05
ナルが会話をするようになったから、もう大丈夫かと思い待たせてる皆に連絡を入れるべく携帯を開いたら、いつのまにかメールと着信が入っていた。学校内では一応サイレントにしてたから気づかなかった。着信はぼーさんとジーンで、綾子からは一言文句付きのメールで居場所を聞かれている。予定の時間になっても連絡しなかったからだろう。
「ナル、だいじょうぶ?帰る?」
「だいじょうぶだ」
ナルは隣で俺の携帯を見られるので察しているんだろう。声をかければ、不機嫌そうではあったけど返事をして立ち上がった。俺は手短に合流場所を綾子にメールしてから立ち上がり、ナルに続いて教室を出る。壁の所に寄りかかって待っていたナルも携帯を弄っていたらしくて、俺が顔を出したらちょどポケットにしまっている所だった。
「ジーン?」
「ああ」
多分、合流場所の連絡が来ていたのだと思う。そういえば俺とナルが一緒に居るってこと言ってなかったっけ。
さっきは具合が悪そうだったからだけど、今回はただ人混みで互いの場所が確認できないのが面倒だからと、勝手に手を取って歩いた。ナルはどうせ嫌そうな顔か無表情なので様子は確認しないことにする。幸い今は女装中で、俺のハイクオリティが転じてただの男女に見える筈なので目立つ事も無い。いや、仮装したピンク髪女子と絶世の美男子だから目立つかもしれないけど。
話しかけられてもデート中なので!って言えば引き下がられるし、俺の学校なので道に迷う事もなくさくさく待ち合わせ場所に着いた。
「お、なんだお前さんたち、途中で一緒になったの、か?」
人混みから抜け出た瞬間、先に来ていた皆が俺たちを見つけた。ぼーさんが俺たち二人が一緒に来たことに気づいたけど、視線を下げて行く。ああ、手ぇ繋いでた。
「いや、一緒にいたんだ」
繋いでいた手を放しながら、鬘の毛を整える。
「え!?ずるい」
ジーンがすかさず声をあげたと思ったら、続いて綾子が「やーだ、抜け駆けぇ?」とか真砂子が「あたくしたち待ってましたのに」とか言いはじめて、なんか俺が悪いみたいな感じになってる。
「ず、ずるかった……?ゴメンネ」
ずるくな、い、よね?と思ってたんだけど、プンプンされてるので謝っておこう。
「いや、さんのことちゃいますよって」
「ナル坊がを一人占めしてたってことだよ」
ジョンが慌てて俺に説明をしてくれて、ついでにぼーさんが俺の頭をぽんぽん撫でたのでようやく、責められてるのがナルの方だと分かった。そうか、今日の主役は俺だったのか。たしかにそうだな、俺の学園祭に来てくれたんだもんね……。
「あはは、でもナルとは人混みに酔って休ませてただけで、別にお店まわったりしてないよ」
「まあ、そうだろうと思ってたけどね」
綾子は最初からふざけた感じだったので、笑いながらぱしんと背中を叩かれた。
それから相変わらずなんでついてきてるんだろうと思う程静かなナル以外はおおいに学祭を楽しんだ。
「おい、」
「ん?」
女装のまま遊んでいた俺は、頭を鷲掴みにされて声の主を見上げる。
「そろそろ戻んぞ。着替えてねーし」
「大輝」
開放時間ギリギリまで遊んでいた俺を偶然見つけたっぽい大輝が声をかけてきた。別に時間になったら皆帰すし、そしたら俺も戻るのになあ。どっかの誰かさんと違って、サボらないよ?俺は。
「あら、誰?」
無粋ねぇ、とつけたいのを我慢してるのか、ちょっといじわるな顔をした綾子が大輝を見上げる。
「身内みたいなもんだ」
「……まあ、あながち間違ってはいないか。家が隣で幼馴染みの大輝クン」
ふんぞり返るようにして言った大輝は未だに俺の頭に手を置いてる。あのね大ちゃん、俺はあなたの腕置きじゃないのよ?
ジーンが聞いたら泣くとか話してたから会わせるつもりはあまりなかったんだけどなあ。
「みんなを校門の方まで送るよ。そしたら教室戻るから」
大輝の手を取って、甲をぺちぺち叩くとしょうがねーなみたいな顔して大輝は去って行った。そもそも大輝、同じクラスじゃないじゃん……。
珍しい行動だなあと思いつつでっかい背中がのそのそ遠ざかって行くのを少しだけ見送ってから、振り向いた。
「可愛い幼馴染みだな」
「え”っ?」
ぼーさんがにんまり笑ったので、俺はドン引きしたのを隠しもせずに反応した。
「いやいやっ、そういう趣味じゃねーからな!?」
「自分の知らないさんの知り合いに嫉妬したんですわね」
「ああ!それは可愛いな」
弁解するぼーさんの隣で、真砂子が苦笑しながら教えてくれたので同意する。今まで基本的に友人は共通してたし、顔見知りとかだったからなあ。むふふっと気持ち悪く笑うと、ナルが隣で「気持ち悪い」と突っ込んで来た。酷い。
そして俺は、校門まで案内しながら、大輝の小さい頃のエピソードを披露した。
その時もジーンは大人しかったから、平気かなあなんて思っていた。
「ねえ、のファーストキスっていつ?」
学園祭から一週間経った土曜日にバイトに入って、特別おかしなこともなく事務仕事に精を出していた俺は、紅茶を出した時にジーンにこんな話題をふられて一瞬固まる。
「なに、急に、何の話?」
「だから、ファーストキス」
いつも通りの物静かな感じで、紅茶を一口飲んでから言い直したジーン。
まるで、中学のとき修学旅行どこだった?みたいなテンションである。京都だよって答えるように、中三だねって答えてやったほうがいいのか?
「えっと……?」
「いつ?」
ふわっと笑って、重ねて問われる。何故知りたいのだ……そもそもファーストキスってどこから考えたらいいんだ?人に言えない時期があるんだけど。
「桃井としては、いつだった?」
「あ、うーん……ちょうど一年前かな?」
「最近じゃないか……もっと早く出会えてたらよかった」
ショックだって顔をしたまま、ジーンは米神をおさえた。俺のファーストキスを阻止したいんですか?いや、してくれてかまわないけどね。気にはしてないけど、合意の上のキスでもなかったので。
「もしかして、あの幼馴染みの子じゃ……ないよね」
「違う違う」
大輝な訳が無い。アイツは俺を男だって知ってたわけだし。あ、小さい頃にちゅーしたことあるけど、ちゃんと唇はとっておいてやったし、ほっぺに吸い付いただけで、キスのうちには入らないよね、うん、大丈夫。
「大輝の事、気になる?」
大輝の話題になったらさすがに、ジーンがちょっと良い気分ではないことも分かる。
でも人間関係ってのは誰にでもあってさあ、仕方ない事だと思うんだよねえ。
「たしかに、ナルやジーン達と比べたら長い付き合いになってるし、大事にしてるんだけどさあ」
ぽりぽり、と頬を掻く。
あー、なんていったらいいんだろ。君が一番だよって言うのか?口説くのか?正直順位つけてないし。
「俺はこれでも、ジーンを一番頼りにしてんだよ?」
「え」
総合順位はないけど、考えてみたら俺はどうしようもないとき助けを求めるのはジーンだ。
「ナルは」
「安心して任せられる人ってかんじかな?事件とかごたごたを収めてくれるからそう言う意味では頼りにしてる。でも身の危険を感じた時はさ、ジーンを頼っちゃうんだよ。一番の心の支えはジーンだ」
今はそういう危険がないから、ジーンを頼る事は無いけど……とはあえて言わない。
そしてジーン達が居ない今までは困ったら大ちゃん……とか言ってたのも内緒である。
「そうかな」
「それに俺たちは大きな共通点があるじゃん」
すると、ジーンはきゅっと口を結んだ。
俺たちは一度死んでいる。再び目をさましてしまったのは二人とも同じで、夢を見ているのではないかと不安に思う気持ちは互いが在ることで少しやわらぐと思う。
ジーンはその不安を和らげてくれる俺に半ば依存しているふしがある。
俺は生まれ直してるし二回目だから一人でも確信もてるけど、ジーンにはそれがないから、俺なんだろう。俺としてもまあ、ジーンが居てくれると心強いしね。
どうだ?ん?と笑いながら顔を見ると、ジーンはきょとんとしていたのをゆっくり柔らかい笑みに変えていく。とびっきりに甘ったるい優しい笑顔である。そのまま俺の頬を白い指先が撫でていって、桃色の髪の毛を耳にかける。
なんか、このシチュエーションはデジャビュな気がする。前も、こんなことがあった。あの時ジーンは霊で俺は人間で、夢の中でのこと。ちょっと困ったような顔もしてたけど、今はそれが無いのが些細な違いだろうか。
これで男女だったら凄い良いシチュエーションで、まるでキスする前触れみたいだなんて、心の中で突っ込みを入れたものである。それが、今、現実で起こってる。
「ずっと、こうしたかったんだ」
囁いた低く艶のある声が俺の唇にぶつかったと思ったら、今度はその唇を奪われた。
もちろんジーンの唇によってで、まぎれもないキスで、この人生でのファーストキスなんて可愛い接触だったなってくらい立派なキスでした。
俺は目をぱっちり開けたまま硬直し、唇を弄ばれるのを受け入れていた。いや、ただ動けないだけなんだけど。
はむりと食まれた唇が開いて、隙間を埋めるように唇が嵌められて、ちろり出た舌が俺の口の中を舐めた。おまけに唇も舐めて湿らされ、吸い付く音や接触の音がやけに響く。
やめろと訴えたくても、バードキスが攻撃してくるので、言葉にならない。
俺は根っからノーマルだし、今まで好きになった子はもちろん女の子で、性的に興奮を覚えるのも女の子で、つまりまあ、男はいくらジーンやナルみたいな美少年でも、可愛いジョンでも、興奮しない。ただしキスされりゃあ顔も赤くなるだろうし、恥ずかしいし、心臓はうるさいのである。しかも、夢中になってちゅっちゅされると、本気でどうしたらいいかよく分からない。今までこんな風に好意を向けられた事ない……ぞ……。テツくんよりパンチ力あるぜ。開き直ってるよね、絶対。
俺はまるでナルみたいに硬直してしまった。ナルも押せばキスさせてくれるってことか?うわ、心配……。
「考えゴト?」
「へ?」
ようやく開放されたけど、咎められるように問いかけられる。
「酷いな」
「いや、びっくりして……どうしたもんかと」
緩んだ腕から抜け出して手の甲で唇を拭う。
ジーンは驚かせてごめん、と笑ったけど勝手にしたことに関してはノーコメントだった。
それからのジーンは人目を避けては俺にくっついてくるようになった。ほっぺにだけじゃなく唇にもキスをしようとしてくるので、俺はひょいっと避けるようにしていた。
唇のキスを避けたらほっぺにもさせないので、滅多にしてこないけど、でも狙われてるのは事実だ。
「なんでさせてくれないの?」
ある日ジーンのキスを避けたあとに、不満そうに言われた。え〜まるで俺が悪いみたい〜。
外国育ちだからなのか?積極的すぎない?自信ありすぎない?普通めげない?
「いや……なんでって」
「前は嫌がってなかった」
しゅんとして、あからさまに落ち込まれる。ん?あれって嫌がってなかったに入るんですか?
「あれはほら、ナルみたいに……固まってしまったというか」
「ナルだって嫌だったら殴ってでも抵抗するよ」
「へ」
ぽかんとする。そーなの?いや、そのほうが安心だけどさ。
じゃあなに、俺って嫌がってなかったってこと?それとも嫌がってても動けないほどヘタレ?どっちにしろやだなあ。前者のがまだマシか。だとするとジーンとのあれは嫌じゃないってことになるけどさ。
いやいやいや、違うだろ。確かに俺は固まったし、本気で嫌だったら俺だってぶん殴るけどさ……!ジーンは許容範囲内だったんだよきっとね。でもだからってオッケーなわけでもないんだって。男だもん。俺も男だもん。好きなら同性でもいいんじゃないって、他人には言えるけど、まさか自分には言えないよね。それ相応の覚悟がいるじゃん。
って、考えてる時点で、ジーンに対して応えようとしようとしていることに気づいて、かっと熱が顔に集まる。うえええええ俺そっちになるのか?考えたことなかった。
「、顔赤い」
「言うな……言うな」
背を向けたら腕をゆるく掴まれて引き止められる。必死こいて顔だけは振り向かないように首を捻るけど、背後から抱きしめられたので逃げ場は無かった。あんなに細っこいのに……!
「考える、時間を……」
「わかった。は僕を選んでくれると信じてるよ」
そういって耳にちゅっとキスをされて開放された俺は、リンさんのいる資料室に逃げ込んでおかしな顔をされた。
end.
続きません。これで終わりです。
ジーン落ちでした。最初から実は主人公はジーン贔屓で、落ちるとしたらナルじゃなくてジーンだったんですよね。ただ、幽霊と人間なので不毛だし本編では書かなかったんですけど。
このあと順調に流されてジーンに落ちます。
July 2015