I am.


Jupiter. 08

(三人称視点)

アリアン・フォレスト、十五歳。シルヴァン学院に入学して一年の下級生である。
ブロンドの少し癖のある髪に、輝くような白い肌、茶褐色の丸っこい瞳のあどけない少年。顔だけ見ると美少女と評してもいいだろう。
しかしその内面は、学院きっての野生児、野猿、狂暴な獣、と専らの噂だった。
田舎の貧乏大家族の末っ子として生まれ、屈強な野生動物みたいな兄たちと混じって生きてきたせいか、その性格はとても野蛮。単純で怒りっぽい。だがとても素直で、屈託なく、ときに豪快だ。
そいうわけだからアリアンは、同輩たちには珍獣扱いされながらも憎めない所のある良い奴という印象であった。

そのアリアンが、半年ほど前から思慮というものを身に着け始めた。
揶揄われては怒って飛び掛かってきたのが、拗ねた顔して言い返すようになり、次第に笑って聞き流すほどになった。勉強も、わからなくて居眠りをしたり、逃げ出したりするのをやめ、教授たちに質問をしたり同輩に助けを借りたりしながら努力しする姿勢を見せ始めた。
するとどうだろう、そこに残ったのは美少女に見紛う少年だけだ。

───無骨な樹々が立ち並ぶ森の中に、小さな野花が咲いていたら人はどう思うだろう。

「いったい、何が言いたいんだ? フェンネル」

学院の許可がないと入れない書庫にいたヴィンセンスとフェンネル。
突然始まったフェンネルのアリアンに関する考察に、ヴィンセンスは怪訝そうに眉を顰めた。
二人はアリアンより一足先に上級生になり、イーストカレッジで女子部の講師をする傍ら、学院長の許可を得てラバンサラの魔術に関して学ぶためにこの書庫で資料を漁っているところだった。
フェンネルにとってヴィンセンスとアリアンはその身の内に恐ろしい魔力を宿している秘密、恐怖、未知を共有する仲間である。だからここにアリアンがいなくとも、当たり前のように思考の中にいた。
「───最近、アリアンが非常にモテているってことさ」
「………………学院内での話か?」
同級生だったときは毎日のように顔を合わせていたせいか、最近はアリアンの話を他人の耳から聞くことが増えた。
そこでフェンネルが感じ取った印象は、今言った通り。アリアンは前世の記憶を思い出してから、野生の野猿だったのが人並みになった。それどころか、自分たちよりも人生経験が豊富な可能性は高い。
そこに元来の人懐っこさと幼いゆえの中性的な容姿を乗せると、男ばかりの学院でアリアンはとても目を引く存在になっていた。今までは中身が野蛮だったので気づかなかったのだ。
「この前試験が終わった後の同輩たちの気にかけ方も、熱心だと思わなかったか?」
ヴィンセンスはフェンネルの発想にあり得ない、と言いかけたが口を噤む。
先日、アリアンは退学がかかった追試に直面した。結果は全部合格だったが、教授たちが戒めの為に偽物の赤カードを用意したおかげで、アリアンは途中まで騙されて廊下で膝をつくほどショックを受けたとか。
その一部始終を生徒たちは見聞きしており、変に湾曲してフェンネルとヴィンセンスに伝わったのも記憶に新しい。
───「もし退学になるなら、俺、助けになってやりたい」
───「一人で泣いてないといいが……」
───「なあ、アリアンを見ていないか? 探してやらないと」
あの時も同級生たちはアリアンのことを非常に気にかけていた。
今までアリアンと親しい友人たちは大勢いたが、二人は、自分たちが一番近いと自負していた。だが少し離れていた間に、アリアンは二人の知らない関係を築いているかもしれない。

それが純粋に、友人に他の友人が出来るというだけの話なら、構わなかった。だがそうは言いきれない気がして、ヴィンセンスは眉をひそめた。フェンネルだってそう思ったから今こんな話をしているのだろう。

ヴィンセンスは先日、アリアンとキスをしそうになった。
溌剌とした笑顔を浮かべる顔がいつもよりも可愛くて。ヴィンセンスと過ごした日々でヴィンセンスの人柄を見て、好きと言ってくれたのが、愛しくて。
でもだからって女のようだとか、恋人にしたいと思ったわけではかった。ただ本当に無垢な友情や尊敬の気持ちで触れたくなった。絆が深まるような気がした。
そこに関係性を変えるという意図はない。
フェンネルだってそのことを理解しているから、ヴィンセンスをここで揶揄うようなことは言わない。阻んだのは、かつてのし返しかもしれないが。
「フェンネルは、アリアンをどう思ってるんだ」
「それを聞いてどうする? もし私がアリアンを愛してると言ったらヴィンセンスは身を引く? それとも戦う?」
「よせよ。真面目に聞いてるんだ」
フェンネルは自分の秘密や本心、不安などを隠しがちな男だが、ヴィンセンスとアリアンには心を開いていた。だからこうしてふざけて煙に巻くこともあるけれど、最後はちゃんと、本心を言う。
「アリアンのことは大好きだよ。友人としてね」
「……ああ、俺も」
二人はしばらく互いの顔を黙って見てから、肩をぶつけ合った。
抱いているのは純粋で、澄みきった友愛だ。二人がアリアンに向けているものは、互いにだって向け合っているともいえる。
ただし、多分キスまではしないだろう───。そのことはまだ、二人の話題にのぼることはなかった。





アリアンは学院の中庭の木陰で、本を手にしたままウトウトと眠りに落ちかけていた。
フェンネルとヴィンセンスは上級生になってしまったし、女子部に講師に行くだとか、他の上級生同様に他国へいったりだとかもするのだろう。
友達はあの二人だけではなかったけれど、アリアンの中で二人はすっかり心の内側にいた。だから寂しい……いや、なんだか、退屈。
ヴィンセンスが勧めてくれた歴史の本を読んでいたけれど、この日ばかりはぽかぽかとした陽気に気持ちを攫われてしまっても仕方がないことだろう。

傍から見れば童話に出てくる無垢な少女のようなアリアンの寝顔が、惜しげなく白日の下に晒されている。
通りかかった教授は休憩時間であることや、手には勉学の痕跡があったことで、温かい目でその光景を心の額縁に納めるにとどめた。
生徒だって大半は、子犬が腹を出して昼寝している光景を見るように小さく笑う者ばかりだ。でもその中には時折、じっと見つめてしまう者や、一歩足を踏み出しかける者もいた。

芝生を踏みしめた足音が風の騒めきの中に隠れた。
微睡みという揺り籠にたゆたうアリアンの意識はまだ、浮上しない。そのままアリアンの頬に、影が差す。
誰かの手が一瞬緊張に握られた後、意を決して開かれる。不自然に固まったその指先がおずおずとアリアンの髪に触れようとしたその時、手首が強く掴まれた。
「やあ、久しぶり」
「フェ、フェンネル……! 久しぶりだな、ヴィンセンスも!」
「ああ久しぶりだ。今お前は何をしようとしていた?」
「何って、別に何も」
アリアンに触れようとしていた青年は、突然現れたフェンネルと、いつの間にか背後にいたヴィンセンスに驚き背筋を伸ばす。
蒼褪め、目線が不自然にうろつき、後ろめたいことがあるのが見て取れた。

フェンネルとヴィンセンスは一瞬だけ目配せをした後、すれ違って別の方向へと歩く。
ヴィンセンスは眠るアリアンの前に、フェンネルは青年の背を押しながら距離をとった。

「───ぁえ」

暫くして、間抜けな顔をしたアリアンは目覚めた。
隣には、歴史の本を読んでいるヴィンセンスが座ってる。あら足がながいこと、と寝起きの頭で考えた。
「ヴィンセンスひとり?」
「フェンネルも帰って来ているが、所用」
アリアンは自然とヴィンセンスの周りにフェンネルの姿を探す。それは二人がペアになって実習に取り組んでいるせいでもあるし、特に何も考えなかった部分もある。
ヴィンセンスはぱたん、と本を閉じてアリアンに無言で渡す。アリアンは笑いながら受け取った。
「今日、あったかかったからさ」
「だからってここで眠るのはよせ」
「ん」
本を渡して開いたヴィンセンスの手がアリアンに伸びて来て、頬をつねる。そのせいだけじゃないが、アリアンは口角を上げた。
先ほど自分が何をされかけていたのか、考えてもいないらしいアリアンの暢気な顔に、ヴィンセンスは人知れず胃を痛める。
まさか、この男の貞操を心配する日が来るとは───。
もちろんアリアンは起きてさえいれば、体格のいい男相手にだっていい勝負は出来る。ただ、あんな風に無防備に寝ていれば、いたずらに唇くらいは奪われていただろう。
ヴィンセンスとフェンネルさえ、まだ触れたことのない場所を。

ムッ。と眉をしかめたヴィンセンスにアリアンは少し驚く。
「どうしたのさ、ヴィンセンス」
「……いや」
危機感を持つように伝えるべきか、ヴィンセンスは思考していた。
フェンネルとヴィンセンスはいつもアリアンと一緒にいられるわけではないのだ。
もしくは、信頼できる下級生の元同期に頼んでおくことも考える。しかし、それでも心もとない。
「守ってやらなきゃいけないほどか弱くはないのに、感心せずにはいられない───」
「なにそれ」
「お前」
「ははっ、熱烈」
アリアンはヴィンセンスのそれだけの言葉で、容易く意図を理解して笑った。
茶化すような口ぶりだが、それ以上に当然のような態度でいる。ゆっくり先に立ち上がって、ヴィンセンスに手を差し伸べた。
「ヴィンセンスに愛されてて、俺しあわせ」
にこーっと笑ったアリアンに、ヴィンセンスは否定も肯定もしなかった。
ただ、頬が赤く染まる。

「誰が誰を愛してるって?」
「あ、フェンネル」

この時、前かがみだったアリアンの背後にフェンネルが現れる。
アリアンはフェンネルに、おかえりと笑いかけた。
手を借りて立ち上がったヴィンセンスも、同じくおかえりと声をかける。アリアンに手を出そうとした不届きものについては、もう二度と手だし出来ないように脅しをかけてきたはずだ。何の心配もないだろうと、ヴィンセンスは何も言わない。
「ヴィンセンスが俺を愛してるって」
「そうなの?」
「言ってない!!」
「でもほら、態度が」
「僕の態度はどう?」
「フェンネルの態度はわかりにくいんだよなあ」
最近ではアリアンが余裕を持ったせいか、こうして二人で際どい会話をしながらヴィンセンスを揺さぶることが増えた。
アリアンの根が素直なのが変わらないのは唯一の救いだが、その素直さが時にものすごい破壊力を持ってこちらの感情を散り散りにする時があるので、考えものである。

「そうそう、アリアンは今後学院内で寝込みを襲われる可能性があるから、気を付けるように」

そろそろ寮へ戻ろうとした時、フェンネルはまるで今思いついたことのように、アリアンに警告した。
ヴィンセンスは言っていいのか、と驚く。本人もさすがに突然のことに驚いたが、二人の顔を順番に見えてから、遠くを指さす。何かあったのか、というジェスチャーだろう。
何もなかった、と嘘をつくほど器用でもないヴィンセンスが固まっていると、アリアンは察した。

「ふ、ふたりとも、下級生に戻ってきてくれえ~~~!!」
「無茶言うな!」
「アリアンが上級生に上がればいいんじゃないかな」



...

俺たちのアリアンが可愛いすぎる件。みたいな話。
野生児じゃなくなったアリアンはおそらく高確率で男子校の姫になるよねっていう。
友情ですぅ。
Dec. 2025

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