16
日中ベースにお邪魔して昨晩ミニーを持って行った時の様子を聞いていると、麻衣ちゃんが焦った顔で部屋に入ってきた。滝川さんや松崎さんも、その様子に首を傾げてどうかしたのかと寄ってくる。
「さっき部屋の前で声を聞いたの。礼美ちゃんが誰かと話してるみたいで」
その時典ちゃんや香奈さんは下にいた。相手は女の声だったというので俺ではない。
『声』いわく、家の中は悪い魔女だらけ、だというのだ。
「みんな始末してあげるから、言うことを聞かないとだめって」
「……始末」
「それであたし、部屋に入ったけど誰もいなかったんです」
相槌をうつと、麻衣ちゃんは恐る恐る小さく頷く。
礼美ちゃんに聞くと、話していたのはミニーだと答えた。
「ミニーだけかって聞いたら……別の子もいる、ミニーが連れてきたって」
でもそこにはやっぱり誰もいなかったのだ。
「礼美ちゃんが言っていた別の子って、全員子供なのかな」
「たぶん……そうだと思いますけど」
俺の問いかけに、首を傾げながら肯定した。
礼美ちゃんの証言を実際には聞いていないので、麻衣ちゃんの印象になってしまう。
「この家、なんなのよ。近所でも有名なお化け屋敷とかいわないわよね」
「噂はないですね。近所で同じようなことが起こることもないらしいし、あくまでこの家の中でだけ起こっているようです」
松崎さんに問われて首を振る。
近隣住民にもこの家のことは聞いた。前に住んでいた家族は幸い小さな子供がいなかった為、近所からの証言はほとんど出なかった。その前に住んでた家族は子供が病死しているが、噂話として出てくる内容ではない。調べなければ分からなかったことだ。
「ただ……」
「っつーより、ミニーになんかんじゃねえのか?その見えない友達をつれてきたのはミニーだっていったんだろ?」
「あ、うん」
噂にはならないけどお、イワクがあるんだよお、と言おうとしたところで滝川さんに話題を持って行かれた。ナルはこの様子だと、まだ情報を公表してないようだ。
人間の仕業ではないことはすでに判明していて、礼美ちゃんの持つ人形が怪しいこと、子供が複数いるおそれがあること、……ナルもわかっているってのに。
「あのー……真砂子ちゃんとブラウンさんを呼んでもいいですか」
夜、礼美ちゃんが眠った頃にまたミニーを持ってきて試してみようって話をしていたところに、そろりそろりと手をあげて口を挟む。
典ちゃんと香奈さんとお手伝いさんが別々に霊能者を呼んでるわけだし、もういっそのこと俺も呼んでしまっていいのでは??と思ったのである。
麻衣ちゃんはきょとんとしていたけど、滝川さんや松崎さんの顔が一瞬だけこわばった。
「別に頼りにならないわけじゃないですよ?でも得手不得手があるじゃないですか」
「得手不得手って……あんたがあたしたちの何を知ってるってわけ?」
「お前はすでに失敗しとるだろーが」
滝川さんは松崎さんにちょっと白い目を向けた。そして俺に向き直る。
「まあ、不安なのはわかるが。結果を見てからでも遅くはないんじゃないか?」
だからそういうことじゃないんだよう。
……俺の言うタイミングが悪かったんだな。
「そですね、じゃあお願いします」
にこっと笑うと、滝川さんは少し肩をすくめて苦笑を返した。
夜、礼美ちゃんはいつものように俺の部屋で眠りについた。
すやすやと寝息がたてられ、そっと顔を覗き込む。すっかり眠っているようだと判断して、部屋に置いたカメラに合図をする。
しばらくすると人の気配が廊下でしたので、ミニーを抱いてドアを開けた。
「どう?」
「大丈夫そうです。お願いします」
松崎さんが部屋を覗きこみ、礼美ちゃんの様子を確認しながら入っていく。
俺はミニーを届ける係で、松崎さんは礼美ちゃんの警護だそうだ。
今までは夜人と寝ているのでそうそうコトは起こらないだろうと判断されていたけど、今回は除霊を目的にしているので礼美ちゃんになにかあった時に対処する人が必要なわけだ。
「あんたもね」
松崎さんはけろっとした様子で、ミニーを抱える俺の背中を叩いた。
ベースに持って行くくらい、そんなに危険じゃない。今までだって俺はミニーに触ってたんだから。
ベースに持って行くと今度はミニーを滝川さんに預けることになる。俺は麻衣ちゃんたちとベースに居残ってカメラ越しに礼美ちゃんとミニーの様子を観察した。
まだ祈祷が始まっていないので、何かが起こる気配はない。
「夕方、真砂子ちゃんとブラウンさんに連絡をとりました」
「ええ!?」
「ふたりとも、もう渋谷さんに呼ばれてるって」
麻衣ちゃんは大きな声をあげて、え?え?と戸惑っている。何がそんなに驚きなんだ。
「なんだ麻衣」
「だって、結果を見てからって……」
「───よく考えたらさ、結果、こわいじゃないか」
「え?」
きょとんとした麻衣ちゃんの向こうでナルは黙ってモニタに目をやった。そこではおそらく、滝川さんが準備をしてるんだろう。
「成功するか……失敗して、また明日からミニーが元気におしゃべりする程度ならいいんだ、いやよくないか」
「あ……」
失敗したら、霊は怒るかもしれない。
「それに一応、松崎さんと滝川さんのこと、全く知らないわけじゃないよ」
俺もナルと同じようにモニタを見る。
いよいよ滝川さんが祈祷を始めるらしい。
「今までどんな依頼を受けていたのか、その結果、神道仏教の傾向とか仕事のしかたなんかは多少調べられる。どの霊能者がどういうのを専門にしているのか、ある程度わかった上で依頼することだってある。仲介者や知人がいれば話も聞くよ」
麻衣ちゃんは小さくあっとこぼした。
「かといって専門外な俺の判断なんてあてにならないんだよな」
「そんなことは……」
「まあ俺の判断が間違ってたって当然のことなんだし、気を悪くしないでくれると良いな」
エヘっと笑って麻衣ちゃんに取り繕ったところで、典ちゃんの悲鳴が聞こえた。
***
いよいよ、本格的にミニーのことを聞き出さなければならなくなった。
ナルに見下ろされた礼美は、ミニーの不在を思い出して混乱する。返して、としきりに言うがナルの冷たい顔と声に怯えて縮こまった。
「やめてよ!」
麻衣はあまりにもかわいそうで、泣き出してしまった礼美を抱きしめた。
ナルと口喧嘩を交わす中、礼美は謝罪混じりに本当のことを話し出す。
───ミニーが、他の人と話しちゃダメだって。
───仲良くしたらいじめるって。
麻衣は小さな頭を見下ろす。
ナルは泣かせたことで罪悪感を感じたのか、やりすぎたと理解したのか目をそらして声を落ち着けながら問いかけた。
「ミニーがしゃべりだしたのはいつ?」
「おうちにきてから」
最初は、血の繋がらない母−−−香奈に関することだった。彼女は魔女で、父は家来となり、叔母である典子も香奈の味方だという。
ミニーは守ってやるかわりに、誰とも仲良くしないように礼美に言いつけた。
しかし礼美は典子によく懐いていたため、約束を忘れて遊んでしまった。するとミニーはものを隠したり、部屋を散らかしたりした。
最初は礼美の仕業だと、典子や香奈、時には父に注意されただろう。
礼美はゆっくり涙を拭いて顔をあげた。
「お兄ちゃんは?」
そうだ、とあたりを見回した。
ナルは聞きたいことがあるからと、松田を遠ざけていた。松田は協力的だったが、礼美の前では必ず味方をしてしまうので、今回は邪魔だと思ったのだ。
典子の付き添いは香奈がしているため、今も松田は滝川と綾子とベースで待機しているだろう。
ナルは麻衣に礼美を見てもらっている間に松田を呼びにベースへ向かった。
「礼美ちゃん、答えてくれましたか?」
「ええ」
ベースに保管していたミニーの、カールした髪を指で撫でながらゆっくりとナルを見た。ナルの返事を聞いてから困ったような顔で肩をすくめた。
「ぼく、部屋に戻りますね。おやすみなさい」
松田は深く聞くことなくベースを出ていき、しばらくすると麻衣がベースに戻ってきた。
「以前の持ち主が病死してその霊がついてるとかかな」
「だからあたし人形ダメなのよ〜」
考え込む滝川や嫌がる綾子に対してナルはミニーのせいじゃないと答える。ただしくは、人形が原因ではないということだ。
「あれは器に使われているだけだ。原因はこの家に囚われている霊だろうな」
白い手がファイルに伸びる。その中には松田がよこした資料が挟まっていた。
「かつてこの家で礼美ちゃんと同年代の子供が何人も命を落としている」
「は!?」
滝川はあんぐりと大口を開けたままナルのほうを見た。
...
原作よりちょこっとだけ進展が早いです。
Jan. 2018