DADDY - Red Eyes 25
保護された原さんは、麻衣と松崎さん、まどかと安原さんと共に先にベースに戻らせた。すでにこの屋敷に害になる霊はいないが、リンが付き添いだ。それ以外は、母屋の中を調べるために残った。ぼーさんとジョンは原さん救出時には別の場所に向かったことから、すでに一部の部屋を確認済みだ。
早速、俺とナルを二階のとある部屋に連れて行った。
そこには、多くの人間の遺骨が積み上げられていた。おそらく生前美山が殺害していた人間のものだろう。
死後の犯行については規則性を失い、遺体は何の処理もされず色々なところに放置されていた。今回の調査中に失踪した、三人の霊能者の遺体も母屋の中に乱雑に積み重ねられている。
湿度の高く重たい空気に包まれる部屋の中、ぼーさんやジョンが俺の後ろについてきながら、口や鼻を手で覆う。ナルは眉一つ動かさないが、吸っていたくない空気だろう。
魔界に漂う瘴気はこれの比ではないので、俺自身はさほど難はない。かといって、ここまで人の血肉の匂いを醸してはいないので質の違いは感じた。
「ひどいもんだろ」
ぼーさんは俺に同意を求めるかのように呟いた。
美山が生前と死後に奪った命は凡そ六百を超えているだろう。計算したわけではなくて、このくらい殺すと魂がどうなるかを知っている、という経験から出した数字だが。
「殺した人間の血を浴びた魂は濁る」
唐突に始めた話に対して、三人はただ視線を俺へ向ける。
「そうなった魂は徐々に狂気に侵されて、正常な判断が出来なくなっていくんだ。ついぞ、魔が宿る」
「魔が宿る……ですか」
ジョンは俺の言葉を復唱した。疑問ではなく、どこか同意にも似た響き。
悪魔は人に憑いてその魂を堕落させたあと喰らうが、美山の場合はその魂を自分から変えてしまった。
当然二度と人には戻れないし、歩むべき輪廻や天の国への門は絶たれる。かといって不死の仲間入りは不可が下された為、与えられたのは”永遠の燃焼”だ。
「でも、あんたが浄化したんだよな?」
ぼーさんの質問に対して、俺は一考する。
二人は俺が美山を燃やした場面を見てはいないけど、発火能力があることはすでに共有されている。だから彼らにとっては美山は俺の炎によって浄化されたという認識になっているようだ。
「みんなのいう炎による浄化は、あくまでこの世に留まるしがらみを解くものに過ぎない。あれの魂が天に赦されることはないだろう」
「───……」
三人とも、俺の言葉を咀嚼するように静まり返った。
その後報告に必要な確認と浄化を淡々とこなす。魔力を少しずつ母屋の中に広げてから、最後は一気に出力を上げた。
母屋の外側から、まるで大火事のように燃えさかる光景を眺めた。
家も遺体も本当に燃えて灰になるというわけではないが、少なくともこの屋敷にいた霊たちは俺の炎によって、この場所との縁が焼き切れた。
長野から帰ってきたその翌朝、ナルは俺の家にきた。
インターホンが鳴っていたのはわかっているが、俺は起きられなかった。
たが合鍵を渡してあったので、ナルは自分でドアを開けて入ってきたみたいだ。物音がした後、寝室のベッドに沈む俺を見下ろした。
「……寝坊?」
ナルが心底不思議そうにしているのは無理もないことだ。俺は本来、睡眠を必要としない生物だから。とはいえ、眠る習慣を持っているが。
「まりょく……なくなった……」
よろり、と上げた手は結局、力なくぽとりと落とした。
ナルは一瞬目を見開いた後、俺の首の近くですぴすぴ寝息を立ててるジーンをひっつかんで離す。
何とか身体を起こしてもらったが、芯がないみたいにくたりとしていて、ベッドに腰掛けたナルの肩に寄りかかっているのが精一杯だ。
もう、いっそ寝かせたままにしてほしい。
「昨日、浄化に力を使いすぎたから?」
「それもある。あとはジーンが最近食欲旺盛で」
「……僕が暫く預かるか?」
「そうしてくれると助かるかも」
ジーンは特殊なので、ナルの魔力も食む。願ったり叶ったりの提案だった。
魔力の保有量が俺より少ないナルだが、今の枯渇状態の俺よりは大分ましだろう。二、三日くらいなら預けても問題ない。
「以前、体調不良で僕たちに会いに来ない時があったが、あれも?」
「そんなこともあったね」
俺は力なく笑う。あの時も娘に魔力を吸いつくされたのだった。そして娘から魔力を少し返してもらって回復した。
「顔色が悪い……血の気がないみたいだ」
ふと顔を上げると、ナルが俺の顔を覗き込む。
「人で言う、貧血みたいなものかな」
「休んでいたら回復するのか?」
労わるように背中を撫でてくれる手が、ほんのりと温かい気がする。
……まさか俺は今、自分の体温も上げられないほど弱っているのだろうか。
「寒い───久々に感じた」
「? ああ」
ナルは一瞬不思議そうにしていたが、自分たちの生態を思い出して納得した。
「休んでいたら回復するけど、今回はちょっと魔力をもらう」
「僕の? ジーンの?」
「ナルの」
単純に、ナルの顔が近かったから、手前だったからというのが選んだ理由だろう。あとジーンはまだ小さいし。
俺はナルの肩に手をかけて、身体を密着させた。その時、少しだけナルが身構えるように強張ったのが分かる。
「やめておく?」
「いや……、どうやってすればいい」
多分ナルは興味と、純粋に俺を助けようと思っていた。
なおかつ、俺が相手なので危険だとか不安だとかの気持ちはないのだろう。ただ、言葉通りどうしたらいいかわからないだけで。
「魔力の源はここ、心臓だ」
ナルの胸に手を当てて、トクトクと鼓動しているそれを意識するよう促した。
魔力は血のように全身を巡っているが、造血されるしくみとは違って、心臓に核を持ち、そこから生み出されるのが魔族と人間の違いである。
ナルの心臓にも魔力を作り出す核があって、それがナルの肉体に負荷をかける要因でもあるが、それはさておき。
「一度身体の中を循環させる。いつも、教えているとおりに」
最初はナルに自分の魔力を意識させることから始めた。
これは幼いころから俺が教えていた方法でもあり、リンに引き継がれて気功法へと姿を変えた。
「頭と胸と腹の三つの丹田を意識して、最後は指先に持ってきて放出していただろうけど」
ジーンとする魔力のトス然り、気功法然り、ナルは基本的に手をその吐き出し口にしていた。
ちなみに赤ん坊のころは無防備だったので、いつも身体の周りに魔力が滲み出ていた。だから俺はスキンシップやキスなどで触れるついでに魔力を吸い取ったり、自分の魔力を微量に流し込んで慣らしたりしていたのだが、ナルの身体が魔力を抑えることに慣れてしまった今はさすがにそれができなくなっていた。
「今回は、その巡らせた"魔力"を呼吸に溶かす」
心臓の周りを回転させていた手を、大きく広げて肺を意識させた。ナルの胸が膨らみ、熱くなるのを感じる。
その流れを俺は自然と笑いながら見守り、今度は指先で喉を撫で上げ、顎を掬った。
ナルの口が自然と少し開かれる。
「さあ、ゆっくり、息を吐きだすんだ」
俺の言う通り、あたたかな息がその唇から零れてくる。
それを触れるか触れないかのところで、俺の唇が吸い込んだ。
至近距離で見下ろす睫毛がふるえた後に羽ばたき、時折たどたどしくなる呼吸の合図をする。
ナルの魔力は、濃度こそあまりないが、俺の冷えた身体を癒すにはそれなりに有効だった。
この後ジーンを預けるのを考えて、余力を残して魔力の供給を終えたけど、当のナルは少し放心気味だった。
魔力が身体から抜けたことで、一時的に無気力になっているのだ。
自力で起き上がれるようになった俺は、大丈夫かと投げかける。ナルは返事こそしないが、体調が悪いようなそぶりはなく、何度か小さく頷いた。
そしてジーンがナルの腕をよちよち歩いていたのをそっと掬い上げて、ベッドから立ち上がる。立ち眩むそぶりもないので、多分大丈夫なのだろう。
「そういえば、分室維持の申請出したんだって?」
リビングに場所を移し、俺は対面式キッチンでコーヒーを入れながらナルに投げかけた。
カウンターに頬杖をついて、俺のドリップする様子をぼんやり眺めていたナルは、おもむろに顔を上げた後その話かと声を漏らす。
「まだ正式に決まってはいないけど。まどかから?」
「そう」
コーヒーは飲むことよりも、淹れる時の匂いや動作、雰囲気が好きかもしれない。自然と零れる笑みを隠しもせず、香ばしい一杯をナルの方においた。
話題にした分室維持については、以前からナルに聞いていたことだったけど、申請まで出したことを知ったのは、つい昨日のことだ。
飛び入り参加した調査の帰りに、まどかが厚意で俺を送ってくれた。
俺は文字通り"飛び入り"だったので、飛んで帰るつもりだったけれど皆がこぞって一緒に帰れば良いと言うものだから、ちょうど話がしたかったことだしまどかの申し出に乗った。車内でまどかとは、初めて会う挨拶から、日ごろのナルやジーンのこと、幼い日のあれこれ、それから今後のナルについてをたくさん話した。
───「デイヴィス教授は、ナルの選択を尊重するようです。夫人は寂しくはあるようですが……ジーンのことを思うと叔父上と一緒の方がナルの気が安らぐかと」
まどかはナルが日本に居続けることに関して、養父母の心持を語った。
所属する上層部もおおむねナルの選択を好意的にみるのだろう。ナルが提示した研究意欲は至極真っ当なものだったし、西欧諸国にとって日本という国は小さいが独特で興味深い。
だがまどかやデイヴィス夫妻には、もう一歩ナルの思考が見えているらしかった。
───「ナルやジーンにとって、【父】とはやはり、あなたなのでしょうね」
夫妻は特に双子が大きくなったら俺と暮らすと言っていた事を覚えているので、その思考に至ったようだ。まどかも話には聞いていたのだろう。
ふつうの赤ん坊としても、不死鳥の雛としても、双子の「父」は俺で間違いないだろう。兄の子という事実はもはや、何の役にも立たない。
そういうわけで、ナルが分室を維持し続ける理由に俺の存在があるというのは、関係の近い人なら分かることらしかった。
それをナル本人が口にしない以上、周囲も表立って指摘することはない。けれど、一度養子にまで出した俺がどう思うかもみんなの気になるところのようだ。
仕事として日本にいることを決めた以上、距離が近いことは確かだし。
「ナルが日本にいることが正式に決まったら、……また一緒に暮らすのもいいかもね」
俺はまどかにも伝えたことを、同じようにナルに言った。
これは実質、俺がナルを受け入れるという意味になる。今までも別に受け入れないという意味ではなかったけれど。
「───叔父さんが、いいなら」
「いいよ。前とは状況が違うし」
ナルは意外そうに目を見開いた。俺は八歳の彼らを、ほぼ無理やり巣立たせたからだろう。
だけど今言った通り、あの時とは状況が違う。
「今のナルは人として真っ当に生きてきた経験がある。でも今度は、やっぱり自分が人とは違う事を知った」
「ああ」
「ジーンもこんな状況になったし、やっと、本当に自分のことを全て知るべき時が来た。ジーンを育てるのも、ぼくと暮らすのも良い学びになるだろう」
「───以前、いつかは一緒に暮らせるようになるといったのは、この時のためだった?」
ナルは小さく首を傾げる。
あの約束を口にして憚らないのはジーンだけだと思ってたよ……。
「ちょっと違う」
「じゃあ、適当に言ったのか」
「そうじゃなくて。まだお前は魔族のことを知らないだろう。本当に成熟したら、わざわざダディと一緒に住む〜なんて言わないんだよ」
俺は双子が子供の頃は言わなかったこの本音を、少しだけ大きくなったナルには堂々断じた。
小さいころならそれに反感を持ったり、ショックを受けたりするかもしれないが、今くらいのナルなら理解もできるだろう。
とはいえ、なんだか拗ねたみたいに静かになってしまったけれど。
...
キスしてないように書いてるけど多分何度かぶつかってはいて事実としてはキスしてるんだろうけど、行為は魔力供給という名の給餌であり人工呼吸なので合法(?)だと思います。
BLはBLでもBirds Loveですね。
Dec. 2025