DADDY - Red Eyes 15
季節はすっかり冬めいて、世間ではクリスマスだ正月だと賑わっていた。相変わらずジーンの身体探しはしているが、それらしい水辺はまだ見つけていない。そんな中、ナルはジョンというエクソシストに呼ばれて教会に行くことになったと連絡をしてきた。
俺はジーンが目を覚ます兆しがあるかもと同行するため、ナルを迎えに行って件の教会へと向かう。ちなみにリンは「叔父さんがいるからリンは来なくていい」とナルに言われ、置いて行かれた。
無表情に頷いていたが、資料室に戻っていくその背中に哀愁を感じたのは俺の気のせいだろうか。メリークリスマス……。
さて、教会には期待して来てみたは良いが、ジーンが目を覚ますほどの物は感じられなかった。
今までジーンが起きていた場所はかなり霊気が濃かった。ここは話を聞くに、いるとしても一人の浮遊霊程度。これでは、ジーンも活性化されないのだろう。
というわけで早々に来た意味を失ったが、暇を持て余した俺は現在、何故だか見知らぬ子供にしがみつかれている。
「お父さん!」
「「「「おとうさん?」」」」
ジョンとナル、ぼーさんと麻衣が一斉に俺を見て、子供が叫んだワードを復唱した。
ナル以外の面々は俺が子持ちなのかとざわついているが、誤解である。まあ子持ちではあるけれど。
俺は腰にしがみついている子の肩をそっと掴んで、顔を覗き込んだ。
ウルウルした目で見つめて離れようとしないので、仕方なく抱き上げる。身体が少し冷えてしまっていた。
相変わらず無言でいることを強いられているので、ナルにどうする、と尋ねるように首を傾げる。
「東條神父に預けよう」
俺はナルの言葉に従って教会の中に子供を連れて行くことにした。
丁度中に入ったところで会った東條神父は、俺に抱き上げられた子を見てタナットと呼び掛けた。この子は朝から姿を消していたらしい。そして今は、この教会で三十年程前に行方不明になった子供、ケンジくんに憑依されているようだった。
人の中に入り込まれていると、中々見分けがつかないもんだなあ。まじまじと子供を見ていると、気分を良くしたのかタナットは俺の首に腕を巻き付け、擦り寄って来た。
「時折、父親に似た人を見るとこうなるのですが……」
「似て───……るんですか?」
東條神父の言葉に対し、皆は興味を持ったらしい。俺は日本人ではない風貌だし、下手したら十代にも見えるので、とても子持ちの父親に似てるとは思えなかったのだろう。
「似てるというのも本人の気分次第ではありますから……」
東條神父は緩やかに首を振り、言葉を濁した。
おそらく、父親を求めるあまり、何らかの条件をクリアしていれば見境がないのかもしれない。そしてその条件は、不安定に変化しているのだろう。
霊は形や意識を保てなくなることが多々ある。そして俺が父親扱いされているのは多分、強い魔力のせいな気がする。
低級霊は基本的には俺をおそれるが、時には惹かれる霊もいた。きまって繊細で、弱弱しく、救いを求めている者が多かった。
タナットの意識にしがみついているケンジくんは、色々な意味で凍えていた。きっと俺の熱を求めてやってきたのかもしれない。
それを父の持つ温もりと勘違いしているのだろう。
ナルはジョンに、タナットに憑依した霊を落とすように言う。落とした後も霊体で俺にしがみついてくる可能性はあるが、俺は止めなかった。どちらにせよ、ナルに確認してから昇天させてやればいい。
いざジョンの祈祷が始まると、ケンジくんには抵抗が見られた。
部屋中にラップ音が響き渡り、壁や天井が揺れ動く。それでもジョンが祈祷をしきると、タナットの身体は護りが与えられ、ケンジくんは出て行かざるを得ない。そのケンジくんの霊は今度、傍に居た麻衣に入り込み、この場所に───俺の胸に、しがみついた。
「ま、麻衣さんに憑いてしまいましたーっ!」
ジョンが困ったように言うのを聞きながら、俺は麻衣にぎうっと締められてる。
にぱーっと笑う顔は無邪気だ。あ、娘、元気カナ……。
暫く相手をするように───。そうナルに言いつけられたので、俺は麻衣に手を引かれて歩いていた。お父さんと探検がしたいみたいだ。
喋らない俺と麻衣は終始無言だが、目と目が合えば何となくその言いたいことはわかる。頭の中に直接声をかける方法もあるが、それは驚かせてしまいそうなのでやめておいた。
「なんか、意外と板についてる……」
「おふたりとも喋らないぶん、なんや通じ合ってはるんですかね」
俺と麻衣を見守る役として同行していたぼーさんとジョンの会話が耳に入った。
通じ合っているというか、単純に俺が全て受け入れているだけだ。伊達に三人子供を育ててない。子供の気まぐれにも癇癪にも甘えにも応じてきたんだからな。
ナルが俺を呼びに来たのは、それから一時間程してからだ。
俺はケンジくんと一緒にミサで配るケーキの包装を手伝っていて、リボンを結んではダメ出しをくらう繰り返しの中にいた。
「二人とも、ちょっと」
ケンジくんはナルの存在に少し不安になって、俺の影に隠れようとする。
その恐れはきっと、お父さんという存在と引き離されることから来ているのだろう。しかし本当のお父さんはこの世にはもう居ない。ケンジくんが逝かなければならないのだ。
───「怖がらなくて良い」
俺はこっそり、ケンジくんにだけ聞こえるように語り掛けた。
そして手を差し出すとケンジくんがしがみついてくるので、抱き上げる。身体は十六歳の少女だが、そこまで重たくもない。
皆は俺が麻衣を抱き上げたことに驚いたようだったが、その方が都合が良いと理解したようで何も言わなかった。
別室に移ると、ナルはケンジくん本人に対して居場所を尋ねた。
かくれんぼをしたまま亡くなった彼にとって、自分から出るか誰かに見つかるかをしなければ、その【儀式】は終わらない。ナルはそれを終わらせるために、そうしたのだ。
ケンジくんは俺の腕から降りて、手を引いていく。俺たちは先導されるがままについて行き外へと出た。
冷たい風が吹きつける中、俺たちは広い前庭に来て教会を見上げた。ケンジくんが指さす先は聖人や天使の像が並ぶ外壁。その像の足元には、子供くらいの大きさの頭蓋骨が転がっていた。
「みつけた」
ナルの言葉がトリガーになったのか、ケンジくんはナルに近づいていく。
「ありがとう」
そう告げた後、自発的に麻衣の身体から出ていった。
白く仄かに光る魂は俺の周囲を回っている。俺は餞代わりに魔力を少しだけ灯して、保護した。途中で迷ったり、消えたりしないように。
「───もっと早く、俺を使えばよかったのに」
「使う程でもなかっただろう」
魂が遠ざかった後、ナルの耳元でこっそりとそんな会話をした。
麻衣は霊に憑依されていたおかげで、随分気力を消耗してしまったらしい。
猛烈な眠気に襲われて起きれいられず、医務室に寝かされた。その間に、発見されたケンジくんの遺体を下ろす作業は行われた。
「今日は起きなかったな、ジーン」
「ああ……霊はケンジくんだけだったからかも」
麻衣の付き添いにはぼーさんとジョンがいるので、俺とナルは教会内をうろついた。
礼拝堂に行くと人はおらず空虚に見えたが、今夜はミサが行われるので飾りつけられていた。
ミサではケンジくんの追悼も行うそうなので、ジョンやぼーさんたちは参加していくらしい。きっと起きたら麻衣も出るだろう。
ナルも自分の良心に従って出るつもりのようなので、当然俺も出ることになる。
……魔族がミサに出るってなんか変な感じだな。なんか妙な気まずさを感じるのだが、神もそんな感じだろうか。
魔族の中でも【悪魔】の役職を持つ者は教会には入ってこられないが、俺は不死鳥。人の救済地とされる教会に入れるのは当然でもある。
よって、神族の者たちもそう目くじらを立てることはないだろう。
「そろそろ事務所に戻ろう」
「うん───今行く」
俺はナルが礼拝堂から出て行こうとする声に振り向き、背後にある祭壇の蝋燭の一つに自分の炎を灯してから歩き出した。ほんの、挨拶代わりだ。
麻衣が目覚めたらしく、皆で医務室に集合すると外では丁度雪が降り始めた。
気温がかなり低くなっていたのはこのせいだと思う。ついナルが凍えていないかを確認するが、十分着込んでいるし、自分の体温調節も出来るようになっていた。
甘えるときは俺に周囲を温めてって言ってくるが、今日は他にも人がいるのでそんなことはしないらしい。
「───うぅ、さむい」
その時、耳に入ったのは麻衣の呟きだ。
今日は随分体力を消耗してしまっているし、体格からして寒さへの耐性が低いのだろう。
これからミサにも出ることだしと、俺は自分のジャケットを脱いで彼女の肩に乗せた。魔力を纏わせるまではしないが、この程度なら紳士の嗜みであろう。
「わ、あ、ありがとうございますっ」
「やっさしーい、さすがパパだな」
麻衣は驚きながらも俺のジャケットを掴み、その隣にいたぼーさんは囃し立てる。パパというワードに麻衣が一瞬不思議そうにしていたが、タナットのことを思い出して笑っていた。
麻衣がケンジくんに取りつかれて俺を慕っていたのは、本人がショックを受ける可能性を考慮して伏せられている。その為わかる人にしかわからない……というか多分俺を揶揄っているだけのジョークに、和気藹々とした雰囲気が醸し出される。
そんな中、俺はナルからのもの言いたげな視線を感じた。まさか寒い……トカ?
首を傾げて確認するも、よくわからなかったので俺は誰にも見えないところでナルの背中を撫でる。そうしてこっそりと周囲を温かくしてミサを終始過ごした。
結局最後まで、ナルは何も言わなかった。
next.
主人公のあふれ出す父性によってケンジくんがつられた話です。
リンさんは事務所でクリボッチ。
ナルは言葉にしないけど叔父さんのことがだ~いす(略)
Oct. 2025