DADDY - Red Eyes 13
(麻衣視点)十月某日。あたしが渋谷サイキックリサーチのアルバイトとなって、三回目の依頼が舞い込んだ。
初めての調査以降顔見知りのぼーさんと、ナルと三人で都内にある女子高に行くことになった。リンさんはあたしたちの下見後、機材をもって参加だ。
当日はぼーさんが車を出してくれることになったので乗り込む。けど、どうやらそこにナルはいないみたい。
事務所にはよらずに学校へと向かい始めるぼーさんに、あたしは聞いてみた。
「ナルはいいの?」
「んー、なんかアテがあるんだとさ」
「……アテ?」
やっぱりリンさんが車でおくるとか、まあタクシー使ってこられないわけでもないのよね。
とはいえ行き先が同じなんだからぼーさんに甘えちゃえばいいのに。と、ナルの交通手段を気にしながら目的の湯浅高校に辿り着いた。
あたしは、ぼーさんの車から降りて駐車場を見回した。さて、ナルは来てんのかなっと。
そうして目についたのは、グレーの乗用車の助手席からナルが下りて来るところだった。
「あ、ナ───……ル?」
ナルはあたしたちに気づいていないのか、運転席の方へ顔を向けている。
そういえば、車はリンさんの運転するバンではないけど、それに乗ってきたのはいったい誰なんだろう。あたしもぼーさんも視線が釘付けになった。
フロントガラスが反射していて、中はよく見えない。でもナルに何かを言われながら、その人は運転席から降りてきた。
一番に目を引いたのは、眩い金色の髪の毛だ。ジョンも金髪だけど、"彼"はなんだか、こっくりとした深みがある温かそうな金色。
年齢はあたしやナルと同じくらい? ……いやかろうじて二十歳くらいの青年だ。だれなんだろう。
あたしとぼーさんは呆けたままその青年に見入っていた。だけど相手は一向にこちらを見向きもしない。ナルは一瞬だけあたしたちを視界に入れたけど、声をかけることなく校舎の方へと歩き出した。おいっ。
ナルのツレについては学校に入ってからも、一切の紹介はなかった。リンさんと同様───いや、それ以上に情報がない。彼はあたしたちが声をかけても目線すらなく、すべてナルに委ねているみたいで、声を発することもなかった。
ナルに対してだけは時折、そっと肩を引いて耳元でしか聞こえないくらいの声で話している。ナルもまた、彼にだけ聞こえる返事をしていた。
……なんか、アヤしい。
「───いい加減、ソイツが誰なのか言いなさいよ!」
しびれを切らしたのは綾子だった。連日学校内を練り歩き、除霊に手ごたえがないからって怒りっぽいから、これは八つ当たりにも近い。
リンさんは不愛想だけれど、ナルにこき使われている様子からして大体の立場は予想できた。でも彼に至っては常にナルの付属品みたいに傍に居るだけで、調査に参加する気配がみじんもない。今だって、綾子に指をさされていると言うのに、身じろぎ一つしない。まるでナル以外はいないかのような振る舞い。
「そんなことを気にしている暇があったら、仕事をしていただけますか?」
「気になって仕事どころじゃないのよ」
「まあ、一理あるんじゃねえの。名前も知らない、何が出来るかも知らない奴と一緒じゃ安心して仕事ができない」
綾子の啖呵に乗じたのはぼーさん。
あたしもこっそり、そーだそーだ、と思いつつも口には出さない。
せめて、名前くらい教えてくれたったいいのにさ。リンさんだって名乗りはしなかったけど、ナルが呼ぶから何となく認識した。でもこの人に関しては、ナルがひそひそと話をするくらいで一切の情報がないんだもの。
「それならご心配なく。彼の本分はここであなたがたと協力して調査をすることではないので」
はあ??
ナルの回答に大きな声をあげたのは綾子やぼーさんだったけど、あたしも口があんぐりと開いた。真砂子やジョンだって、それぞれ驚きの表情を浮かべている。
「ちょ、調査が目的じゃないって───じゃあなに、ナルのボディーガードでもしてるわけ?」
思わずあたしも話に入った。ナルには馬鹿かと言われるような気はしていたけど、意外にも表情は変わらず「そうかもな」と頷かれた。一同、もっとぽかんとしてしまう。
ナルはそれきり、あたしたちを置き去りにしてベースを出て行った。もちろん、その後にはボディーガードさんとリンさんが続いた。
ベースで待機をしている間に、校舎の外は暗くなり始めた。太陽が差している時間が短くなったものだ、としみじみする。
でも、あれ? そろそろみんなが戻って来るはずなのに、誰もこない。
不安に駆られて廊下に出ると、遠目にぽつりと人の姿がある。駆け寄るとナルが見えてきて、背後には相変わらずボディーガードさんの姿もあった。
「ナル! よかった。もうみんな帰っちゃったのかと思った」
「───……ここは危険だ」
ナルはあたしを視界に入れてるのか入れてないのか。自分のペースを保ったまま、廊下を見通すように顔を動かす。
危険、と言われたことで不思議と身体がざわめいた。ナルに促されるように校舎の中を見ると、あちこちに火が燃えるような光景がある。それはナル曰く『鬼火』で、なんだか妙に嫌な感じのする雰囲気を感じた。
あの鬼火はいったい、なんだろう。───困惑の中、気が付いたらあたしは、ベースで居眠りをしていたところを目を覚ました。
やだ、また、ナルの夢をみちゃったんだ。……けど今回は、色気のないことにオマケのボディーガード付き。
ちょっと異様なほど距離の近い二人の姿が、頭に焼き付いちゃってるのかも。ええい、どっかいけー!
なんて、そんなことを願った罰なのか……。ボディーガードさんが突然一人でベースに現れて、只管黙ってあたしの隣に待機を始めた。
「あのう、なにかご用でしょうか」
そう尋ねると、彼はふるふると首を横に振る。
こんなでも、意思の疎通が初めて叶った瞬間だ。
「こ、言葉はわかるんですよね?」
こくん、と頷く。睨まれたりはしないし、むしろ彼はあたしのことをきちんと見据えていた。あれ、なんか段々面白くなってきたかも。よし、もっと聞いちゃえ。
「あの、よかったら名前を───」
言いかけた時、隣のパイプ椅子がぎしりと音を鳴らした。彼が身体の向きをあたしに対して変えたからだ。そしてテーブルに手をつき、近づいてくる。
唇が開かれていくその瞬間がとてもゆっくり見えて、声が零れ落ちようとする寸前、ベースのドアが開けられた。あたしも彼も自然とそっちに目がいく。
「何をしている」
ナルがドアを開けて立っていて、あたしたちを見るなり咎めるように聞いてきた。
何をしているかなんて、あたしにもわからないんだけど。
「どうして勝手に離れた」
「え?」
一瞬あたしに言われているのかと思ったけど、どうやらナルはボディーガードさんに言っていたみたい。でも、そうだよね、ボディーガードなら離れて行動しないよね。
どんな反応をするのか気になって彼を見ると、優雅に足を組みかえて微笑んだ。
「もう、話してもいいのか?」
余裕ありげな態度で、口を開く。実は日本語が話せないのかもって思ってたけど、まったくもって流暢だった。
ナルは不機嫌そうに「何か気づいたなら言ってくれないと」と言い返した。
あたしを置いて暫く会話をする二人に口を挟めずにいると、ふと、天井からパリパリと音が聞こえた。蛍光灯がその明かりを消し始める。
瞬く間に、会議室は薄闇と静寂に包まれた。真っ暗闇ではないけど、この妙な薄暗さが不安を煽る。
あたしは自然と立ち上がり、天井に見つけたものを指さした。それは、黒い糸のように見えたけど、次第に人の髪の毛の様なものが垂れ下がっているのだと分かった。
生え際や額、眉や目があらわになり、女の顔がおりてくる。
「な、なにあれ……霊?」
あたしは後ずさり、ナルの背後に隠れる。
「、まだだ、様子を見たい」
「うん」
二人は余裕そうに、その女を監察し始めた。あたしのことなんて忘れてやしませんかね。
そのまま待つこと十数秒。長い長い時間に感じられたけど、異変を察知したのかベースに飛び込んできたぼーさんがマントラを唱えたことによって、あの女の霊は天井に引っ込んでいった。
あの霊は、絶対にナルを見てた。血に飢えた目で、ずっとナルを。
恐怖よりも勝る嫌悪感があたしを駆り立てて、あの霊の目的がナルだと口走った。その勘でしかない発言は翌日、夜中にもその霊がナルの前に現れたことで決定的な事実となった。
「───どうして、私を呼ばなかったんです」
あたしの勘が当たったことで、ナルはあたしに関してなにか考えたいことがあるみたいだったけど、報告を聞いたリンさんは批難するような声をあげた。
けれどナルはどこ吹く風だ。
「の家に泊まったから」
「……それなら、仕方ありませんが」
あれ、そういえばその名前、昨日も───。
「ねえ、あの人、さんっていうの?」
「それが?」
あたしは意を決して、ナルとリンさんの会話に交じる。
ナルの態度は干渉を嫌うものだったけど、あたしの話し出した口はそう早く止まったりはしない。
「泊まったのに、今日は一緒に来てないんだね」
「来ても来なくても、麻衣のやる事は変わらないと思うが」
「はいはい、わかりましたよーっと」
さんと二人きりになったあの時、何を言いかけたのか聞きたかったんだけどな。
───ふと、脳裏に赤い光が二つ灯った。
至近距離で見たさんの眼は、今思えばそんな色をしていたような気がする。でも多分、気のせいだよね。
next.
麻衣ちゃんの夢空間に保護者参戦。
乙女にとっては邪魔者である…。
Oct. 2025