DADDY - Red Eyes 20
ナルとリンが呪詛返しの準備をしている間に、ジーンと話をした。日頃人ではないものの姿を見たり気配を感じている分、少しずつ俺が人ではない可能性を蓄積していたようで、大きな驚きはなかった。それでも、不死鳥という種族には驚いたみたいだけど。
ジーンに身体に戻るように指示したのは半ば賭けに近かったが、俺の魔力と共にペンダントを持たせることができたようだし、あとは勇気を出してくれることを祈るばかりだ。
翌日行われた呪詛返しが無事終わるのを待ってから、俺はこれまでずっといた屋上から飛び降りる。校庭から校舎の方へと戻って来るところだったナルを見つけて腕を引いた。少し離れたところに麻衣がいたので、彼女にナルを連れ出す旨をリンに伝えるように頼む。
「え!?」
驚く麻衣と呆けているナルをよそに、俺はナルを人気のないところに引っ張っていった。
校舎の角を曲がって足を止めると、ナルはいったい何事なのかと俺の腕を払おうとする。だが逃がすまいとその手を強く掴んで、ナルに顔を近づけた。
「今から、ジーンを探しに行く」
「───!」
興奮していたせいか、自然と顔が笑ってしまう。
ナルは目を見開き、期待を込めるように俺を見返した。
サイコメトリでは周囲の光景や記憶しか見られないが、俺の魔力の結晶をジーンが持っているならば、居場所を感知するのは容易い。ただし、あの石は水に触れた途端ジーンを守るために魔力を消費し始めるだろう。その光が消えないうちに見つける必要がある。
そのため俺は空から光を探し、飛んでジーンの元へと向かわなければならない。ナルを置いて行ってもいいのだが、ジーンを探すには万が一のことも考えてナルも一緒にいた方がいいと思った。なぜなら、この子たちの魂は共鳴する。
「今がチャンスなんだ、掴まれ」
俺は有無を言わさず、ナルを背負う体勢をとった。
重みが十分に背中に乗った瞬間に姿を変えると、視界にぶわりと金色が溢れた。
「な、っ」
「───飛ぶぞ」
突然姿を変えた俺に狼狽えるナルに合図をして、両翼を羽ばたかせる。
風圧を受けた木々がざわめき、葉が散るのを後目に、上空へと高く飛び上がった。
空を広く旋回して方向が示されるのを待つ間、ナルは俺の首に腕を回して掴まりながら黙り込んでいた。今は喋っている余裕がないのでありがたい。
しばらくすると、僅かな魔力が生まれた気配を感じて、行く先を定めた。ナルが寒かったり、スピードを感じないように自分の身体を魔力で包みこみながら、ジーンのいるであろう場所まで最短距離で向かう。
そうして辿り着いたのは、山の中腹にある湖だった。平日ということもあり、人の姿はほとんどないと言っても良い。ナルも俺もその景色を一目見て、ジーンが投げ入れられたのがこの場所だと確信した。
「───ナルは、ジーンに繋がりを作るイメージを持ち続けて」
「わかった」
幸い、手漕ぎボートを借りるサービスがあったので俺とナルは二人で湖の上を進みだした。ナルはきっと俺に聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、今はジーンの身体が最優先事項になっているらしく、俺の指示に従った。
ジーンには俺がペンダントを渡したと伝えたからか、ナルも自分のペンダントを握り、額に擦りつける。その仕草は石の中を覗き込むようにも、祈るようにも見える。
ナルの手の中から光が漏れ出したので、俺は助けるようにその手を上から包み込んだ。魔力を更にたくさん含ませると、光はもっと強くなる。
指の隙間から出たそれはいくつかの筋となり、その一つが湖の底へと差し込んだ。
共鳴するように、湖の底からも光が揺れ出す。
「この下……? ダイバーを呼ぶか」
「そんなものいらない」
ボートで光の傍へと近づくと、ナルは少し身を乗り出して水面を眺める。俺は、ジャンパーを脱いでナルに投げ渡すように掛けた。
ナルは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間俺がどぽんっと水の中に入るので思わず驚きの声をあげるが、水しぶきの音でかき消された。
水温は、2℃くらいだろうか。底はもっと冷たいだろう。この冷たさには、俺でも気が滅入った。外気が寒い時よりも、うんとたちが悪い。
すぐに周囲に魔力を纏って、水を避けながらジーンを目指した。水の底は暗かったが、光を放つものを見つけるのは簡単で、水底で藻や石やなんかと共に揺蕩うシートに包まれたジーンを手繰り寄せた。
水上に顔を出すと、ナルが急いでこちらにボートを漕いで近づいてきた。
俺が腕に抱えているものを見て、安堵したような顔になる。
「叔父さん、───いた、のか……」
それはたっぷりと水を含んだでいて、手を離せば沈んで行こうとする。だが今は俺が浮力を与えているのでそうはならない。そのままジーンを引き上げ、自分の身体もボートの上へと這い上がらせる。
ボートはその衝撃でひどく揺れ、周囲に冷たい水を振りまいたがナルも俺もそんなことは気にしなかった。
水を払う間すら惜しみ、シートを開いていくと、ナルも逸るように覗き込む。
早く温めてやらないと、という気持ちで手早くジーンの顔を露わにした。そして付着する泥やごみなどを拭い取り、濡れた身体を摩りながら魔力で乾かす。
「───……」
ナルが一瞬呼吸を止めたのは、きっとジーンの顔が"綺麗"だったからだ。
事故の外傷があったり長期間水に浸っていたにも関わらず、青白い顔色ではあるもののふやけたり、蝋化したりもしていない。
これは肉体が人間より強い証拠だろう。……それでも、死にはするのだけど。
「ユージン、寒かったな。もう大丈夫だ」
俺はジーンの身体を腕の中に抱いたまま燃やした。
ナルは絶句し、あまりのことに炎の中に腕を入れて来る。だが俺の炎はジーン身体のみを選んで燃やした。ナルを焼くことはもちろんないし、あっという間にジーンの身体を灰に変える。
ボートの底に山を作った灰の中に手を差し入れると、ジーンに渡したペンダントだけが残されていた。もう俺の魔力が込められていない半透明の石になり果てていたが、ジーンの魂がここに宿っていることは確認できた。
「っどうしてこんなことを」
「オリヴァー、聞け」
ジーンの身体を焼かれるのが不本意だったナルは、俺の行動に非難めいた目を向けて来るが、俺の意志の強い言葉遣いに顔をあげる。
ジーンの魂もまた、震えて俺に注目したのが分かった。
「俺達は不死鳥だ。死んだらその身を炎で焼いて灰となり、その灰からまた新しく生まれる」
「───不死鳥……?」
ナルは躊躇いがちに復唱した。ジーンは俺に薄々人間ではない気配を感じていたが、ナルにとっては飲み込むのに時間のかかる事実だったかもしれない。
俺は灰に指を差し入れ、柔らかくまだあたたかさを残すそれをかき混ぜる。握っては摘まみ、上からおとし、さらさらとした感触を確かめた。
あのすべすべの羽に、もう一度さわりたいな。───これは、ただの俺の我儘だけど。
「二人は母親が人間だから、完全な不死鳥でもないんだ。でも"可能性"はある。ジーンはそれを今選ぶんだ」
「選ぶ?」
「人として死ぬか、不死鳥として生きるか」
言いながら、俺はジーンの魂が乗り移っている石にキスをする。すると白く光る魂だけがぷくりと膨らみ分離した。
俺は両手の中に炎を灯して見せる。ここに飛び込めば天国の門、灰に潜れば不死の門をくぐることになるだろう。
それをたった十六年の命が選ぶのは酷かもしれないが、かといって百年考えたところで楽に選べるものではない気がする。───というか、本来は自分で選べてはいけないのだ。そのため人には最後の審判が用意され、不死を司る俺たちがいる。
そしてそんな俺達さえも、新しい不死鳥が生まれることには本来関与できることではないだろう。
ジーンの意思にゆだねるとは言ったが、結果は誰にも予想は出来ない。これは、ジーンにはあらかじめ伝えたことだけど。
「もしも、え」
俺がジーンの魂を灰に入れようとしたところで、魂が俺の顔にべちっと当たった。キスされたのかも。
俺が口を挟む間もなく、ジーンは灰の中にその魂を埋めた。ナルは息をのみ、俺はふっと笑った。
「ジーンは生まれ直すことを選んだのか?」
「おそらく。望みが叶えばいいけど───こればかりは祈るしかない」
ナルは灰の中から目を離そうとしなかった。それは勿論俺もで、お互い一言も口をきかずにただ水が揺れる音だけを聞いていた。
どのくらい時が経っただろう───俺は濡れた服を乾かすのも忘れていたし、ナルは俺のジャケットがあるとはいえ吹きすさぶ風に文句も言わず耐え続けていた。
まんじりともせず、ただ待つ。強い風が湖の水面を舐め上げ、俺たちの乗る舟を大きく揺らした時だけ、一瞬意識がそがれた。舟の底に山を作った灰が脅かされることはなかったが、同時に青白い火花の様なものがパチと弾けたので俺とナルは思わず舟の縁を掴んで身を乗り出した。
注視していると、灰はもこもこと膨らんで動き、びくびくと動いた。手を差し入れて掬い上げれば、片手に乗るくらいの雛が灰の中から姿を現した。
「お帰り、俺の雛鳥」
ジーンは人の腹から産まれた時赤ん坊の姿をしていたけど、今度こそ不死鳥の雛として生まれ直したらしい。俺は小さな雛を両手にのせて、ナルにも見せた。
「これが、ジーン……なのか?」
「ああ、そうだよ」
俺は小さな口をめいっぱい開けているジーンに、人の姿のままだけど口付けた。小さな嘴は本能のままに俺の唇をかじって魔力を食む。
人間の赤ん坊だったときは不慣れだったが、今は身体が生まれ直したたおかげもあって、そう苦労することもなさそうだ。きっと、大きくなるのもすぐだろう。
生まれたてで腹が減っているだろうジーンにはそのまま魔力を吸わせて、ナルに岸へと向かってもらった。
ボートの中にたまった灰は、湖に流すことはせずに魔力を使って飛ばした。ナルはその砂嵐のようなものを暫く目で追った後、「あれはどうなる?」と聞いてくる。
「還るべき場所へ還る」
「還るべき場所って?」
俺は癖で曖昧な言い方をしたけれど、この時のナルは引き下がらなかった。
まあ、もう隠す必要もないのか。
「───実家の近くに、火山がある」
俺は魔界にあるそれを思い浮かべた。
あれは不死鳥の墓場でもあり生命の始まる場所ともいわれていて、お母様が死んで娘が生まれた後に残った灰も、あそこへ還しに行ったばかりだ。
「燃え続けるマグマの中に、死んだときの不死鳥の灰を捧げるのが一族の風習なんだよね。一万年に一度新しい不死鳥が生まれるとか、生まれないとか」
「随分曖昧な……」
岸に付いたのに、俺とナルはしばらくそのままボートの上から動かなかった。
オールが軋むのと、水面が揺蕩う音だけが俺たちの沈黙を飾る。
生死を繰り返す鳥でありながら、それでもどこかに始まりと終わりが存在する───その途方もない事実に突き当たると、ナルを意味ありげに見つめてしまう。
けれど、その思考を立ち切るように言葉を連ねた。
「……深く考えない方がいい、考えたくない」
「珍しい」
ナルが珍しいというのは、俺が考えることを放棄したからだろう。
ジーンにもナルと同様に学者バカと言われるし、不死鳥は種族的に知的好奇心が旺盛だ。そんな俺たちが今なお自分たちの生命の始まりと終わりを知らないというのは、何かおかしなことだと思うだろう。
「禁忌なんだ、きっと」
口にして初めてしっくりきた。
ああ、考えるのが恐ろしい───俺はまた、頭の中で好奇心の細波が引いて行くのを感じた。
...
兄に子供を押し付けられた後や出生の秘密に関する思考放棄とか、双子の母の遺体を燃やしたのも無意識に、禁忌に触れるのを避けてたせい。強制力みたいな。
そしてジーンちゃん今度こそガチ雛鳥としてはっぴ~ば~すで~。
Nov. 2025