Engage. 03
───パン!
何かを叩くような音がして、意識が浮上する。
俺はもっと凄絶な音と衝撃をこの身に味わったはず……。
「林興徐……っ、あなたがついていながら、これはどういうことです!!」
「……申し訳ありません」
姉さんの叫ぶような声と、興徐の感情を押し殺すような声がした。
どうしたのって声をかけようとするが、俺の身体は言うことを聞かない。
目を開けると視力が悪くなったみたいにぼやけていて、声を出すどころか口を開けるのも精一杯。手を上げようにも、そもそも身体の感覚がほとんどなかった。
「、……───……」
だがわずかに身じろぎし、息を吐いたんだろう。
はっと息を飲むような気配がして、二人が駆け寄ってきて俺を見下ろすのがかろうじてわかった。
「「!!!」」
二人してワーワー何か言ってる。
どうやら俺は事故にあって、一命をとりとめたようだ。
事故からは三日ほど経っていて、姉さんは日本から急いでこちらに来てくれたみたい。
そんなことより、さっきの言い争う声はなんだ。まるで俺が事故に遭ったことで興徐を責めるような口ぶりじゃないか。
「ああ、どうしてこんなことに……私が見た未来にこんなものはなかったっ!!」
姉さんは泣いて震えるような声でそういう。手を取られた気がするが、なんだか変な感触。きっと俺の身体には麻酔が効いてるんじゃないかと思う。
興徐の手も伸びてきて、俺の頬を滑った。
顔にもガーゼだか包帯がついてる気がしたけど、これも良くわからない。
さっきより少しだけ意識がハッキリしてきたので、喉を開こうとして咳が出る。
俺がしゃべろうとしていることに気が付いたのか、興徐が顔を寄せてきた。
「ごめ……ね、結婚、できなくて……」
「!何を馬鹿なことを……っ」
出来ないと決まったわけではないのに、そんなことを言ったので興徐は声を荒らげた。
怒っているというよりは悲しみに近い気がする。
事故に遭った日は俺の十八歳の誕生日だった。
パートナーになる届を出すために外に出た。その道中、大型車の暴走に巻き込まれた。
一緒にいた興徐に怪我がないようで、俺としてはそれが嬉しいのに、二人とも俺を守れなかったと悔やんでいる。
「これは、誰のせいでも……いや、俺の、せいなのかも……」
「どういうことです」
「まさか───」
本来であれば車を暴走させた運転手のせい、といいたいところだけど、俺には心当たりというものがあった。
訝しむ興徐をよそに姉さんは目を瞠り、何かを言いかけた。しかしその時、病室に新たに人がやってきた声がして話が遮られた。
首が上手く動かないから見られないけどナルとジーンだろう。
「目、覚ましていたのか」
「大変な事故だったって……」
二人が俺を覗き込んできたのがわかり、応えるように微笑みかけた。
入れ違うようにして姉さんが俺のそばから離れて、ナルとジーンを見ている。
「あなたがたはオリヴァー、それからユージンですね」
「そうですが」
「はい。あ、のお姉さん……?」
会うのは初めてだろう。興徐が少し間に入って紹介するのを聞きながら、俺はハラハラとベッドの中で見守った。
姉さんはきっと気づいてしまった、俺が、何をしたのかを。
「この度は、申し訳ございません。深くお詫び致します」
そういって、姉さんは深く頭を下げた。
ナルとジーン、それから興徐は、わけもわからず困惑している。
俺は罪悪感から、きゅうっと目を瞑った。
遡ること半年ほど前、俺はある未来を夢に見た。
空港でジーンを見送る光景、まどかやラボの皆が涙する姿、ナルと興徐がデイヴィス夫妻に見送られて空港で見送られるところ。
───ジーンが、命を落としたらしい。ナルの上下黒にした装いも喪服としてその死を物語っていた。
その後、ナルと興徐が降り立ったのは日本だ。調査で訪れる学校や家、出会う人たちを見ていればよくわかる。
その日本でナルはたびたび一人で遠出する。まるで何かを探しているようだった。
話している内容や調査の細かい出来事なんかはわからないけど、日本に拠点を置きながらジーンを探しているかに思えた。おそらくジーンは表向きには消息を絶っていて、ナルがサイコメトリーをして死を知ったんだと思う。
俺は怒涛に降り注ぐ雨のような情報に翻弄され続けた。
そして目を覚ます間際に、湖から引き上げられたシートに包まれた『何か』をナルが見下ろす映像があった。
自分の能力で他者の死を予見したのは初めてだった。
姉さんは何度か見たことがあるだろう。俺も同調して知ったことはある。でも、親しい友に死の影が忍び寄ってくるなんて、どう心で受け止めたらいいかわからず混乱した。
だが下手に人に相談をしては、未来を変えることになる。
否、この時からすでに、運命を変えない選択をする気はなかったのだけど。
「僕たちの未来が見えない?それと謝罪に何の関係があるというんですか」
ナルはよくわからないと言いたげに首を傾げた。
俺が画策した結果、ジーンの死、そしてナルの未来が変わった。姉さんが見えないというのなら、何かイレギュラーがあったということで、一目で気づいてしまったようだ。
「はなんらかの形であなた方の運命を捻じ曲げたようです。───その、ツケを払ったのね」
「かも……本当にこんな形で、来るとは思わなか……こほっ」
長く話していると咳き込むので、興徐が心配そうに見守る。
ぎゅうっと寄せられた眉間の皺が、俺を怒る為なら良いけれど、ナルとジーンを責めるためには刻まないでほしい。手を何とか動かして望むと、そっと顔に持ってきてくれたので、頬やまなじりを撫でる。
そこには疲労が刻まれていて、俺が目を覚ますまで眠っていなかったんだろうと分かった。
「それこそ、謝ることではありませんよね。に反動が来たということは、僕たちのせいなんじゃ」
「───未来のない人間など前代未聞です。これからさき何が起こるのかもわからない」
「本来、未来とは不確定なものだと思いますが?」
「それでもあるはずだった未来を大きく変えることは禁忌と言われています。……たとえそれが誰かの命を救うためであっても」
「お待ちください───誰かの命を救ったということですか?ならはどうなるんです……っ」
今まで手を握って付き添っていた興徐が、顔色を変えた。
「わかりません。、あなたも生半可な覚悟で手を出したわけではないでしょう」
姉さんは背筋をしゃんとのばして、俺を見た。そしてまた言葉を続けながら皆を見回す。
「わたくしたち一族は未来を見て、場合によっては未来を変えるための助言を致します。あるべき未来を免れ、変える。最小限に押しとどめ、原因だけを取り除くためには慎重にやらなければなりません。この度のことも、は手を打っていたのではありませんか」
最後にまた、俺を見て問う。
俺が取り除きたかったのは、ジーンの死だ。だけどその死をきっかけにナルや興徐、そして俺は日本に行くことになっている。
だから俺はSPRのフィールドワーク研究を日本にも広げてみたらどうかと提案をしていた。
「日本で、仕事する……」
「まさか、だから分室を置きたいと?」
「ん」
俺の言葉に周囲はたじろぐ。
日本に分室を作ろうと提案した俺の目論見が、ここにあったのだとみんなが気づいた。
最初は試しの為に半年ほどの期間設定だったけど、春から日本に行くつもりだった。ジーンは先に日本へ行き霊媒の仕事をいくつか受ける予定があったけれど、そこには俺もついていくつもりでいた。
ただし今回俺が事故にあったことで、ジーンも行くどころではなくなったはず。
結果的にジーンの死という未来は絶たれた。俺が未来を変えたツケがこれなのか、それとも死を免れるために『使われた』のか、正直わからない。取り扱いが非常に難しい問題だ。
「……から、ぉねがい……春になったら───にほ……んぇ」
どんどん呂律が回らなくなり、呼吸が浅くなる。
皆が必死に俺を呼びかける声が、遠ざかって行った。
どうやら容体が急変して、三週間ほど昏睡状態に陥っていたらしい。
頭を強く打ったことによって脳に出血や腫れがあったようで、いつ死んでもおかしくなかったみたいだ。
日本に行けというのが遺言となり未来が守られる、という形にならなくて安堵した。
部屋に泊まり込んでいた姉さんには俺が死んでしまうのかと思ったと泣かれ、目覚めたと聞いて駆けつけてきた興徐も言葉なく俺に縋りついてきた。
姉さんは興徐と入れ違いに、一度休むといってホテルに向かった。なので病室には今、二人きり。
リクライニング機能で上半身を起こして、ベッドに座る興徐を抱きしめる。
痩せた気がする、興徐も俺も。と、身体の感触を確かめていると自分の手が目に入る。傷や包帯、点滴の管なんかよりも違うことが気になった。
「俺の指輪、どこ……?」
「処置に障るといけないので、外してあります」
「よかった、失くしちゃったかと……」
興徐はそっと身体を離して、引き出しからケースを出す。
いわずとも指輪を持ってきてくれたので、左手を差し出すと、掌を持ち上げて嵌めてくれた。
事故に遭う前の日からつけ始めた、結婚指輪だ。興徐の左手の薬指にも同じものが嵌まっている。
「あ……ゆるい……?」
「そのようです」
見るからにサイズが大きいというよりは、若干の変化だ。でも滑りやすいという感覚がこわくて、手を上向きのまま動かせないでいる。
ふと、その手の先に興徐の顔があったので、頬に手を当てた。
「そういえば、姉さんが叩いたんでしょ、ごめん」
「……あのくらい。が受けた痛みに比べればなんてことありません」
「興徐を叩くのはお角違いだよ」
すりすりと頬を摩ると、くすぐったかったのか俺の手を取って握る。
「いいえ、お義姉様は私と一緒になることがの幸福と信じてくださったのです。私はその信頼を裏切った」
「裏切ってない……俺が何も言わなかったから悪いのに」
肩に顔をうずめると、僅かに空いた背中の隙間に手が差し込まれる。
「なら、私に相談すること」
「はい」
「二度と離れないと約束して」
「うん」
「私と結婚してくれますか?」
「……よろこんで」
ゆっくりと言葉を交わしながら、見つめ合いキスをした。
届を出しに行く前にも同じようなやり取りをしているが、今回俺が死にかけたことで仕切り直しみたいになってしまった。何度言われても嬉しいから、怪我をした甲斐がある……といったら怒られそうなので言わないが。
唇が離れていく感触にゆっくり目を開けて、温かい吐息が肌に当たって名残を惜しむ。
「───あ、」
そんな中、俺は情緒もへったくれもない、間抜けな声を出した。
興徐もその声に驚き、少しだけ身を引き不思議そうに俺を見る。
「いや、俺はしばらく退院できそうにないし───春から日本でしょう?約束は難しいかなって」
「何を言ってるんです、私は日本に行きません」
「え」
「を置いていくわけないでしょう」
「でもお……」
ナルだけを行かせる?それは絶対に駄目だ。
ナルとジーンだけ……も、心配。
そもそもジーンが日本に行く未来は見えていないので、その辺も相談をしなければならないし。
研究室には他にも頼りになる大人はいるけれど、ナルとの相性なども踏まえて最も適任なのは興徐だし。親御さんからの信頼もあついんだけど……。
結局、姉さんとの協議の結果ナルと興徐は春から日本へ行き、ジーンはイギリスで俺の介助をすることになった。
退院すらできていない俺は見送りも行けなかったけれど、ジーンが代わりに行ってきてくれて、なおかつ「リンにすごい恨まれた」そうなので何とも言えない気持ちになった。
俺がジーンの死を回避しようとしたこと自体はおそらく怒ってないだろうけど、違う意味で関係にひびが入ったかもしれない。
まあ、ジーンに限ってそんなことで人間関係が壊れることはないだろうが……。
*
リハビリを経て退院後、俺は一人で興徐の家に住むのは危ないということで、ジーンと共にデイヴィス家に居候することになった。
日本へ発つ前に興徐が手続きを済ませている為、俺たちは正式に結婚できたんだけど、新婚早々に夫が単身赴任し、嫁は他の男の家に住むという言葉にしてみると中々な事態になっている。
浮気は心配してないけど、嫉妬と悔しさはあると言われた俺は、そんなところも好き……とかアホな事抜かしてジーンに呆れられた。新婚なんだからいいだろ。
そうしてマメに連絡をとりあい、ジーンは適度にこきつかい、俺も頑張ってちょっとずつ歩けるようになった。
当初半年の予定だったSPR日本分室はナルから維持の申請が出され、一年が経とうとしている。
日本の心霊現象はナルの知的好奇心を刺激したらしい。
一方で興徐はほぼ毎回連絡の時は帰りたいと言ってるのが不憫で、一周回って可愛いみたいなところがある。
最近のマイブームは俺に会いたいと言ってくれる興徐を、飛び切り甘い声で励ますことです。結婚してから全然会えてないので俺たちはまだ新婚なのだ。
姉さんは日本に居て、度々ナルと興徐の様子を気にかけてくれるし、俺もジーンの様子を見ているが時折彼らの未来が見えるようになってきた。
たとえ予知した未来があっても何かの拍子に変わることはあり、現実が結局一番強いということだ。
やっと馴染んできた───そう思った矢先、まどかからとある噂話を相談された。
なにやら日本の『南心霊調査会』という聞いたことのない霊能者たちがオリヴァー・デイヴィスの偽物を連れて歩いてるらしい。
俺はその時ぴんっと知るはずのない人々の顔が思い浮かんだ。一緒にナルと興徐がいるので、もしかして話に聞いていた時々協力してくれている霊能者の人たちじゃないだろうか、とひらめく。
「ねえまどか。それ、ナルにお願いするの俺が行ってもいい?」
「え?でもあなた、まだ身体が……」
「どうせ飛行機では動かないんだから、寝てればどうにかなるよ」
「大丈夫なの?に何かあったらリンがすごーく落ち込むんだからね!!」
「どっちにしろ、そろそろ日本へ行こうと思ってたんだ」
せめてジーンを連れていくべきとか、興徐に相談して空港に迎えに来てもらいなさいとか、色々言われたけれど俺はのらりくらりと躱して日本行きの権利をもぎ取った。
前触れなく事務所に顔を出した俺に対し、興徐もナルも驚いてくれた。
ついでにアルバイトの谷山さんもだ。
協力してくれる霊能者以外にもアルバイトを雇ったということを頭からすっぽ抜けていて、対面した時ぽかんとしてしまったのは余談である。
谷山さんはナルが来ると同時に帰ってゆき───正確には帰され───ナルは俺が依頼をお願いすると渋ったが文句までは言わずに応じた。そして協力してくれる霊能者に連絡を取ると言って所長室にこもってしまった。
「帰っていいってことかな」
「でしょうね。ホテルはどこを?」
「とってない。実家に泊まろうと思って」
「前もって連絡があれば私が用意したのに」
「だから~、前もって言ったら来るなって言うでしょ~?」
「……」
「我很想念你……」
少し拗ねたみたいな顔をして目をそらす、何も言えなくなった口に、ちょっと腰を上げてぷちゅっとキスする。会いたかったのだと告げると、俺の両方の頬を大きな手が包み込んだ。
「……よく、顔を見せて」
「んふふ」
久しぶりに生身で会えるというのが嬉しくて、じっと顔を見つめたり、意味もなく触れ合ったり、匂いをかぎたくなったりしてしまう。
「姉さんには、興徐も泊まるかもって言ってあるんだけど……どうする?」
「では、お言葉に甘えて」
事務所でこんなことしてるのがナルに見つかったら大目玉だなあ、と思いつつ額に唇が寄せられるのを甘受した。
実家では姉さんと叔母夫婦と、手伝いの人たちが出迎えてくれた。
事故にあったときもえらく心配させてしまったので、元気な顔を見せることができて良かったと思う。
少しお茶をした後は夕食までのんびりしていたらと言われて、用意してもらった部屋に行き久しぶりの畳に身体を投げ出す。
「はうあー……」
「横になるなら、布団を敷きましょうか」
気の抜けた声を出しながら畳に手足を滑らせている俺を、興徐が見下ろして苦笑する。
「んーん、いい。布団に入ったら眠っちゃいそうだし……風呂入っていいよって姉さん言ってたし」
「ああ……たしか、檜の」
「そうそう、実家を離れるときに一番つらかったのはこの風呂から離れることです」
寝転がった後起き上がれない俺を見かねて、興徐が俺を抱き起こす。
俺の家は家族が多いし、住み込みの手伝いや客人が泊まることもあるので、いくつかのお風呂がある。そのなかでも客室にある檜の浴槽の半露天風呂がお気に入りだ。
姉さんは分かっててその部屋を用意してくれていたので、すでにお湯が張ってあるはずだ。
興徐を連れて部屋の奥にある脱衣所を抜け、浴室のドアを開けたらふんわりと檜の匂いと湯気が俺を圧倒する。
「二人だとちょっと狭いかな」
「私は介助をするので、服を着て入りますよ」
「え~」
「まだ身体が万全ではないのでしょう?」
今の今まで一緒にお風呂に入るつもりでいたので、ちょっとがっかりだ。
確かに俺の世話をするなら、あとで一人で入った方が良いか……。裸同士では介助もしづらいし。
そんなわけで至れり尽くせりの入浴が始まった。
服を脱いで身体や頭を洗ってもらって、たっぷりお湯の入った浴槽に身体を沈める。疲労や安堵と快楽がないまぜになって、大きな吐息となり、やがて湯気となった。
浴槽の縁に後頭部を乗せて上向きになると、トリートメントを付けた髪を興徐の指が梳くので思わぬヘッドスパに身体がリラックスしていく。
もっとしてもらおうと頭を持ち上げて前を向いた。
すると頭を揉む手とは反対で首筋や肩を指圧されてどんどん身体が解される。
ちゃぷちゃぷ、とお湯が揺れ動く音に、濡れた肌が触れ合う音、俺の笑い声に交じり興徐の気持ちよさを問う声で浴室は賑わっていた。
「後で俺もやってあげるね」
「が、この後眠ってしまわなければ」
ネックレスの鎖の間に指が入り込み、鎖骨をつるりと撫でた手を、肩と頭でえいっと挟んだ。
俺がふざけているのと、ちょっと抗議しているのをわかって、興徐はクスクスと笑った。
「そういえば、指輪はしてこなかったんですね」
「ああ……まだ若干緩い気がして。だから失くさないように、ココ」
今しがた弄られたネックレスには結婚指輪を通してある。
ずっと身につけていられるような材質のものにしたので、基本的に入浴時も外していない。
「興徐は指輪してるけど、皆に結婚してるって言ってるの?」
「いいえ、見ればわかることですから」
「俺のことは?」
「わざわざ話すことでもありません」
「そうだね~。あ、そこ、きもち~」
再び始まったマッサージに身を委ねて、とろんと蕩けた。
*
依頼はオリヴァー・デイヴィスの偽物さん本人が詐欺だと暴露したことによって終了。
その後ひと悶着あったけれど、無事全員揃って東京に帰ってくることができた。
だけど疲労困憊の俺は、その日の晩から熱を出した。
「ふろ……」
「熱が高いのでいけません。身体を拭きますから」
「う"~」
ネックレスを外され、服を脱がされながら、興徐によりかかってお湯で湿らせたタオルで清められる。
「大きい方の風呂、一緒に入ろうと思ったのに」
「元気になったらいくらでも」
最後は別のタオルで水気をとってもらい、浴衣を羽織らされたので自分でのろのろと着付けた。
「指輪はここに」
「───ん」
布団にもぞもぞと入ると、枕元に水や体温計といっしょにネックレスと指輪を置かれたので、左手を差し出す。
言葉にせずとも興徐は俺の手をとり、指輪を嵌めた。
こうしてたびたび、サイズが合うか、元の健全な身体に近づけているのかを確認するのだ。
「そろそろ、つけててもよさそう」
「そうですね」
手を握ったり開いたりしながら、感触を確かめる。
軽く振っても飛んで行ったりはしないあたり、ほとんど問題はないだろう。
「同じ指輪って気づくかな」
「ペアかどうかまではわかりませんよ」
そっと指輪を外されて、寝かしつけられる。
枕に頭を乗せると髪を梳かされて、とろんと顔の力が抜けていく。
「でもあの人たちなら……まあ、いいかなあ」
興徐の小さく「そうですね」といった声を聞いて、それ以降静かに目を閉じた。
今回実際に会って話をしてみて、皆は人見知りの激しい二人と思いのほか上手くやれてると思った。
なんだかんだ信頼しているみたいだし、これから先付き合いが続く予感がある。
そして俺と興徐が親密な関係だということも気づくだろう───これは、予感というよりも、経験則だった。
End.
鮮血編の裏話でした。
とりあえず主人公の結婚と事故の経緯(?)と、ジーンが生きてること、指輪に関するお話、それから陰でいかにリンさんとイチャイチャしてたかを書きたくて……。
リンさんがイギリスにいたとき婚約の話を人にしたのは外堀埋める為でもあったんだけど、日本では奇異の目で見られ、好奇心で首を突っ込まれるのがイヤなので一切言いませんでした。
ただ今後は嫁が傍に居るので隠せないんだよなあ~愛を。笑
主人公の家系についてはナルとジーンも『有能』と判断しているけど、今後が見えないことに関してはただそちらが見えないだけだろう、程度にとらえている。ジーンは主人公に救われたと認識してはいるので、お姉様の当分日本には行かない方が良いかもという助言に従い、リンの代わりに主人公の面倒を見ると買って出た。ごくごく普通の責任感と友情、親愛から。
ナルはもともと主人公に「にっぽんのゆうれいはいいぞ」と唆されていたので、予定通り向こうでフィールドワークしてみるだけ。過保護(?)なのは死にかけたのを見てたからと、嫁溺愛夫が出てくると面倒くさいから。
余談ですがジーンは九月頃日本に来て阿川家から一緒に調査したらいいな~とか思ってます。
May.2023