今回は、夏目友人帳の世界にきていた。昔、夏目の祖母であるレイコが生きていた時代に来たことがあり、何人か知り合いもいた。レイコには結局名前を
とられてしまったけど、特に異変はなかったし呼ばれることもなかった。
斑とは酒を飲み交わす仲にはなったけど、妖たちはすぐに心を開くわけでもないし浅い付き合いが多い。だから覚えているかなとも思っていたけど斑と再開をは
たしたとき、久方ぶりに会った友人のように接してくれたのでなんだか嬉しかった。長年生きている妖はおおらかでいいなあ。
そして、レイコにそっくりな美人顔の夏目にも会えて懐かしさを覚えていた。
相変わらず俺は人間でも妖でもない匂いがするとか、むしろ何の匂いもないといわれた。だから妖に絡まれることは滅多になかったけど、長年色々な世界を渡り
歩いてきて経験も技術も知識も蓄えてきた。軽く払うくらいできないと生きていけないし、ある程度の術を使えるようにはなってきている。
今も、田沼と自分の存在を曖昧なものに変えて、学校の廊下を進んでいた。何かしてるのかと聞かれて少しと答えると、握っていた手から田沼が唾を飲み込む動
作が伝わってくる。手を繋いでいるとなんだって分かってしまいそうだ。
妖の気配にぴたりと足を止めると、田沼の手がぴくりと揺れる。妖を見れないことは気にすることではないけれど、夏目の存在を知ると、見れないことがコンプ
レックスになるのだろう。嫉妬ではなく羨望、もしくはもどかしい気持ちなのだと思う。
自分の力が足りないから友達を助けてやることができないのだと責めている。
「見せてあげようか」
ひとつだけ、提案をすると田沼は驚いてくいつく。できるのか、と問う田沼の眸に期待がこもっていた。
「できるのか?」
「俺の目を貸してあげるだけだから、一時的にだけど」
「頼む……夏目の助けになりたい」
「そう」
家にある大量の本棚は都合の良い書物がたいていそろっている。そういうのは使えといわれているようで、俺はよく読むようにしている。
以前読んだ書物に書いてあった力を貸す方法を思い出す。
田沼の顔を抑えて、額を合わせじっと見つめて俺の眸の力を流し込む。目を逸らすなといえば驚きながらも田沼は俺の眸を見つめた。自分の視力が段々と落ちて
いき、とうとう何も見えなくなった時、田沼に目を瞑らせた。
力を閉じ込めるまじないとして、両瞼に唇を落とし蓋をする。
「さ、開あけて」
目を開けた田沼は多分ぽかんとしていたのだろう。見えないからわからないのだけど。
見えるだけで、触れる力や払う力までは貸してあげられないと軽く口ぞえすると、目の前にあった存在はふっと走って行った。
バタバタと廊下を走っていく足音に耳を澄ませて、2人が逃げていったことがわかる。
目は見えなくても、妖の気配位もわかるから、壁伝いに俺も移動した。
「なにをやっている」
足元から声がかかる。この声は斑がニャンコのときの声だと分かり声のほうを見下ろす。
「お前……その目はどうしたのだ」
「田沼に貸した」
「貸しただと!?無茶苦茶な奴だ……」
俺は目の異変なんてわからなかった。自分の目の状態を確認することができないから。それでも斑はわかったみたいで尋ねてくる。素直に答えると少し驚いてい
る声が聞こえて、そして呆れられる。
「ちゃんと返してもらうさ……それにしても、追いかけないの?夏目行っちゃったよ?」
「あんな雑魚に急ぐ必要もないわ……ほら、乗れ」
途中で斑の声色が変わって、獣の姿になったのだとわかった。ふわりと風が吹き、今まで足元から聞こえてきた声も上から聞こえるようになったし、存在感が大
きくなるのも感じた。おずおずと手を伸ばして形を確かめて、斑に身をゆだねる。
「いやあ……悪いね」
「ふん……ついでだ」
廊下の窓から外にでて翔けて行く背中に乗っている。風がびゅうびゅうと吹き付けてきて少し面白い。
夏目と田沼は学校の裏庭に走って行ったようで、妖の気配も裏庭にあった。夏目がなんとかするのが先か、斑が追い払うのが先か、俺が手を出すのが先か。
もしくは妖が夏目を食らうのが先か。
「世話の焼ける奴だ……」
ふうと上空で斑がため息を吐くので、夏目がまだ梃子摺ってるのだと分かる。
「妖の真上に飛んでくれる?斑」
ふわふわの毛をくいっと引っ張る。
「お前、そんな目で何をするつもりだ」
「なにって、落ちるだけだけど」
「まあいい……お前が何をするのか見物してやる」
そういって、少し風を切って動いた斑は、いいぞと呟く。どうもね、と頭を撫でて斑の上から滑り落ちるように落下した。
ヒュォォオォ……と落ちていき、妖の気配の上に着地する。ドゴ……と倒した音がするので、多分成功したのだろう。パンパンとついてもいない埃を払うように
手を叩くと、斑もニャンコ姿で落っこちてきて俺の傍に着地する。
「
、ニャンコ先生っ」
妖の上から降りると、夏目が驚いて近寄ってくる。
「今、上からきたよな……?」
田沼も驚きと焦りを含んだ声で俺の傍に駆け寄ってきた。
「斑、こいつを頼む」
「わかっている」
俺と斑が今潰した妖を指差すと、斑はまたニャンコの姿から変化した。ふわりと毛に触れて、ご苦労様と撫でる。
「田沼の小僧……さっさと
に目を返しておけよ」
「これこれ」
田沼にお説教をしようとした斑を苦笑いで宥めると、ふんと拗ねた息を吐いて妖をどこかに放りに行ってしまった。
「ありがとう、助かったよ……田沼、
」
夏目がお礼を言うと、田沼が隣で嬉しそうにいいんだ、と言う声が聞こえた。
「さ、そろそろ授業に戻ろうか……」
俺はそう提案して歩き出す。
「おい、
、校舎はこっち……」
「あ、そうか……よし」
田沼に肩をひかれて方向を変える。そして数歩踏み出したところでごん、と木にぶつかった。真正面からぶつかったので相当頭がくらくらしてよろめく。
「
!?」
夏目がわーと叫びながらよろける俺を支える。
「ごめん、ぼうっとしてた」
夏目の腕に掴まってやっと落ち着いて、夏目の声のするほうを見上げた。
「!
、その目……」
「え?」
腕を伝って夏目が、はっと息を飲むのが分かった。斑だけではなく普通にわかってしまうものなのだろう、俺の目はいつもと違うみたいだ。
「灰色だぞ……?」
「田沼に力を貸してるからだと思うんだけど……」
「もしかして、視力もなくなって……」
多分俺は焦点が合っていないのだろう、夏目に言い当てられてしまう。
「うん、何も見えないよ」
「それ、本当か!?」
俺が肯定すると田沼が慌てた声を漏らした。
「そんな危険なリスクおかしてまで、貸してくれなくてよかったのに」
「でも、見れて良かったでしょ」
「そうだけど……でも俺はもう
を盲目にしてまで妖を見たくはないよ」
田沼は、俺のことを大事にしてくれた。その言葉や気遣いは純粋に嬉しかった。
「どうやって返したらいい?」
「さっきとだいたい同じことをすればいい」
「さっきって……!」
「?」
俺たちの会話に夏目はきょとんと見守っている。
俺は夏目と田沼に術の説明をすることにした。目線を合わせてじっと見つめあい俺が力を受け渡し、瞼に呪をかけることによって力を閉じ込めたこと。そして返
上するには瞼の呪をといて、再び目を合わせればよいこと。
田沼は呪の時に瞼にキスするのを恥ずかしがっているのだろう。不意打ちでされるのと、わかっていてされるのとでは大違いだ。
「動かないでね、違うところに当たったら恥ずかしいだろ?」
「う……」
両頬を押さえ、顔を限りなく、かつ慎重に近づける。指の腹で顔をなぞり田沼の瞼の位置を確認してちゅっと唇をつける。
「え、ええ!?」
夏目は呪をかける行為の想像が違ったみたいで俺たちの行動に驚いているが今は構っていられなかったのでもう片方の瞼を指で探り当ててまた唇を落とす。
「目をあけて、俺の目を見て」
額をこつんと付け合せて目を開けたままにしている。田沼さえ俺の目を見ていれば、力はもともと俺のものなので自動的に戻ってくるはずだ。
徐々に田沼の顔がうすぼんやりと見え始め、力が戻ったことに気付く。
「よし、戻ったね」
完璧に辺りが見えるようになり、確認のため遠くを見てみる。
「やっぱり、もう
の目を借りようとは思わん……」
ぐったりしている田沼と、複雑そうな顔をしている夏目は、二人してしゃがみこんでいた。
俺も一緒になってしゃがんで首を傾げて考える。多分恥ずかしいんだろうなと、思った。
「照れてるの?若いなあ」
「
はよく平気だな……」
「なんか慣れてるっぽいよな」
二人ともじっと俺の顔を見つめる。慣れてる、といわれれば肯定してしまう。外国暮らしを経験したこともあるし、長年生きてれば頬や瞼にキスするくらい、祖
父が孫を可愛がるのと同じようなものだ。実年齢はそのくらい離れているのだから。
2011-08-07