DADDY - Red Eyes 10
マーティンがカメラを構え、その横にはルエラがいる。そんな夫妻の前に並んでいるのは俺と双子の三人。始まりは誰の言葉からだっただろうか。例年通り誕生日を祝いに来た俺は、何故か三人で写真を撮ることになっていた。あれよあれよという間に庭の日当たりの良いスポットに立たされ、二人が両脇に並び立つ。拒否する間もないまま、パシャりと一枚、姿をこの世に残された。───隙を見て、回収すべきかしら。
俺の本性は鳥だが、人型になる時にも容姿が固定される。それは年齢についてもそうで、自由に変えることができない。
不死鳥の寿命は、平均して五百年。生まれてから短期間のうちに急速に育ち、ある程度の大きさになると成長が止まりそのまま長い年月を過ごす。そして寿命が近づくと急激に老け込み、肉体がいよいよ朽ちる事を察した時、最後の力を振り絞って己の炎で身を焼くというのが常だ。
今の俺も、青年の姿のまま二百年程が過ぎた。俺はこの先二百年くらいは見た目が変わらないだろう。だから当然、これまでは写真等姿を残す行為は避けて生きてきた。
正直今こうして人と家族づきあいしているのも、かなりギリギリだ。ルエラやマーティンとは出会って八年、子供たちは十六年になる。後者にはいずれ本人たちの出生の話をするにしても、そろそろ歳を取らないのはおかしい、と言われるのも覚悟していた。
「そういえば二人とも、叔父さまより大きくなったんじゃないかしら」
え、ルエラ。指摘するのソッチ?
思ってもみなかった言葉に、声もなく固まった。返事を用意していなかったともいう。
マーティンは俺と並ぶ二人、それからカメラのモニタを見比べ、ハハと笑う。どっちだ、どっちなんだ。ぎりぎりと歯を食いしばり、両隣をしきりに見る。
あれ、たしかに二人とも、今や俺と目線がほとんど同じかも……。
「ほんとだ」
「そうか?」
ジーン、そしてナルが俺の頭上を見て言う。
「やだーっ」
顔を覆った後、はっと思い立つ。───兄、俺よりデカい。
だから多分、こいつらは兄に似て俺より大きい個体になるはず。いや、しかしこれまでの成長の仕方から見て、肉体は母親の遺伝だ……。ああでも、寝たきりだったから、身長はよく覚えていないんだよな。
「どうしてそんなにショックを受ける?」
ナルは心底不思議そうに首を傾げた。俺があまりにも萎れているからだ。
「ジーンが喜んでいるのと似た理由」
「??」
ナルはにこにこ顔のジーンを見てまた不思議そうにした。
なんとなく身体が大きくなるとうれしくて、誰かより小さいと思うと気になる。そんなもんだ、オトコってやつは。
「───だって、大きくなったら叔父さんと暮らす約束した」
ジーンの発言に場が一瞬しらけた。なんか、俺の思ってたのと違う。大きくなったらって、そう言うことじゃねえし……。
夫妻はその後笑ってくれたが、ナルは見当違いの方向で納得してしまった。
呆けている俺をよそに彼らは家の中に入っていくき、俺は否定だの弁明だのをする機会を逃した。
そして、そんな十六歳の誕生日が過ぎ去って数か月後、ジーンとナルが、日本に住む俺の家に突然やってきた。
インターホンが鳴らされて、ドアがあくなりそっくりな顔が二つ、それぞれ違う表情を浮かべてそこにいる。
一人はどこかの誰かさんみたいにハグの準備をして両手を開いた。
育てられてないのに似るのって、なんでなのかな。遺伝のせいか? でも俺の魔力の方が、いっぱいあげたのに……。
ハグとキスをされるがまま、俺は心の中でクスンと涙した。
「それで? まさか、今日からうちに住むとか言わないよな?」
とりあえず家の中に入れて、二人にそう尋ねる。ジーンはすぐに違うと返事をした。事前に言わなかったことについては、驚かせたかったとジーンは言うけれど、ナルは無言でつんとそっぽを向いている。来た時に思ったより歓迎されなかったから、拗ねているようだ。
今回二人が突然やってきたのは、主に霊媒として活躍しているジーンに入った依頼のためだった。まあ、そうでなければ、デイヴィス夫妻もさすがに止めるよな。
二週間の滞在にも関わらず、ホテルもとらず俺の家に泊まる気満々でやってきた二人は、養父母に俺に許可をとったと嘘を言ったらしい。どうせ俺が後になって許すことになるので、実質嘘ではないと言い張っている。
もちろん俺は、二人の目論見通り家を追い出すことはなかった。
現在の俺の住まいは郊外にある平屋の一軒家だ。双子を育てる前に住んでいたのは賃貸の共同住宅だったけれど、今回は羽を休めるためという名目で静かで広々とした場所にしたいと思って購入した。
周囲に家はなく、森の中にぽつんとあるような立地だが、車で三十分ほど走れば小さいが活気のある町があるので、さほど孤立はしていない。
そんな悠々自適な一人暮らしの家なので、二人くらいなら泊めるスペースはある。しかし食材や寝具などの用意はない。……だから事前に言ってくれれば、通販で適当に見繕っておけたのに……。
「買い物に行くけど、ついてくる子」
「ぼく」
「いかない」
ため息交じりに言いながら二人を振り返ると、ソファでくつろいだままそれぞれの反応を見せる。どちらがどう回答したのかは顔がみえなくとも判別がつく。
二人とも長時間移動をしてきた身なので疲れているだろうし、無理にとは言わない───と、言いたい所だったが布団を運ぶのは少々手がかかる。
なので「じゃあナルは叔父さんのベッドで一緒に寝るんだね?」と投げかければ、ナルは黙って立ち上がり家を出る準備をし始めた。
買い物から帰って来ると、二人はやっと解放されたとばかりに再びソファに身を沈めた。
昔は寛ぐのさえ俺の腕の中だった子供に自立心が芽生えたな、と流し見て荷物を片付け、早速食事の下ごしらえに移る。───料理をするのは、かなり久しぶりだ。俺は生命維持のために食事をする必要はないから。冷蔵庫には今日まで、酒とつまみしか入っていない。
これを二人に見られたらどんな顔をされるかわからん。イソイソ、と冷蔵庫に今使わない食材をしまい込んでいると、背後に人の気配がたった。
「───酒しかない」
「わ」
耳元でした、声変わりの始まった低い声に肩が震えた。
驚いたというより、バレた、という焦りの方が大きい。
振り向けばナルが、俺の肩越しに冷蔵庫を覗き込んでいる。
「人にはちゃんと食事をとれと言うくせに」
「ぼくは十分育ったからいいんだよ」
「僕より背が低いのに?」
「……」
生意気を言うナルの頭をがしっと掴んでかき混ぜる。
ナルは、ぎゅっと目を閉じた。その仕草に一瞬、怯えが見えた気がした。
やや強張った肩は、優しく頭を撫で直せば力が抜けていく。そのままゆっくり、ナルから手を離して掌をそのままにして様子を窺った。
ナルは俺が異変に気づいたことを察し、項垂れた。そのまま俺の手の中に頭を戻してきたので、肩に抱き寄せる。
ここ数年、俺は二人の様子を遠くから探らなくなった。だから何があったのかはわからないが『オリヴァー・デイヴィス』そして『ユージン・デイヴィス』の名声は海を越えて日本でも聞くほどだ。きっと色々、あるのだろう。
このまま心を見透かして記憶を読んでしまえば、ナルの苦痛や忌避するものを解明し取り除くことも出来るかもしれないが、一人の人間に成ろうとしている子に過干渉になるのもいただけない。揶揄うでもなく、ただ普通に尋ねた。
「やっぱり今日は、一緒にねるか?」
「いい」
ナルは気分を害した風ではなかったが、それでも気恥ずかしいのか、首を横に振って俺から離れて行った。
ジーンの依頼は、俺とナルが同行できる時もあれば、俺が行けなかったり、ナルが行く気なかったりとまちまちだった。
特にナルは、なんで一緒に来たのかと聞きたくなるほど外出しなかった。いや、最初から俺の家にある本棚が目当てだったのかもしれない。
幼少期、二人に教えるにあたって超心理学、オカルト、魔術、宗教や哲学などを学ぶ必要があった。その結果積み上げられた本はかなり多く、アメリカに住んでいた頃の家から日本に移動しても所蔵していた。
ナルは一緒に住んでいた当時幼く、読み切るには至らなかったので、今は貪欲にその知識欲を埋めているってわけだ。
「今日もナル、書斎にいるの?」
「ああ。夜更かしはするなと言ったのに」
朝から出かけるジーンを駅まで送る為に車に乗り込んだ。ナルは当然ついてこなくて、二人だけの車は走り出した。
ジーンは別にナルについてきてもらう必要はないけれど、見送りにも来ない様子に若干の呆れを滲ませている。
「ほんと、学者馬鹿だな」
「それは褒め言葉だね」
俺はジーンの揶揄に自然と笑いを零す。助手席からは、じっと見つめて来る視線が妙に肌に絡みついた。
「叔父さんを見て育ったんだもんな、ナルは」
ジーンはため息交じりに言って、シートに背中を軽くぶつける。
「そういうジーンは?」
「僕は二人ほど研究熱心じゃない」
「研究熱心な人が二人もいたかな」
「叔父さん、自覚ないんだ」
俺は運転をおろそかにしない程度に視線を泳がせた。そして、躊躇いがちに言う。
「血筋かな。うちの家系は知的好奇心やら探求心が強くて」
「それって、僕たちの実の父親も?」
「うん」
実の父親というワードに、全くと言って良いほど温度は感じられなかった。それでも話題に出すくらいには興味が出てくる年頃にもなっただろう。自分のルーツを知りたいとか、俺という存在の不透明さを埋めたいと思う日がいつかは来ると思っていた。
「帰ってきたら、もっと色々話そうか。お前たち自身のことも」
「……うん、話して」
話を切り上げたのは、駅前のロータリーに丁度車を付けた所だからだ。今から時間はないし、ナルもいないので先延ばしにしたのは仕方がない事だろう。
シートベルトに手をかけながら、ジーンは身を乗り出す。別れの挨拶だろうと顔を寄せると、唇が俺を食む。同じように甘噛みをして返すと、満足げに目を細めたジーンは車から降りて行った。
俺はその姿が遠ざかっていくのを少しだけ見送り、仕事へ行くべく車を発進させた。
next.
キスが多いのは鳥の習性みたいな。つまり合法(?)
Oct. 2025