリンという男と対面した。
二人を預ける際、力をコントロールをする訓練を続けさせるように頼んでいたのだが、その監督指導を行うのが彼だった。
「実際に会うのは初めてだね」
一方的に話を見聞きしていたので、俺は手を差し出しながら気安くリンに挨拶をした。
彼は内心でマーティンから聞いていたのだろうと納得したようで、俺の握手にぎこちなくも応じる。
「彼はナルとジーンの叔父上だ」
「今は渋谷と名乗っているよ、よろしく」
「ということは、別の名が?」
「いくつかある。本名は長くて発音が困難なのもあるんだけど、名には呪がかけられやすいからね。信仰上の理由であまり他人には明かさないんだ」
これは嘘みたいで本当の話だ。名を教えるということは、自分への支配を赦すことを意味する。よほど信頼している間柄でなければ教えたりはしない。
よって、俺の名は身内しか知らない。双子も知っているうちに入るが、魔族の言語までは教えていないので発音が出来ないというのが現状だ。
ちなみに、出身地についても宗教と政治上の理由で地名はないと伝えると、リンは面食らったようだった。本名とルーツが不明の俺をどう認識したらよいか迷っているらしいが、懇切丁寧に俺がどういう存在なのかを説明する必要はない。それもまた俺への支配を赦すことになるからだ。
マーティンはすでに俺のそんなスタンスを信仰という言葉で包み込んで処理しているので、彼の右に倣っていただこう。


いよいよ双子の授業が終わるころ、マーティンはリンに俺を任せて次の授業へと向かった。リンはもう疑問を顔に出すのを止めたようで、俺を双子に会わせるという目的を果たすために案内を始めた。
しばらく歩いていると、チャペルの横を通りかかった。俺は懐かしさから自然と歩くスペースが遅くなる。
かつてこのカレッジに通っていた頃より、年季が入っているように見えるのは当たり前だろうな。
「以前は、こちらのカレッジ生だったとか」
「あ、うん、そう」
ふいにリンが俺の様子に気づいてそう話しかけてくる。
俺の唯一明らかになっている経歴は、マーティンやリンにゆかりのあるカレッジ出身ということだろう。学部は違うけど、なんか親近感がある。
「リンはクリスマスキャロルには参加したことがある?」
「いいえ、あまり興味がなく」
「そう、……そうだよな」
なんとなく話題をと思い、毎年このチャペルで行われる行事のことを聞いてみたが、何のとっかかりにもならずに撃沈。そういえば彼はクリスチャンではない。
何の中身もない話題に肩透かしを食らいながら、俺は言い訳をがましく口を開いた。
「俺のいたころは、そういうのがなかったんだ、あは」
「そうなんですか」
「………………アッ、俺も、行ってなかっただけだ、あは」
しかし話題を完全に間違えたことに気が付いて慌てて訂正した。
何故ならクリスマスキャロルが行われ始めたのは第一次世界大戦後だ。俺が通っていたのはそれ以前ということになってしまう。
幸いリンはイベントに興味がないので、いつから始まったことなんて知らないようで安堵した。以後、俺とリンはほとんど黙り込んだまま歩き続けた。


さて。久しぶりに会った俺の雛鳥たちはというと、俺が現れるなりぽかんとした顔で固まった。声をかけて手をひろげると、ようやく理解したのか、それとも本能なのか、俺の懐にもぐりこみにくる。娘があっさり巣立った後なので、愛しみがひとしお。
なんか俺って、子離れ出来ていないのかも。育児からの解放、とか言ってたくせに。
夜だって、ついナルとジーンがそれぞれ眠っている部屋をこっそり訪ねてしまった。
寒くなっていないか、悪夢を見せる魔物がちょっかいかけていないか、そんな些細なことが気になった。遠くにいたときは石を通して確認していたが、傍に居るとどうしても世話を焼いてしまう。
先に来たナルの部屋では、静かで穏やかな寝息が聞こえた。音を立てずに部屋の中に入り、なるべく振動も伝えないようにゆっくりとベッドに腰を下ろした。
重みによって沈んでしまったが、ナルは身じろぎをしただけで眠り続けている。
その様子を見ながら俺は、ベッドサイドにおいてあるペンダントを手に取った。
少しだけ魔力の補充をしておこうとすると、周囲には微かな熱風がそよいだ。
手の上で燃えるように形を変えた石はあわや部屋を明るく照らすところだったが、咄嗟に両手で覆い光を遮るのが間に合った。恐る恐るナルを見れば、まだ深い眠りの中にいる。
安堵して、俺の魔力の灯った石を元あった位置に戻した。

次に訪ねたのはジーンの部屋。ジーンは眠りにつくのが苦手だったので、起こしてしまう可能性はあった。
背中に触れたから当たり前かもしれないが、案の定うっすらと目を開ける。
……?」
「んー?」
呼びかけられたようだが、俺はめくれ上がったパジャマを直しながら返事をした。起こしてしまったことを詫びるほどでもない。どうせポンポンしてあげたらすぐに寝る。
それより俺は、無防備に生え出した羽をどうしまい込むかと考えていた。
眠っている間は特に出やすいというのは知っていたが、しばらく見ないうちに羽が少し大きくなったようだった。
「ふふ」
子供の成長を感じ、思わず笑みがこぼれる。
ジーンはいまだに自分の羽については無自覚で、歌を強請った後は容易く眠りに落ちた。
俺は再び、その背に羽をしまわせて、しばらくは出ないように封印しておくことにする。
この翼が本来の大きさに育つまではあと、ほんの少しだ。



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主人公は1895年頃にイギリスにいた設定。
Oct. 2025

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