20
ここに居る全員の名前を書いた、と魅上は言う。ライトくんに招かれて、倉庫の中に入って来た。
「神、仰せの通りに」
魅上はライトくんを見て言う。ああやっぱり。
死へのカウントダウンをぼんやりと聞いていた。なんだかあっけないものだな。俺はこのときを待っていたというのに、なんの感慨も浮かばない。
Lが死ぬ前みたいな、妙な動悸もない。ニアが会いたいと言った時のような感覚も、ライトくんがキラかもしれないと初めて思った美空ナオミさんの背中を見送るあの日のような恐怖も、なにも。
結果として、ノートに名を書かれても死ななかった。
ニアが見せてくれたノートには、きちんと俺の名前も書かれていた。おかしなことだが、よかったと思ってしまう。
同時に、ライトくんは本当に俺を生かすつもりだったのだな、と思った。魅上とコンタクトをとることは任せなかったけど、ノートの存在を知り、ライトくんがキラであると疑う俺を残そうとしたのだから。
僕の勝ちだ、という言葉は自白だった。負けると思っていなかった、本当に負けた事がなかったライトくんが動揺して、支離滅裂な事を言っている。
ニアは推理をしながら本物のノートをパジャマの中から取り出した。
え、ずるい。死神見えてたのかよ……。
「二人ならLに並べる、二人ならLを越せる」
不細工な指人形を見せながら、ニアはキラを追いつめた。
胸がじわりと温かくなった。俺の悲願が叶ったのがこの瞬間だった。
踞り、やがて笑い声を響かせ、ぬらりとライトくんが立ち上がる。
「———そうだ、僕がキラだ」
キラの大演説を聞いたが、俺は理解しようとは思わなかった。どちらかというとニアの方に意見が偏る。そのことで自分はまともだなあと思う。最も安心して同意できるのは、やっぱり次長だったのだけど。
もしもライトくんが勝利してキラが当たり前になったらそれに従っていただろう、と言われたけどさすがにそりゃないわ。多分俺がその国の民だったら殺される事は無く、不安を抱く事はないんだろうけど、キラなんていなけりゃよかった、存在しないことが幸福だ……———今でもその意志はかわらない。
ノートが本物かどうか、というわけのわからん話をしている最中、ライトくんが急に動いた。
俺は拳銃を取り上げられていたので、傍に居たジェバンニさんが手にしてた銃を奪って撃った。距離があったことと咄嗟だったこともあり、上手く狙えなかったので、一番当てやすい背中を撃った。
「松田……」
相沢さんが俺を呼んだが、俺はジェバンニさんに銃を返してライトくんに近づいた。
ニアを殺させる訳には行かない。
「———誰を……撃ってる、この裏切り者……!」
ノートの切れ端を奪い、ジャケットの胸ポケットにしまう。
地面に倒れ伏して胸をおさえている彼をごろりと仰向けにして、怒りに染まった顔を見た。端正な顔が台無しなくらいの形相だ。やたらと甘い眼差しを向けて来た瞳は、もうない。
「せっかく、生かしてやろうと思っていたのに……ッ」
荒い息と共に投げつけられる罵倒を受け止めた。
「ごめんね」
「どうして僕を信じない……!おまえは、僕についてくれば良いんだ……」
「……」
俺はキラにはついていけない姿勢をとっていたつもりだった。
ライトくんを信じきれず、そして疑いきれないでいたことを、彼はわかっていたんだろう。だから自分についてくるように道筋を用意した。
俺にはもう何を言っても無駄だと思ったのか、視線は魅上のほうに動いた。
自分を助けろと無茶ぶりをされて、魅上は手錠をしたまま茫然としてからライトくんを否定する。
「誰か……こいつらを、殺せ……!はやく」
俺が身体を抱えていたけれど、ライトくんは逃れて這いずりまわった。
背中から胸に向かって撃ったから、このままだと出血多量で死ぬ。
リュークの足元に行き着いたライトくんは、全員を殺すように頼んだ。
頼まれたリュークは銃で撃たれても当たることはない。ニアは大丈夫だと言うが、リュークは書こうと答えた。その時ふと思い出す。そうか、ライトくんは最後リュークに殺されるのか。……嫌だな。
「書かないで」
俺はライトくんを足元に、リュークの前に立つ。
「ライトくんの名前を書かないで欲しい」
ペンを取りかけていた大きな爪は、ぴたりと止まる。俺の言葉に、ライトくんもはっと顔を上げた。
「俺に縋るようじゃ、こいつは終わりだ」
「うん、終わりだ」
言葉を聞いてくれるらしいリュークに安心して、俺はしゃがみこんで、再びライトくんの身体に手を当てた。
動き回った所為で血が沢山出ている。気づいてないのだろうか、もう死の淵に立っていることを。意識が朦朧としていることを。
「このままでも、ライトくんは死ぬ」
じわりじわりと、自分のスーツが彼の血を吸って行く。
まあそうだな、とリュークはあっけからんと言い放った。
「だから……リュークは殺さないで」
大きな目玉と口がこっちを見てにたりと歪む。いつも以上に怖いと思った。
声も出せないライトくんを見つめる。
「松田……お前が殺す気か!?」
「はい。でももう、なにもしません」
相沢さんの言葉に、苦笑する。ニアたちにはすみませんと謝っておいた。どうやら永久に監禁するつもりでいたようだから。
俺は結局、ライトくんの真意がわからなかった。
キラの崇拝者になり得る人間だと思われてたのか、傍に置きたいと思われてたのか、騙すつもりでいたのか。
血まみれの手が伸びて来た。最後に何でもしてやろうと、顔を寄せて言葉を聞こうとした。
「Lの……」
胸の方を掴むので、ペンダントをシャツの中から出した。彼はそれをぐっと握って引寄せた。アクセサリーのチェーンというものはある程度の力で切れるようになっていたので容易く奪われた。
次第に手の力が抜けて行き、ペンダントは地面に落ちる。
「死にたくない……」
「うん」
「ちくしょう……」
荒い息がどんどん薄くなった。
その吐息が消えるまで、俺は彼をずっと見ていた。
ライトくんが死んでから、俺はペンダントをつけていない。ライトくんが死ぬ前に奪ったからではなく、キラを探す事を諦めないためのお守りだったから、もう必要ではなくなった。
さすがにライトくんの柩に入れるような悪趣味な真似はしていない。Lもやだろうし、ライトくんもやだろう。何より俺もやだ。
何の変哲も無い花を柩に一輪入れながら、彼を見送った。
俺が致命傷を与え、リュークに名前を書かせなかったことで俺がライトくんを殺したことになるんだろうけど、誰も言及することはなかったし、ライトくんの死因は捏造されている。
葬儀に出ると言った俺を、相沢さんと伊出さんと模木さんはびっくりした顔をしつつも送り出した。
しばらく三人の先輩達は俺の様子をちらちら見てたけど、特にこれといって話題にすることもなく、一年が過ぎた。
ある日伊出さんが、もうすっかりキラが現れる前の世界に戻った、とぼやいた。
「そういうもんじゃないですか、世間なんて」
「……いい加減やる気出せよ松田」
「やる気無いように見えます?」
「まあ、覇気がないな」
「えー」
車に乗り込む直前だったので、窓に映った自分の顔を見てみる。自分じゃわからん。
「……ライトくんをその手で死なせたことを、悔やんでいるのか?」
「いえ、そういうわけでは。だってあのままだったら彼はリュークが殺していたでしょ」
「それでも、死神に殺されるのとお前が殺すのとでは、違うだろう」
「———リュークに殺される方が、よっぽど嫌ですよ」
伊出さんは何とも言えない顔でこっちを見た。
何かを言おうとした伊出さんだったけれど、携帯電話が鳴り話題は途切れた。相手は相沢さんで、彼にLから連絡があったらしく協力を頼まれたそうだ。
「Lが半年以上追って来たシンジケートだそうだ。Lを交えて21時から打ち合わせしたいと」
「タイムリーですね」
「……そうだな」
車に乗り込みながら、ふうとため息を吐く。
「Lの指揮か〜……やる気出そ」
「……普通の捜査にもやる気出せ、松田」
「だって、まあなんというか、Lは特別ですよ」
「竜崎ではないのにか?」
「俺はキラを捕まえることが願いだったので、竜崎さんとメロとニアが特別になるんですかね」
「そういうものか?……だとしたら、お前の最も特別なのはキラだろう」
「それいったらお終いじゃないですか。だいたい、皆そうでしょう?」
「まあそうだが」
エンジンをかけ、ウインカーを出しつつ後方確認を行う。
「それでもお前は、キラを特別———」
「特別?」
「キラを……ライトくんを好きだったろう?」
思わず伊出さんの方を見そうになって視線を留めた。運転中にそういう話するの辞めて欲しいような、仕方がないような。
ゆっくりとため息を吐いて、目をほそめる。
都会の街頭が少しだけ揺らいだ。
「———まさか、恋愛偏差値が底辺の伊出さんに言われるとは」
「松田……!」
うなるような声で言われたので口を閉じる。
目的地にはものの数分でついたので二人で車を降りた。
「とにかくそろそろ元気出せ、お前が笑わないと変な感じがするんだ。俺も相沢も。模木だって心配してたぞ」
「———俺が笑っていても、おかしくはありませんか?」
「……おかしくなんかないさ」
伊出さんの背中から聞こえて来た声に、少しだけ笑った。
ぎこちない笑顔だったろうけど、誰も見ていないし今はこんなのでも良いだろう。
end.
Oct. 2016