09
(レオナルド視点)繰り出される攻撃を避ける時、この眼はほんの少しだけ役に立った。
ぎりぎりのところで急所にあたらないようにするだけ。それ以上のことは僕の身体じゃあ追いつかなくて、結局傷だらけではあるんだけど。
血を流して弟を守ろうとする僕を、きっとわかっていた。
だから炎をつけた。だから炎が強くなった。
あれはまさしくの作り出したものだった。
それを言わないのはには普通に過ごしていてほしいから、このHLと関わり合いになることなく家で待っていてほしいから。
Dr.ガミモヅと僕の持つ眼は幻覚を作り出せる代物で、炎がDr.ガミモヅに向かっていった為消去法で僕の作り出したものだと思われていた。
本人は素知らぬ顔をしているし、みんなから言われて炎が付いていることを知った風を装っているし、熱も感じず火傷もしていないことから、に目が行くことはほとんどなかった。
僕もうまく眼を使いこなせないのが事実で、できるのかもしれないし、かといって簡単にやれることじゃないと周囲も納得した。
傷の消毒をしてもらって病室に戻ると、今度はの番だったのにベッドはもぬけの殻だった。
僕が終わったら連れて行くはずだったから部屋で待ってろっていったのに。
目が見えないし、のんきだけど迂闊なやつじゃないのできっとすぐそこの待合スペースとかにいるだろう。
「ーーーー!!!」
他の患者がいるにもかかわらず、僕は声をあげながらバタバタと走った。
案の定は待合スペースのソファに座っていて、驚くことにクラウスさんが隣にいた。
「え、あ、ク、クラウスさん!」
「ごきげんよう、走っても大丈夫なのかね」
「はい、問題なく!」
「いや病院内で走ったらダメでしょ、レオ」
「お前なあ!」
は居住まいを正す僕をよそに、ソファにもたれかかるようにしてリラックスしている。
「次はお前の番だって言ったろ、ルシアナ先生も忙しいんだから……」
「そうだっけねえ〜、ん」
悪びれもせずに立ち上がったに一瞬クラウスさんが手を貸そうか迷っていたけど、は僕のいる方に向かって手を伸ばした。
基本的にしっかりしていて、自由人な弟が、無垢に僕を求めるこの瞬間が好きだ。
自分よりずっと思慮深くて、行動力があって、魅力的な弟妹たちが僕を兄にしてくれる。
「すいませんクラウスさん、一度送ってくるので……」
「ああ、私もつき添おう」
「え、そんな」
の診療が終わった後また僕が病室に連れて帰ることを考えたら、クラウスさんも付いて来ていた方がよほど待たせない。逡巡したあとそう納得してクラウスさんにも一緒に来てもらった。
「弟さんはほぼ無傷だと言っていたが、どうだね」
「手に切り傷が少しあるくらいです。今日は目を見てもらおうと思っていて」
「そうか、それはよかった」
が部屋に入って行ったあと廊下のベンチで僕たちは二人で並んで座った。
「ほんとに、それだけでよかったっす。あいつ、自分が危なくなっても絶対いってくれないんです」
僕が怪我をする夢を見たらHLへやって来ると宣言したことはクラウスさんも知っている。
それだけじゃあ、今回の危険性は察知できないけど。
「そうだろうか」
「え」
「彼はDr.ガミモヅの気配も気づいていたそうだが……もちろん自分の身の危険も感じながらHLに来ただろう」
「それは、はい」
「ここへ来た───それが何よりの君への愛と信頼の証ではないかね」
「……」
「恐怖心や不安を漏らさない彼は強い。しかしその強さを作ったのは、君という存在だ」
「僕……」
クラウスさんはまっすぐに僕を見た。
「絶望的な負い目も、痛切極まる悔恨も……あの日の挫折もすべて耐えた力で、我々を、弟を、果ては人類を救ったのだ」
弟妹たちがその存在で僕を鼓舞するのとは違う、言葉と眼差しと自身の強さでもって僕を引き上げてくれる。誇れ、と言ってくれる。そして心から、誇りに思うと言ってくれる。
僕はまだ光を見られそうな気がした。
夕方になると、仕事を終えたらしいライブラの人たちがトビーと一緒に見舞いに来てくれた。
トビーはDr.ガミモヅの言っていた通り意識は薄いが記憶はしっかりとあって、ミシェーラとのことも僕たちと話したことも嘘ではなかった。
「そもそもミシェーラとトビーがあったのは奴が現れる前のことでね、俺も一緒にいたんだ」
「というよりも、が私たちを引き合わせてくれたようなものさ」
ほっとしている僕に、とトビーは笑って教えてくれた。
「え、なになに、っちの紹介だったわけ?二人の馴れ初めって」
K・Kさんが嬉しそうに身を乗り出して話を促した。そういえば僕は二人がどうやって出会いどうやって付き合ったのかは聞いてなかった。
「俺占いが得意なんですけど〜……」
言っていいのかなあとトビーに聞くが、もちろんと頷かれて口を開く。
「キャーロマンチック!いいわねえ〜」
「お、おまえ……なんてことを」
「お父さんには恨まれた」
「ああ膝から崩れ落ちたと言っていたな」
ふふっと笑うトビーには悪いが、僕も父と同じくを少しだけ恨んだ。
いや一生結婚できないとかよりはマシだけど、だからってそんなことあるかよ。
「オメーも弟に縁結び頼んどいた方が良いんじゃねーの?」
ザップさんが余計な口出しをしてくる。
「占いということはあることしか予知できないのでは?」
「おいおい、ンな可哀想なこと気づかせんなよ。じゃあこいつに出会いなんて一生ねーって」
「それより猿に不幸の降り注ぐ未来はないの?」
「うーん」
はチェインさんの言葉にきょとんとしてから何か考え込むような仕草を見せた。
ザップさんはゲラゲラ笑っていたところ、の手が伸びて来て動きを止め、その様子を見ている。
褐色の肌をした形の良い輪郭に指が触れ、顎をそろりと撫でた。変な光景だし、ザップさんが大人しく触らせるのは珍しいとは思うけど、昔からどんな動物でもには大人しくなるので、ザップさんもそうなのかもしれない。
「結構、いろんな人から恨まれてますから大丈夫でしょう」
閉じてるくせに眼を凝らすように顔を近づけて、小さく笑いながらなんてことのないように言った。エイブラムスさんらしき人の呪術の匂いを嗅ぎ取った奴なので、きっとザップさんにまとわりつく怨嗟の声だって聞こえるに違いない。
ザップさんの顎を指で数度、よしよしと擦ったあとに手を離した。
「大丈夫なんだね、よかった」
「おう犬女、何安心してんだコラ」
はそのやりとりをみてアハハと笑っている。
「てめーレオ!どういう了見だこの弟」
「そういえばの『大丈夫』は当たるんすよ」
「よかったですね」
ツェッドさんは表情なく頷いた。
口ぶりからするにチェインさんのいう通りの未来が起こるってことかもしれないけど、正直言ってザップさんにとっては痴情のもつれで女性に刺されるのも、ゴロツキとの喧嘩も、犯罪者との戦闘も日常茶飯事なのでまったく慌てるところじゃない。
「この糸目兄弟!」
「いやあんたが不幸な目にあうのは僕らのせいじゃないっすから」
「俺は別に糸目じゃないですよ、開けててもしょうがないから眼をつむってるだけで」
ザップさんのショボい暴言に言い返していると、も普通に口を開いた。ミシェーラはもっと際どい自虐ジョークをいうけど、の場合は冗談とも思わず言ってることが多い。ミシェーラに便乗する以外のときは特に。
「っち!」
「最低」
「謝ってください」
慣れてない面々はしんと静まり返った後、K・Kさんがの頭を抱きしめた。そしてチェインさんとツェッドさんが冷たく罵倒した。
「わ、わ……〜〜〜」
ザップさんはさすがに言いすぎたと思ってるのか、それとも迫力に押されたのか変な顔で歯を食いしばったまま謝罪の言葉を吐き出そうとしている。
「でも、レオと俺ってあんまり似てるところないから、嬉しいな」
昔の瞳をとろりと溶かして笑う顔を知っているけど、目をつむったまま笑う顔にも慣れた。
「いいね、糸目兄弟。ザップさんありがとう」
目尻を指で引っ張って、ほらレオの真似〜と笑ってる。
ああ、僕はまたの魔法にかけられた。
きっと多分、みんなもだろう。
end.
絶対だいじょうぶだよって、無敵の呪文だけど魔法っけがないのが良いですよね。
ひとまず終わり。
July. 2019