V sign.


Rock On.

十歳のとき、おばあちゃんに連れて行ってもらった本屋さんで目に付いたのは同じ歳くらいの子が載っている雑誌だった。封をされてないそれは捲ってみるものとしては最適で、興味本位で数ページ読んでみた。
子供服の雑誌だったそこには、華やかな顔立ちをした外国人の子ばかりで、少し遠くに感じた。けれど少ししたところで、日本人らしい顔立ちの子が数人出て来る。どうやら日本人のモデルも起用しているようだった。
黒髪や茶髪の子がはにかむ中で、桃色の髪の毛の女の子が居た。思わず、きれいと口に出しそうになる程、見事な桃色だった。ボクの髪も珍しい部類に入るけれど、桃色の髪をした人は今まで見た事がなくて驚いた。
白いワンピースは桃色の髪の毛にとても似合っていて、清楚な姿なのに快活な笑みを浮かべた少女にドキっとさせられた。
おばあちゃんに雑誌を買ってと言う事も出来ず、ボクは本屋から帰ってしまって、次に行ったころにはもう次の号が売られていて、桃色の少女の姿はなかった。

中学でバスケ部に入ると、最初から一軍に入れた新入生が居ることで数名の男子生徒が有名になった。その中の一人、青峰くんは既に彼女がいるらしいとまことしやかに言われていて、その彼女というのが新入生の中でも可愛いと言われる人らしく、色々な意味で話題にのぼる事が多かった。ボクは青峰くんの恋人に興味はなかったけれど、その人が桃井さんという桃色の髪の毛をした少女だと知って、よく目で追うようになった。
顔はおぼろげにしか覚えていないけど、あの少女と桃井さんは似ているような気がした。単に髪色が同じだけなのだろうけれど、どうしても気になってしまった。どんどん、少女の姿が桃井さんにすりかわっていく。
話した事も無い、しかも人の彼女に思いを寄せるのは軽率に思えて、これは恋ではなくて、郷愁にかられているのだと言い聞かせていた。

一年の冬、青峰くんと練習をするようになった。純粋にバスケ部の一軍選手として尊敬もしていたので、一緒に練習が出来るのがとても嬉しかった。ボクが落ち込んで辞めようとした時も止めてくれて、もう少し頑張ってみようという気になった。
そんなとき、体育館に赤司くんを筆頭とする一年の一軍メンバーがやってきた。その端には桃色があって、ああ青峰くんを見に来たのかな、と思いながら話している赤司くんに意識を集中した。
「悪いが全員先に帰っててくれないか?———彼と少し、話がしたい」
ふいに、赤司くんはボクを見てから周りにそう告げた。
それから桃井さんに呼びかけて、軽く謝っている。桃井さんは許すように笑ってから、二人は自然な動作でペットボトルの受け渡しをしていた。
赤司くんとの話が終わって別れ際になって、それを「差し入れだよ」って渡されてようやく、彼女がボクと青峰くんに会いに来るつもりだったことを理解した。
ボクのことを、彼女は知っていたのかと思うと、くすぐったくなった。

よく図書館で勉強をしているのを知っていた僕は、話しかける理由が出来た事を嬉しく思いながら、ノートを見下ろす彼女に近づいた。もともと影が薄かったので、気づいてもらうためにテーブルをつついて小さく音を鳴らした。
「桃井さん」
「!」
驚いたように身体を強ばらせて、ぱっと顔をあげた桃井さんは目を丸めてボクを見上げた。
「あ!テツくん」
まさかいきなり下の名前で呼ばれるとは思っていなくて、戸惑いながらおうむ返しをすると、彼女もばつが悪そうに謝って来た。どうやら青峰くんがボクをテツと呼んでいるから、それしか知らなかったらしい。あらためて自己紹介をしたら律儀に苗字で呼び直したけれど、下の名前で呼ばれるのが嫌だったわけではなく、むしろその方が嬉しいのでさりげなく継続を促した。

見ているだけだった時も思ったけれど、桃井さんはとても懐っこい人だった。
青峰くんとは互いに幼馴染みとしか思っていないようで、どっちも異性として見ていないことは明らかだ。それだけで、ひとつ肩の荷が下りたように感じる。

それ以降、彼女と会えば話すようになった。
自分の事を俺と言うことや、平気で青峰くんの尻を蹴り上げること、あまり女性らしくなくて男前な性格だということも知った。けれど全然嫌にならなかった。女子のわりには高い背と中性的な顔立ちに、彼女の性格はとても似合っていた。女性らしい桃色の長い髪はギャップがあってとても良い。結局ボクは、桃井さんが好きということで間違いがないようだった。

月日が経ってもボク達はただの同級生だった。特別仲が良くなることはない。
人間観察をするように心がけていて気がついてのは、彼女がくん付けで呼ぶ人は意外と少ないということ。それを知ったとき、僕は少しショックだった。一年の頃から顔を合わせているバスケ部一軍はすべからく、くん付けだ。どうやら『青峰くんの友達』と認識しているらしい。
黄瀬くんだけ、二年のクラス替えで同じクラスになって、バスケ部として会う前に知り合ったからという理由で呼び捨てにされていた。下の名前で呼ばれていても全然嬉しくないことってあるんだと、このとき初めて思った。

三年の全中が終わってしばらくして、桃井さんとは偶然会った。彼女はメールで、優勝おめでとうって言ってくれていたけれど、返事をする気になれなくて、祝われるのが苦痛で、ずっと目をそらしていた。何も知らないであろう彼女はちっとも悪くないけれど、ボクは苦痛を全て飲み込んで、丁寧な返事をできるほど大人ではなかった。
「ごめんね」
謝られたとき、拒絶された気分になった。なぜ彼女が謝るのか全く分からない。
青峰くんの為に、何故ボクに謝るのだろう。
なぜ、なぜ、彼女は、いつだって青峰くんばかりで、その次は黄瀬くんで……。

二年くらいの付き合いになっても、一緒にご飯を食べたり寄り道したり、二人で道を歩いたことだってあったけれど、桃井さんの中でのボクは結局、友達の友達なのかもしれない。
「ボクは彼らに勝ちます」
友達のためにも、自分自身の為にも、ボクは逃げるのをやめたい。桃井さんが今ボクを見ていないのは結局、ボクに力がないからだ。どうしたら友達になれるのか、どうしたらボクを男として見てくれるのか、考えに考えて、やっぱりバスケをするしかないと思った。
意気込んだボクを見て、桃井さんは優しく笑った。快活そうな笑顔も、大笑いして目尻をくしゃっとさせる笑顔も可愛らしくて素敵だけど、時々見せる大人びた笑みはとびきり優しくて、少し色っぽくて、綺麗だ。見惚れている間にぎゅっと抱きしめられて、思わず身体を強ばらせるとあやすように背中をぽんぽんと叩かれた。
「勝てるよ、テツくんなら」
あやされるのはなんだか男として情けなくて、彼女の背中に手を回す。そしたら嬉しそうに笑った声がして、少しすりついてきた。桃井さんはちょっと危機感が足りない。普通だったら勘違いされてもおかしくない行動だ。
「青峰くんを応援しないんですね」
「俺、バスケ好きだもん。つまんなそーにバスケやってる人は応援しないよ」
その言葉に安心した。桃井さんは青峰くん贔屓だけどバスケに関しては公平らしい。尚更頑張ろう。
「青峰くんにも勝ちます。そしたら、ボクを見てください」
至近距離でいたずらっぽく笑った彼女にボクもつられて笑い、意気込みを述べた。
卑怯だけれど不意打ちで唇を奪って、きょとんとしている彼女に勝手な説教をかましてから、ボクは逃げた。
やってしまった、と思いつつ、胸が満たされる。相手の気持ちも考えずに唇を奪うなんて本当はいけないことだと思っているけど、ボクは今まで散々桃井さんに振り回されていたので、ちょっとした仕返しということにしよう。



end.

続編に入る前に、くろこっち視点。正直一話じゃ足りない気がします。
July 2015

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