I am.


05.ハッピーシーズンエンド

冬の早朝に植えた花は春に向けて育ち、この前ようやく蕾が開いたらしい。
黒子くんが今度見に来てくださいと連絡をくれたので、征十郎くんに教えたら一緒に行くと言われて屋上へやって来た。
先ぱ───赤司くん、なぜ君がここにいるんですか」
「やあテツヤ。なぜって、先輩に誘われたからだが?」
「花を見に行こう、と、言ったんですか?」
俺の中でその誘い文句、愛の告白っぽいから言ってないと思う。
厳密に言うと俺が誘ったわけじゃ───いや、そのつもりで教えたかもしれないけど。
「えーと??ていうか二人とも親しいんだな」
俺は黒子くんと征十郎くんが互いに誰かと一緒にいるのを初めて見た。いや征十郎くんは取り巻きがいっぱいいるのを見たことがあるけどな。
なんというか、顔見知り程度じゃなくて、遠慮のなさそうな間柄に見える。
「親しい───?どうかな」
「今日この瞬間からそのことについては否定的です」
「どうしちゃったんだよ……」
俺はおろおろと二人の様子を見る。
「花は見たことだし、戻ろうか。今日はあまりゆっくりする時間もないしね」
「え、うん」
「先輩、今度また一緒に花を植えてくれませんか。次こそ二人で見たいです」
「え、うん……うん?」
言い争いするほどでもないのか、けれどしっかりと目で牽制しあってからなぜか俺を取り合うように両腕にしがみついて屋上のドアを開いた。
階段おりづらいし、廊下に出たところで保険医の白石先生にばっちりその光景を目撃された。

「両手に花やなあ、谷山くん」
「ハハハ」
花かな……女子高校生ならまだしも、これ男子高校生なんだよな。可愛い後輩だけれども。
「そろそろHR始まるやろ、戻った戻った」
学年が違うことは上靴を見ればわかるので、白石先生はしっしっと追い払うようにした。
教室のフロアが違うので、いつまでもしがみついてらんないゾってことだ。
「もちろん戻りますが、先生には関係のないことです」
「お気遣いありがとうございます。もちろん先輩を遅刻させるような真似はしませんよ」
今度は白石先生がはははと笑った。
「せやけど谷山くんには頼みたいことがあってな、譲ってくれんか?」
やだ俺が困惑してるのを見越して……好きになっちゃいそ……。
「今日のこんな時間に頼み事ですか?関心しませんね。卒業式に遅れてしまいます」
ところが征十郎くんの冷たい声に白石先生も俺も固まった。
そうだ、今日の俺たちは在校生として卒業式に参加する義務がある。朝登校一番に征十郎くんと待ち合わせて黒子くんと合流したが、花を愛でたあとは教室に戻ってHRして、体育館に集合という日程となっていた。
「まいったな。ああ、放課後でもええで」
「それは急ぎではないということですね?先輩にだけ頼むのは如何なものかと思いますが」
黒子くんが追い打ちをかける。後輩強い。
多分それは諦めて誤魔化しただけであって、本当に仕事があるというわけではないよ。なんか白石先生巻き込んでごめんなさい。
とはいえ二人の腕が緩んだので、手をすっぽぬいて背中をぽんぽん叩いてなだめる。
「こらこら。とにかく教室戻ろうな」
言い聞かせるようにすると、少し敵意がしぼんで、はい先輩!先輩がそういうなら!という感じで可愛くなった。
白石先生には俺の後輩がごめんなさいと目配せをする。

先輩」
「あ、光」
ふいに先生の後ろから現れた光は、俺以外にはまったく関心がないようで特にコメントもなく寄ってきた。
今朝はどうしてだかお怒りモードだ。なんかしたっけ俺。
「なんで朝先行ったんスか」
「あ、今日用があって、早く家でた」
「起こしてくか、前もって言うてくれません?起きたらおらんから訳わからんかったわ」
昨日光の部屋で遊んで寝落ちたので、朝はもちろん光のベッドで目をさまし、スヤスヤ寝ている光のセットされていないやわこい髪の毛をもしゃもしゃ撫でてから家を出たんだった。
「へえ、朝まで一緒におったっちゅうわけか?」
「それがなんスか」
白石先生が顔を引きつらせている。いやだって、家が隣で同性の幼馴染なんてこんなもんでしょ?夜通しゲームなどするだろ?男子高校生だもの。
育ちのよさげな一年生二人は、信じられない顔をして俺を見てた。え、は、恥ずかしい……。
「こんなん日常茶飯───むぐ」
互いに気にしてないからやってるけど、同じベッドで寝てることまで暴露されたくなくて、光の口を押さえた。
結局、他人の部屋に入り浸り朝まで自堕落に過ごしている事。それが日常茶飯事だというのは、可愛い後輩にも仲の良い先生にもバレたんだけど。
「光んちは隣だし付き合い長いしむしろ第二の自室であってつまり自分の部屋で寝たも同然でして」
「別に外泊を責めてるわけちゃうで」
「あ、そうですか」
ぷはっと口を離した光は俺の手をがっちり掴んで恨めしそうにした。
「そもそも、何の言い訳してるんスか」
「え、……なんだろ?」
二人の後輩があまりに愕然としちゃったので、何かいけないことをしたような気分になりまして。
あと白石先生だって若干動揺してたっぽかったし。校則に外泊がどうのってあったようななかったような、ね。
目を白黒させてたら、予鈴の鐘がなり、俺たちはさすがにのんびり話をしていられないと気づきそれぞれ教室へ向かった。

去り際に後で連絡するとか、放課後どうのこうの、とか色々言ってたような気がするけどまざり合っちゃって聞き取れなかった。

卒業式が終わると在校生は教室に戻され、教室でHRを受けさせられる。その時間はわずかで、在校生たちはまた明日からも学校に来る予定になってるのでさっさと帰るやつと、部活に行くやつ、卒業生に挨拶に行くやつと様々いた。
俺も部活の先輩とか顔見知りの委員会の先輩のクラスに挨拶に行った。
遠くでは、生徒会の副会長夜神先輩が人に囲まれているのが見える。いや〜人気者。
人と人の隙間から目があったような気がして、ヒラヒラと手を振ってみたらこっちに来ようとしてくれた。無理しなくていいのにな。 なんか大変そうなので挨拶するのは諦めようとしたんだけど、夜神先輩は人の隙間をなんとか通り抜けて俺のところにやって来て、手を取った。

「……いいんですか?ぬけて来ちゃって。色々挨拶したい人がいたと思いますけど」
人気のないところに連れてこられて、驚いた。
特別教室のある校舎の階段の脇だから、喧騒が遠くに聞こえる程度だ。
「ああ、いいんだ」
「なんか気を遣わせてすみません」
「そっちこそ気を遣ったんだろ?」
「えー……というか、諦めたといいますか」
あれ、これは言い方が悪いかな。エヘヘと笑って誤魔化す。
呆れたような顔で、諦めるなよ……と言われる。軽く謝ればため息とともに笑われた。
「まあいいか、僕は諦めないし」
「へ?」
とん、と顔の横に手をつかれて、壁に追い詰められる。
片方の腕は俺の顎をそろりと撫でていて、完全に閉じ込められた訳じゃないのに、なんとなく逃げられない。下唇が、親指に押されて引っ張られる。夜神先輩の顔が徐々に近づいて来た。

「あっ、すみません」

息が止まりそうな距離に来たところで、急に何か黒いものが飛んで来て夜神先輩の頭にぶち当たった。
いつぞや聞いた、とてもわざとらしく、しかも全く反省の色のない謝罪。
俺は壁に直立不動だったけど、目線を交互にやって状況を理解した。
「卒業証書ぶん投げた……?」
「違います、飛んで行ったんです」
こめかみを押さえて心底イラついた顔をしている夜神先輩が、どうやって飛んで行くんだよと地を這うような声で追求していたけど、竜崎先輩は耳を貸さない。
今日ばっかりは救世主に見えたけど、大概トラブルメーカーなんだよなあ、この人。
「何の用かな、竜崎。いきなりものを投げるなんて酷いじゃないか」
「夜神くんこそ、どういうつもりですか。私は谷山くんと約束をしていましたので」
「どういう?見たままだけど。約束なんてしてたのか?」
「えっ」
してないと思うけど───あ、してた。
「してましたよ」
「やっぱり、卒業式が終わったら校舎裏きてください(ハート)っていう手紙あんたか」
「わかっていたんですね。つまり私たちは相思相愛というわけです」
のそのそと近づいて来たと思えば、俺の肩を抱き寄せた。
筆跡とそのフザけた内容に関してこの人かなって思っただけだよ。
「どこが相思相愛なんだ行く気全くないだろう」
「そうなんですか?」
「一応ちゃんと行くつもりでしたけど時間書いてなかったんで……待ちました?」
「いえ、待たずに迎えに来ただけです、問題ありません」
ほら、と言いたげな竜崎先輩に夜神先輩がフンッと笑う。
「だからといって相思相愛とは限らないと思うな、僕は。ここには呼び出しの文言しか書かれていないし、差出人を竜崎だと判断───つまりいたずらだと思ったことは明白。彼が現れたとしてお前の思いを受け入れたという形式は成り立たない」
「異議あります。ここにハートマークを入れました。愛の告白を意味する記号です」
「ハートのシンボルについては恋愛、愛情を意味することもあるが同時に心臓、真心を意味する場合もあり、また喜びなどの感情を表す際も使われる。つまりこの手紙は校舎裏に来てくれたら嬉しい、という謙虚な思いが込められていると認識できる」
俺はなんらかの模擬裁判の傍聴人としてここへ呼ばれたのか?
卒業式の日まで変なやりとりを繰り広げて……この二人は本当に面白いな。
思わず笑いがこみ上げて来て、我慢できずにこぼすと二人の視線が集中した。
「ああいや、すみません、このコントがもう見られなくなると思うと、寂しいですね」
ウフフと笑うと、二人はなんか満更でもなさそうだった。お笑いコンビを結成してはどうだろう。
「コントじゃありません。私は永遠に一緒にいる準備はできていますよ」
「なんですかそれ〜」
え。二人で天下とってくれるんだろうか。
「俺二人のこと結構好きかも」
「……!」
変な先輩と怖い先輩だと思ってたけど、なんだかんだ可愛がってくれてたんだな、と今ならわかる。
二人の手をぎゅっと握って、もうちょっと一緒に居たかったなと別れを惜しむ。
「ご卒業おめでとうございます、お二人のこれからを応援してます。お元気で!」
仲良くね、とばかりに握った二人の手を合わせてまとめてあげた。
え、え、と驚いてる先輩たちから離れて、ぶんぶん手をふった。人気者をこんなところで独り占めしてはいけない、いけない。


「あ。リンせんせーい」
教室戻ろうかな、帰ろうかなってところでリン先生の後ろ姿を見つけて声をかけた。特に用はないけどなんとなく。
振り向いた先生はわずかに目元を和らげて、俺の方に方向転換をした。
「先輩たちに会いました?」
「ええ、挨拶に来てくれました」
「そっかー、俺もちゃんと会えました」
「良かったですね。卒業してもたまに遊びにくるそうですよ」
「本当にくるんですかねえ〜」
うちってそんなに熱心な部活じゃないだろ。リン先生もなんとも言えないみたいで、曖昧な返事をした。
「今日はバイトにはいかないんですか?」
「あ、夕方からだから、ゆっくりなんですー」
午前授業とか、長期休みのときはできるだけ早くシフトに入ってるんで、さっさと帰宅する。リン先生もそれを知っていたので、卒業式で挨拶があるといえど、長い事学校にいるのが珍しく見えたんだろう。
「いつも忙しそうですね」
「え?先生ほどではないでしょ」
「そうですか?」
いや絶対そうだって、先生のが忙しいに決まってるよ。
「ああ、リン先生と一緒にいる時間が短いからかな」
「え?」
「だから俺が忙しく見えるんじゃないかなーって。いや違うか?」
「違いませんね」
困ったような、でも楽しくて仕方ないみたいに、くしゃりと笑った。
「もっと長く時間を共にする余裕があればよかったんですが」
「俺がもう少し大人になるまで待ってて」
ウフっと笑うと、先生は割と真剣な顔して、待ちますと答えた。
大人になったらリン先生とお友達になれるのか、俺。嬉しいなあ。

いよいよ家に帰ろうとしてると、ほとんど誰も居なくなった教室で、ナルがぽつんと待っていた。
ここ俺のクラス、ナルは隣のクラス、でもナルがいるのは俺の席。
「あれ、待ってた?」
「やっと戻って来た」
「ジーンはどうしたの」
「部活」
一人で帰るの寂しかったんだな。深くは聞かずにカバンをとる。
生暖かい目線に気づいたのか、ナルにじろりと睨まれたけど、何か口ごもってるようだからこれは照れてるのだ、もじもじしてるのだ。
「今日、の家に寄ってもいいか」
「いいけど俺、夕方バイトだから、それまでになるよ」
「ああ、構わない」
昼飯どうする、食べて帰る?などと話しながら二人で廊下を歩く。
昇降口へ行く途中でジーンと遭遇して、あっと大きな声を上げられた。
「なんで先帰ろうとしてるの?」
「あれ?部活じゃないの。ナルが」
「部活の先輩に挨拶だけ!だってそうするって言ってたから、一緒に……一緒に帰るから昇降口で待っててよー!」
ナルはつーんとどっかを見ているし、ジーンは俺に指示しながら走ってカバンを取りに行ってしまった。
「じゃあ三人でファミレスでもいこうか」
「仕方ないな」
清々しいなあ、男兄弟。
肩をすくめたナルにそう思う。
平気で置いていこうとしたけど、昇降口のところで靴を履いて待っていてくれるらしい。
「あ、コントローラー1つ足りないから光んちで借りてこないとな」
「あの隣の幼馴染か?……借りなくても、順番でやればいいんじゃないのか」
「でもそしたら、一人だけ何もできなくなるよ?」
「僕は別にゲームに参加しなくてもいいが」
「え〜」
みんなでゲームしようよお、と思ったけど光に今朝怒られたし今日不機嫌かもなあと諦める。
しばらくしてジーンと合流して外へ出る。

三年のフロアは人でごった返してたけど、実は一番混雑してるのは外なんだよなあ、と思い出す。保護者も加わっていくつもの塊りできてる。
記念撮影に入り込まないようにさっさと校門に向かってたけど、名前を呼ばれて足を止める。
「あれ、光だ、朝ぶり〜」
「もしかして……スマホ電源切ったまんまとちゃいますか」
「え、あ、あー!」
「そうそう、そうだよ、。僕も連絡いれたんだよ?」
声をかけて来た光に言われて思い出すと、ジーンもあっと声を上げる。いやお前それ早く言えって。
「どうりで既読にならないと思った」
「心配しました、何かあったんじゃないかと」
光やジーンに続いて、征十郎くんと黒子くんも現れる。
卒業式中は携帯の電源絶対切っておけよ!!!と先生に厳命されたのでいい子な俺はしっかり長押ししたんだった。それっきりでした。
電源を入れると次々とメッセージや着信履歴を受信してぽこんぽこん通知が続く。いろんな人の名前が一瞬にして駆け巡るが、実のところ一番多いのはバイト先の名前だった。
「あ、ここに居たのか、やっと見つけた」
「話は終わっていませんよ」
ほえええとスマホと周りの人たちの顔を交互に見てると、夜神先輩と竜崎先輩まで合流した。確かにこの人たちの名前もある。どこにいる?確認したいことがある、といった内容だ。
「まだちゃんと返事を聞かせてもらっていません」
え、判決?竜崎先輩はハートマークを一生使うな、の刑だよ。
「どっちを選ぶんだ?」
どっち??コンビの話?お笑い芸人には俺なりませんけど?
ジーンが不安そうに俺の手を握ったと思えば、ナルが反対からスマホを持つ腕に手をかけ、くだらない帰ろうと囁く。俺もそうしたいけどさ。
この後の約束をしっかり取り付けてるのはナルとジーン───いや、でもその前にバイト先だ。
店長曰く、急にバイトが二人来られなくなって人が足りないから、なるべく早く来てほしいとのことだ。

瞬間、俺のスマホに着信が入りバイト先の先輩の名前が表示される。
うっかり通話ボタンを押した。
「はい、もしもし!」
「『遅い、うえに、何囲まれてんだお前は』」
声が二重に聞こえる。片っぽは後ろから。
とすんっと俺の後頭部が何かに当たった瞬間、声は真上から降り注ぐ。
「とーやくん」
「全然連絡返さねえから見てこいってよ」
「ごめんなさい、式中電源切ってて……すぐ行きます!」
校門の外にはとーやくんのオートバイが停めてある。
「こいつは誰にもやらねえよ」
とーやくんはニヤリと笑ったあと俺を担ぎ上げて言い放った。
俺も、周囲の人たちもぽかんとしてしまう。その隙にぽいっとバイクに乗せられて、バイクのエンジンがかかる。
ヘルメットを被せられた俺は慌ててベルトを締め、走り出されてしまえばとーやくんに掴まるので精一杯だった。


出勤後、俺が色んな人に詰め寄られていたこと、攫われるときのとーやくんの爆弾発言などを、同じくバイトの先輩雪兎くんにこぼして、なんだったんだろうと相談した。
「とーやってほら、シスコンだから」
え、俺ってとーやくんの妹なの?



end.

バイト先のにいちゃんたち登場。
主人公が持ってるヒロイン属性:いもうと(??)

登場人物おおすぎるし逆ハーってむずかしいなって思いました。
バイト先のカフェは藤隆パパが店長、幼い妹桜ちゃんが看板娘。
乙女ゲーだったら2をカフェ舞台でやってる……。(無茶な前振り)
Aug 2019

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