20
午前中は俺の素性、午後は何故か渋谷さんの素性に対するミーティングが行われた。デイヴィス博士ってなんぞやって思ったけどそういえば何度か名前出て来たっけね。イギリスの人だってこと以外驚きはないんだけど、皆にとっては凄く有名な人だったらしい。といっても半数以上がその正体を薄々感じていたらしいので、俺の時みたいに色々疑問が投げかけられる事も無い。
渋谷さんは面倒くさそうに肯定もせずに部屋を辞してしまうので滝川さんが項垂れたけど、リンさんがまたしても補足を入れてくれるので助かった。
渋谷さんは優秀なサイコメトリの能力を持っていたらしく、俺と同じように同調し過ぎて怪我をおうこともあるらしい。そんな話を聞いていたら皆してちらっと俺の方を見るので、俺も部屋を出て行きたくなった。
「……そりゃあマスコミから逃げ回るはずだわな」
「そうだね。今まで大きい事件の依頼を断ってたのもそういうことかもね」
滝川さんがしんみりとしていたので、俺も頷いた。
「なあ、お前もあんまりすんなよ。今回は助かったがな」
「うん」
優しい彼は俺を見て眼を細めた。その向こうでリンさんも小さく頷いて同意している。リンさんって渋谷さんのお目付役みたいなところがあるから、色々見て来たんだろう。
なんとなく、ゆっくりと皆の口数が減って行く。俺は静かに立って、雪兎さんとケロちゃんと一緒に部屋を出た。
「少し寝るね」
「うん、わかった」
雪兎さんには別室をあてがってあるので、俺を部屋に送り届けると彼はそっちへ行った。ケロちゃんは相変わらず俺の同室だけど、おやすみと言うだけだった。
また湖の夢を見た。夜の水面に月が映ったので、その月の上に立った。この前の星空とはまた違う空間だ。ジーンの沈む湖を想像してしまったのかもしれない。何か、悪いなあ。
ふと視線をやった先には、ジーンが居た。互いに何も言わず、けれど目で挨拶をした。ジーンがゆっくりと近づいてくるので、俺も少し足を動かした。二人の間には月がゆらめいていた。
「よかった、会えて」
「ん?」
「もうすぐ会えなくなるかもしれないって思ったから」
「ああ、そうだね……。星にはなれそう?」
「どうだろう。こんな近くに綺麗な星があるとな……」
ジーンの指先が、俺の髪の毛を梳いた。
「俺にとっては、ジーンは月みたいだけどね」
「そう?」
俺の月とはまた違うんだけど、神秘的で、美しくて。特に、白い肌がそれを彷彿とさせる。
「僕に光を分けてはくれないの?」
「欲しいの?」
「……少し」
あっはっは、と笑って身体を少し曲げる。あまりにも自我がきちんとしてるもんだからつい信頼していたけど、彼もまた浮かばれない幽霊だということを思い出した。元々ジーンにとって俺は光って見えるらしいけれど、それで駄目なら駄目なんじゃないかな。
「もっと明るい光が、差し込むよ」
「……うん」
水底から引き上げられたらきっと、という意味を込めてジーンから一歩離れる。ジーンも少し遠ざかった。
ゆっくりと互いの姿が見えなくなる。中心点には月が揺らいでいたけれど次第にそれは見なくなる。
「おやすみ」
さようならとか、また会おうとか、成仏しろよ的な事を言うのは野暮だったのでなんと言おうか迷っていたところ、ジーンがそう言ったので俺も同じ言葉を返して目を覚ました。
すっかり夜になっている。俺は果たして今夜おやすみできるのか。
バルコニーに出て、外を見る。裸足のまま出て行ったのでコンクリートの感触がした。ちょっとあったかい。
隣の部屋は渋谷さんにあてがった部屋だった。同じくバルコニーに出ていたらしい彼と目が合う。
「寝ていたのか」
「あ、うん、エヘヘ」
髪がぼさぼさだったので、手櫛でととのえた。
「捜索状況はどう?」
「さあ」
渋谷さんはそう言えば出来ることがないので、多分暇だったんだろう。
まだ進展もないようで、退屈そうな顔をしてる。
「暇だったら、本とか好きに読んでいいよ」
「あいにく、日本語は苦手なので……でも、あまりにも暇だったからいくつか眺めてみた」
「うん」
そこはよくお父さんが使ってる部屋なので、なんか頭良さそうな本が多そうなんだけど。
「一冊の本から、写真が出て来た」
お母さんのだろうなと思って綺麗でしょーと笑うと数秒黙る。
「写真は二枚あった」
「あ、そう?」
「一枚は髪の長い女性の写真だ」
「それたぶんお母さん」
「もう一枚は……少女……かな」
「え、お母さんじゃない?」
「似ているけれど、違う。年代を見たら三年前だった」
マサカ……と思い、俺は目をぐるぐるさせた。
「手には、クマのぬいぐるみを持っていた」
「まってそっち行くわ」
バルコニーの柵に足をかけた。
ちょっとからかうだけのつもりだったのか、渋谷さんはぎょっとして、やめろと言ってる。
「本気か!?」
「どいててよー」
声を荒らげた渋谷さんの方にぴょーいと飛ぶ。いやどけってば。
渋谷さんのいる方の柵に足をついて、中に飛び込むと反射的に抱きとめられる。
「危ないだろう……!」
「大丈夫大丈夫」
怪我してるくせにと呟く渋谷さんの、馬鹿を見る目をそろりと流した。
足の裏をぺぺっと叩いてから中に入り、机の上にある写真をとる。一枚はお母さんで、もう一枚は知世ちゃんが作ったワンピースを着ている俺の写真だった。一年に一回くらいはガチのあれをやって写真を撮られているんだけど、知世ちゃんは俺のお父さんにもそれをあげてる。というか、お父さんにどうぞって渡された写真を俺は素直にお父さんに渡してる。かわいいかわいいと言われる為である。お父さんに言われるのはまんざらでもないの!!
「似てるな」
「誰に?」
「どちらも」
俺が写真を見て顔を覆っている所に、渋谷さんから声がかけられた。
この場合、お母さんにでもあるし、俺にでもあるんだろう。
普段はそう思わないんだけど、女の子の格好して、写真とかで見ると割と似てる部分がある。写真写りが良いのかな、俺って。
苦笑していた俺と、写真は見られるのが嫌なら持って行けと言いたげな渋谷さんをよそに、リンさんが血相変えて部屋に入って来た。
———遺体が見つかったらしい。
彼らはすぐに確認に向かい、夜遅くに帰って来た。滝川さんたちには俺が言っておいたので、帰って来た二人には誰も声をかけなかった。
次の日の午後、渋谷さん達のご両親が到着した。俺はあらかじめこの家に案内しても良いのかとリンさんに聞かれていたので知っているし、ご両親には深々と頭を下げられた。
警察から戻って来たジーンの遺体は、渋谷さんのご両親とイギリスへ帰った。
俺はそれからまったくジーンに関する夢を見る事が無い。多分成仏できただろうって思ったから、ジーンに呼びかけることもしなかった。
渋谷さんとリンさんはイギリスに帰ることになったけれど、日本支部はまだおいておくらしい。なんでも、日本の心霊現象に興味が沸いたとかなんとか。
「俺来月イギリス行く予定なんだけど、あっちで会ったら面白いな」
送別会でぽろっと零した何気ない一言に、滝川さん達がぽかーんとしたが、俺の場合は長期滞在ではなく一週間ほど友達の家に泊るだけだ。
「イギリスにもお知り合いがいたんですか?」
「クロウさんの片割れ?」
「ああ、なるほど。もう一人のお父さんってわけですか」
「なんかちがう……」
安原さんがにっこり笑うが、エリオルくんは一応同い年である。まあお父さん感強いけど。
笑って渋谷さん達を送り出したけど、まさか本当にあっちで彼らに会うことになるとは思わなかったし。森さんと観月先生、エリオルくんとナルが顔見知りだとは思わなかった。
「なんか、縁があるんだねえ、俺たち」
渋谷さんはふんと息をついていて、微かに頷いているように見えた。
end.
終わります。お付き合いありがとうございます。
主人公はジーンの言葉を伝える係的な気持ちもあったので、ジーンが成仏した(と思ってる)今もう調査に関わる事はないのかもなーって思っている。
まどかさんの年齢わからないけど、観月先生の方が年上ですよね。多分。
エリオルくんは大学にしれっと入って講義まで聞いてそう。
ナルのお友達ではないけど、互いに顔は知ってたりして。
あとまどかさんが日本に行くのは主人公たちと会ってからってことになってます。一ヶ月ちょいはオフィスが無人。
Oct. 2016