I am.


DADDY - Red Eyes 14

ナルの調査に同行するにあたって、他人と無闇に話すことがないように約束させられた。理由は、ナルが自分の素性を隠さなければならないからだ。
別にナルの情報を吹聴する気はないが、他人と無闇に話さないとして、ナルが周囲に俺のことをどう説明をするのか。疑問を胸に当日を迎えてみれば、全くと言って良いほど俺を周囲に関与させなかった。
嘘や誤魔化しはいずれほころびが出かねないにしたって、言い訳すらしないってのはどうなのかしら。俺は、かなりの人たちにジロジロとみられることになった。
果ては、「いったい誰なの」と堂々言われる始末だ。

しかし俺は調査において、ナルの忠実なしもべである。
唯一口を開こうとしたのは、ナルが雇ったアルバイトの谷山麻衣という少女に対してだけだ。
校舎内を見回っている最中、ジーンの存在を見つけた。するとどうしてだか、ジーンは麻衣とコンタクトをとっているではないか。
それに、麻衣はなぜかジーンのことをナルと勘違いしているようだった。俺は彼らの会合に堂々並んで、そのごくわずかなやり取りを聞く。ジーンは麻衣にこの校舎内のあちこちに燻る鬼火のことを伝えていた。

麻衣の意識が分断されてから、残ったジーンにどうして麻衣と接触しているのかを尋ねてみた。
「波長が合いやすいんだ。ナルとも叔父さんとも、どうしても合わなくなってしまって」
ジーンの言い分では、調査の時になると意識が覚醒するのに、そこで分かった情報をナルに伝える手立てがないのだそう。そういう時、麻衣の意識が最も近く、コンタクトをとりやすい。
俺はジーンを見つけられるが、その逆にジーンが俺に近づくことが出来ないのは少し納得だ。波長の違いもあるが、低級霊に近いジーンに対して俺は上位の存在だから、本能的にできないのだと思う。
今後は俺も調査に同行することも多くなるが、ジーンが調査に関して伝えたいことがある時は彼女を使っても良いだろう。
麻衣の勘が研ぎ澄まされて、調査の手掛かりをつかむのであれば、邪魔をすべきではない。一方俺は、余程危険ではない場合、そしてナルに力を貸せと言われない限りは手出しも口出しもしない約束になっているのだ。

「麻衣が、ジーンと会っていた?」
「そう。サイキックの素質があるらしい」

昼間、俺が勝手に麻衣に接触したのは改めて彼女の内面を見る為だった。その理由をナルに話すと少し驚かれた。
今までの彼女の様子は話に聞いていたが、出会いはたまたま、依頼の場で。能力的には何かがあるようには見えなかったそうだ。
しかし今回はベースに霊が現れた後に、感覚的な発言を披露している。あの霊がナルを狙って現れた、とか。
その為夜はナルを家に連れて帰り、ナルを害そうとばかりに現れる霊を探ろうとしていたのだが、今のところ見る影もない。
ナルは安楽椅子でくつろぎながら、今回のケースについてまとめたファイルを手に、時間を持て余していた。
「そう言えば以前、森下邸では幻視を……子供の霊も見ていた……」
思考を時折口ずさむナルは、ファイルを膝に置いた。滑り落ちそうなのを取り去って、勝手に開きながらナルの思考が落ち着くのを待つ。
「それにしても、ジーンは死んでまで、僕に付き合うつもりなのか?」
「さあ、意識を保つために必要なのかも」
麻衣のことはさておき、ジーンの現状に帰結したナルに答えながら書類を捲る手を止めて、ファイルを閉じた。
ひじ置きに腰を下ろした状態で、椅子を軽くゆらす。
「ジーンにはもうしばらく、理性的でいて欲しいからな」
「もしその意識が崩壊したら?」
「俺がちゃんと葬ってあげる」
ナルは返事もせず、俺からファイルを取り上げた。
部屋の温度がいくらか下がり、天井から昼間の霊が出てきたのはその時だった。


次の日、俺はどうしても外せない約束があった為、ナルを送り届けてから別行動をとった。
昼過ぎには身体があいたので湯浅高校へ到着したが、ベースにした会議室には誰もいない。ここで待機しているはずの麻衣すらいないので、何か動きがあったのかも。
しかしナルは電話に出ないし、リンの連絡先は知らない。丁度いいからジーンにコンタクトをとろうとベースに落ち着く。
そこで聞いたのは今回の異常現象は『厭魅』を使った呪詛が原因であること。おそらくヒトガタが学校のどこかに埋められている為、今は総出で探しに出ているらしい。
「つまりナルは呪われたってことか」
「おそらく」
強い呪いであればその魂への干渉が見られるが、非常に弱い段階なので俺には気づけなかったようだ。それにしても、どうしてナルを呪えるんだろう。
「本名は誰も知らないだろうに」
「偽名でも効果は発揮するから」
ジーンの意見に、まさかと否定しようとして止める。現にナルの前に霊が現れているからだ。本来ナルほどの魔力を有していれば、その程度の呪いなどすぐに反撃できそうなものだが───いや、人の身体と感覚で生きてきたんだ、無理な話か。
「呪者はだれ?」
「それはわからない……」
何気なく問いかけてみたけど、ジーンは明言を避けた。俺も別に、無理に吐かせる気はない。
誰がナルを呪おうと、ナルの魂にまで傷をつけることは不可能だろう。とはいえナルはどこにいるのか気になったので、そろそろ探してみようかと意識を凝らす。
ナルを探すこと自体、ジーンの遺体を探すのに比べたら容易い。
───その時、俺の脳裏に緋い炎が爆ぜた。

ナルに持たせた俺の力が使われた。つまりそれは、ナルが一人で力を使おうとしたことを意味している。
思わず目を開けると、いつの間にかベースに人が集まっていたらしく注目を集めていた。俺が椅子に座ったままじっとして動かなかったからだろう。
丁度リンが俺を起こそうとしたところのようで、肩に手が触れる寸前だった。
「ナルを見ていませんか」
それはこっちのセリフだが、リンの問いには首を横に振ってこたえる。
「谷山さんもいませんの」
「心配ですね……」
「学校、もう一周してくるかー」
「まったく、何やってんのかしら」
ガヤガヤと会話が始まる一方で、俺は再び目を瞑る。
ナルは今回自分の魔力を使おうとしたが、"おまもり"がそれを補った。そのことからナルには今俺のマーキングがない状態だ。とはいえナルの魔力自体は辿ることができるので、学校の敷地内にいれば、すぐにその気配は感じられる。
俺は席を立ち、リンに目配せだけをして会議室を出た。リンはすぐに俺の意図を理解したようで、一緒になって廊下を歩き始めた。
「居場所がわかるのですか?」
「なんとなく、気配で」
「……気配?」
ナルとジーンが今まで俺に訓練を受けたことを知っているが、実際俺がどんな力を持っているか詮索したことのないリンは言葉を探すように目線をさまよわせた。
「それは、どうやって───、」
「外かな。方角は向こう。何がある?」
「空き地があります。学生会館の建設予定地で……」
疑問を口にしようとしたリンを遮ったのは偶然だったが、以降リンは追及するそぶりを見せなくなった。今はそれどころではないと考え直したのだろう。
暫くすると、リンの言う通り工事現場を隔離するフェンスが見えてくる。俺はその先をじっと見た。
「あの辺の、下にいるみたい」
「! 地下、ですか?」
俺は更に目を凝らす。今度は単純に、肉眼で。
「マンホールがある、あの下にいて、登ってこられないのかも」
リンがフェンスの出入り口を見つけたので開けてもらい、俺たちは足早にそちらへ向かう。
マンホールの蓋はズラして地面に置かれていて、暗い穴の中からはナルの気配がひしひしと伝わってきた。
俺はリンにハシゴとライトを持ってくるよう指示をしてその場に残った。リンの姿が見えなくなったところで、穴の中に身体を滑り込ませる。
数秒程落下して着地すると、ナルと麻衣が肩身を寄せ合い警戒しているところだった。

「迎えにきたよ、二人とも」
「───……、」
さんっ」

ナルの緊張が和らぐのと、麻衣の歓喜は目に見えて分かった。
なんでもたった今、ナルたちの前に悪霊が現れたところだったが、俺の登場と同時に引っ込んだのだという。
そしてこのマンホールの中には厭魅で使われたヒトガタが投げ入れられていたことが発覚し、俺たちは三人でそれを拾い集める。終わったころにはリンがハシゴとライトを準備してきて、他の霊能者たちも勢ぞろいしていた。

皆にヒトガタの数や名前を確認してもらっている最中、俺は何で下におりているのかと若干リンに責められそうになったが、ナルが無茶をしかねなかったと言えば口をつぐんだ。
「なんで僕のせいにする?」
「お前が無茶をしたことはわかっているからだ」
ナルの首元に手をかけ、指に紐を引っ掛けながらペンダントを服の中から出した。
俺の魔力を灯していた緋の石は、今やクリスタルのように半透明になっていた。
「力を使ったな?」
「!」
ナル以上に動揺したのはリンだった。一人で力を使うと身体が耐えられないというのは、リンの方が重く受け止めている。大人としての責任もあるだろう。他人の命を預かるのは気を使うことだ。
「というわけで、リン。この子は今日も連れて帰るよ」
「───はい、よろしくお願いします。何かあったらご連絡を」
「うん。ナルから連絡先を聞いておく。今日は後を任せていい? 犯人捜しは明日にしよう」
「わかりました。お気をつけて」
俺は半ば強引にナルを引き連れて、その場から離れた。
ナルは自分の体調が何ともない以上、仕事に取り掛かりたかっただろう。不機嫌になって、車に乗せた後も口をきかない。
透明になったペンダントの石を見つめているばかりだ。

「身体が平気なのは、その石に入ってるぼくの力が消耗を補ったからだ」

ぴくりとナルの手が動く。そこに俺は手を翳して、炎を灯した。ナルは幼いころからこの炎を目にしてきたので、焼かれるのをおそれることはなかった。
手を離すと、ペンダントは元通りの緋い石に戻っている。
「ものに力を込められるのか……それに、緋色は石の色じゃなかった?」
今までは気休め程度にしか思っていなかったそれに、絶大な効果があると知ったナルは、知的好奇心によって気分が浮上したらしい。
さっきの不機嫌がどこへ行ったのか、ナルはおもちゃをもらった子供のように、暮れかけの太陽に石をかざしている。

「今回は、身を護るために使ったんだろう? そのためのおまもりでもあるから責めない」
「うん……」

俺がそう投げかけると、ナルは背けっぱなしだった顔を少しだけこちらに戻した。
その頬を、信号の影が横切っていった。



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ナルは『説明が面倒だから口にしない』という選択をとりがちだけど、叔父さんと他人が関わる機会はなければないほどよい。
Oct. 2025

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